不定期更新です。前半までのプロットは存在しますが、後半は原作の展開に大きく左右されるため未定です。
歓迎された侵入者
□2045/4/15
「ようやく! 出られる!! 長かった!!! ほんと、マジで……!!」
もし彼女が、いままで歩んできた人生の中でも特に嬉しかった瞬間を挙げろと言われたら、この世界に飛び込んだ瞬間と、いまこの瞬間を挙げるだろう。それくらい、彼女は喜んでいたし、同時に、希望に満ちていた。
初めてログインした直後の降下の瞬間は、今でも覚えている。高所恐怖症殺しの自由落下のことは当然知る由もなく、始まった瞬間に死を覚悟したものだ。
それから、ここに来た瞬間の困惑もよく覚えている。一気に絶望が襲ってくることがないかわりに、じわじわと現実が這い寄ってきたような気分だった。よくここまで、折れずに進んできたものだと、自画自賛しても許されるだろう。
このゲームは、彼女に様々な初めてを提供してくれた。ゲーム本体入手の苦労も、落下の絶望も、半ば無理やり攻略を進めることの面倒さも、初めて命を奪った瞬間の高揚も、手に入れたあらゆる知識も。
ほとんどが苦い記憶だった。しかしこの瞬間のために苦労を惜しまず、この瞬間のために困難を乗り越えてきた。おかげさまで、彼女は
ここに来てから幾星霜。いつの間にやら、リアルの日付で二ヶ月弱もの月日が流れていた。正確に
「なんで私は半年も
そんな捨て台詞を吐き捨て、最後の扉を潜る。
この光景も見納めか。長いようで短かった——そんなことないわ。長かった。確実に長かった。まぁ、そんな生活もこれからは変わる。いい加減ソロには飽きたんだ。MMOのMOの部分をやらせてくれ!
「これで、自由だ——あれ?」
扉を抜けた先は、山肌の露出する山岳地帯だった。
少なくとも、想定していた出口である森林部ではない。当然見覚えがないが、
脱出を果たした彼女を待っていたのは、希望に満ちたMMOでもなんでもなかった。
それは低く、けれど巨大な轟きだった。
地平線の果てから果てまでを揺らすような、空気の振動。
まるで巨大な爆弾でも爆発したかのようなその音は、しかし火薬によるものではない。
巨大な何かを打ちつけあうような、激突音。重なる土砂崩れの音が小さく聞こえるほどのそれは、二つの巨影によって為されていた。
それは、
脱出した彼女が最初に目にしたのは、そんな怪獣大戦争——の、四つの土踏まずだった。
災難なことだ。彼女は、破壊の限りを尽くす暴虐のさなかに、人知れず顔を出してしまったのだ。さらに災難なことに、彼女が何か反応をする前に、巨大ロボの足が地を捉え、蹴りの姿勢を取るために踏み抜かんとしていた。
「え、ちょ、なにこ——」
反応することもできず、
ところで、このゲームにおけるデスペナルティは、ゲーム内時間にして三日のログイン不能処理である。
□2045/2/18
私は、真白小鈴は丁寧に仕舞われたゲームのパッケージの前に正座していた。宅配を受け取り、震える手で緩衝材を脇に退け、相対してから約十分。
緊張しているわけではない。むしろ、歓喜のあまり踊ってしまいたいくらい。でも、今はまだその時ではない。まだ、噛み締める段階。
「長い、道のりだった……」
発売当時、私は学生の身だった。課題に追われ、金欠に迫られ、余裕がないときに世間は湧いていた。歯がゆい気持ちで一杯だった。娯楽に浸る時間なんて存在せず、目の前のことで精一杯だった。悔しかった。
世間を見返してやるため、上手くいくまで娯楽を断つと決め、人生をひた走った。がむしゃらになって好転させようとした。
経済学を学ぶ友人に
お陰で今では成功者の部類だ。お金にも時間にも余裕があって、一年前とは見違えるようだ。あの頃の余裕のない自分からすれば、今の自分のような余裕のある人間はさぞ憎いだろう。それでも、成功はしたんだ。遂に娯楽断ちは終わった。
しかし、すぐにデンドロの世界に飛び込むことはできなかった。ハードを入手できなかったのだ。有り得ない話。
品薄な訳じゃない。聞くところによれば、このゲームの
まるで、ゲームに拒まれているような錯覚さえ覚えた。この私が? 一年かけてこのゲームのために努力を強いられた私が? そのときの感情は、一言で言い表すなら『憤慨』だ。
そう思ったら二日でゲットできた。訳が分からない、やはり生きる原動力は怒りなのか。ともあれ入手できた。ここ数日はずっと小躍りしそうな気分だった。wikiを読んで開始直後にすべきことを事前調査しようとして、読み進めるうちに読まない方がいい項目まで進んでブラウザバックしたりした。
そんな努力と汗と血と殺意と待ちのゲーム、<Infinite Dendrogram>の筐体は目の前にある。しばらくは遊んで暮らせるくらいの資金と時間がある。邪魔する存在はいない。いざ、開封!
「お〜……おー? 思ってたより小さい……?」
出てきたのは、ヘルメット型のフルダイブ・インターフェース。ただ、既存のものよりは遥かに小さい。物理的なサイズというよりは、厚さだ。
フルダイブ機器はユーザーの脳に直接作用するから、安全装置含め肥大化する傾向にある、と思っていた。でもこれは……薄い。これを被ってバイクを乗り回しても不快に思わないんじゃないか、というくらいには薄い。二十年前に流通した
気付いたら見入っていた。これも趣味ではあるけど、そろそろ本命に手をつけてあげないと昔の自分がかわいそう、今の自分もかわいそう。取説を読めば、被って電源をつければ完了らしい。本当に現代の技術か?
上がるテンションを抑えつつ、フルダイブゲームには付き物の前準備を全て済ませ、ベッドに横たわる。水よしトイレよし食事よし連絡よし。さあ、楽しい楽しいゲームの時間だ。私だけの
数秒後、視界は暗転していた。
◇
「こんにちは世界!」
元気な挨拶に返事をしてくれる存在はいなかった。当然か。で、ここはどこ、あるいは何だろう。キャラメイクができると聞くし、セットアップの場なのかな?
見渡せば、彼方まで広がる暗い床と、淡く光る水平線。誰もいないし何もない、のっぺりとした空間。ここで走り回ればどこまでも行けそうな拡張性を感じる。不思議な場所だ。
「で、チュートリアルは? ないの? 誰かー……」
無慈悲! チュートリアル役はいないらしいです。おっかしいな、いるって聞いたんだけど。wikiにはそう書いてあった。まぁ、チュートリアル役AIにも種類がいるらしい。出てこないのも個性と思って、勘でやればいいか。まったく、AIくんったらシャイなんだから。
こういうので設定できることって何があるだろう。まずはキャラメイクか。
さて……どうやって設定するの?
「どうやって設定するの?」
声に出したらウィンドウが出てきた。
「うひゃぁ!? びっくりした!」
ともあれ声に出したらウィンドウが出てくるらしい。声に出して読まないといけない日本語。ともあれ設定ができないことはないらしい。なら、まずはPNから。
PNはいつも愛用している『ソロ海苔』。名前の鈴をエスペラント語にしてsonorilo、ローマ字読みをアナグラムにしてソロ海苔。なんでエスペラント語にしたのかは覚えてないけど、十年近い付き合いのある名前だ。性別も初見じゃ分かりにくいし、本名バレもない。ネット活動の際はずっと役に立ってくれてる。ロリではない。
次に外見、年齢、性別。これは予め決めてある。声に出したら設定画面とプレビューアバターがでてきたので、早速入力をしていく。
性別は変えず、そのまま。乖離が激しいと動かしづらいのはフルダイブあるあるらしい。
年齢は今より少し若めに16歳。体力に一番余裕がある年齢といえばこのあたり。歳を食うと老化が、肉体の衰えが怖い。あと精神年齢がガキだから。未だにどうでもいいことで笑ってる大人です。
外見は普通の16歳より小さめにする。150に載せるか載せないかで悩んで、149センチメートルにした。優柔不断め。乳もリアルより多めに盛ろうとして、目指したいプレイ方針とアバター設計目的にそぐわないため、一回盛って揉んで減らした。いいもんね、向こうで美少女捕まえるから。体重も軽めにした。
初期装備はプリセットされているものから選ぶ方式。迷わず<
今回目指すのは、高速機動避け魔術師。なので当たり判定は減らしたかったんだよね。
降ってきたアイテムボックスを拾って、配布武器は杖を——選ばずに短剣にする。結局ジョブに就かないと何も出来ないらしいし、かといって魔法職に就けば杖はたぶん必須じゃない。なら、確実に苦手になる近距離をカバーするための保険が欲しい。
さて、準備は終わったかな。終わってるはず。終わった! 嘘、終わってない。スポーンする国を選ばないと。まぁこれはレジェンダリア一択だわね。魔法やるなら妖精郷でしょ。
これで本当に準備はおしまい、デンドロが本当にスタートできる!! ひゃっほう!! 私は自由だー!! シャイなAIさんありがとう! くたばれ。
自由を宣言した瞬間、地面という支えを失う感覚がした。え? 死?
浮遊感を感じて下を見れば、森が広がり、空が不思議な色に染まる
しかし上がるテンションとは裏腹に高度は落ちていたので、何事もなく地面に激突し、何事もなく初回ログイン用の激突防止措置が働き、ノーダメージのまま土埃を上げて——勢いのままに地面を掘り進めて落ちていった。
「いやどこだよここ」
こんにちは世界。これまた随分とリアルな世界に来たもんだね。空は青かったし、風も強かったし土の味がした。にしてもここはどこ? 私は誰? お前は誰? 俺の中の俺?
wikiにいわく、「初回ログイン時は降り立つ国を選択でき、セーブポイントに比較的近い位置に
確かにセーブポイント的なものはある。部屋の隅に置いてあるかなり大きいベッドだ。人が何人か寝られるサイズと思えばそうだし、二、三メートルある人にも対応していると思えばそう見える。普通のベッドの四倍くらいの大きさなんじゃなかろうか。各辺が倍の長さになったような印象を抱く。
ベッドのほかにも、いろいろあった。ベッドが置いてある隅以外にも、キッチンめいた一角や、机にしては大きな机——なんらかの作業机に見える——があったり、本棚があったりした。逆に部屋の真ん中は奇妙なくらい何も無く、多少の激しい運動ならできそうなくらいだ。壁は一面にだけドアがついていて、反対側には大きな穴。向こうは闇に包まれていて怖い。ほかの二面には何もない。強いて挙げるとすれば、光源があるくらい。燃料で点いているのか、はたまた電源があるのかはわからないが——ひどく殺風景な部屋だ。家具の類いはないし、壁も色味がなく単調だ。
とりあえずベッドを調べてみる。かなり大きく、数人なら寝転がれそうだが、セーブポイントとして機能するかは謎だ。寝心地はどうなんだろう。感触からして柔らかいし、不便はなさそうな——『セーブポイントを登録しました』セーブポイントとして機能しそうですね。通知用ウィンドウがそういうならそうなんだろう。何これ。絶対非正規じゃん。聞いた話と違う。
机や本棚を見て回る。机には何も無かったが、かなり頑丈そうだった。多少のことでは壊れなさそうな感じがする。勘でしかないけど。
本棚には様々な書籍が並んでいた。書籍のほとんどに共通していたのはチュートリアル用だということ。ジョブの就き方について、<エンブリオ>の特徴について、モンスターについてや素材について、系統別基礎職の心得各種、エトセトラ。wikiを見ればわかるような話ではあるけど、ログアウトの必要がないのは助かる。
しかし、ぼんやりと見ているからかもしれないが、専門書の類いは見かけない。どちらかと言えば、図鑑や初学者向けの教科書が多いように感じる。まるで
wikiではゲームを始めたあとのことだけを調べていたから、始めた直後のことは何も知らない。こんなことが起こるのか、起きたとしてどのくらいの頻度なのか、共通点はあるのか。セーブポイントを設定しておけばログインできるはずだし、とりあえず調べてこよう。
◇
結論として、前例はなかった。掲示板もざっと見てみたけどログイン直後に誰もいないなんて事例はなかったし、各国のセーブポイントについての記述を見ても
しばらく原作と関わることはありません。