翌日の朝、僕とクラルスは公会堂の裏手に来ていた。
「リア様。構えてください」
木剣を構えて、クラルスを見据える。
自分でも必要以上に手に力を入れていることはわかっていた。
呼吸が浅くなっていることも。
「ご無理はなさらないでください」
僕は襲いかかってくる暗いものを払いのけるように首を振る。
「大丈夫。続けよう」
「では、参りますよ」
クラルスの木剣が迫ってくる。
受け止めなければ。
そう思っていても身体がこわばって動かない。
目前に迫った瞬間、腕が勝手に動いた。衝撃が走り、手から木剣が弾き飛ばされる。
「……ごめん」
「大丈夫ですよ。反射的ですが受けられるようになっています」
本当に小さな前進だった。
木剣を拾い上げようとしたとき、リュエールさんから声をかけられる。
「リア、クラルス。公会堂まで来てくれるかしら? 作戦会議をするわ」
「はい、すぐに行きます」
公会堂へ戻ると、広間の端に簡易的な机が置かれていた。
その上にはこのあたり一帯の地図が広げられている。
そして、対峙するように青い駒と赤い駒が置かれていた。
机の前にはルフトさんとスレウドさんが待っている。
全員がそろうと、リュエールさんが口を開いた。
「王都に動きがあったわ。およそ五〇〇〇の兵を集めてこちらへ向かう準備をしている」
「五〇〇〇……。
「遠方の団員の到着が間に合いそうになくて……。一〇〇〇に満たないわ」
斥候によると、ミステイル王国軍は騎馬兵一〇〇〇、歩兵三〇〇〇、弓兵一〇〇〇。
対して
五倍の差がある。正面からの白兵戦では勝ち目がない。
リュエールさんを横目で見ると、焦りの表情は浮かんでいなかった。
「……この数、ガルツは戦場に来ないでしょうね」
「えっ?」
地図から目を離してリュエールさんを見る。
「今のガルツにとって最優先なのは城内の掌握よ。いくらリアに濡れ衣を着せても疑う貴族や騎士がいるでしょう。貴族の懐柔や不穏分子の監視、女王陛下崩御後の政治混乱の収拾。私たちの相手をするより、やるべきことが山ほどあるの」
ルフトさんは「舐められているな」と苦笑していた。
「そうでもないわよ。
「こっちが大軍じゃないことくらい、相手もわかっているだろう」
「そうね。五〇〇〇で潰せるとは思っているでしょう」
どうすればいいのだろう。軍事学を習っていたとはいえ、実戦は初めてだ。
リュエールさんはこちらに視線を送る。
「確認しておきたいことがあるんだけど、リアとクラルスは宝石を宿しているかしら?」
左手を後ろに隠す。月石の魔法はまだ使いこなせていない。
それに露見してしまったら、宝石を狙う賊が拠点に来る可能性もある。
その他にも、どんな危険性があるかわからない。
「……私はダイヤモンドです」
「あら、珍しいわね。ダイヤモンドの宿主に会うのは初めてよ。どう作戦に組み込もうかしら」
「私はリア様の護衛ですのでお傍を離れることはいたしかねます」
ルフトさんは呆れ顔でリュエールさんを見た。
「……だとよ。戦力としては期待できないぞ」
「クラルスには後衛でリアを守ることに集中してもらいましょうか。リアは何か宿している?」
言葉に詰まる。リュエールさんたちの視線が痛い。
「リア様には王族の事情があります」
「はぁ……? 何だよそれ」
ルフトさんはクラルスを睨みつけた。
クラルスが庇ってくれたが、それでリュエールさんは納得してくれるのだろうか。
「……そう。無理には聞かないわ」
「おい、リュエ。おまえ……」
「話を進めるわよ」
ルフトさんの言葉を遮って、リュエールさんは地図の一点を指し示す。
宝石のことを追及されなくて、内心ほっとした。
「このあたりは隆起していて大小の丘が点在している。岩を落として場を混乱させるわ。スレウド、準備のほうはどうかしら?」
「ぼちぼちだな。できるだけ数はそろえるつもりだ」
地図を見ていて、誘い込む箇所の左右に雑木林があることに気がつく。
「弓兵を左右に分けて、落石と同時に射かけるのはどうでしょうか? 雑木林に伏兵を置くといいかもしれません」
リュエールさんは目を丸くして僕を見ていた。
何かいけないことを言ってしまったのか。
「いいわね! 混乱がいっそう広がるわ。リアの作戦採用! じゃあ、弓兵は雑木林に配置しましょうか」
彼女は青い駒を新しくふたつ出して雑木林があるところに置いた。
実戦経験がないので作戦の理解と駒を追うことで精一杯。案がひとつ通っただけで、まだまだ足りない。
リュエールさんはさらに駒をふたつ置いた。
「混乱に乗じて私とルフトが雷撃で騎馬隊を牽制するわ」
二人の左手の爪が、蜂蜜を塗ったような金色をしている。宝石を宿している証だ。
雷撃ということは、雷属性のシトリンだろう。
リュエールさんは話を続ける。
「そして、心理戦をするわ」
「心理戦……ですか?」
「いい情報なんだけど、この五〇〇〇の兵。ミステイル王国の兵士とルナーエ国の騎士が半数ずつなのよね」
リュエールさんは赤い駒を指で静かに倒した。
「王子の反逆だとしたら、なぜミステイルの人間が指揮を執っているのか? 王女殿下から直々の
「寝返らせるのではなく戦意喪失が目的ということですか?」
「正解。相手次第だから期待するのもよくないけどね」
僕はひとつのことを思い出した。
「リュエールさん。城が夜襲に遭ったときに魔法を封じられていたのです。ミステイル軍は魔法封印を使ってくるかもしれません」
「魔法封印……ね」
彼女はこつこつと中指で机を叩く。息を吐いたリュエールさんと視線が交わる。
「絶対とは言い切れないけど、おそらく使ってこないでしょう」
「そうなのですか……?」
リュエールさんは赤い駒を指で小突いた。
「おそらく広範囲の魔法封印は、かなり高等な技術なうえ、相応の代償があったはず。そうでなければ、今ごろ世界中に知れ渡っている」
「たしかに……そうですね」
「それに騎士団長様はルビーの使い手として有名だったでしょ? 騎士団長様の魔法を封じれば、必ず対価に見合う効果が得られる。対して私たちの宝石は相手に知られていない可能性が高い。確証のないことに、魔法封印は使わないでしょう」
彼女の指が、地図の上をなぞる。行き着いた先は味方陣営の真ん中。
「それにね。私たちの作戦は魔法にほとんど依存していない。念のため、対策も考えておくわ。リア、情報ありがとう」
作戦をもう一度確認したあと、スレウドさんとルフトさんは団員に指示をするために公会堂から去っていく。
とにかく僕は戦えるようにしないと。
「リア。あなたには今から全体指揮を教えるわ」
「ぼ、僕がですか?」
「万が一、私が指揮を執れない状態になったときのためよ。指揮官が一人だと危険でしょ?」
僕にそんな重要な役割ができるのだろうか。
リュエールさんは真剣な眼差しで見つめている。
「あと数日で全部覚えるのは無理。だから、最低限の指示だけでいいの」
「最低限……」
「退却指示、伝令への指示、緊急時の判断。新しい作戦を立てる必要はないわ」
駒の位置を見直すと、ルフトさんは中衛、スレウドさんは前衛。後衛で全体を見渡せる位置にいるのは僕しかいない。
万が一の場合、僕の判断に
汗ばんでいる手を強く握る。
リュエールさんが倒れる事態なんて想像したくない。
もしそうなったとき、僕が何もできなければ。
「わかりました。全力で学びます」
怖い。責任が重い。
でも、リュエールさんが信じてくれているなら。
できる限りのことをしよう。
「ありがとう、リア。一緒に勝利を手にしましょう!」
「はい!」