異分子は外より来たる   作:Qibr

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探索の時間です


The "Hive"
昆虫戦隊いんせくつ! 第一話『Millionaire』


 □<塔>第一層「巣」

 

 ぎちぎちぎち、じーじーしゅーしゅー。これなんだ。正解は、第一層で常に聞こえるBGM(鳴き声)でした。いま私は、虫の跋扈する大通路──の脇の分岐路にて、身を縮こまらせています。

 虫、嫌いだ。

 

 ◇

 

 就職できないのがわかったので、当初の目標構成は捨て、ひとまず武器を持つことにした。さまざまな種類があったが、体格も相まって無難なものがよいとわかった。こうなるのがわかっていたら、こんなキャラメイクにしなければよかった。わかるわけがない。最終的に、直剣と短剣を持つことにした。メインが直剣、サブ兼解体用が短剣だ。

 準備を整え、重い扉を開く。扉を抜けると階段があった。横幅十メートルくらいに対して、奥は長い。最奥が見えないので、上り始めて早々に上を向くのはやめた。わざわざ首を痛めることはない。

 代わり映えがない階段をとぼとぼと歩くこと数分、出口にたどり着いた。入口同様の扉で封じられていたので、この先が今までとは違うことが見て取れた。息を吸って、吐いて、いざ。

 

 長い階段を抜けると、そこは魔境であった。

 まず聞こえたのは、絶えず聞こえる羽音。虫たちが顎を鳴らして威嚇する音。腹を鳴らしてかん高い振動をかき鳴らす虫たちがいれば、土の上を引きずる何かの音もする。気持ち悪い。思わず扉を閉め、階段にへたり込む。

 

「なにここ……嫌だ、嫌すぎる……最悪だ……!」

 

 話が違うじゃないか、と言いたかったが、どこにもそんな話なんてなかった。とはいえこれはダメだろ、これは……! 心の準備とか、いるだろ……!

 息を整えること数分。ほんの少しだけ隙間を作り、向こう側を覗いてみる。

 

 カラメル色をした通路は、曲がりくねって奥まで続いている。扉は通路の側面にあるようで、左右を見渡せば似たような景色が続いている。

 通路の幅は狭いどころか、むしろ広い。目算でだいたい十メートルくらいの幅があるように見えて、それがいやに不気味に感じる。広すぎる。もとからそうだったならいいが、これが拡張されたものだとしたら……この通路にちょうどいいサイズの虫がいることになる。

 湾曲した通路は、上下左右のあらゆる方向に曲がっていて、別の通路に分岐したり、あるいは合流したりしている。そればかりか、ところどころ小さな横穴が開いていて、たまに虫が出入りしている。ほかの空間や通路に繋がっているのだろうか。だとすれば、かなり複雑なつくりだ。

 子供のころ、蟻の巣の標本を眺めたことがあるのを思い出した。あれは見やすいように、平面だけで理解できる構造をしていた。ここはさながら、あれの立体版だ。マッピングシステムがなければすぐに迷ってしまいそうだ。

 

 天井や床には様々な虫が貼りついている。床には大きな虫──甲虫(カブトムシ)や、甲殻類のような鱗が生えた蠕虫(ワーム)らしきものなど──が点々と転がって眠ったり動いたりしている。反対に、天井には小さい羽虫などがコロニーを形成している。明らかに餌になりそうなものなのに生きていることに、少し違和感を感じる。駆逐されていてもおかしくなさそうだが。あるいは、それを避けるために繁殖能力に特化したのか。

 そんな考察をしている暇はない。とりあえず、目立たないようにひっそりと移動してみる。特に、大きい虫からは見つからないようにして、扉から近くの横穴に移動する。穴の大きさは二メートルくらいで、通過する分には困らない。ただ、閉所ではあるから、戦闘は避けたくなる。

 穴の先は道になっていて、想像した通り、隣の大通路へと繋がっていた。そちらも先程と同様に、代わり映えのない景色が広がっている。

 移動した目的は、少しでも多く周辺地形を把握すること。マッピング機能は、私自身が認識できた範囲は未知の領域であったとしても機能するらしい。注視したところに限ってマップが広がっていたし、穴の先までは描画されずとも穴があることは記録されている。優秀だ。そうして隣の通路に顔を出そうとして──

 

「ShaaAaaAAaaaA!!」「QQQQQ」「Öoo, Öoo, Öooooo」

「~~~~っ!?!?!?」

 

 虫たちが一斉に叫び始めたので慌てて引き返す。大声をあげそうになるのをなんとか堪え、胸を押さえる。追いかけて来ないことからして、見つかったとか狙われたとか、そういった危険な状況ではないと判断し、息をつく。そんなわけがないとわかっていながら、鼓動の音が彼らに聞こえるのではないかと錯覚してしまう。

 恐ろしい。これが、ゲームか? リアルの虫よりよっぽど怖くてリアルだ。たかがゲームなんて評価は変えるべきかもしれない。少なくとも、ほかのゲームとは一線を画すものだ。別物だ。

 そうこうしているうちに、視界に映っていた虫たちは──表現が正しいかは定かではないが──阿鼻叫喚といった様子で慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げて行った。蜘蛛もいた。何があった?

 

 

 それは、唯一彼らが逃げ込まなかった大きな道から現れた。漆黒の外殻を纏い、時おり生々しい赤色の腹を見せる巨体。その腹から生えたおぞましい数の足を絶え間なく動かし、のたうち回る様は、さながら百足(ムカデ)かヤスデのようで、見るものを不快にさせる。

 さらに異常なのはその大きさだ。這いずる巨体は大通路の八割を埋め尽くさんとうねり、そして際限なく湧き出てくる。無限にも思える体節の先端には、生物的でありながらも機能的な、獲物を捕らえ噛み砕くための器官──大顎が、餌を求め牙を打ち鳴らしていた。

 彼の名は【百万足 ミリオン・ピード】。<塔>第一層「巣」の生態系の頂点に君臨する<UBM>である。

 

 

 勝てるわけがない。私、レベル0。あれ、絶対強い。撤退するしかねぇわ。しかし、どこへ……?

 ヤツは通路を跨いで侵攻を進行しているから、どこに行くこともできない。できることと言えば、嵐が過ぎ去るのを待つことくらい。絶望的な状況だが、死ぬよりはいい。

 結局、できる限り目立たないように、身を縮こまらせて、ひたすら待つことにした。虫、嫌いだ。

 

 ◇

 

 そして今に至る。

 数分もすればヤツの音は遠ざかって行ったが、しばらくは動けなかったし、動きたくなかった。動けるようになるまで精神を回復させてから通路に出たら、過ぎ去ったあとがやけにカラフルで、それを見てまた動けなくなった。ファンタジー昆虫とはいえ、血液があんな色になることってあるんですね。私、感動しました。感動しすぎてグロッキー。

 

 気分がマシになってきたので、外に出る。落ち着く猶予があったのと二回目だったのとがあり、もう落ち込むことはなかった。進んで視界に入れるようなことはしないが。

 

 見渡す限りでは、虫は一匹も見当たらなかった。逃げたか、あるいは食われたか。

 なんにせよラッキーだ。しばらくの間、多少は安全に進める。はやいとこ就職したいんだ私は。それか<エンブリオ>の萌芽を待つか。全く進化する気配がないんだよな、<エンブリオ>(こいつ)。

 滑らかな肌触りの表面を指で叩いてみても、小気味よい音を立てるだけで、反応が返ってくることはない。当然か。私は主人公ではない。覚醒イベントなんて起きないし、相棒枠の存在に例外的に自我があるなんてこともない。よしんば自我があったとて、この状態(第〇形態)では反応を返そうにもできないだろうが。

 

 嫌な匂いと色をした道を、ひたすら歩く。あの<UBM>が通ったあとは蹂躙の限りを尽くされるが、それはむしろ、本体に会わなければ他の危険がなく安全だ、ということでもある。マッピングだけを考えるのであれば、好機だ。

 力がない今は、情報で戦うしかない。なるべく情報が欲しかった。地形情報は、虫に知能がないとすれば大きなアドバンテージ足り得る。ゆえに、戦闘をできる限り避けつつ、歩いた。

 

 時間を使って歩くことで、いくつかわかったことがある。この階層──仮に「巣」と呼ぶことにする。

 

 まず、構造の話をしよう。「巣」は無限に広がっているわけではない。自然にできた構造を、およそ一キロメートル四方の面積でキューブ状に切り取ったふうになっている。ある程度歩いたあたりで、分岐も穴もない、のっぺりとした壁が広がっているのを見つけたので、端ではないかとあたりをつけたわけだ。実際、その仮定は正しかったようで、各方面に端と思しき壁を見つけられた。

 上下の厚さは分からない。一キロメートル分の上下は体力がもたないから確認する気はないし、本当にそうなら途方もない。少なく見積っても、通路数レイヤー分はありそうだが。

 

 次に、生態系についてわかったこと。「巣」の生態系ピラミッドは、三段階の構成要素がある。比較的単純な構成だ。

 最下層。最も弱く最も多い、非捕食者層。彼らは、天井付近にコロニーを形成し、生き延びている。蜂に似た種や蝶に似た種、羽虫のような種などがいた。

 次に、中間層。多くはないが、少なくもない。歩いていればそこそこの頻度で目につくし、たまに同種個体が群れているのを見かける。平均して一、二メートルくらいの体長だ。甲虫(カブトムシ)に蠕虫(ワーム)、蟷螂(カマキリ)なんかもいた。彼らは最下層に位置する虫を食べて生き延びているらしい。直接目にしたわけではないが、たまに死骸が落ちていて悲しい気持ちになった。

 最後に最上位層。ヤツ、あいつ、例のアレ、デカムカデ、<UBM>、【ミリオン・ピード】など呼び方が多岐に渡る、単一の個体にして唯一無二の個体。ほとんど存在しか知らず、私は詳しいところまで知っているわけではないが、それだけで彼を語るのには充分すぎるほどだ。おそらく中間層の大型の虫を餌にしており、最弱層の小さい虫はこの間引きの恩恵を大きく受けているかたちになる。【ミリオン・ピード】からの避難を強いられていた大型どもが、逃げたあとのかなり空いた通路に戻ってきた時には冷や汗がでた。あいつらも非捕食者なのに、それはそれとして捕食者でもあるからちゃんと強いんだよ……さっき小型の虫の万の群れに単身突撃して悠々と壊滅させたの、見ましたよ。なお【ミリオン・ピード】はそれ以上な模様。ヤバ。

 

 結論として、私はここで生き延びて脱出できそうかという問いの答えは、最低限大型から逃げられたらyesだ。逆に言えば、大型に太刀打ちできなければどうしようもないし、【ミリオン・ピード】に見つかれば準備とかは特に関係なく私は死ぬ。

 あらゆるゲームにおいて、負けないためにもっとも大切なことは逃げられることだと思う。負ける前に勝つビルドを構築できたり、負けが無くなるまで強くなれたりするゲームにおいても、序盤はそうだと思っている。

 私には安全圏(セーブポイント)があって、敵にはない。だから、勝てないことや死ぬことがあっても、負けることは無い。気長にやりたいわけではないが、気長にやればいい。

 そう考えると、少しは楽しくなってくるものだ。逆境や苦難に直面してなお、内なるゲーマー精神が奮い立たせてくれる。とりあえず一匹でも虫を殺してやろうじゃないか。少しずつやればいい。希望的観測に過ぎないけれど、いずれ職にも就ける。もしかしたら、このマップのどこかに就職クリスタルがあるかもしれない。あるとしたらどんなのだろうか、虫の領域だし【蟲騎兵】と書いてバグライダーとか? 楽しくなってきた。

 

 そのように思考をまとめながら、ログアウトのためセーブポイントへの帰路に就いていた。その道中、ついでにマッピングを進める。外周に沿って歩いてきたから、中央に何があるかは知らないのだ。突っ切って帰ることにしていた。だが、うねうねと曲がりくねった琥珀色の通路には、不快になるほどの虫が生息している。今は通用路に隠れているが、彼らを避けるか、あるいは横を通り過ぎるかで悩む。

 避けて進むことのメリットは、なんと言ってもそれ自体だ。接触回避は安全に繋がる。

 だが、どうせ逃げきれなければ生きてはいけないし、彼我の力量(ステータス)差にどれほどの乖離があるのかも量りたい。そう思うと、愚かにも敢えて注意をひくことが、しかし最悪の一手には思えない。

 

 腰のベルトに手を添える。そこには、ここまで一度も使われず重しと化していた直剣がある。ずっしりした重さを伝えてくる。それが今の境遇を的確に表している気がして、乾いた笑いが漏れた。

 敵を倒すゲームを数時間プレイして、未だに何も倒していないのだ。ステータス画面のレベル表記は、今も綺麗な円環を表示している。ステータスが一向に上がらない体には、鉄の塊は重すぎるし、歩くだけでは進まない現実が歩みを止めてしまいそうだ。

 でも、何も無いなりに、足掻くことはできる。どんなゲームだってそうだった。大抵のローグライクは初期手札があるが、何も無いところから始まるゲームだってある。周りから物資を得て、手段を作る。

 

 剣を鞘から引き抜く。サウンドエフェクトでしか聞かない抜剣音が鳴り、思わず口角が上がった。現状もかなりファンタジーではあるが、こうも目の当たりにするとやはり高揚する。慣れないなりに、持ちやすいように掲げる。なんとかなりそうだ。

 

 通用路から顔だけを出し、都合よくは(・)ぐ(・)れ(・)個体がいないか探す。大型の虫は、種類によらず群れとはぐれが半々くらいのはず。だからどうせその辺に……いた。

 どこかで見た覚えがある、甲殻類じみた蠕虫(ワーム)が、一匹だけ転がっていた。幸運にもこちらには気付いていない。そればかりか、寝ているのかなんなのか、あらぬ方向を向いて微動だにしない。動物にはありがちな、いわゆる“無”の時間だ。小さければ可愛らしいが、今は大きいし、なにより敵だ。なるべく足音を殺して、忍び寄る。

 

 蠕虫(ワーム)に背後から近付く。大きな殻を鎧のように纏っており、手の出しづらさを感じたが、纏う殻の隙間──節目掛けて剣の切先を差し込み、抉る。

 

「Öoo、Öooo!! Öooooo!!!」

 

 刺さった。筋繊維が刃の通りを妨げる感覚が伝わってくる。料理をしているときの感覚に似ているが、その比じゃない。かなり……力が要る。

 腕の力だけでは足りない。体重を思いきり柄にかけて──『刺す』から『切る』へ。抵抗される前に、このまま両断してやる──!

 

「お、りゃぁっ!」

「!?!?!?」

 

 臙脂色の血が飛び散る。身体の半ばまで食い込んだ剣を捻じって引き抜き、横っ腹を蹴り飛ばして距離を取る。不意打ちは成功、最低でもこの状況から勝てないと話にならない。反撃を避けられるか? そもそも反応できるのか? そんなもの、やってみないとわからない。だから、確実に障害になり得る対象のこいつで肩慣らしを──

 

「Öoo、oo……o、o……」

「……は?」

 

 にわかには信じ難かった。いくら不意打ちとはいえ、いくら半ばまで切断したとはいえ、この環境で捕食者として生きているはずのこいつが──私の一撃を食らった程度で、弱っている?

 そんな馬鹿な話があるだろうか。どう考えても、レベル0(はじめたて)には不釣り合いな強さをしていたはずだ。どんなRPGでも、ザコを倒して装備を整えて強敵を倒し、そしてボスに挑むものだ。今やっているのは、撤退ありきの無謀な挑戦のはずで──

 

「Ö。Ö。Öoo……」

「死にかけてるじゃん……」

 

 意外と、そんなことはなかったのかもしれない。鱗の隙間は狭かったから。生存特化の種族だったのかもしれないし……単純に、私の過大評価の可能性もある。このゲーム(<Infinite Dendrogram>)は、リアリティ重視の超高難易度ゲームだと思っていたし、今も思っている。でも、そんな高難易度ゲームなら、こんなに簡単に命に手が届くのは──いや、あるいは、だからこそか?

 リアリティ志向だから、要素のひとつとして部位破壊や部位切断はあってもおかしくない。もしそれが、生命維持に重要な器官にも適用されるとしたら? もしそうなら、目の前のことはおかしくもなんともない。

 たとえば、人は足の腱を切られると歩けなくなる。踏ん張れなくなるからだ。もし、この仮定が正しいとしたら。ゲームの中で腱を切られたところでダメージにしかならない一般的なゲームとは違うのだとしたら、このゲームでは人の無力化が容易いことになる。

 

 このとき、ようやくこのゲームの本質を理解できたような気がした。

 グラフィックの忠実さや感覚の再現が売りになっているこのゲームでは、それは副産物にすぎないのではないか。あくまでこの空間を、<Infinite Dendrogram>を現実的にするために必要だった要素の一つで(・)し(・)か(・)な(・)い(・)のではないか。

 

 そう考えると、途端に空恐ろしく感じた。言いようのない、そして根拠のない不安。たった一撃で瀕死に追い込めただけのことで、ここまでのことが実感できてしまう。

 この手で命を容易く奪えてしまうという感覚は、「ゲームの敵だから」「ゲームのNPCだから」と割り切れない人にとっては耐えられないだろう。実際、今プレイしている筐体を入手した過程で、「あ(・)る(・)性(・)質(・)によりプレイを断念する人がいる」とは聞いていた。それは、これだったのか。

 

 蠕虫(ワーム)の苦し気な呻き声が、どんどんと小さくなっていく。未だに流れ続けている血が、か細い悲鳴が、まるで──いや、本当に命の灯が消えかけているのだと言外に伝えてきて、意識がそちらに向く。

 とても、恐ろしい。その空恐ろしさを感じていながら、私のなかに「こいつなら殺してもいい」と囁く自分がいることも、同時に恐ろしい。これはおそらく割り切りなのだろう。それでも、無意識の残虐性のように思えてならない。

 

 いずれにしてもこいつは死ぬんだから、早く楽にしてやったほうがいいんじゃないか?

 どうせ今後も殺すんだし、うじうじ考えていても仕方ないよね。

 なんのためにここまで?

 楽しめてなくない? もっと楽しんだ方がいいよ。

 このゲームの性質を理解しないままより、理解したうえで楽しんだほうがずっといい。あとから知る方が、ずっと嫌な気分になってしまうよ。

 

 ……まとまらない思考から這い出て、死に体のワームを睨みつける。

 きっと、私は今後も殺生を繰り返す。だから、割り切ろう。開き直ろう。今知れてよかった。このワームを、たかだかいちMOBと思って殺すことがなくてよかったと思おう。だから、なるべく無駄にしないようにしよう。この経験を次に活かすための殺生にしよう。お願いだから、死んでくれ。

 

 剣を構え、今も悶える蠕虫にゆっくりと近寄る。反撃はおろか、声をあげることすらない。ひどく弱っているが、死んではいない。介錯のために、体節の切れ目に刃をあてがって──体重をかけて、刺し込む。さっきは平気だった肉を裂く感覚も、今考えれば、少し罪の意識がある。少しで済ませられているが。

 さきほどと同じように体重を乗せて、無理やりに切り裂いて、輪切りにしていく。腕が重い。

 

 しばらくすると、蠕虫は光の塵になって消えた。貧弱なアバターでは二、三分ほどかかった。わかっていれば、ビルドを捨ててでも大柄にしたのに。小さい身体では不便が多い。

 蠕虫を形どる光の塵が、私に吸い込まれるようにしてやってきて、しかし吸い込まれる直前で弾かれる。忘れていたが、私にはジョブがない。当然、ジョブと紐づけられるレベルもあがらない。こいつの命が無駄になってしまうのは申し訳ない。この経験値は、消えてなくなるのだろう。

 

 しかし、予想に反して、行き場を失った光(経験値)はやがて私の左手に集まっていった。なぜだ、そっちには何も──いや、ある。こちらも存在を忘れていた、<エンブリオ>が。

 光が、卵の殻のようなそれに吸われる。やがて全ての光が一点に集まり、目を焼くほどの光を放ち

 

『Notice:<エンブリオ>が第〇段階から第一段階へと進化しました』

「……そっちは、制限されてなかったね」

 

 進化した。少し膨らんだ表面が消え、代わりに紋章が現れる。特徴といった特徴のない、ローマ数字の『Ⅰ』が刻まれた紋章。これが<エンブリオ>、これが無限の可能性の一端。

 感動するよりも、とりあえず詳細の確認はしておきたかった。これは、このゲームで生きていくための必需品になる。

 そうして、メニューを開いて、<エンブリオ>の詳細を確認しようとして、気付く。

 

「?? ……ここのステータスが、ない? えっ、さっきまではあったよね──詳細画面は!? こっちも、ない……どういうこと?」

 

 ステータスの一覧表示画面が、異様だった。身体状況プレビューやほかのメニュー項目はそのままに、一部のステータスだけが抜け落ちている。何があった──<エンブリオ>しか考えられない。

 焦る手で、誤タップを繰り返しながら<エンブリオ>の項目を開く。

 

『<エンブリオ>所有者:ソロ海苔』

『【解脱変性 アノマリー】TYPE:アナザールール 到達形態:Ⅰ』

『固有スキル:《解脱》《器》《ミダスの手》』

 

 なんて?




ようやく<エンブリオ>が登場! 一体どんな性能なんだ! 次回、詳細解説編!

Tips:
「Öoo」は日本人によって作られたインディーゲームです。読み方は不定ですが、一般には「うー」が用いられます(oo→うー)。

ヒエラルキー中間層の大型魔蟲どもは、それぞれがひとつだけ特化したステータスを持っています。
例えばすぐ死んじゃったワームくんは、鱗のENDが平均6000くらいです(防御特化型レベル500プレイヤーと同等かそれ以下くらいなはず)。もっとも、強化する方法はないのでここ止まりですが。

書きながらwikiを閲覧したところ、執筆時点では【蟲騎兵】なんてジョブは見当たりませんでした。wiki執筆者の見落としかもしれませんし、原作に本当にないのかもしれませんが、いずれにしても、あったとしたら不人気そうなジョブですよね。リアル志向のゲームで見るデカい虫なんて誰も触りたくないでしょ。

ストックが尽きました(短命)。
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