ハロウィーンの日。
朝、マルフォイさんたちと朝食を嗜んでいると、
フクロウ便が一通届いた。
大伯母さんからのものだ。
手紙と、小包が一つある。
手紙には、
"儂ら大人の魔法使いには必要ないものだが、おまえには要るかもしれない。修理しておいた"
という文章のあとに、
"PS:目をくりぬかなくても使えるから安心しろ"
と追記されている。
「中身はなんだい?」
ボクの隣にぴったりと張り付いたマルフォイさんが尋ねた。
最近、とても距離が近い。
ボクにとっては嬉しいことだから問題ないけど。
包みを開けてみる。
送られてきていたのは、
片目だけに付ける眼鏡のようだった。
片眼鏡。モノクルというのだろうか?
チェーンのようなものもついていて、かっこいい。
「見て、マルフォイさん、似合うかな」
「………………正直に言うと、ちょっと似合わない」
落ち込んでしまった。
クールガイへと至る道のりはまだ長そうだ。
「マルフォイさんもつけてみてよ」
「私が?」
首をかしげたマルフォイさんが、
ずい、とさらに身を寄せて、片眼鏡を受け取り、髪を少しだけ横にずらしてからつけた。
「どうかな?」
なるほど。
美しすぎる。
さすがに。
こんな美人さんが同級生にいたら、女性の好みがこの人で画一されておしまいになる。
同級生なんだった。おしまいだ。
「ネジが調整できるみたいだけど」
そう言ってマルフォイさんが片眼鏡の横にある金具に少しだけ触れた。
シャ、と幕のようなものがレンズに下りて、マルフォイさんの片目が完全に隠れる。
「………………」
「マルフォイさん……?」
「………………」
「あれ、もしかしてとんでもない魔法道具だったり……」
「………………」
「あの、マルフォイさん、聞こえてる…………?」
マルフォイさんは静かにボクを見つめるだけだった。
クラッブさんとゴイルさんも気づいてマルフォイさんの方を見た。
彼女の目元は、片方は片眼鏡で、片方は髪で隠れて見えなかった。
しかし、なぜか頬を赤面させてわなわなと震えていた。
「君、……ほんとに…………もぅ…………」
俯いて片眼鏡を外して、
ボクのほうに押し付けてくる。
受け取ったそれのレンズが、シュッと元通りになった。
フレームに、刻印されているのが見えた。
──開心の眼。
とある。
開心といえば、開心術だ。
凄腕の魔法使いが使用できる、相手の心を読み解く魔法。
本当に凄腕なら、杖や呪文なしでも行使することができるらしい。
対して、閉心術という反対呪文も存在する。
この魔法道具が、開心術を自動行使できるものだとすると、
確かに、閉心術を使える大伯母のような人にとっては無用の長物だろう。
「君も、使うかい?」
開心の眼を持ったボクを、マルフォイさんが覗き込んだ。
薄く唇を噛んで頬を桃色に染め、何かを待っている表情をしていた。
「いや、大丈夫だよ」
さすがに、女性の内心を覗くのは憚られる。
‐‐‐
夕方、
ボクは、ギルデロイ・ロックハート先生の話を聞いていた。
「その巨人は実に荒々しかった、────もちろん私の魔術にかかれば巨人に指一本振り回させることなく縛り上げることも可能だったのですが。一歩踏み出すたびに大地が揺れ、いまにも地面が氷河のように崩れてしまいそうでした!」
本で読んだ話だ。
バッチリだ。
「そうなんですね」
ボクは、前世でデイサービスを訪ねたときのことを思い出していた。
聞く相手がいる、話すことができる、それだけで価値をもつことだってあるのだ。
ロックハート先生は、妖艶な口ぶりでマントを翻し、たまに英雄譚の劇のように手振りを交えながら彼女の武勇伝を語ってくれた。
でも、人の目を気にする彼女なら、多くの生徒から胡乱げな目で見られ始めてることにも気づきそうなものだとも思う。
「ところで、君はどうしてあの少女────マルフォイさんとよくいっしょにいるのですか?」
ふいに、そんなことを聞かれた。
ロンさんたちにも尋ねられたことだ。
同じように、返した。
隣にいてくれるからだと。
「ふむ。もし栄光ある伴侶をこの在学中に見つけようという話なら、君は家柄というものに因われすぎているようにも思えます。ですが、家柄だけでは妖怪バンシーを退けることはできません」
ボクがすでに何回も話を聞いていることを知っているからか、先生は会話の中に著書の内容を混ぜ始めていた。
「家柄は、そんなに関係ないです。ボクは、マルフォイさんがマルフォイさんだから、いいんです」
「ほほう、ですが────」
「先生も同じですよ」
ボクの前にばっと手を出してスタイリッシュな見栄のようなポーズの先生の、その手を取った。
「ボクは、先生が、妖怪バンシーと出会っていなくても、チャーミングスマイル賞を一度もとっていなくても、六ヵ月連続ベストセラー入りしていなくても、ロックハート先生がロックハート先生だから、いいんですよ」
先生は、無表情のまま口を一文字にして、しばらく硬直していた。
そして急に再起動する。
「そんなことを言ってはいけませんね、数々の英雄たちが築き上げた名誉や賞をないがしろにするなんて、まだ君たちは幼く目先のもので判断しがちだ」
「そうです。子どもです」
よく触れてくるが、いつも汗ばんでいる先生の手を、
しっかりと握る。
「ボクの目の前にいるギルデロイ・ロックハートという人は、何もしなくても、例え美人でなかったとしても、英雄でなかったとしても、そこにいるだけで価値があるとボクは思います」
ボクは、ライラック色のハンカチを、彼女の手に置いた。プレゼントだ。
「…………そんなことは、なぜ」
「先生と全く同じ顔で同じ実力の人が現れたとしても、ボクは先生がいいです」
「どうして、そう、思うのですか……?」
「いまこうやって、いっしょに時間を過ごしたからです」
先生の瞳がわずかに震えていた。
もしボクが先生の話をここでずっと聞いていなかったら、すぐに追い出されていたかもしれない。
「でも、それは、つまり、その価値基準は……、君と私が出会ったという、運でしかない」
ボクは少しだけ驚いた。
ボクの伝えたかった言葉の意味を、先生が、正当に理解してくれているように思えたからだ。
「はい。でも、運命とも呼べそうじゃないですか?」
「…………!」
先生は、椅子にどっかりと座り込んだ。
少し猫背で、目を伏せていた。
「………………、」
「信じてくれませんか?」
「……信じますよ。信じたいと思います、ですがね………………」
ロックハート先生は、自分の顔を両手で覆った。
「私は、
先生の机。
ペンと魔法杖が折り重なって、ペン先のインクが、杖にぽとりぽとりと滴を落としていた。
「大広間に向かいなさい、
ハロウィーンのディナーが君を待っている。
私は、忙しいので……。
新作の……次回作の、執筆にとりかからないといけないのでね…………」
椅子にへたりこんだ先生が少し気になったが、どうやら一人にしたほうが良さそうだった。
礼をして、ボクは退室する。
ボクだって人のことを言えないのかもしれない。
大伯母は、死喰い人を嫌う。
だから、きっと心の奥に、死喰い人は悪い人だ、という認識があると思う。前世があっても、子どもの頃は親族の言葉をすべて受け入れてしまうものだ。
マルフォイさんが、死喰い人のような存在になって、大伯母と敵対したらどうしよう。
きらびやかに装飾された大広間に着く。
マルフォイさん、クラッブさん、ゴイルさんに事情を聞かれた。
先生から武勇伝を聞いていたことを話すと、三人が杖を握りしめて怒り心頭になった。
ロックハート先生の話はなんだかんだ面白いのだ。
でも、マルフォイさんはお母さんに上申していまにも教授の立場から退かせるといった具合だった。
それをなんとかなだめつつ、ボクたちはハロウィーンの料理に舌鼓を打った。
そして、帰り道…………
秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ
そう塗られている壁と、松明にひっかかるように吊り下がった猫。
その前に立ち尽くす、ハリーさん、ロンさん、ハーマイオニーさんの姿と出会した。