プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-   作:天花るい

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第6節 一夜の喪失

 長い廊下を走っていると、あたりには騎士と兵士の亡骸が折り重なるように転がっていた。

 むせ返るような血の臭いが充満しており、思わず手の甲で鼻を覆った。

 

「……ひどい」

「足元にお気をつけてください」

 

 亡骸を避けて進むと、ようやく謁見室が見えてきた。

 扉は開いており、かすかに声が聞こえる。

 僕たちが室内へ飛び込むと、目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

 父上と星永(せいえい)騎士数名。皆、血まみれになっている。

 母上は毅然(きぜん)とした態度で星永(せいえい)騎士たちと言葉を交わしていた。

 

「は……母上! 父上! 無事でよかった!」

 

 駆け寄ると、二人は目を見開いて僕を見ていた。

 まるでここに来てはいけなかったかのような空気。

 

「リア! どうしてここへ! 伝令と会わなかったのか!?」

「で……伝令? 会っていないよ」

 

 どうやら父上は伝令を僕たちに送っていたようだ。

 謁見室へ来るまでに会わなかったので、すれ違ってしまったのか、ミステイルの兵士に討たれてしまったのかもしれない。

 

「急いで城から脱出するんだ。セラにも伝令は送ってある」

「えっ……!? どこへ行けば……」

「一番近い街でかまわない。不安なら原石神殿へ行くといい」

 

 城からの退避。城で警備している騎士たちでは対応できないほど深刻なのだろう。

 

「父上と母上はどうするの!?」

 

 二人を残して逃げるなんて。僕が生き延びることに意味があるのだろうか。

 

「私たちはこの国の女王と騎士団長。騎士や民を置いて逃げるわけにはいきません」

「で……でも……」

「魔法が使えん。思った以上に状況は深刻だ」

 

 クラルスの推測は正しかった。

 そこで初めて、緊急を知らせる夜鐘(やしょう)が鳴らなかったことを思い出す。

 城内に危険を知らせるために真っ先に鳴るはずなのに。まさか、事前に夜鐘を封じていたのだろうか。

 嫌な汗が背中を伝った。

 僕が口を開くより先に、父上がクラルスの前まで歩いてくる。

 

「クラルス、ここまで息子をよく守ってくれた。いいか、命令だ。今すぐリアを連れて脱出しろ」

「……っ……承知、いたしました」

 

 戦力にすらなれない。ただ逃げることしかできない。自分の弱さが嫌になってくる。

 そのとき、乱れた足音が謁見室へ近づいてきた。父上たちはすぐさま警戒態勢に入り、クラルスは僕を背に庇う。

 

「ちょうどいい。手間が省けました」

 

 暗闇から響いてくる声。その主を僕は知っていた。

 月明かりに照らされた濡(ぬ)れ羽(ば)色の髪、赤紅(あかべに)色の瞳。ミステイル王国第二王子ガルツ。

 彼が夜襲を仕掛けた首謀者だ。ぞわぞわと足元から恐怖がせり上がってくる。

 現れた大勢の兵士たちは、弓や剣を構え、謁見室の出入り口を封鎖した。

 ガルツはまっすぐ母上を見据えている。

 

「アエスタス女王陛下。あなたが宿している月石と隠してある太陽石を渡してください。素直に渡せば命だけは保証しましょう」

「夜襲を仕掛けて、いまさら私の命の保証をするなど……。その話を受けると思っているのですか?」

「では……そこにいる大切なご子息の命を保証すると提案すれば、どうでしょう?」

 

 母上は言葉を失い、隣にいる僕を見やる。

 今、ガルツは母上に月石が宿っていると誤認している。僕が本当の月石の宿主だと名乗り出れば、母上たちは助かるかもしれない。

 

「僕が……」

 

 出かかっていた言葉を飲み込む。

 でも、それは母上や歴代の女王が守ってきた原石(プリムス)を放棄することになる。

 僕一人の判断で、そんな重大なことを決めていいのだろうか。

 それに、ガルツが約束を守るとは思えない。

 

「私が何をしようとも、あなたが私たちを殺すことに変わりはないでしょう」

「どうでしょうね。試しに命乞いでもしてみますか? 俺の気が変わるかもしれませんよ?」

 

 そのとき、父上が一歩ガルツに近づく。

 

「同盟を結んでいた国の王子が、このような卑劣な夜襲を仕掛けるとはな」

「平穏に浸かっていたあなたたちには、お似合いの最期でしょう」

「我々から原石(プリムス)を奪ったとしても、ルナーエ国の同盟国が黙ってはいないぞ。ミステイル王国もただでは済まない」

「それはご安心ください。あなたたち王族は国内にいる反乱分子の夜襲に遭い、命を落としたことにしますので。我々ミステイルは異常事態に気づいて駆けつけ、反乱分子を討ち取った英雄と称されるでしょう」

 

 ガルツの思惑どおりになれば、原石(プリムス)の管理とルナーエ国の統治をミステイル王国に任せる話まで出かねない。

 そこまで考えて夜襲を行っているなんて。

 張り詰めた空気に喉が押しつぶされそうだ。

 不意に母上が僕の手を取った。

 

「リア、お願いです。どんなにつらくても生きてください。可能性を捨てないで。よき母親ではありませんでしたが、あなたのことは愛していました」

 

 母上の手を握り返す。そんなことを言わないでほしい。まるで永遠の別れのような。

 

「……母上」

 

 震えている唇を必死に動かしているのに、声は言葉にならなかった。

 母上はクラルスと周りにいる星永(せいえい)騎士に目配せをする。

 母上の手が離れたと同時にクラルスは僕の手を強く握りしめた。

 言葉が出ない代わりに首を横に振った。僕だけ逃げたくない。

 闇を貫くような母上の凛とした声が謁見室に響く。

 

「どんな状況でもミステイル王国に宝石は渡しません!」

「アエスタス女王。その選択を後悔するといいでしょう」

 

 不敵に笑うガルツが右手を掲げる。それと同時にクラルスは僕の手を勢いよく引いて、走り出した。

 向かっている先は謁見室に隣接するバルコニー。

 無数の矢が放たれるが、星永(せいえい)騎士たちが身を挺して僕とクラルスを守り、散っていく。

 振り返ると、父上は母上を守るように全身で矢の雨を受けていた。

 母上が倒れた父上に寄り添おうとした瞬間、一本の矢が母上の胸を貫く。

 大切な人たちが失われていく。全身を引きちぎられるような痛みが駆け巡った。

 

「母上っ! 父上っ!」

 

 クラルスが僕の手を強く引いた。足が自然と二人のもとへ向かおうとするのを、彼が必死に押しとどめていた。

 「王子を追え」とガルツの声が聞こえた。

 バルコニーへ出るが、剣をたずさえたミステイルの兵士たちが僕たちを囲む。

 

「リア様! しっかり掴まっていてください!」

 

 クラルスに抱き寄せられると身体が宙に投げ出される。

 助けられなかった。守れなかった。なぜこんなことに。

 僕は涙とともに暗闇へと落ちていった。

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