プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-   作:天花るい

14 / 17
第14節 誓い

「あら、朝から元気ね」

 

 リュエールさんは慌てている様子もなく、平然と立っていた。

 検問をしていたミステイルの兵士もこちらへ駆け寄ってくる。

 先頭の男が僕と目が合うと不敵に笑った。

 

「見張っていて正解だったな! 王子はかくまわれていたか! そこの男も怪しいと思ったぞ!」

「んー? あぁ、あんときの奴か。まだいたのか、しつこいな」

 

 スレウドさんは肩をすくめる。

 ミステイルの兵士は次々に剣を抜き、先頭の男がリュエールさんに剣先を向けた。

 ルフトさんとスレウドさんが素早く抜剣し、リュエールさんの前に出る。

 

「大人しく反逆王子を引き渡せば、おまえたちの命だけは助けてやろう」

「まるで悪党の台詞ね」

「従わない場合、反乱分子と見なすぞ! 武力行使の許可は出ている!」

 

 遠巻きに見ていた商人たちは慌てて街中へ避難していく。

 人数的に僕たちは不利だ。他の団員はリュエールさんのことをじっと見ている。

 クラルスは剣が抜けるように柄に手をかけていた。

 僕も腰に下げている剣の柄に手を伸ばす。いつでも戦えるように。

 しかし、柄を握った指先が震えて、力が入らなかった。

 リュエールさんはため息をついてから、前に出ている二人を制する。

 彼女は細身の剣を抜き放つと、先頭の男を見据えた。

 

「女が俺に刃向かうつもりか!」

 

 振り上げられた男の剣はリュエールさんに届かず、宙を舞う。

 彼女は次いで足をかけて男を転ばせると、仰向けに倒れた兵士の腹を勢いよく踏みつけた。

 剣術の素早さと的確さ、流れるような体術に目を奪われる。

 

「王都に戻ってガルツへ伝えなさい。あなたの悪事は必ず白日のもとに晒す……とね」

 

 リュエールさんの迫力に、ミステイルの兵士たちは完全に気圧されていた。

 

「だ、誰がおまえの言うことを!」

「あら、別に伝えなくてもいいわよ。その代わりあなたの命はないけど」

 

 リュエールさんは仰向けになっている兵士の首元へ剣を当てた。

 

「さて、お仲間を剣の錆にしたくなければ、武器を捨てなさい」

 

 彼女の目は殺気を放っており、僕まで身体が硬直する。

 重苦しい空気を破ったのはひとつの金属音。

 ミステイルの兵士がひとり、剣の柄から手を離した。

 それを皮切りに他の兵士たちも剣を捨てる。

 全員が丸腰になったのを確かめるとリュエールさんは剣を収めた。

 

「さぁ、行きましょう」

 

 彼女に促されて僕とクラルスはあとをついていく。それにならって星影(せいえい)団の団員も動き出した。

 後ろを振り返ると、ミステイルの兵士たちは恨めしそうにこちらを睨んでいる。

 入り口を出たところでルフトさんがリュエールさんに駆け寄った。

 

「おい、リュエ。あいつら口封じしたほうがいいだろう」

「これだけ検問と捜索を続けていたんだから、リアが何かしらの組織にかくまわれていることくらい、ガルツも予想しているわよ。街中で血なまぐさいことはしたくないし、威圧だけで済んでよかったわ」

「まったく、おまえは変なところで甘いな」

「効率重視よ。戦っても結果は同じなら時間の無駄だしね」

 

 彼女は肩に掛かっていた髪をさらりと払いのける。

 たしかに威圧だけで済んだことはよかった。

 街の人たちのことまで考えているリュエールさん。その判断に頭が下がる。

 

「これからが本番よ。ガルツは近々仕掛けてくるわ」

 

 見張りまで置いていたことを考えると、新拠点もすぐに突き止められるだろう。

 どのくらいの兵力かわからないが、僕もみんなとともに戦いたい。

 そう思っていても夜襲の記憶が、まだ手を震わせる。

 情けない。

 

「リア様。戦いのときは絶対にお傍から離れませんのでご安心ください」

「ありがとう、クラルス」

 

 クラルスはずっと僕のことを支えてくれている。本当に、ずっと。

 僕の護衛は父上の命(めい)だ。でも今はもう父上はいない。

 それなのに彼は当然のように僕のそばにいてくれる。

 胸が重く締めつけられた。

 

 夕日が山肌に沈もうとしている。日が落ちる前に目的の廃村に到着できた。

 木造の建物は草木に侵食されている。

 石造りの公会堂だけは先に到着した団員が整備してくれていたようだ。

 

「団長、おつかれさまです。公会堂の奥に個室があったので団長が使ってください。整備しておきました」

「あら、ありがとう。みんな整備中に怪我はしてないかしら?」

「清掃くらいじゃ怪我しませんよ」

 

 リュエールさんは親しげに他の団員と会話をしていた。

 ふいにクラルスを見上げると、朽ちている家屋のほうを見つめている。

 野生動物でもいたのだろうか。

 

「クラルス? 何かいたの?」

「いえ、何でもございません」

 

 そこにいるのはいつものクラルス。表情もいつもどおり。でも、何か違う。

 リュエールさんがこちらを向いて何か言いかけたが、すぐに視線を戻した。

 

「みんな、公会堂へ荷物を運んで。今日はゆっくり休みましょう」

 

 リュエールさんの指示で素早く荷物は運び込まれ、夕食の支度が進んでいった。

 何も手伝えることがなくて申し訳なくなる。

 せめて邪魔にならないように公会堂の端で、せわしなく動いている団員たちを見つめていた。

 

 夕食を済ませたころにはすっかり日が落ちており、公会堂に掲げてあるランタンだけが灯りを放っていた。

 星影(せいえい)団のみんなは一日の疲れを癒やすかのように酒宴と談笑を楽しんでいる。

 甘い葡萄(ぶどう)酒のにおいを避けながら、僕たちは公会堂の外へ出た。

 室内の熱気とは正反対の夜気が心地いい。

 夜空を見上げると、星の宝石が散りばめられ、欠けた月が浮かんでいた。

 

「夜空を見るとすごく落ち着く」

「ずっと地下にいらっしゃいましたからね」

 

 視線のわずかな揺らぎが伝わってくる。

 今は二人だけなので何か話してくれるかもしれない。

 

「ねぇ、クラルス。君とこの村は何か関係があるの?」

「いえ、何もありませんよ」

「嘘だよ。ずっと僕は君の隣にいた。だからわかる。僕が君のことを気に掛けるのはだめなのかな?」

 

 クラルスは言葉に詰まり、視線をそらす。

 五年もの月日をともにしてきたのに、僕はクラルスの過去をほとんど知らなかった。

 彼の過去を知りたい。悩んでいるなら助けたい。ふたつの思いが胸の中にある。

 

「もしよかったら、話してくれないかな。もちろん無理強いはしない。でも……」

 

 僕は白銀の瞳をまっすぐ見上げる。

 

「君のことをもっと知りたいんだ。僕、クラルスのことあまり知らないから……。だめ……かな」

 

 クラルスは夜空を仰いだ。僕は彼の返事をじっと待つ。

 

「リア様。とある場所にご案内します」

 

 その目を見て、僕は小さく頷いた。

 月明かりを頼りに廃村を歩く。緑に飲み込まれた家々は静かに眠っているようだ。

 クラルスは一軒の廃屋の前で止まると、家の中を見渡した。

 ガラスのない窓枠の向こうでは、食卓や椅子が無造作に倒れていた。

 

「ここは、私が十歳まで育った家です。両親と三人で暮らしていました」

「えっ、クラルスはこの村の出身……」

 

 襲撃の生存者はただ一人だったと、授業の資料に記されていた。それがクラルスだ。

 あれから十年。二十歳になった彼は、故郷へ戻ってきた。

 辛い過去を思い出させてしまった。胸が痛む。

 それに、このような形で故郷へ帰りたくなかっただろう。

 

「あのとき、賊に殺されそうになったところをリア様の父君、ウェル騎士団長様に助けていただきました」

「父上が……!? そんなことがあったんだ」

 

 クラルスと父上の過去が繋がっていた。きっと騎士団に入ったクラルスを見て父上はよろこんでいたと思う。

 

「えぇ、ですのでリア様の護衛を命じられたときはうれしかったのですよ。騎士団長様のご子息を守ることが恩返しになると思っておりました」

 

 クラルスは再び歩き出したので、あとをついていく。

 彼は歩いている間、淡々と過去を語っている。他人事のように。

 感情を排した口調は、騎士の報告書のようだった。

 しかし、時折訪れる沈黙が彼の内にある感情を物語っている。

 しばらく歩くと、開けた場所に出た。中心に泉があり、鏡のような水面に月が映し出されている。

 静かな場所で、自然の音だけが流れていた。

 

「ここは……?」

「幼いころよくここで読書をしておりました。あの日も、ここにいたのです。村が襲われていることにも気づかずに」

 

 クラルスは泉を見つめたまま、しばらく黙っていた。

 

「村へ戻ったときには、もう……。何も考えられず、気づけばここへ逃げ帰っていました。夜が明けてもう一度戻ると、賊の頭領たちがまだ残っていたのです」

 

 クラルスはふと、左手を見つめる。ダイヤモンドが宿っている証である銀の爪が月明かりを弾いていた。

 村を奪った因縁のあるダイヤモンドなど、本当は宿したくなかったのかもしれない。

 原石神殿で斎主様がクラルスに告げた、天運を紡ぎし者の守護者という言葉。

 僕のせいでクラルスを巻き込んでしまっている。

 今も、クラルスが望まない形で、故郷へ連れてきてしまった。

 

「ねぇ、クラルス」

 

 彼が振り返る。僕は泉の水面から目を離さずに続けた。

 

「どうして、まだ僕のそばにいてくれるの? 父上の命令はもう、ないのに」

 

 クラルスが小さく息を呑む音が聞こえた。

 

「君を危険なことに巻き込んで、宝石を宿させて、君の故郷をこんなふうに使うことになって……」

 

 息が苦しくて思わず左手で胸元を掴んだ。

 

「君は、自由なんだよ。それなのに……」

 

 言葉が続かない。クラルスがいなかったら何もできなかったのに。

 こんなことを言う自分がひどく身勝手に思えた。

 

「……ごめんね」

 

 うつむいて、それだけ言うのが精一杯だった。

 

「リア様……」

 

 今まで聞いたことのない声色だった。つられて顔を上げる。

 彼の瞳からは感情が読み取れない。

 視線をそらしてはいけない気がして、息をすることさえためらわれた。

 

「騎士団長様の命(めい)であなたをお守りしていたのはたしかです。そして、それがすべてでした」

 

 クラルスは静かに僕の前まで歩いてくる。

 

「しかし、多くの時間をともにして……」

 

 ゆっくりと剣の柄に手を置いた。

 

「あなたの優しさに触れて、その誠実さを知って……。気づけば、あなたの人柄に惹かれ、心から敬愛していました」

「……クラルス」

「今このとき、リア様のおそばにいるのは、命令だからではありません」

 

 クラルスは剣を抜くと、僕のほうに柄を向けた。

 

「これは私自身の意思です」

 

 そして、彼はひざまずく。

 

「私、クラルスはウィンクリア様への不滅の忠誠をここに誓います」

 

 正式な儀礼に息を呑む。

 命令だからではない。彼の意思。

 自分のせいでクラルスを縛っていると思っていた。でも、違った。

 その事実に胸が熱くなる。

 クラルスが自らの意思で捧げてくれた忠誠の言葉が、何よりも心強くて。

 こわばっていた身体がほどけていく。

 一度深呼吸をしてから、差し出された柄を握ると、その手にクラルスの手が重なった。

 

「我、ウィンクリアは今ここにクラルスの忠誠を受け入れる。その命尽きるまで、我とともにあらんことを……」

 

 僕も儀礼に沿って言葉を返す。

 そして、クラルスとともに戦い抜くことを決意した。

 

 公会堂へ戻ると宴会はすでにお開きになっていた。

 星影(せいえい)団の団員は床や長椅子で眠りについている。

 僕とクラルスは積んである毛布を取り、公会堂の端に身を寄せた。

 毛布にくるまったまま、クラルスの横顔を見る。

 彼の誓いの言葉が胸にあたたかく残っていた。

 もう一人じゃない。そう思うと心が安心感に包まれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。