長い廊下を走っていると、あたりには騎士と兵士の亡骸が折り重なるように転がっていた。
むせ返るような血の臭いが充満しており、思わず手の甲で鼻を覆った。
「……ひどい」
「足元にお気をつけてください」
亡骸を避けて進むと、ようやく謁見室が見えてきた。
扉は開いており、かすかに声が聞こえる。
僕たちが室内へ飛び込むと、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
父上と
母上は
「は……母上! 父上! 無事でよかった!」
駆け寄ると、二人は目を見開いて僕を見ていた。
まるでここに来てはいけなかったかのような空気。
「リア! どうしてここへ! 伝令と会わなかったのか!?」
「で……伝令? 会っていないよ」
どうやら父上は伝令を僕たちに送っていたようだ。
謁見室へ来るまでに会わなかったので、すれ違ってしまったのか、ミステイルの兵士に討たれてしまったのかもしれない。
「急いで城から脱出するんだ。セラにも伝令は送ってある」
「えっ……!? どこへ行けば……」
「一番近い街でかまわない。不安なら原石神殿へ行くといい」
城からの退避。城で警備している騎士たちでは対応できないほど深刻なのだろう。
「父上と母上はどうするの!?」
二人を残して逃げるなんて。僕が生き延びることに意味があるのだろうか。
「私たちはこの国の女王と騎士団長。騎士や民を置いて逃げるわけにはいきません」
「で……でも……」
「魔法が使えん。思った以上に状況は深刻だ」
クラルスの推測は正しかった。
そこで初めて、緊急を知らせる
城内に危険を知らせるために真っ先に鳴るはずなのに。まさか、事前に夜鐘を封じていたのだろうか。
嫌な汗が背中を伝った。
僕が口を開くより先に、父上がクラルスの前まで歩いてくる。
「クラルス、ここまで息子をよく守ってくれた。いいか、命令だ。今すぐリアを連れて脱出しろ」
「……っ……承知、いたしました」
戦力にすらなれない。ただ逃げることしかできない。自分の弱さが嫌になってくる。
そのとき、乱れた足音が謁見室へ近づいてきた。父上たちはすぐさま警戒態勢に入り、クラルスは僕を背に庇う。
「ちょうどいい。手間が省けました」
暗闇から響いてくる声。その主を僕は知っていた。
月明かりに照らされた
彼が夜襲を仕掛けた首謀者だ。ぞわぞわと足元から恐怖がせり上がってくる。
現れた大勢の兵士たちは、弓や剣を構え、謁見室の出入り口を封鎖した。
ガルツはまっすぐ母上を見据えている。
「アエスタス女王陛下。あなたが宿している月石と隠してある太陽石を渡してください。素直に渡せば命だけは保証しましょう」
「夜襲を仕掛けて、いまさら私の命の保証をするなど……。その話を受けると思っているのですか?」
「では……そこにいる大切なご子息の命を保証すると提案すれば、どうでしょう?」
母上は言葉を失い、隣にいる僕を見やる。
今、ガルツは母上に月石が宿っていると誤認している。僕が本当の月石の宿主だと名乗り出れば、母上たちは助かるかもしれない。
「僕が……」
出かかっていた言葉を飲み込む。
でも、それは母上や歴代の女王が守ってきた
僕一人の判断で、そんな重大なことを決めていいのだろうか。
それに、ガルツが約束を守るとは思えない。
「私が何をしようとも、あなたが私たちを殺すことに変わりはないでしょう」
「どうでしょうね。試しに命乞いでもしてみますか? 俺の気が変わるかもしれませんよ?」
そのとき、父上が一歩ガルツに近づく。
「同盟を結んでいた国の王子が、このような卑劣な夜襲を仕掛けるとはな」
「平穏に浸かっていたあなたたちには、お似合いの最期でしょう」
「我々から
「それはご安心ください。あなたたち王族は国内にいる反乱分子の夜襲に遭い、命を落としたことにしますので。我々ミステイルは異常事態に気づいて駆けつけ、反乱分子を討ち取った英雄と称されるでしょう」
ガルツの思惑どおりになれば、
そこまで考えて夜襲を行っているなんて。
張り詰めた空気に喉が押しつぶされそうだ。
不意に母上が僕の手を取った。
「リア、お願いです。どんなにつらくても生きてください。可能性を捨てないで。よき母親ではありませんでしたが、あなたのことは愛していました」
母上の手を握り返す。そんなことを言わないでほしい。まるで永遠の別れのような。
「……母上」
震えている唇を必死に動かしているのに、声は言葉にならなかった。
母上はクラルスと周りにいる
母上の手が離れたと同時にクラルスは僕の手を強く握りしめた。
言葉が出ない代わりに首を横に振った。僕だけ逃げたくない。
闇を貫くような母上の凛とした声が謁見室に響く。
「どんな状況でもミステイル王国に宝石は渡しません!」
「アエスタス女王。その選択を後悔するといいでしょう」
不敵に笑うガルツが右手を掲げる。それと同時にクラルスは僕の手を勢いよく引いて、走り出した。
向かっている先は謁見室に隣接するバルコニー。
無数の矢が放たれるが、
振り返ると、父上は母上を守るように全身で矢の雨を受けていた。
母上が倒れた父上に寄り添おうとした瞬間、一本の矢が母上の胸を貫く。
大切な人たちが失われていく。全身を引きちぎられるような痛みが駆け巡った。
「母上っ! 父上っ!」
クラルスが僕の手を強く引いた。足が自然と二人のもとへ向かおうとするのを、彼が必死に押しとどめていた。
「王子を追え」とガルツの声が聞こえた。
バルコニーへ出るが、剣をたずさえたミステイルの兵士たちが僕たちを囲む。
「リア様! しっかり掴まっていてください!」
クラルスに抱き寄せられると身体が宙に投げ出される。
助けられなかった。守れなかった。なぜこんなことに。
僕は涙とともに暗闇へと落ちていった。