魔女といえば、
やはり箒に乗る姿を連想する人が多いだろう。
某魔女が宅急便をする映画でもおなじみだ。
今日は、箒を使った飛行訓練の授業だ。
ボクはかなり前からこの科目を楽しみにしていた。
マルフォイさんの箒に乗る姿が見られるというのもあるが、
彼女がこの授業を待ちわびていたからだ。
マルフォイさんが楽しそうだと、ボクも楽しい。
「みんな箒のそばに立って。さあ、早く」
白い猛禽類のような雰囲気の先生、マダム・フーチ先生が、ボクたちを促す。
この授業は、グリフィンドール寮の一年生とスリザリン寮の一年生の合同授業で、ハッフルパフ寮やレイブンクロー寮の生徒はいない。
それぞれ、上がれ、と言って箒を手元に上昇させる。
マルフォイさんは流石で、瞬時に手元で浮上させていた。
ボクは少し手間取った。
別にいいんだ。姿くらましとか使えばこれが無くても移動できるし……。それに、マルフォイさんが凄いだけだ。みんな手間取っている……
と思ったが、ハリーポッターさんは成功しているようだった。
その光景に、マルフォイさんが若干不機嫌になっているのがわかる。
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。
箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ。一、二の────────」
言い切る前に、
誰かが飛んだ。
おかっぱの女の子だ。
いつもドジをしては「ひぇええ」と折檻に怯えている少女。
名前は確か、ネビル。
どうやら急ぎすぎて、地面を強く蹴ったようだった。
その推進力で箒が加速し、彼女を乗せたまま、高く、高く飛び上がった。
ダメだ。
ネビルさんは恐慌状態になっている。
あれでは制御も難しい。
ボクは、
「
唱えると、少しだけ動きが減速する。完璧じゃない。
だけど、それがまずかったのかもしれない。
止まった箒に、片足だけ引っ掛けて逆さ吊りのような形になったネビルさん。
ローブとともにスカートが捲れ上がり、縞模様のパンツが見えてしまっている。
「あっ!」
と叫んで、
ネビルさんは落下した。
まずい。
あのままだと、頭から地面に落ちる。
止めなきゃいけない。
もっと簡単な呪文は──────
そうだ、
「
間に合わない。
そもそも浮遊呪文は生物には効かない。効かせるには特大の魔法力が必要だ。
だから、別の、
──いや、
杖を向けて、
ボクは、
浮遊呪文を、
無言で放った。
無言だから、出力が弱い。
でも、速度は減衰する。
ローブと服だけにかけられた浮遊呪文で、ネビルさんは空中で落下速度を減衰させた。
ぐるりと体が反転し、
服からすっぽぬけて地面に落ちる。
それを見越して、ボクは下で構えていた。
2メートルほどの高さから、ネビルさんが落下する。
その体を受け止めた。
顔に柔らかいものが当たる感触を覚えながらも、背中を地面に打ちつける。
「つ………………」
ネビルさんの声が聞こえた。
彼女はローブとセーターをすっぽぬけてシャツだけになっていて、そのたわわな胸元がボクのほっぺたに押し付けられていた。
声が、巨乳越しに響く。
役得だけど、みだりに異性に触れてしまったという羞恥でボクはできるだけ彼女から離れようとした。
「ご、ごめんよぉ……!」
ネビルさんはボクを心配しているみたいだ。
みると、彼女も足をひねっている。
マダム・フーチが、慌てて駆け寄った。
「足首が折れてますね」
ボクのことかと思ったが、
違うらしい。
ネビルさんだ。
ひねったと思っていた彼女の足首は、実際には折れていたようだ。
「アル・ムーディに感謝なさい、医務室に行きますよ」
「はい…………」
ネビルさんは先生に応答した。意外と痛みに強いのかもしれない。いや、ドーパミンがでて痛覚が麻痺しているだけだろうか?
「あなたもです!」
マダム・フーチが、ボクをびしりと指さした。
「背中を強打しています。あなたも医務室に来なさい」
言われて、背中の鈍痛が大きくなったような気がした。
振り返って、マルフォイさんを見る。
ボクに近づこうとして、止まっていた。
「マルフォイさん?」
「………………」
「いってくるよ」
彼女は、ボクを震える目で見つめてから、
そのあと、マダム・フーチの方を見た。
いや、ネビルさんを見たのだろうか?
「あとでね」
と言って、
とりあえず、ボクは二人の背中を追った。
‐‐‐
「その、ありがとう」
ボクは、ネビルさんに医務室でお礼を言われた。
骨折こそすれど、重篤な魔法による呪いを掛けられたわけでもないから、医務室のマダム・ポンフリーによるとすぐにでも完治してみんなのもとに戻ることができるそうだ。
話には聞いていたが、骨折をすぐに治せるなんてやはり魔法とは凄まじいものだ。
ボクは、マダム・ポンフリーに怒られないようにネビルさんとこそこそ話をした。
「いや、ボクこそ、結局ネビルさんに骨折させちゃった」
「いい、いいや、私も、アルさんに怪我させちゃったし、それに、胸を…………」
向こうのカーテンで、ネビルさんが自分の体を片手でかき抱くのがわかった。
ネビルさんの胸は、大きかった。
クラッブさんやゴイルさんと同じくらいだろう。
「私、マルフォイに目をつけられたらどうしよう。君はマルフォイの彼氏なんだよね」
「そうだったら嬉しかったんだけど、違うよ」
カーテンの向こうで、ネビルさんが目をぱちくりとさせるのがなんとなくわかった。
「そっか、そうなんだ……。
…………君は、魔法が得意なの?」
話は、ボクが使った魔法にスライドした。
「あの魔法は、そんなに難しくないから、たぶんそのうちみんなも使えるようになるよ。ネビルさんもきっと」
「どうだろう…………」
自信なさげなネビルさんの声が、ウィスパーがかって響いた。
ちょっと声がかわいくてドキドキしてしまう。
マルフォイさんが綺麗なら、ネビルさんは可憐だ。
「私、スクイブなんだ」
「スクイブ…………」
確か、魔法族出身なのに魔法が使えない人のことをそういうふうに呼ぶのだっただろうか。
「でも、この学校に来たってことは魔法力があったん、だよね?」
「うん、二階の窓から落ちそうになったときに、偶然魔法が使えて…………」
なら、スクイブではないのではないか。
「君は、すごいよ。そんなに魔法が使えて、マルフォイとも仲良くできて」
「なかよく、というか」
「彼女、怖くないの?」
言ってしまってから、慌てて訂正しようとするネビルさんの声を聞きながら、ボクは返す言葉を探した。
「怖くないよ。それに、マルフォイさんは、ボクの隣にいてくれるって言ったんだ」
ネビルさんの声が止まる。
戸惑った様子で小さく、
「それだけ…………?」
と聞いてきた。
「それだけなんだけど、嬉しかったんだ」
「そうなんだ、うーん…………」
納得できない様子で、ネビルさんは唸った。
マダム・ポンフリーに二人ともどやされる、数秒前の出来事だった。
‐‐‐
スリザリンに戻って、
ボクは驚かされた。
マルフォイさんとハリーさん。
二人が大立ち回りを演じたらしいのだ。
ボクとネビルさんが怪我をした時、ネビルさんが家族からもらった「思い出し玉」を落としてしまったらしい。
それをマルフォイさんが拾って割ろうとしたところ、ハリーさんが諌め、二人は険悪なムードになった。
マルフォイさんが箒にのって飛び、それを追いかけてハリーさんも追従し、
マルフォイさんが落とした思い出し玉を地面スレスレで拾って滑空、それを見ていたマクゴナガル先生に連れて行かれたらしい。
「だというのに、ハリー・ポッター、あいつは退学も罰則も受けなくて、それどころかグリフィンドールのシーカーに抜擢された」
ボクの頭のなかに「?」が乱立する。
マクゴナガル先生は変身術の教授で、組分け帽子をボクたちに被せた人でもある。厳格な先生だったはずだ。彼女は一部始終を見ていたから、情状酌量の余地を与えたのだろうか?
「シーカーって、確かマルフォイさんがなるって言っていた、クィディッチのポジションのことだよね」
「スニッチを見つける、もっとも輝かしい役だ」
クラッブさんが、かなり饒舌にボクに話してくれる。
彼女はマルフォイさんたちにバカにされがちだけど、話してみればとてもおもしろい人だ。
「でも、一年生は、クィディッチのチームには入れないんじゃなかったっけ?」
「そのはずだ。でも、あいつはなぜか選抜された」
クラッブさんの視線を追うと、先輩たちに囲まれて夕食をとっているハリー・ポッターさんの姿があった。
「そもそも、マルフォイさんはなんでネビルさんの思い出し玉を割ろうとしたの?」
「私は訓練場に落ちていたガラス玉が危なかったから処理しようとしただけだよ」
マルフォイさんは淡々と言った。
クラッブさんが、笑う。
「マルフォイは、お前がネビルのせいで怪我をしたのを見てカンカンだったのさ」
「そんなんじゃない」
「ほんとか?」
ボクがマルフォイさんを見ると、
彼女は顔をそむけた。
その耳が赤かった。
彼女はボクから逃げるように立ち上がり、
グリフィンドールの席にいるハリーさんに近づいた。
慌ててそのあとを追う。
「ポッター、最後の食事かい? マグルのところに帰る汽車にいつ乗るのかな」
なんかマルフォイさんがハリーさんを煽っていた。
ハリーさんは困ってる。
が、となりのロンさんが立ち上がってマルフォイさんを威嚇していた。
「子分二人と王子様を引き連れないと自信が持てないのかマルフォイ」
「まさか」
マルフォイさんが、杖を額あたりにかざしていった。
かっこいい……いやそうじゃなくて、
「そういうなら、今夜、魔法使いの決闘といこうじゃないか」
とんでもないことを言い出した。
「マルフォイさん、決闘なんてしたら死んじゃうよ」
「何を言っているんだアル。本格的な魔法使いどうしの決闘じゃないんだ。死人なんてでないよ」
マルフォイさんは本気のようだった。
その瞳で覗き込まれると、すべてを許してしまいそうになる。
これが惚れた弱みというやつだろうか。なんだかダメな関係になっている気がする。
「こっちの介添人はアルだ。そっちは」
「私」
ロンさんが言い放った。
「真夜中でいいね? 場所は中庭でどうかな?」
「いいよ。やってやる」
ハリーさんは、ふっと顔を上げて返す。
最初こそ気弱そうだったが、腹が決まったという表情になっていた。
どうしよう。
マルフォイさんの気が変わらないのなら、
治癒魔法の練習をしておいたほうがいいかもしれない。