告げられた言葉に僕の
耳鳴りがする。視界が歪む。身体の感覚がなくなっていく。
全部が他人事のようだ。
母上の唇が動いているのは見えるが、言葉として頭に入ってこない。
太陽石と月石は女性王族にしか宿らないはずなのに。どうして男性である僕に。
それにいつ宿った。記憶を辿っても思い出せない。
何か言おうにも、呼吸が乱れ、唇が震える。
「リア。落ち着いて聞いてください」
母上のあたたかい手の温度を肩に感じて我に返る。いつも僕を守ってくれた優しい手。
自分の左手の爪を見ると、そこには痣と言われた刻印があった。
月石の刻印と似ているので、この痣はアイテイル様の悪戯だと幼いころ言われていた。
まさか月石が宿っていた証だったなんて。
「母上……。僕、宿ったときのことを覚えていなくて……」
母上は一度目を伏せたあと、ゆっくりと口を開いた。
「王族は五歳になると……覚えていますか? “宝石の加護”という儀式を」
「うん……宝石室にある太陽石と月石の前で、無病息災を祈る……。でも……僕はいつ……」
「その最中に……リア、あなたに月石が宿りました。やはり、思い出せませんか」
僕は息を呑んだ。その存在は知っていたが、肝心の自分が儀式をしたということは記憶にない。
まるで、そこだけ記憶に穴が空いているように。
「五歳ですよ……。身に宿すには重すぎます。宝石師はおそらく宿った衝撃で記憶が失われているだけと。セラにも聞いたのですが覚えていませんでした」
何かの間違いでは。本当は次期女王であるセラに宿る予定だったのでは。
都合のいいことばかり考えてしまう。
「その場にいたのは私たち家族四人と立ち会った宝石師一人だけでした。すぐに宝石師には他言無用と……」
母上の声が震えている。
九年間も重い秘密を背負っていた母上。
何も知らずに育ってきた自分。
「あなたの成長に
「……僕は……」
母上が秘密を打ち明ける決意をしてくれた。
僕は受け止めないと。母上が苦しんでいた、悩んでいた、九年間を。
母上は少しうつむいたあと、首を振った。
「リア……。あなたには大きなものを背負わせてしまってごめんなさい」
母上は最後に小さくつぶやくと、部屋をあとにした。
静寂の部屋に差し込む月明かりを見つめる。
母上が今まで自身に月石が宿っていると偽っていたのは、僕を守るためだ。
男性王族に月石が宿っているとわかれば貴族や国民もこぞって『王子を殺せ』と母上を責め立てるだろう。
母上のおかげで僕は今日まで生きてこられた。しかし、ルナーエ国の象徴である宝石が、女性王族以外に宿るなんて。
やはり男性王族は『厄災の元』なのかもしれない。左手の爪の刻印をそっとなでた。
***
「……リア様」
クラルスの呼びかけに顔を上げる。彼は気遣わしげに僕を見ていた。
「まだ旅のお疲れが残っていらっしゃるかもしれませんね」
月石のことが気になり、今日の稽古にまったく集中できなかった。
自分から気を紛らわせたくて、クラルスにお願いしたのに申し訳なくなる。
「ごめんね。集中できなくて……」
「今日はもうお休みにしましょう。身体を休めることも大切ですよ」
彼は師の表情を崩していた。
クラルスの気遣いに応えるためにも、自室で休んだほうがいい。
でも。
「クラルス。このあと書庫に行ってもいいかな?」
「えぇ、かまいませんが……。何かお調べものですか?」
「うん、ちょっとね……」
城の書庫には宝石に関する文献がたくさん保管されている。
身に宿っている月石のことを詳しく知りたい。
すぐに着替えをして、書庫へと向かう。
城のはずれにある書庫は、昼間でも薄暗い。重厚な扉をクラルスが開けると、古書独特の埃とカビの臭いが鼻にまとわりつく。
入室するとひとつの足音が聞こえた。誰か先客がいるようだ。
「おお、リアとクラルスか。ここへ来るのは珍しいな」
「……父上!?」
クラルスは父上に気づくと深々と頭を下げる。まさか父上が書庫にいるとは。今の時間は兵舎に行って騎士に稽古をつけていると思っていた。
「リア、どうしたんだ、そんなに驚いて。幽霊が出る時間には早いだろう」
父上は大きな手で僕の頭をなでた。
「あ……すみません。驚いてしまって……ちょっと調べ物をしようかと思いまして」
「リアは勉強熱心だな。何を調べるんだ?」
「えっと……宝石です」
“宝石”と聞いて父上の口元がかすかに動いた。
止められるのではないか。
肯定的でも否定的でもない表情からは何も読み取れない。
「宝石関連の書物は、一番奥の棚だ」
「ありがとうございます」
父上は僕を無理やり書庫から離そうとはしなかった。
会釈をすると「いつもどおりにしていなさい」と小声で告げられる。
そんなことを言われても、
僕には、月石に関することは授業で習った知識しかない。少しでも理解したかった。
父上は机の上に置いてあった本を小脇に抱えると扉の方へ歩いていく。通りすがりにクラルスに目を合わせると軽く手を上げた。
「クラルス。息子を頼むぞ」
「かしこまりました」
姿勢を正してクラルスが頭を下げる。父上は僕に視線を移すと口元を緩める。
「暗くなる前に自室へ戻りなさい」と告げると父上は退室した。
書庫には僕とクラルスだけが残り、静まりかえる。誰かが近づいてくる気配もない。
一番奥の本棚の前へ歩み寄ると、宝石関連の書物が隙間なく並んでいる。
すべて目を通すには時間がかかりそうだ。
「リア様。何かお手伝いできることはございますか?」
「大丈夫。クラルスは自由にしていて」
「かしこまりました。ご用がありましたら、すぐお呼びください」
クラルスに隠し事をしている罪悪感がわき上がった。
相談に乗ってほしいという気持ちはあるが、母上から口止めをされている。いつか彼に話せるときは来るだろうか。
クラルスが隣の本棚に移動したことを確認して、上段の書物を手に取る。読み進めるが、かなり古い宝石の歴史書だった。
他の書物も手に取ってみたが、専門用語たっぷりの学術書。魔法原理についての本。僕の求めている情報はなかなか見つけられない。
月石や太陽石のことが書かれている書物を見つけたが、公に知られている情報しか載っていなかった。
城の書庫に情報がなければ諦めるしかない。
下段の本を戻したとき、かすかに聞こえた音。何かある。
しゃがみ込んで奥に手を伸ばすと指先に当たる紙の感触。引っ張り出すと薄い冊子だ。
なぜこんなところに。
表紙をめくると、見返しに「太陽石と月石について」と走り書きがされていた。
飛び込んできた文字に、心臓の鼓動が早くなる。息を整えようとするが、指がかすかに震えた。
意を決してページをめくると、そこには数行の短い文章が並んでいる。