「
ボクがもっとも得意とする魔法を唱える。
目を使えなくさせる。
位置はわかっても、目の場所まで精密に把握したわけじゃない。
でも、それだけでいい。
顔があるあたり
前世では切り飛んだ小指。いまのボクにはしっかりと付いている。
蛇の叫びが聞こえた。
本来の蛇の大きさでは聞き取れないほどの声量であろうそれも、このサイズと大蛇では、枯れ井戸に金物を落としたような怖い叫びになる。
ボクは、目を見開いた。
ヴォルデモートは、驚愕していた。
服従の呪文が効かなかったことに驚いているらしかった。
「ハリーさん! 目は潰した!」
すぐさま、呪文が飛ぶ。
ハリーさんの武装解除呪文が、バジリスクの注意を引く。
ボクはヴォルデモートの苦し紛れの衝撃呪文を弾いた。
バジリスクが悶え、
尻尾を振り上げる。
巨大な尾が、水を弾きながらボクたちに迫る。
バジリスクの表皮は、魔法を弾く。
ドラゴンとほぼ同じ耐久性だ。
しかし、ドラゴンに呪文が効かないわけじゃない。
六人がかりの麻痺呪文などであれば効く。
六人がかり。
六倍。
ディフィンド・デュオで二倍の威力。
ディフィンド・トリオで三倍の威力。
ボクに真に切断呪文の才能があって、
なおかつ攻撃呪文に特化したレッドオークの杖を使っているのなら、
いけるはずだ。
「
振り上げられた尻尾が、
不可視の何かによって、輪切りにされた。
落下するそれを、さらに細切れにする。
「──────────!」
再び、バジリスクが叫びを上げた。
ボクのいるほうを察知して、攻撃しようとするが、
「こっちだ!」
ハリーさんが呪文を撃った。
傷口に直撃したそれに震え、バジリスクがハリーさんの方を見る。
ありがたい。
もしこのままこの付近で戦闘が続いてしまっていたら、近くのマルフォイさんとロンさんにも被害が及ぶ可能性があった。
「手加減、していたのかな?」
ハリーさんとバジリスクが戦い、
ヴォルデモートとボクが向き合う。
言葉はいらない。
ボクは杖を構えた。
ヴォルデモートが、呪文を放つ。
防ぐ。
防いだ。
片目の未来予知が、数秒先の彼女の魔法を見せてくれる。
対処できる。
狙うのは、杖だ。
『なんとか言ったらどうなんだ』
閉心術の応用で、起動したままの開心の眼越しにヴォルデモートが話しかけてきた。
『く、このっ……!
私は、世界一偉大な魔法使いになるんだ!』
水しぶきを瓦礫に変身させてくる。
それを切断呪文で切り刻む。
なぜ、死の呪文を撃たないのだろう。
そうか、非実体だから、撃てないのか。
『君は世界一偉大な魔法使いには、絶対になれない』
ボクは、
幾十もの無言呪文を交わしながら、
呪文越しに、彼女を見た。
互いが開心術を使い、擬似的な念話が出来ていた。
『偉大な魔法使いは、みんな、未来を見ていた。誰かに託していた。創設者も、スリザリンも、腐ったハーポも、ハリーさんのご両親だって』
『そのようなこと!』
『君は過去と現在にこだわってばかりだ。未来に託すことが怖くて、不死になってまで現在にすがりつこうとしている』
彼女の顔が、憤怒に歪んだ。
杖を大きく振り上げて、
『
そこを狙って、
ボクの切断呪文が、杖を半ばから切り取った。
『なっ……!』
大伯母が夏休みに言った言葉を思い出す。
"『バジリスクが持つ毒』と、『悪霊の火』──知る限り、このどちらかでなら壊せるだろう"
そうか、
そうだったんだ。
だから……なるほど。
ボクは、昔の記憶を思い出した。
ボクに本当の才能があるなら、
それがこの世に生まれ落ちたときに授かったものなのだとしたら、
応えてください。
『ペスティス・インセンディウム』
杖先に、炎が灯る。
それはすべてを焼き尽くすほどに赤々とした、悪霊の火。
しかし、少しずつ、紫になって、
一つの発揮のために完全に制御下に置かれたそれは、
いつのまにか真っ青な炎に変わっていた。
「
青く輝く裂け目が、
マルフォイさんの持っていた、日記、分霊箱に、直撃する。
ただ一つ、分霊箱のみを標的にして、その魔法は正しく起動した。
分霊箱のみを裂き、それ以外にはいっさいの被害をもたらさない。
本体を焼かれたヴォルデモートさんの変容は甚だしかった。
体の内側から青い光が漏れ出て、
目や口から煙を放つ。
頭をおさえ、うずくまった。
『ぁ……ぁああああ……!!!!』
「マルフォイさんは返してもらう」
ヴォルデモートは、
悲しくなるほどの断末魔を上げながら、
消滅した。
そして、
振り返る。
ハリーさんは、赤い、小さい鳥のような生物に宙に引き上げられて、バジリスクの攻撃を躱していた。
その手には、組分け帽子が、あった。
開心の眼が、
意思を読み取る。
バジリスクは、知った気配に怒り狂っていた。
『ゴドリックゥゥゥウウウウウウウウ!!!!!!』
組分け帽子さんは、ただの帽子のふりをしながら、念じていた。
『────すまない、サラザールの友よ』
ハリーさんは、赤い鳥の足から逃れて、落ちた。
『私は、奪うより、助けるほうを選びたい』
組分け帽子から、一本の白亜の剣が引き抜かれる。
身の毛もよだつ薄明かりのなかで、刃が落雷のようにきらりと光った。
それを逆手に構え、
ハリーさんはバジリスクに落下した。
その目を、貫いた。
巨体が、ぐらりと揺れて、倒れる。
伴って、ハリーさんも秘密の部屋の床に投げ出されて転がった。
なんて剣だろう。
一撃で、バジリスクが絶命した。
ボクは、マルフォイさんに駆け寄った。
起こそうとするが、ぐったりとしたままだ。
ボクがマルフォイさんを、ハリーさんがロンさんを抱える。
帰り道、どうするか考えていると、
見知った人影が、現れた。
「ここは……いったい…………」
ロックハート先生だ。
呆然として、秘密の部屋を見回している。
「君たちの……秘密基地かな?」
「違います。少し長くなるんですが……」
ボクは、入口のパイプを目指してロックハート先生にことの次第を説明した。
信じてもらえないかもと思ったが、ヴォルデモートのことも含めて。
この部屋で起こったことは、文章にするとあまりにも奇想天外だった。
助けに来た人がヴォルデモートの自我を持った日記に乗っ取られていて、バジリスクを操って襲いかかり、それを生き残った女の子と二人がかりでやっつけた。
ボクは悪霊の火で、生き残った女の子は組分け帽子から出てきた剣で。
そんなこと、一口に言われてもなかなか頭に入ってこないし、信じきれないだろう。
そう思ったが、ロックハート先生は頷いて、受け入れた。
「なるほど…………その剣は、グリフィンドールの…………」
瞑目する彼女。
ボクの片目が、ざわり、と何かを伝えてきた。
「先生…………」
「素晴らしいです。いやぁ、感激した。これほど人の心を踊らせる勇敢な出来事は早晩生徒だけでなく多くの人に広まるでしょう」
「先生……ダメです」
「特にもとより名のあるものが広めれば、より、…………」
ロックハート先生は、杖を取って構えた。
「その名声は、私にこそふさわしい」
何を使おうとしているのか、よくわかった。
それは、ボクが一番最初に覚えた呪文だったから。
「昔から、忘却術は得意、でね……」
ロックハート先生は、構えたまま、しばし固まった。
杖先が、震えている。
「……………、」
口元は、笑っていた。
目元は、泣いていた。
ガタガタと肩から先を揺らして、杖の照準はブレブレだった。
「先生。もしかして、これまでの本に載っていた功績は、すべてそうやって人の記憶を消して、奪ったものだったんですか?」
ハリーさんは、心底呆れたような声でそう言った。
ロンさんを抱えながら、その顔は追い詰められた者というよりは、見下げ果てた存在を目にしたときのようなものだった。
「アル……君に出会わなければ、私は……私は幸せだったでしょう。君にさえ、出会わなければ……」
「それは嘘です」
「…………」
「最初に見たときから、先生は辛そうでした」
ついに先生の口元も引き結ばれ、歯をがちがちと鳴らした。
「もう戻れないのですよ……。証拠を消すという罪は、その性質から誰にも罪に問われない。もっと早く、君が、私の前に現れて、なじってくれたなら、愚か者だと言ってくれたなら…………」
ボクは、自分に向けられた杖を見た。
記憶を消されるのは、慣れている。
ボクが記憶を失っても、またマルフォイさんを好きになるだろう。
ハリーさんが、ロンさんの足の下から、低く杖を構えているのがわかった。
ボクに照準を合わせるロックハート先生に、微笑む。
「いいですよ」
「っ……」
先生は、杖を振り上げ────────
それはダメだ。
下ろしていた杖先を上げて、
ロックハート先生の杖に向かって、切断呪文を放つ。
腰だめ撃ちの練習はしていた。
切断呪文が、先生の杖にうまく当たった。
先生の杖は、半ばから収束させるべき先を失って、
そして、
先生自身に呪文が跳ね返った。