「本当に行くの?」
「行くさ」
スリザリンの談話室。
マルフォイさんは杖を握って確かめながらそう言った。
「でも、この時間に外出したら罰則だよ?」
「フィルチに見つかったらの場合だよ」
マルフォイさんは強気だったが、
その手が少し震えているのがわかった。
もしかしたら、彼女はボクが考える以上に繊細で臆病なのかもしれない。
隣に座って、彼女の手を握る。
「……────」
思い直してほしい、と言おうとしたが、思い直さないことはいまのやり取りでわかった。
よく映画で、妻や恋人が主人公の行動をいさめるシーンに煩わしさを感じていたが、いまなら彼女たちの気持ちがよくわかる。
どのみち介添え人として付いていくのだから、
ボクが彼女を漢らしく守護すればいい。
そう言い聞かせた。
治癒呪文も練習しなおした。
もし本当にひどい怪我を負ったら、罰則を承知で寮監のところへ行こう。
‐‐‐
マルフォイさんは、約束の時間より少し早めに談話室を出た。
絵画と何やら話をして納得させてから、
中庭を目指す。
少し寒い。
こんなこともあろうかと持ってきていたマフラーを、マルフォイさんにかける。
「…………君がつければいいじゃないか」
「でも、マルフォイさんも震えてるし」
「……これは寒いからだよ」
「……? うん。だからだよ」
色々あって、
結局二人で、一つのマフラーを共有することにした。
身長差が少しあるが、なんだか恋人のようで心がほかほかする。
「こんなところポッターに見られたら…………」
なんだか葛藤しているみたいだった。
そのとき、
足音が聞こえた。
ハリーさんかと構えたが、
同時に、猫の鳴き声も聞こえた。
ボクたちは互いにピンと背筋を張った。
アーガス・フィルチ先生の、愛猫ミセス・ノリスの声かもしれない。
もしここで見つかってしまえば、ハリーさんたちが来る前にボクたちは大目玉を食らって決闘どころではなくなる。
ボクたちは廊下へと隠れた。
大階段を降りて、フィルチ先生が辺りを見回している。
傍に、予想通りミセス・ノリスもいた。猫ちゃんかわいい、いやそうじゃなくて、
「んぅ……?」
片眉を吊り上げながら、フィルチ先生はこちらに近づいてくる。
ボクはマルフォイさんの手を引いて廊下の向こうへと移動した。
そこで、ぴりり、とボクの頭に白いイメージが走る。
動く足音。
三人いる。
ハリーさんたちじゃない。大人の姿だ。
一人はフィルチ先生。
あとの二人はわからない。
でも、それぞれ別の場所から移動してきている。
このままだと、三人のうちの誰かに見つかる。
「マルフォイさん、こっち」
彼女を誘導する。
つないだ手は、もう震えていなかった。
それどころか、どこか安心したような雰囲気まで感じた。
脳裏にかけめぐる予感に従って、
足音とその人物の視界から逃れるように、位置を変えていく。
図書館近くに来た。
そのタイミングで一人が急に進行方向を変えたため、
慌てて、空き教室のような部屋に隠れる。
なんとなく、ここなら大丈夫だという気がした。
「ごめん、マルフォイさん、約束を反故にさせちゃうかも」
「いや、仕方ないさ…………」
マルフォイさんは、手持ち無沙汰に教室を見回した。
ボクが自分に巻かれていたマフラーをマルフォイさんに再度巻いたあたりのタイミングで、彼女の瞳が一点に釘付けになる。
「どうした…………の…………あれ」
その部屋には、豪華そうな鏡があった。
なんだろうあれ。
恐る恐る、マルフォイさんが近づく。
つられてボクも近寄った。
すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ────
そんな字が彫ってある。
でも、普通の鏡のようだ。
見えるボクの姿に
黒い髪。
片方だけ白い瞳。
隣に映るマルフォイさんと比べて少し低い身長に、童顔。
いきなりムキムキマッチョマンになったりしないだろうか。
アーノルドシュ◯ルツェネッガーさんみたいな筋肉で、「次はベーコンも頼む」と言ってみたいのだ。
「少しここにいよっか」
「………………」
「マルフォイさん?」
彼女は、鏡を見つめたまま微動だにしなかった。
と思ったら、いきなりボクのほうを見た。
目を細めていたので、
小さくルーモスを唱えて、見えるようにする。
「君、ローブを着ているね」
「……そうだよ? 何か変かな?」
「この鏡では、白いタキシードを着ている」
なるほど、もしボクがそんなスーツを着たら、似合わないかもしれない。ちゃんと身長も補正してくれているだろうか。
「それに、」
「それに?」
「私が、ウェディングドレスを着ている」
ウェディングドレス。
マグルが生み出したものだと思っていたが、なんで知っているのだろう。
いや、魔法界にもウェディングドレスは別で存在するのだろうか。
「よくウェディングドレスだってわかったね」
「ああ、わかるさ」
マルフォイさんはボクの反応を見て少し気分が落ち着いたようだった。
「変な鏡だ。ここに映った人間に勝手な衣装を着せるらしい」
「そうなんだ、ボクが見ても何も変わっていないけど」
「ということは鏡は私に対してのみ魔法を使っているというわけだ。誰が魔法を使うに値するか、わかっているみたいだね」
彼女の顔に自信が戻った。
ほぼほぼ無表情で変化は薄いが、やはり、自信があるほうが似合っている。
「残念だな」
「何がかな?」
「マルフォイさんのドレス姿、見たかった」
「………………………………。」
ぐい、とマフラーを引っ張られた。
彼女の顔が、超至近距離に来る。
鼻先が触れ合った。
「君は無垢すぎる。そんなことばっかり言っていると、こ……こうなるぞっ」
「あ、ご、ごめん」
ドキドキしつつ、
怒らせたのかと、言葉を探した。
言い訳かもしれないが……。
「でも、マルフォイさん以外には、こんなこと言わないよ」
「~~~~ッッッッ!?!?!」
なぜか火に油を注いだみたいだった。
マルフォイさんは、顔を真っ赤にして怒っていた。
だけれど、なぜ怒っているのか、それがわからない。
唇が、触れた。
あ、と声を上げるまもなく、
ボクとマルフォイさんを繋いでいたマフラーの一端を強く引かれ、縮まった布地に首を引っ張られる形で顔を重ねた。
相当な時間が経っても、マルフォイさんはボクを離してくれなかった。
ときどき酸素が足りなくなって唇を離して魚のようにぱくぱくと呼吸しては、また重ねた。
「まるふぉい、さん、ゆるして……」
「…………だめだ」
ボクが彼女の拘束から脱出できたのは、数時間後のことだった。
‐‐‐
あれから、
マルフォイさんは少しだけみんなに寛容になった。
ボクのとなりにゴイルさんが座っても、とやかく言わなくなった。
でも、あとが怖いので、マルフォイさん以外の人をとなりに座らせる時間はできるだけ短くしている。
それから、
懸念が一つ。
あれだけ真夜中の決闘を恐れていたマルフォイさんが、
夜中にまた出歩くようになった。
どこに行っているのか聞いても、ちゃんと返してくれない。
ボクの頭をなでるだけだ。
夜な夜な出歩く彼女のことが、少しだけ心配だった。