茜が大学に入学してから、半年ほどが経った頃のことだ。出会ってから、ちょうど四年が経とうとしていた。
俺は大学四年、教育実習やら卒論の準備やらで、慌ただしい日々を送っていた。茜はというと、念願だった理学部に進学し、入学早々から教授に目をかけられ、一年生のうちから研究室に出入りすることを許されていた。元々の成績もさることながら、持ち前の凝り性と探究心が買われてのことらしい。おかげで、朝から晩まで研究室に入り浸る生活を送っている。お互い忙しさの種類は違えど、顔を合わせる時間が減ったことに変わりはなかった。
だからこそ、休日にリビングでゆっくり過ごす時間が、以前よりずっと貴重に感じられるようになっていた。
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ある休日の午後、俺はソファで読みかけの本を開いていた。向かいのテーブルでは、茜がノートパソコンを広げて何やら難しそうな計算をしている。
しばらくして、キーボードを叩く音が止んだ。見ると、茜がノートパソコンの前で船を漕いでいる。
「茜、起きてるか?」
声をかけても反応がない。どうやら、本格的に眠ってしまっているらしい。
研究に根を詰めすぎたのだろう。最近、帰りが遅い日が続いていたのを思い出す。起こすのも忍びなくて、俺はそっとノートパソコンを閉じてやった。
数分後、ソファに座る俺の隣に、ふらふらとした足取りで茜がやってきた。
「……茜?」
返事はない。茜は半分眠ったような状態のまま、迷わず俺の肩にもたれかかってきた。
「お、おい、茜。」
「……んん。」
寝ぼけた声で何か呟いたかと思うと、そのまま完全に寝入ってしまったらしい。規則正しい寝息が聞こえてくる。
俺はしばらく、どうしたものかと固まっていた。起こすべきか、このままにしておくべきか。迷った末、結局そっとしておくことにした。重みを感じる肩から、妙にくすぐったいような、温かいような感覚が広がっていく。
本を読む手は、いつの間にか止まっていた。
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一時間ほどして、茜が目を覚ました。
「……あれ、私、寝てた?」
「ああ、ばっちり。俺の肩で。」
「え。」
状況を理解したのか、茜の顔がみるみる赤くなっていく。こんなに動揺する彼女を見るのは珍しい。
「ご、ごめん、起こしてくれればよかったのに。」
「気持ちよさそうに寝てたから、悪いなと思って。」
「……それはそれで、恥ずかしいんだけど。」
珍しく歯切れの悪い茜に、俺の方がなんだか可笑しくなってしまう。
「別に、気にすることないだろ。疲れてたんだし。」
「……そうか。じゃあ、お言葉に甘えて、気にしないことにする。」
開き直りの早さはいつも通りだったが、しばらくの間、茜はどこか落ち着かない様子でこちらをちらちらと窺っていた。
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それから、妙なことが起こるようになった。
茜がソファでうたた寝をするたびに、気づけば俺の方に寄りかかってくるようになったのだ。最初の一度こそ無意識だったのだろうが、二度目、三度目となると、もはや意図的と言っていいような気がしてくる。
「なあ、茜。最近、寝る時いつも俺の方に来るけど。」
ある日、思い切ってそう聞いてみた。茜は悪びれる様子もなく、あっさりと答えた。
「ん?慎の肩の方が寝やすいから。」
「それ、理由になってるか?」
「なってるよ。クッションより体温があって、ちょうどいい硬さなんだから。」
「物みたいに言うなよ。」
「褒めてるんだよ、これでも。」
どこまで本気なのかわからない口調で言われて、俺はもう反論する気も起きなかった。
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逆に、俺が先に眠ってしまうこともあった。
ある晩、課題に追われて寝不足だった俺は、ソファに座ったまま、いつの間にか意識を手放していたらしい。
目を覚ますと、隣に茜が座っていて、俺の頭が、いつの間にか彼女の肩に乗っていた。
「あ、起きた。」
「……い、いつから。」
「慎が寝てから、ずっと。重かったけど、まあ、悪くなかったよ。」
悪くなかった、という言葉に妙な実感がこもっていて、俺は顔が熱くなるのを感じた。
「起こしてくれればよかったのに。」
「それはお互い様だよ。」
してやったり、と言わんばかりの顔で笑う茜に、俺はぐうの音も出なかった。
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こうして、ソファでうたた寝をするたびに寄りかかり合うのが、いつしか俺たちの間で当たり前になっていった。言葉にして確認したわけではないのに、どちらからともなく自然とそうするようになっていた。
ある夜、珍しく二人同時に眠気に襲われて、どちらからともなく肩を寄せ合うようにして眠ってしまったことがある。目が覚めたのは深夜で、気づけば、茜の頭が俺の肩に、俺の頭が茜の頭に、お互いもたれ合うような形になっていた。
「……こんな体勢で寝たら、首痛めるな。」
小さく呟くと、隣で茜がくすくすと笑った。
「違いない。ほら、いい加減ちゃんとベッドに戻って寝よう。」
そう言って、茜は名残惜しそうにしながらも、自分の部屋へと戻っていった。扉が閉まる音を聞きながら、俺はしばらくソファに座ったまま、さっきまであった肩の温もりの余韻に浸っていた。
出会ってから四年。たったそれだけの、何気ない夜のやり取りが、こんなにも愛おしく感じられるようになるとは、あの頃の俺には思いもよらなかった。