生き残った女の子。
ハリー・ポッターは、ドラコ・マルフォイが羨ましかった。
ドラコ・マルフォイには、彼氏がいる。
少なくとも、ホグワーツ一年生全体でそのように認識されている関係性の男子がいた。
アル・ムーディという男子だ。
ハリーは、このアルという少年のことが入学当初から気になっていた。
どこかイギリスというよりは極東の生まれのような振る舞いと、髪、目元。
片目だけ薄く白みがかっているのが、見たものを惑わすような、そしてこちらを事細かに推察してくるような、そんな魔の魅力があった。
普段から心中で他者の顔面を品評しているハリーも、アル・ムーディの顔には文句をつけることができなかった。
加えて、スリザリン生の一般的な態度とは異なり、アル・ムーディは他者に分け隔てない。
初回の飛行訓練でネビル・ロングボトムを救ったのが良い例だろう。もしアル・ムーディが浮遊呪文を使っていなかったら、ネビルは地面に頭から落ちて死んでいたかもしれないのだ。
ハリーにとってスリザリン生は事あるごとにグリフィンドール生をバカにしてくるイヤな奴らだった。
クィディッチの先輩たちの反応をみても、概ね自分と同じ認識だろうと言えた。
だが、アル・ムーディは例外なのだ。
グリフィンドール生とも仲睦まじく、それでいてスリザリンで疎外されているわけでもない。
ただ、どうやら保護すべき対象だとスリザリン内で合意されているようで、他のスリザリン生がいるときに彼に近づくと、彼女たちが陣を組んで警戒してくる。
対して、マルフォイはイヤなやつだ。
最初に恩人であるハグリッドや友人であるロン・ウィーズリーをバカにしたこともそうだ。
魔法薬学の授業では教授かつスリザリンの寮監であるスネイプから贔屓されつつ、ハリーたちにいたずらを仕掛けてくることが多々あった。
(なんで、あんなやつにあんな子が)
ハリーは、他のグリフィンドール生と同じくそんな羨望を持ったが、他とは異なり、強い嫉妬も混じっていた。
極めつけは、ロン・ウィーズリーがマルフォイにナメクジを吐かせようと呪文をかけたことだろう。
友人であるハーマイオニーに穢れた血という差別用語を言い放ったマルフォイへの意趣返しとしての呪文で、ずっと練習してきたロンの努力の甲斐あって成功したが、ナメクジをびちゃびちゃと吐き続ける彼女を、一瞬たりとて迷うことなくアルは近づき、抱きしめ、なだめ、キスをした。
きっとマルフォイが受けてきたそれは、ハリーがこれまでもっとも求めていたものだ。
孤独と寂寥を抱いてきた自分にとって、無条件でそして無償で好意を向けてくれるアルという男子は渇望するべきものだった。
だから、ハリーは、「ポリジュース薬で生徒に化けスリザリンに忍び込んで継承者について調べる」という計画で、マルフォイに化けることにした。
"ポリジュース薬"
"ドロドロとし泡立つ液体。他者の体の一部を混ぜることで、服用した者の外見をその者に変身させる効果を持つ。"
決闘クラブでマルフォイの髪を魔法で切ったハリーは、その毛先を拾い、ポリジュース薬に入れたのだ。
マルフォイの髪を持ってきたハリーに対して、
ハーマイオニーはミリセント・ブルストロードの髪を、
ロン・ウィーズリーは、アル・ムーディの髪をそれぞれ拾ってきていた。
どうやってロンがアルの髪を拾うことができたのか、ハリーが尋ねたところ、気絶したネビルを談話室に運んできたらしい。
アルらしい、と会話すらそこまでしたことがないながらも、ハリーは嘆息した。
ネビルはあそこまでアルに助けられているうえに、本人の反応からしてもアルに恋愛的な好意を持っているのは予想できるが、なぜかマルフォイとアルの仲を応援しているようだった。
ハリーにはわからないが、アルの心を奪ってマルフォイからしっぺ返しを食らうのを恐れているのではないか、とロンはネビルを品評していた。
ポリジュース薬を作っている女子トイレの一室。
嘆きのマートルというゴーストがいるそこに現れたロンは、ポリジュース薬の調合をしていたハリーたちに言った。
『私わかったぞ! スリザリンの継承者は、腐ったハーポなんだ!』
聞いたこともない名前を出されて、ハリーは眉をしかめた。
そんな名前、そんなあだ名の生徒なんていたのだろうか。
『アルが教えてくれたんだ。古代に存在した魔法使いで、不死で、ハリー、君と同じように蛇語が話せたんだ。
私も蛙チョコレートのカードで見たことはあったけど、そこまでは知らなかった』
口元を押さえながら調合していたハーマイオニーが、少し呆れ気味に聞き返す。
『どうしてその人が継承者ってことになるの?』
『わからないのかい? 不死ってことは、いまの時代も生きている可能性があるってことじゃないか。きっとこのホグワーツにこっそり忍び込んで、秘密の部屋で、生徒たちを使った実験をしようとしているんだ』
生徒たちを石化させている人物の正体は、生徒のなかに紛れた継承者じゃなく、ホグワーツに潜り込んだ第三者だったのか。
ハリーはロンの言ってることも、信憑性があるように思えた。
『あの、私魔法史で読んだんだけど、腐ったハーポって紀元前500年の人よね?
そんな魔法使いが、不死だからってこの時代まで生き延びられるものかしら、そんな方法────』
『賢者の石だ』
ハリーは、思わず言った。
賢者の石。
去年、ホグワーツの教師たちが立入禁止の廊下の奥に隠した石。
ハリーの親の仇にして未曾有の闇の魔法使いヴォルデモートが新任教師クィリナス・クィレルを使って手に入れようとしたものだ。
『ほら、やっぱりそうなんだ』
『でも、ならなぜマグル出身や、半純血、スクイブに関わる人、動物を狙うのかしら。
いまから2500年前に、純血主義があったと思う? 純血主義って、サラザール・スリザリンが1000年前に広めた考えなのよ?』
ロンは何か反論しようとして、できず、顔が真っ赤になった。
『考えられるとしたら、アルが、私たちを騙すためにそういったことを言った、とか…………』
『それはないぜ』
『私も、それはないと思う』
『そうよね』
三人とも、アル・ムーディが悪心をもっているとは考えていなかった。
だが、
『それでも、色んな観点から、いま継承者として一番怪しいのは、アルとマルフォイよ』
決闘クラブで、
アルとマルフォイは二年生とは思えない大決闘をした。
無言呪文のみ。
盾の呪文と攻撃呪文を放って、その余波だけで他の生徒たちが決闘の練習どころではなくなった。
ハリーにとっては、もっと他の理由もある。
マルフォイが蜘蛛を放ったとき、石化の呪文を放ったとき、アルはとてつもなく苦しそうな顔をしていた。
少なくともアルに対しては大事に思っていたはずのマルフォイが、そんなことをするのは何か理由があるだろう。
少なくない義憤とともに、ハリーはそう考えていた。
クィディッチでも、マルフォイは手強かった。
元から言葉だけじゃなく実力も持ち合わせていたのかもしれないし、ニンバス2001の性能が高かったのかもしれない。だが他のスリザリンチームはあそこまで洗練された動きはできていなかったし、ネビルの思い出し玉を取り返すためにマルフォイと追いかけたときも、あそこまで上手い乗り方はできていなかったはずだ。
『とにかく、スリザリンの生徒になって話を聞けば、何かわかるかもしれないわ』
嫌そうな顔をしながらポリジュース薬を飲むハーマイオニー、
対してなんとなく嬉しそうな顔をしながらアルのポリジュース薬を飲むロンに続き、
ハリーもマルフォイに変身するポリジュース薬を飲み干した。