決闘クラブが行われる。
ギルデロイ・ロックハート先生が始めたらしい。
スリザリンの継承者の存在が真実味を帯びてきたなか、多くの生徒が参加した。
もちろん、ボクやマルフォイさん、ゴイルさん、クラッブさんも参加している。
「ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな『決闘クラブ』を始めるお許しをいただきました」
大勢が集まったことを確認した先生がほくほく顔で両手を広げ、高らかに言った。
「自らを護る必要が生じた万一の場合に備えて、みなさんをしっかり鍛え上げるためにです。――詳しくは、私の著書を読んでください」
先生の著書については何回も聞かされたので、もう読まずとも諳んじられるようになってきた。
先生といっしょに劇のようなものをしたら面白いかもしれない。ロックハート劇場、開幕。
スネイプ先生とロックハート先生が、杖を作法にしたがって正面に立てるように構える。
全身黒と全身ブロンド。対称的なふたりは仲がそれほどよくはないみたいだが、一部の人たちがみたら掛け算を始めそうなコンビだった。
1、2、3、と二人が数えて、
「
凄まじい手際で、何かしらの恨みつらみを発散するように激情を込めて、スネイプ先生が魔法を放った。
武装解除呪文であるはずのそれは、ロックハート先生ごとふっとばして、壁に激突させた。
さすがに痛そうだ、大丈夫だろうか……?
マルフォイさんたちはなぜか拍手している。
なんとか立ち上がったロックハート先生は、服や髪はくずれていたけど、帽子を被り直し、両手を広げてスマイルを浮かべた。すごいタフネスだ。
その様子は、まるで脱出マジックに成功した凄腕女性マジシャンのようだ。背後にイリュージョン!の文字を幻視してしまう。
「あれが、『武装解除の術』です」
と、ロックハート先生は説明しつつ、自分がその気になれば止めることは容易かったと注釈したあとに、
実技演習ということで、生徒二人ずつで組をくませた。
ロックハート先生が心配で近づいていたボクは、先生によってマルフォイさんと組まされることになった。
「えっと、よろしくね、マルフォイさん」
ボクは杖を軽く掲げてそう言うと、
マルフォイさんはうーんと唸った。
「まぁ、いいか」
その言葉の意味が、ボクにはよくわからなかった。
誰か、組みたい人でもいたのだろうか?
ゴイルさんは、ロンさんと組んでいるみたいだった。
互いにシャドーボクシングのような素振りをしながら相対している。二人ともかわいい。
「これ、ポッター」
スネイプ先生が、なぜかハリーさんを連れてこちらにやってきた。
「人数が余ってしまっては仕方がない、アル・ムーディの決闘にありがたく加わらせてもらうとよい」
たぶん嫌がらせだ。
ハリーさんが露骨に顔をしかめながらも、スネイプ先生の手から逃げるようにして、こちらに歩いてきた。
「君たち二人の間に挟まるの、かなり気まずいんだけど」
「うーん、でも、奇数だからね……」
余った一人が体育の授業のように先生と組むという方法もあるだろうけど、ロックハート先生やスネイプ先生に一対一で魔法を掛け合うというのは、いまのハリーさんはとんでもないことだったようだ。
「とりあえず、私は見ていていいかな? マルフォイと君でやりなよ」
あまり話したことがなかったけど、ハリーさんはマルフォイさんとアイコンタクトで睨み合うようなことこそあれど、ボクに敵愾心を向けることはなかった。スリザリンとグリフィンドールはやはり仲が悪いと思っていたから、これは意外だ。
「そうするとしよう、アル。こっちへ」
マルフォイさんが、ボクに向き直る。
杖を正面に構えていた。
ボクも、ホルスターから杖を抜く。
…………少し、マルフォイさんの体勢がおかしい気がする。
気の所為だろうか?
「杖を構えて!
私が三つ数えたら、相手の武器を取り上げる術をかけなさい。武器を取り上げるだけですよ。みなさんが事故を起こすのはいやですからね。」
まずはマルフォイさんに魔法を撃たせよう。
「1、2、3────」
「
いつもの杖の振るい方とは全く違う、さきほどのスネイプ先生のほうは素早さで、マルフォイさんが魔法を放った。
それはボクの口元に直撃し、口元を、消した。
文字通り、口が消えたのだ。
口だけのっぺらぼうになってしまった。
そしてこれでは、呪文を唱えられない。
「
慌てて、盾で弾く。
その魔法は、苦手だ。
ボクは少しだけ焦って、杖を持つ手が震えた。
目の前にいるのは、本当にマルフォイさんなのか?
マルフォイさんが、再度杖を振るう。
杖先から炎が噴き出した。
魔法力で、盾の魔法を突破するつもりだ。
防ぐ。
防ぐ。
防ぐ。
上に流した炎が、埃を吹き上げた。
「………………」
マルフォイさんの攻撃が、急に止む。
────かと思ったら、
ポケットから飴玉を取り出し、
それを変身術で蜘蛛に変えた。
変身術だ。
すごい、と思うまもなく、ボクの顔からさっと血の気が引くのがわかる。
虫は苦手なんだ。
大伯母の家では虫よけの魔法をよくかけていた。
蜘蛛は益虫だというのはわかっているから見逃すことも多いが、やはりその見た目には忌避感がある。
しかも多分、毒蜘蛛だ。
ボクのほうに向かって、いや、違う。
ハリーさんのほうに向かって、のそりのそりと近づいている。
ボクは手早く
唱えた。
「
ボクは呪文を唱えた。
蜘蛛は打ち上がり、天井をこすりながら遠くの壁に激突し、沈黙した。
「
蜘蛛にその消失呪文をかけたのは、スネイプ先生だった。
気づけば、決闘クラブに参加していたほとんどの生徒が、ボクたちに注目していた。
「やめなさい、ストップ、ストップですよ君たち!
あくまで武器を取り上げるだけだと言ったのに!」
ロックハート先生がボクとマルフォイさんの間に割り込む。
ボクとマルフォイさんに怪我はないか確かめる先生。
ボクに対してかがんだことで、その奥にいるマルフォイさんと目が合った。
やっぱり、マルフォイさんは────
「むしろ、非友好的な術の防ぎ方をお教えするほうがいいようですね」
ロックハート先生が場を仕切りなおす。
どうやらスネイプ先生に盾の呪文の相手になってほしいようだったが、当のスネイプ先生は飴玉を拾いあげてマルフォイさんのポケットに無造作に突っ込みながら、ふんと鼻を鳴らして無視した。
「……さて、誰か進んでモデルになる組はありますか?」
とロックハート先生があたりを見回し、
手頃な生徒に声をかけようとしたあたりで、
「マルフォイとポッターはどうかね?
さきほど、ポッターはずいぶんと暇そうにしていたようだ。ここで英雄殿の杖の振る舞いを皆にご覧にいれれば」
「それは名案ですね!」
大広間の中央に、
マルフォイさんとハリーさんが手招きされる。
ハリーさんは杖を握りしめ、
マルフォイさんはひょうひょうとした様子で、
向かい合う。
「畏怖を一身に集めた偉大な魔法使い────を、倒した子ども。
お手並み拝見だ」
「マルフォイ、どうかしてるんじゃないのか」
号令がかかる。
マルフォイさんは、三、という言葉がボクの耳に入ったときには、すでに杖を前方に向けていた。
「
大きな蛇が、現れた。
ボクの半分はあるかもしれない。
長さではなく、大きさを見てそう思った。
ハリーさんは目を丸くしたようだった。
そんなハリーさんも、実は同じくらいのタイミングで呪文を唱えていた。非常に弱い切断呪文だ。だが、マルフォイさんの髪先をほんの少し切るだけで終わっている。
マルフォイさんの口元が歪む。
いつも基本無表情なはずの彼女が、笑っていた。
「なんだ…………」
それは、失望の言葉にも思えた。
マルフォイさんが、息を吸う。
蛇に向かって何かを言おうとして──────
「────────」
その前に、
ハリーさんが、何かを喋った。
わからない。
有声音ではない。
シューシューという声。
囁きに近い。
それで、蛇行しながら周囲を嚇していた蛇の動きが、止まった。
まるで主に従うかのように、頭を垂れるかのように、
もたげていた鎌首を、ゆっくりと鎮めた。
ハリーさんが、ぱっと周囲を見る。
ほとんど全員が、畏怖の目でハリーさんを見ていた。
マルフォイさんも、目を丸くしている。
ひそひそ話が始まり、
スネイプ先生が蛇を消して、
周囲のささやきに眉をしかめたハリーさんを、ロンさんとハーマイオニーさんが連れ出した。
ハリーさんは、蛇語を話せる人だった。
そして、
「マルフォイさん、それは何?」
マルフォイさんがさきほど大きく杖を振ったことで、やっとわかった。
彼女は、ローブの内に本のようなものを入れていた。
いつも読んでいる魔法薬学の本は、もっと分厚かったはずだ。
「君が気にする必要はないよ」
それだけ言って、
マルフォイさんも大広間から出ていった。