私の日常は奪われた。
夜が明けても、悪い夢は覚めなかった。
「セラ様。少しは眠れましたか?」
「うん。大丈夫」
ベッドの縁に座り、隣にいるルシオラに寄りかかりながら答える。
ルシオラと城外へ脱出しようとしたとき、ミステイルの兵士に見つかってしまった。
私を逃がそうと、騎士や
しかし、結局捕まってしまい幽閉されている。
城内を我が物顔で徘徊するミステイル王国の兵士たちが憎たらしい。
不意に、扉を叩く音が響く。私は姿勢を正し、ルシオラは庇うように立ち上がった。
扉が開き、私の日常を奪った張本人が姿を現した。
「誰が入っていいと言ったのよ」
「お元気そうで何よりです。仕事をお持ちしました」
ガルツは母上と父上を手にかけ、のうのうと城に居続けている。
公には城で謀反があり、私の安全を確保するためと言っていた。
私の名を使い、ルナーエ国を動かしているガルツ。
無力で幼い自分が悔しい。
ガルツは私の目の前に紙の束を差し出す。
「署名をお願いします」
内容を読んで愕然とした。リアは母上と父上を手にかけた謀反の首謀者、クラルスはその共犯として扱われている。
この手配書に私が署名を。
怒りに手が震え、手配書の束をガルツに投げつける。
「どこまで私たちを侮辱するつもり!」
不規則に舞い落ちる紙をガルツは表情を変えずに見ていた。
「少しは立場をわきまえたほうがいいですよ?」
ガルツは剣を抜くと、ルシオラの首に剣身を当てた。
私が睨みつけると、彼は不敵な笑みを浮かべた。
「署名しないのでしたら職務放棄と見なして、護衛にでも責任をとってもらいましょうか」
ルシオラは表情を崩さずガルツを見ていた。
手配書に署名はできない。でも、私が拒めばルシオラが危険だ。
ガルツが剣身をわずかに滑らせた。ルシオラの首から一筋の血が流れる。
「早く署名をしないと、あなたの部屋が血の海になりますよ」
冷笑しているガルツを横目に、眉一つ動かさずにルシオラは身じろぎもしない。
「勘違いしているようですが、私に人質としての価値などありません」
「……では、試してみましょう」
ルシオラの首に剣身が食い込む。血があふれ出し、外衣を赤く染めていく。
このままでは本当にガルツがルシオラを殺しかねない。
でも、署名をすればリアたちが反逆者に仕立て上げられてしまう。
どうすれば。
ルシオラを見捨てるのか、署名をしてリアたちを追い詰めるのか。
ルシオラが私のほうを見て微笑むと静かに目を閉じた。
私の判断でルシオラが死ぬ。
「や、やめて!」
何も考えずに出た言葉だった。
目の前にいるルシオラを見殺しにすることはできない。できるわけがない。
「しょ……署名するわ。だから剣を収めて」
「署名が先ですよ」
散らばった手配書を拾い集めて、机に向かう。
悔しい。悔しい。
羽根ペンを走らせて、何度も自分の名を書いた。
涙をせき止めるように歯を食いしばる。
すべての手配書に署名をして、ガルツに突き返す。
「これでいいでしょう。剣を収めて」
「……たしかに。優しい主君を持てて幸せですね」
ガルツは剣を収め、ルシオラを見て鼻で笑う。
彼は署名をすべて確認したあと、こちらへ向き直った。
「……あなた、本当に宝石を宿していないのですよね?」
「何度も私の左手を確認したでしょう? 一体何なのよ」
「おかしいですね。月石はどこへ」
「……えっ?」
何を言っている。月石は母上が宿していた。殺して奪ったくせに。
ガルツが間抜けで月石を城内でなくしたとは考えられない。
そもそも、私は法の関係で一般の宝石を宿すことを禁止されている。
「女神の血を引くあなたにも宿っておらず、女王にも宿っていなかった……不思議なものです」
「なっ……。何言っているの!? 母上は九年も前に月石に選ばれたのよ!」
「……本当に何も知らなそうですね。女王の爪の刻印はただの絵だったのですよ。偽りの宿主を演じていたのです」
ガルツがこの場で嘘をつくとは考えにくい。それが真実なら、なぜ母上は隠していたのだろう。
もしかして、月石は九年前に盗まれていて、失態を隠すために母上が宿したと嘘をついたのでは。
でも、それはない。わざわざ宿主になったと公表する必要はない。宝石室には王族でさえ不用意に近づけないのだから。
「……まさか」
リアの左手の爪の痣。ずっと母上の刻印によく似た不思議な形だと思っていた。
もしかしてリアが月石の真の宿主。
しかも、その事実はリアが最近知った可能性がある。
リアは昔から嘘が下手だ。幼いころから知っていたのなら必ず態度や顔に出ている。
それに、ガルツは確信している。リアに月石が宿っていることを。
リアとクラルスへの手配書を読んで違和感があった。
国家反逆者扱いなのに、許されているのは武力行使までで、殺害の許可はない。
ガルツはリアを生かして捕らえるつもりだ。
そして、生け捕りにしなければならないのは、リアが
私の署名が、リアをさらに追い詰める。
「早くあなたの兄君に会えるように尽力しましょう。あなたも聞きたいことが色々あるでしょうし」
そう言い残すと、ガルツは去っていった。
扉が閉まったのを確認して、すぐルシオラのもとに駆け寄る。
ルシオラはハンカチで首を押さえて痛みに顔を歪ませていた。
「ルシオラ、大丈夫!?」
「セラ様。申し訳ありません。私のために……。それにリア様も……」
「謝らないで。私の判断が遅くてこんな傷を……」
私はルシオラを見捨てられなかった。決断が遅れた分だけ、傷は深くなった。
次期女王として今まで教育されてきたはずなのに。
「セラ様がご自分を責める必要などありません」
「……私がリアを追い詰めてしまっている。きっと私の署名を見て裏切られたと思うわ」
「リア様は聡明なかたです。混乱するかもしれませんがセラ様のことを理解してくださいます。クラルスもおそらくともにいるので、支えになってくれているはずです」
ルシオラの言葉に頷く。
リアは一人じゃない。私も一人じゃない。
拳を強く握りしめた。
私は傀儡にされていてもこの国の次期女王。私がしっかりしなくては。
まだ未熟なのはわかっている。間違った判断をしてしまうかもしれない。
それでも、私はおとぎ話の囚われのお姫様になりたくない。
「ルシオラ。私は黙って幽閉されていたくないわ。私にできることをしたい」
「セラ様……それは」
「ルシオラ、私に力を貸して」
「セラ様が仰るのでしたら、私も死力を尽くします」
私なりに国のために、リアのために行動する。
父上、母上、見ていて。
何年かかっても、絶対にリアと再会して、国を取り戻す。そう覚悟を決めた。