再ログインを済ませても景色に変わりはなかった。修正されないなら、単なるバグというわけでもないらしい。なんだよオンリーワンって。こんなことってありなのかよ。物が多いわけではないから、部屋の中の探索をしたくてもすることがない。せいぜいが本棚漁りくらい。困ったら頼ることにしたいな。あの、困ってます。頼っていいですか?
困ると言っても、とりあえず何をするかに困っている。私はいつも、何から始めるかに困ったときは、できることとやるべきこと、やりたいことをそれぞれリストアップしてみることにしているなら、その鉄則に従って箇条書きにしてみる。
やりたいこと
・ゲームを楽しみたい!
→レベル上げ
→ジョブと戦闘のパターン構築
→クエストをこなす
→<ティアン>と関わってみたい
・ここを探索しつくしたい
・ここから出たい
やるべきこと
・現状把握
→探索
→ここがどこなのか、何なのか調べる
・安全確保
→戦闘力向上
→レベル上げ
・生存方法の確立
→
・滞在期間の確認
・簡単に出られそうか確かめたい
→出られそうにないなら長期滞在を考える
→出られそうなら、立地確認をする
→街が周囲にないなら長期滞在を考える
・安全度合いによって臨機応変に対応を変える
できること
・部屋の探索
→書籍を読み漁る
→ここについての情報がないか探す
・周囲の探索
・穴の向こう
→光源を確保したいが、なくても目を凝らせば見えそう?
→
→詰まったら飛び込むのも視野
・ドアの向こう
→危険度が未知数
→後回しにしたい
・システム面の把握
・ゲーマーたるもの仕様把握くらいはしたい。リアルと体格が違うから、動きも慣らしたい。
こんなところか。第一優先は探索、次点でシステム把握と生存の安定かな。まずは探索だけど。一に探索二に探索、三も四も五も探索だ。
「ともあれ……頑張るぞ~」
活を入れて最初にやるのは本棚漁りだ。天井まである十段組みが四台。区切られたスペースには、それぞれナンバリングされた本がテーマ別に入っていて、違うジャンルの本は混ざらないようになっていた。違うタイトルがないからといって、同じタイトルの本が別のところにないわけじゃないらしく、例えば右端の棚は半分以上がモンスターについての本で埋まっているし、左側の二つの棚はジョブとスキルの本がほとんどのように見える。右側のような、背表紙の色が違うからできる段ごとのグラデーションみたいなものはない。
ともあれ、まずはタイトルを眺めていく。どんな本がどのくらいあるのかを知りたい。
地理関連の本。七大主要国家について。各国の特徴について、観光について、生産について。主要国家以外の小規模国家について。主要な移動手段について。
プレイヤーとNPC関連の本。<マスター>について。<エンブリオ>について。<ティアン>について。人型範疇生物のさまざまな種族について。
ゲーム面での仕様に関連した本。アイテムボックスについて。PKについて。犯罪と指名手配について。“監獄”について。
単体で見れば一番数が多いモンスター関連の本。各地の既知の通常モンスターを全部網羅しているシリーズは、一冊一冊が五センチくらいの厚さを持ちながら四八巻まである。ほかにも、各地を知るうえで特筆すべき個体に絞った
そして、合わせて考えれば一番数が多いジョブとスキルの本。下級職と上級職、超級職の違いや条件についての本。適職診断カタログなんてものもある。西方と東方のジョブの相違点について書かれた本。ジョブ別習得スキル図鑑。汎用スキル一覧、汎用スキルを習得できるジョブについて。
他の雑多なジャンルの本もいくらかあるらしい。右の棚の最下段だけがそうらしく、半ば御伽噺じみた逸話集や童話などが詰まっている。伝説の覇王についての逸話や、世界を滅ぼす邪神について。ほかにも、数百年前の時代の話が多数あるらしい。
そして、最後に——本棚の側面、大きな本棚からすればわかりにくい、しかし特別であることはわかりやすいように設置された籠のようなもの。そこには、いま私が求めてやまないここについての本——<塔>についてと銘打たれた本があった。
◇
『数ある書籍の中からこれを見つけ、そして読んでくださり、ありがとうございます。当施設をご利用になる方の一助になれば幸いです。ここは明確な名称があるわけではありませんが、仮称として<塔>を用います。
ここは、元来より特異性を持った<マスター>の中でも、ひときわ特異な方を収容・隔離するために設計されました。本来は管理AIにより排されるはずだったイレギュラーな<マスター>——しかしなんの過ちなのか、ここに来られてしまった存在——などがこれに該当します。異常性を認識し次第、収容することになっています。手違いだった場合は申し訳ありません。
<塔>の設計目的は著者である私の個人的なものであり、あらゆる<ティアン>などとは異なるものです。<塔>は、イレギュラーな<マスター>が参入した際、自身の異常性を認識してもらうため、そしてなるべく一般的な<マスター>への介入を遅延させるために設計されました。ですが、一切の介入を抑止したいわけではなく、無自覚に悪影響を及ぼすことを避けてもらうための“慣らし”の役割が近しいです。ご理解ください。
おそらく、これを読む方は通常とは異なる成長を遂げます。でなければここには来ていません。これを書いている際も、とんでもない手法で全てが無に帰すのではないかと戦々恐々としています。ですが、ここまで読んでいただいているのであれば、どうか自身の異常性を認識し、<ティアン>と<マスター>の向かう未来に下手に介入することなく見守ってください。
<塔>は十の異なる階層からなる大規模ダンジョンです。<マスター>の拠り所にして帰還地点、“化身”たちにいわく『セーブポイント』はこの部屋に設置しました。この冊子がある部屋、セーブポイントがある部屋は安全圏です。少なくとも、ダンジョンから侵入されることはありません。扉の向こうには階段があり、そこを登れば第一層があります。すべての階層を踏破すれば、ランダムな人類圏に出ます。脱出後、右も左もわからないといった状況を避けるため、さまざまな書籍を各地より収集しました。ご活用ください。
各階層の広さや構造はまちまちで異なります。しかし共通するのは、敵対的な存在がいます。戦闘向きでない方でも太刀打ちできるよう、なるべく丈夫な作業台を用意しました。また、奥の部屋には炉や保管用スペースを設けてあります。フロントロード用のツールも配備してあります。ご活用ください。
最後に、<
◇
……なんといったものか。私は私自身に異常性があるなんて思ってないし、かなり普通寄りの自認をしている。だからここに来たのも手違いなんじゃないかと思うけど、それにしては悪意を感じられない。策略や陰謀を感じないし、むしろフレンドリーに近いような印象を受ける。まあ、私に対してよりは私以外に対する思いの方が強そうだけど。そう書いてるし。私ってそんなに悪影響を及ぼせるほどの人間か? そんなことはないと思うけど。
何にしても、ここの情報がわかったのはありがたい。安全の保障にしても、外に出られる保障にしても。特に、ゴールが見えているのは非常に助かる。しばらくの間は脱出を目標にしよう。とりあえず、道具があるらしいし隣の部屋を見てみようか。
隣の部屋を覗いてみる。暗がりが支配していて見えづらいから、正面しか見えない。どこかで光源を確保してきたいところだけど……物資があるらしいから、確認しないわけにはいかない。恐る恐る踏み込んで、目が慣れるまで待ってみる。
待つこと二、三分。なんとなく見えるようになってきた。広さは明るい方とだいたい同じ、教室の四倍くらい。明確に異なるのは明るさと、所狭しと並べられたラック。ラック間の距離はさほど広く取られてはおらず、通るぶんには支障はないが物の出し入れを積極的にしたくなるような、そんな距離感。
入口近くのラックは食糧で埋められている。何のためなんだろう。壁際のラックを見やれば、直剣や短剣、大剣などの武器や、彩り鮮やかな杖、挙句の果てには銃器も置いてある。レパートリーは豊富なようだ。思わず感嘆の声を上げる。これだけあれば、少なくとも困ることはない。
奥へと歩みを進めれば、炉としか言えない設備が出迎えてくれた。大きく口を開き、薪をくべられるのを今か今かと待つそれの前には、使えと言わんばかりに小ぶりな椅子と鍛冶台らしきものが置いてある。備え付けの武具では飽き足らず、自力生産を望むならば使うだろうが……私は使わないだろう。生産職で
あの、すみません。探索ってもしかして終わりですか? はい、終わりですよ。そんな……。探索、現実に向き合いながら現実逃避をできていて、かなり満足度が高かったんだけどな。楽な時間にも終わりは来るものなんだな。悲しいね。
少し悲しい思いになりながら部屋を跨ぐときに照明の電源を見つけた。なんでこれを最初に見つけられなかったんだという憤慨と、なんでこんなわかりにくいところに設置したんだという憤慨が合わさってかなり腹が立つ。許せない。意味もなく暗いまま調べていたのが滑稽に思える。実際、たぶん滑稽だ。辛い。
◇
探索が終わってしまったので、できることと言えば外に出ることとシステム慣れくらい。外は怖いので、まずはシステム慣れをしていきたいところ。
一般的なフルダイブゲームと同じように、思考を読み取っているわけだから、メニュー画面は念じれば出てくるはず。心の中で『メインメニュー』と念じれば……出てきた。さすがはかのデンドロ、情報量が多い。
ウィンドウの右側には簡易ステータス画面。これだけを常時表示、といったこともできるらしい。左側には多様な詳細項目たち。武器防具の装備はここから行うらしい。レベルを見れば、迫真の0。どうやら<Infinite Dendrogram>は職業ごとにレベルがあるらしいので、現在無職の私はレベル0で固定なのだった。おまえむーしょく。
ほかにも、変動する三種のステータスと、基本固定の五種のステータスがあるらしい。それぞれ、
反対に、HPとMPSPは比較対象がないからわからない。せいぜいわかるのが、MPがSPよりも少し多いくらい。
それからしばらくの間メニュー画面を弄り倒していると、『マップ』の文字を見つけた。一縷の望みに賭けて開いてみる。
「やっぱりだめかー……あわよくば全体構造がわかればよかったんだけど。マッピングができるだけありがたい、か」
表示はされたが、行ったことのある領域だけが表示された。奥の倉庫や、手前の生活フロアはマッピングされているけど、未知の領域——ドアの向こうを始めとした、ダンジョン本体に関しては表示されていない。ドアも表示されていないのを見るに、通路があることさえわからないようになっている。隠し通路の看破防止なのかな。不都合なことに、よくできてる。
さて、レベルを上げるためにもジョブには就いておきたい。が、どうやって就職するのかわからない。そんなときは、左本棚最上段『ジョブについて➀』~! なになに。どんなことが描いてあるのかな。
『転職は就職用クリスタルに触れることで可能』
『ジョブレベルリセットはセーブポイントで簡単に可能だが、逆に、ジョブに就くためには条件を求められることがある。上級職や超級職、一部の下級職が該当する』
『下級職はほとんどが条件を求められないが、一部例外がある。例えば
なるほど。要するにクリスタルとやらに触れればいいのか。しかし妙ですね。この部屋にそんなものはない。私に一生無職でいろと?
いくらゲームの中とはいえ、就職したいだなんて思う日が来るとは思っていなかった。人生いろいろあるもんだ。あるいは<エンブリオ>の力でなんとかなるかもしれないが、限度はあるだろう。未だ発芽しない
どうしようもないとわかったなら、いい加減に現実逃避はやめてドアの向こう、外に出なければならない。就職の糸口や<エンブリオ>の萌芽に期待するしかないからだ。嫌だ~~外になんて出たくない~~。そうは言ってもねソロ海苔さん、あなた
誰だよ(本当に誰)
話が進んでいません。次で進みます。信じて! 本当なんです!