「魔力の使いすぎで気絶してるだけだ。そのうち起きるから安心しろ」
「……よかった」
スレウドさんはクラルスを担いで拠点へ戻っていく。
ようやく息をついたとき、リュエールさんが足早に近づいてくる。
「リア、無事でよかったわ。怪我はない?」
「剣がかすった程度です」
立ち上がろうとしたとき、手足が細かく震えて、自分では止められなかった。
力が入らず、どうしていいのかわからない。
「リア……」
リュエールさんは片膝をつくと、僕を優しく引き寄せた。
「よく、頑張ったわ」
「リュエールさん……。これで、よかったんですよね」
「……えぇ。今日は何も考えないで休みなさい」
まるで心まで包み込むようなあたたかさ。僕の震えはいつのまにか止まっていた。
拠点へ戻ると、ちょうどスレウドさんが公会堂から出てくる姿を見つけた。彼のもとへ駆け寄る。
「スレウドさん。クラルスはどこにいますか?」
「公会堂の奥の個室に寝かせている。左端の部屋だ。ありゃしばらく起きないかもな」
「……はい。運んでくださってありがとうございます」
スレウドさんに一礼をして、急いでクラルスのいる部屋へ向かった。
静かに部屋へ入る。一台のベッドが壁際に置いてあるだけの簡素な空間。
クラルスは外衣を脱がされ、ベッドに横たわっている。
そっと近づき、彼の顔をのぞき込んだ。死がまとわりついているような静かな眠り。
小さな呼吸音とゆっくりと上下している毛布は、クラルスが生きていることを教えてくれていた。
僕はベッドのそばへ腰を下ろし、膝を抱える。
拠点に帰るまでの間、さまざまな声を背負いながら歩いた。
勝利を分かち合う歓喜の声。戦死してしまった仲間への悲しみの声。ミステイル王国に対する怒りの声。
これが、僕の選んだ道なんだ。
十七年前、母上も父上も同じような体験をしたのだろうか。
ずっとクラルスが目覚めるのを待っていたが、夜になっても起きる気配がなかった。
戦の疲れでうとうとしていると、扉を叩く音が聞こえる。誰なのだろう。
重い身体を動かして扉を開ける。そこには毛布を持ったリュエールさんとルフトさんが立っていた。
「クラルスはまだ起きない?」
「はい。あの……クラルスは大丈夫ですよね?」
「大丈夫よ。昼前までには目覚めると思うわ」
リュエールさんはそう言いながら僕の前に毛布を差し出す。
「ここ空き部屋だから最低限の家具しかなくてごめんなさい。今は毛布しか渡せなくて……」
「リュエールさん、お忙しいのにありがとうございます」
彼女は今、戦後処理に追われているはず。それなのに僕たちに気を遣ってくれる優しさ。
リュエールさんの気配りが団員の信頼に繋がっているのだろう。
毛布を受け取ろうと手を伸ばした瞬間。ルフトさんが僕の左手首を掴んだ。
ばさりと毛布が落ちる。
強引に手を引かれると、彼の視線は僕の爪に注がれていた。
「この刻印……月石か。これを隠していたんだな」
「ちょ、ちょっとルフト! 何しているのよ!?」
反射的にルフトさんの手を振り払い、後ずさる。彼の鋭い視線が向けられた。
「何が王族の事情だ。おまえが申告していれば、あの作戦も変わっていた」
「ルフト! 少しはリアの気持ちを考えて!」
「……リュエはこいつに甘すぎだ」
ルフトさんは
リュエールさんは落ちた毛布を拾い上げて僕に再び差し出す。
「ごめんなさい。リアから話すまで聞かないようにしていたのだけれど……」
「月石のことを黙っていてすみません」
「いいのよ。ルフトが言っていたことは気にしないで。作戦のときに月石のことを知っても使わせなかったわ。それと……」
リュエールさんはじっと僕のことを見ている。
「……ガルツは、リアに月石が宿っていることをほぼ確信しているわね」
心臓が跳ねる。あのとき、必死に母上と父上が僕を守ってくれたのに。
しかし、どうしてそう思うのだろう。
「僕は、何かガルツにわかるような行動をしてしまったのでしょうか?」
「消去法よ。王族の正統な血筋で、継承の可能性がある人物は三人。女王陛下、セラスフィーナ王女殿下、そして男性だけどリア。陛下と王女殿下はおそらく確認済みでしょう。宝石室に月石がないなら、唯一確かめられなかったリアを疑うのは当然だわ」
リュエールさんの意見はもっともだ。
彼女は言葉を続ける。
「手配書、見たわよね?」
「はい。原石神殿とセノパーズで、二回見ました」
「リアの月石でやっと繋がった。なぜリアたちが国家反逆者なのに殺害が許可されていないのか」
手配書に“拘束”と書かれていたことを思い出す。
ガルツは月石の在りかに見当をつけているのだろう。けれど、ひとつ疑問が浮かんだ。
「あの、リュエールさん。敵の指揮官には、明らかに僕への殺意がありました。捕らえることが条件なのに、なぜ……?」
「おそらく月石のことは末端の兵士や指揮官には教えていない。奪われるおそれがあるから。あの指揮官は、捕縛の命令をされていたでしょうが、『こちらが不利になるなら殺害する。どうせ公開処刑される国家反逆者だから』と思っていたのでしょうね。今後も誤殺の危険はあると思うけど……。リアを隠せば隠すほど『何かある』と思われて月石の露見に繋がるわ。だから堂々としていましょう」
僕は背を伸ばして頷く。
月石が奪われない限り希望はある。
「月石のことが、まだ僕自身よくわからなくて……。魔法は大勢の前で使わないほうがいいですけど、いざというときに使えるようにしたいです」
「……そうね。クラルスも魔法を使うのに慣れていないみたいだし」
「魔法を教えていただけませんか?」
「私より適任者がいるわ。それに今、埋葬士の手配が進まなくて……。カルムを飛ばしてお願いしているのだけれどね。返事がないのよ」
リュエールさんは眉を下げた。
戦死者の数は計り知れない。埋葬士の数がそろわなければ儀式は長引き、彼ら自身も疫病の危険にさらされる。
いくら仕事でも、受けてくれる埋葬士は少なそうだ。
「早く見つかるといいですよね。戦死されたかたの旅立つ準備ができませんし」
「えぇ、そうね。じゃあ、私はこれで。リア、クラルスが起きたら教えてね」
「はい、毛布ありがとうございます」
彼女が立ち去ったあと、毛布を羽織り、再び床へ腰を下ろす。
クラルスが寝ているベッドに寄り添いながらゆっくりとまぶたを閉じた。