「秘密の部屋って、危険なものがたくさんあったりするのかな?」
ハリーさんが、なにげなくボクに尋ねた。
もしハーマイオニーさんたちにあって事の次第を伝えたら怒られるだろう。それを防ぐためにも、収穫となる情報をハリーさんが持っていたほうがいいかもしれない。
「どうなんだろう。あ、でも、スリザリンの武器とかあったりするんじゃないかな」
「武器って、例えばどんなの?」
そう言われて、ボクは思いつくものが一つしかなかった。
こと、武器、戦闘に関して、大伯母は多くのことを教えてくれた。
時には、自分で知らないことを調べてまで。
ハリーさんの質問を受けて初めて、
ボクは思い出したことがあった。
「スリザリンの杖、とか……?」
「杖。」
「なんで忘れていたんだろう。かなり昔に教えられたことがあったんだ。サラザール・スリザリンの杖は、バジリスクの角が芯になった特殊なもので、蛇語に反応して形態が変わるんだ……」
少し頭が痛くなりながら、
ボクは話を進めた。
「……でも、ここにあるのかな?
サラザール・スリザリンは、純血主義を掲げたせいでゴドリック・グリフィンドールたちと対立して、ホグワーツを去ったらしいんだ。杖はそのあとも使ったと思うし…………」
ハリーさんの動きが止まった。
目を見開いている。
「そうか、そういうことか」
「ハリーさん、どうしたの?」
「蛇語だよ。その杖みたいに、蛇語でしか入口が開かないようになっているんだ」
ボクたちは完全にその場に立ち止まってしまっていた。
クリスマスの月明かりが、窓から入射し、ハリーさんの横顔を照らしている。
「スリザリンは"純血主義"、そして、"蛇語"を話せた。もしその末裔も蛇語を話せたとしたら、スリザリンの継承者が末裔を意味するものだとしたら、蛇語を話せることが、秘密の部屋を開く条件なんだ」
ごくり、と生唾を飲み込んで、「少なくとも、腐ったハーポがいまの時代に生きているというトンデモよりは、まともな考えのはずだ」と言った。
「早くハーマイオニーたちに伝えなくちゃ」
と、ハリーさんは駆け出した。
ボクも慌ててその赤いグリフィンドールのローブを追った。
女子トイレに躊躇なく入るハリーさん。当たり前だ。
その後ろを、
少し緊張しながらボクもついていく。
ハリーさんは、いきなり立ち止まった。
驚いてその背中にぶつかりそうになる。
「ど、どうしたの?」
「………………」
ハリーさんの横から、
目の前の景色を覗いた。
そして、ボクは心臓が縮まったような気分になった。
倒れていた。
猫のような風貌のハーマイオニーさんが。
まるで、石になったように。
地面には、杖が二つ、落ちていた。
「ハーマイオニーとロンのだ」
ハリーさんは、震える唇を動かして、なんとかその言葉を落とした。
‐‐‐
「
ボクは、二人の杖に直前呪文をかけた。
直前呪文。その杖で直前に使用された呪文を吐き出させるものだ。
わかりにくいが、なんとなく判別はついた。
ロンさんは、武装解除呪文。「
ハーマイオニーさんは、蛇消失呪文。「
もしついさっき使った呪文なのだとしたら、やはり何者かに襲われたのだ。
そして少なくとも、ハーマイオニーさんは、それが蛇だと認識したのだ。
蛇消失呪文はマルフォイさんがハリーさんに決闘クラブで使った蛇出現呪文の対になるものだ。
ハーマイオニーさんは、相手が蛇出現呪文を使ったと考えて、蛇消失呪文を撃った。
「継承者だ……」
ボクの説明を聞いて、ハリーさんが言った。
「ロンの杖はあるのに、ここにはいない。スリザリンの継承者に、連れて行かれたんだ」
「…………それは、たぶん」
「そう、秘密の部屋に。」
だとしたら、どこなのだろう、入口は。
ハリーさんが、目を閉じた。
何かを、口にした。
決闘クラブで耳にした、無声音。蛇語だ。
「──────」
ハリーさんは、
続けて少しだけ発声を変えて、長さを変えて、色々と試していた。
そうやって、
「"
ゴゴゴ、と音が鳴った。
二人で一気にそちらに振り向くと、女子トイレの蛇口が動き、手洗い場ごと沈んだ。
パイプだけが取り残される。
「入口だ」
ハリーさんが杖を取り出し、明かりを灯した。
「行こう」
ボクは迷った。
先生を呼んだほうがいいんじゃないだろうか。
特に、いまはダンブルドア先生がいる。
彼女を頼るのが一番の道だ。
「ロンは君に変身してマルフォイに会いに行こうとしたんだ。それなのに、ここにいる。つまり────」
「…………マルフォイさんも、連れ去られたってこと?」
「…………そうじゃないけど、そうかもね」
ダメ押しとばかりに、ハリーさんが言う。
「私はロンが心配だ。今から行く。君がいなかったらすぐにスリザリンの継承者に殺されちゃうかもしれない」
「…………」
「先生たちは、去年も賢者の石を奪いにヴォルデモートを後頭部から生やした教師がやってきたのに、私たちが相談しても取り合ってくれなかった」
ハリーさんも、ハリーさんなりの考えがあるのかもしれない。
いや、違う。
ハリーさんは、何かを証明したがっている?
ボクは深く息をついた。
もしかしたら、ボクは勇気がないだけかもしれない。
懐にあるものを探す。
開心の眼、ナナカマドの杖、腐ったハーポのカード。
ボクは迷ってから、カードを地面に置いた。
これを見たことがあるゴイルさん、クラッブさんなら、たとえボクが戻らなかったとしても、ここに吸い込まれたことに気づいてくれるだろう。
ボクは、ハリーさんに続いて、
太いパイプのなかを滑り落ちた。
‐‐‐
どこまでも続くような、長いパイプ。
もし先細りしていたら死んじゃうな、と内心ぞっとする。
閉所恐怖症じゃなくてよかった。
どこか湿ったパイプを高速で滑り落ちて、
やっと平たい地面に行き着く。
暗闇で、ハリーさんが明かりをともした杖を振って辺りを確認していた。
少し進むと、何かの輪郭が見えた。
蛇だ。
いや、蛇の抜け殻だった。
大きい。
蛇とは評したけど、もっとずっと、東洋の龍のような大きさだった。
「ハリーさん、これは多分、バジリスクだ」
「…………ばじりすく」
「見たものを死に至らしめる眼光と、強力な毒牙を持っている……ボクも、又聞きだけど……」
スリザリンの継承者は、このバジリスクを使役して、生徒たちを石化させていたのか。
トンネルのような場所を二人で歩き続ける。
ハリーさんが、ボクの指を握り、そのまま手をつなごうとして、やめていた。
進んだ先には、蛇が絡み合う彫刻がつけられた門があり、それもハリーさんの、
「"
という蛇語で開いた。
部屋だ。
薄く明かりの灯った部屋が、その門の先にあった。
駐車場みたいだが、ところどころある水場のようなものと、どことなく漂う荘厳な雰囲気がある。
天井が見えないくらい高い。長い柱が、上に伸びて暗がりに消えている。
大きな像があって、
その手前に、横たわる二人の姿。
ロンさんと、────マルフォイさん。
「ッ……!」
「アル!」
ボクは走った。
マルフォイさんは、スリザリンの継承者じゃない。
少なくとも、あんなことをする人ではないと思っていた。
別の誰かだったのだ。
誰かが、蛇語を使える誰かが、バジリスクでみんなを石化させ、この学校で一度否定された純血主義を再度掲げようとした。
ハリーさんとともに、マルフォイさんとロンさんに駆け寄る。
ロンさんは、硬直していた。
これは、バジリスクのものじゃない。石化の呪文だ。
なら、どうやってここまで?
いや、そうか、自分の足で歩かせたのか。
おそらくは服従の──────
「やっと来たね」
ゾッとするような、それでいてこちらを虜にするような声が背後からした。
いつからそこにいたのだろう。
赤い目と、ぬばたまのような黒い髪の女性。
ローブでかろうじてスリザリン生だとわかる。
こんな生徒が、スリザリンにいただろうか?
「初めまして。ハリー・ポッター。アル・ムーディ」
彼女の爬虫類のような瞳が、ぎゅっと収縮してボクたちを認識していた。
「私は、トム・リドルの記憶。その日記のなかに五十年間残されていた記憶だ」
ボクは、マルフォイさんが持っている黒い日記帳に気がついた。
マルフォイさんの様子がおかしいときは、毎回これを持っていたのだ。
最近は、ほぼずっと。
「君たちには、こちらの名前のほうが有名なんだったね」
トム・リドルと名乗った女性は、
自分の名前のスペルを空中に浮かべ、
TOM MARVOLO RIDDLE
という文字を、
I AM LORD VOLDEMORT
になるよう、スペルを入れ替えた。
「私がヴォルデモート卿だ。スリザリンの継承者にして、この愚かしくも愛すべきドラコを使って再び秘密の部屋を開けた」