マルフォイさんが、深夜徘徊で捕まった。
これだけ聞くとボケてしまったご老人が捜索した警察に確保されたように感じる。
でも実際は、うら若きスリザリンの生徒であるマルフォイさんが何かを探していたのを、マクゴナガルさんに見つかってしまったのだとか。
そこで、罰としてスリザリンから20点が引かれた。かなりの点数だ。
でも、誰もマルフォイさんを責めなかった。
むしろ、褒める人までいた。
なぜなら、
「やぁ、ハリー。噂になってるよ。一度にどうやって150点も失ったのか、是非その方法を教えてくれない?」
スリザリンの生徒の一人が、ハリーさんをそのように煽った。
本人は一瞬赤い顔をしたが、気にしないと言わんばかりにすたすたと歩き去った。
マルフォイさんが減点された日、
グリフィンドールは、その7.5倍である150点を一夜にして失った。
これは、マルフォイさんの"策"がうまくあたったからだと、皆が思い、本人もそう喧伝した。
「アル。君は私がただ真夜中にホグワーツをうろついてるだけだと思ったのかい? 私はもうあの"鏡"への対策は済んでいるし、やっていたのは、いやしくも寮杯を獲得しようとするグリフィンドールへの工作だったのさ」
なんだか自慢げにしているので、とりあえず頭を撫でると怒られた。
でも問題は、彼女に罰則があるということだ。罰則は基本的に重たいものにはならないだろうけど、それでも彼女が隣にいる時間が奪われることを意味していた。
それから、
クィディッチの試合がまたあって、
そして、期末試験も執り行われた。
今年度が終わろうとしている。
寮対抗杯は、既にスリザリンの勝利が確定しているようなもので、
スネイプ先生の口元が吊り上がって…………いないな、なんでだろう。
とある日の朝、
マルフォイさんに罰則の内容が伝えられた。
"処罰は今夜十一時に行います。玄関ホールでミスター・フィルチが待っています"
マクゴナガル教授、と名前があった。
驚いた。スリザリン寮監のスネイプ先生じゃないのか。
「十一時…………」
「マルフォイさん、早く帰ってきてね」
「…………。もちろんだとも」
ボクの口にパンを突っ込んで、マルフォイさんは返答した。
‐‐‐
スリザリンの談話室で、
ボクは、マルフォイさんを待っていた。
暖炉で温まりながら、
マルフォイさんがくれたマフラーを巻く。
「おいおい、まだ起きてるのか」
後ろから、声が聞こえたので振り向くと、
そこにはクラッブさんとゴイルさんがいた。
「マルフォイさんが来るまで待っていようと思って」
「ふーん」
ボクの両隣に、
二人が座る。
ちょっと緊張する。
背筋を正した。
「なぁ、側室って知ってるか?」
「側室?」
いきなりな話題を出されて、最初ボクはその言葉の意味を計りかねた。
「最初の妻とは別の妻のことだ。男なら何人も嫁を抱えるんだろ」
「そうなのかな。想像つかないや」
両側から、腕にやわらかいものが押し付けられる。
気づかないふりをした。
「マルフォイは正妻になるのか」
「はっ……、まる、え…………」
「もしそうなら、私たちはお前の側室になるのか」
「どうなんだ?」
二人から問われる。
なんだか雰囲気がおかしい。
暖炉の火が、アロマのろうそくのようにゆらゆらと揺れている。
「あ、いや、その…………まだ決められてなくて、ボク、12歳だし……」
クラッブさんが、ボクの太ももの内側を掴んだ。
円を描くように、手の腹で撫で回してくる。
「いま決めればいいじゃないか」
「私たちは嫌か?」
両側から囁かれる。
頭がほわほわしてきた。
二人とも魅力的だ。
だから、もし将来二人がお嫁さんになるんだったらこれ以上ないくらい魅力的だけど、
もし、万が一、ボクがマルフォイさんとそういう仲になることができたとして、彼女はそれを認めるだろうか。
隣にいるって、隣にいるだけじゃ足りないんだな。
そんな、どこか哲学じみた思索に逃避しそうになったとき────────
脳裏に、
電撃のようなものが走った。
片目がずくんとなって、
頭に響く声がある。
『そんじゃ、ハリーとハーマイオニーは俺と一緒に行こう』
なんだ、これ。
『ドラコとネビルはファングと一緒に別の道だ。もし一角獣を見つけたら緑の光を打ち上げる、いいか? 杖を出して練習しよう』
この人、いっちねんせいの人だ。
ハグリッド先生だ。
『もし困ったことが起きたら、赤い光を打ち上げろ。みんなで助けにいく――』
ハグリッド先生って、近くでみたら本当に大きいな。
『じゃ、気をつけろよ――出発だ』
子どもたち数名を連れて、
ハグリッド先生は森のなかを進んだ。
一瞬だけ、見えた視界がゆらぐ。
そして、さらにまた別の光景が見えた。
マルフォイさんとハリーさんだ。
『私は君なんかとはいっしょに行けない』
『そっちこそ、ファングを連れて怯えていればいいさ』
仲違いする二人。
あっかんべーをするハリーさん。かわいい。
マルフォイさんが、
暗い森を歩いている。
『大丈夫、大丈夫』
彼女は、手元のなにかをみて自分を励ましていた。
手に持っているのは………………ガラスの破片? いや、鏡の破片だろうか?
『私は、入学してすぐにフィアンセができたんだ、これくらいどうってこと………………』
マルフォイさんの言葉が止まった。
何かを見つけたからだ。
それは、影だった。
影がゆらりと移動して、
近くにあった何かに向かってしゃがみ込んだ。
馬? いや、ユニコーンだ。
ユニコーンが倒れていて、
それに影が近づいて、
血を吸い始めた。
『ひっ………………』
マルフォイさんが、こらえきれず声を上げる。
それは暗がりによく響き、
影が、彼女のほうに向いた。
影はローブを着込んでいる。
その手元に、一筋の線、杖が見えた。
「ごめん、」
ボクは、立ち上がった。
クラッブさんとゴイルさんが、「うヒャ」と驚いた声を上げる。
「ちょっと、外に行ってくる」
「ま、まて、悪かった、謝るから」
「違うよ。二人は魅力的なんだけど、ちょっと用事を思い出したんだ」
焦る気持ちを押さえつつ、
二人の手をとって、握った。
「戻ったら、また話そうね」
「あ、」
「わ、わかった」
足早に談話室を出る。
絵画から何か声をかけられたが、気にならなかった。
中庭に出てから、そうじゃないと思い直して、正面玄関を目指す。
玄関から外に出て、そのまま暗い道を、ここに来るまでの地形を思い出しながら進んだ。
遠くで、かすかに、赤い光が見えた。
確か…………
『もし困ったことが起きたら、赤い光を打ち上げろ。みんなで助けにいく――』
誰か、困ったことが起きたのだろうか?
その目印を目指してひた走る。
‐‐‐
何かに誘われるように、
ボクは森のなかを走る。
方向感覚がおかしくなりそうだけど、
なんとなく、どこに向かうべきかがわかった。
足場の悪い森のなかを、ルーモスで照らして走り続けた。
この森は、前世では見ないような植物もある。
もしかしたら、危険な魔法生物だっているかもしれない。
そう思った瞬間、
ボクは、蜘蛛がこちらを見ていることに気づいた。
思わず息を飲む。
蜘蛛は、いや、虫は苦手なんだ…………。
頭と杖を振って、
気を取り直し、
往くべき場所へと往く。
鈍りつつある足、大きな横木の前で止まった。
その奥に、見覚えのあるブロンドの髪がちらつく。
「マルフォイさん!」
滑り落ちるように、
ボクは、彼女の隣へと駆けた。
彼女にいまにも襲いかかろうとしていたローブ姿の誰かが、後退する。
「誰ですか」
質問した。
でも、その人は答えない。
ローブの裾から、杖が覗いている。
くくく、とフードの奥でその人が笑った気がした。
「誰かと思えば、子どもか」
そんなふうな声が、聞こえた。
「あ、アル…………」
震えるマルフォイさんの声が響く。
それに、ちらりと目をやった瞬間。
ローブの人が、杖を構えた。
呪文が放たれる────────
──前に、
ボクは、ホルスターからナナカマドの杖を抜いて、
早撃ちの要領で、腰だめの呪文を放った。
「
「
ローブの人の魔法が、
ボクの前で弾けて逸れる。
危ない。
でも、次が──────
「
地面が弾けた。
腐敗した木片が、頬をかすめる。
間接的にダメージを与える気だ。
ボクは、ローブを広げてマルフォイさんに木片が飛ばないようにした。
杖をそむけたら、防御呪文が撃てない。
どうすればいいんだ。
ボクは、周辺視野でマルフォイさんを捉える。
彼女は、震えながらも、杖をとりだそうとしていた。
一体何を……、そうか。
ボクは、ローブを広げて露わになった懐から、
もう一本の杖を取り出す。
「
「
ナナカマドの杖で防御を行い、
その隙に、
もう一本の杖を、上空に向けた。
「
「────────────?」
少しだけ、ローブの人の呼吸が止まる。
何をしたのかわからない、といった風だった。
そして、
ローブの人が、杖を振り上げる。
なぜか、イヤな予感がした。
「
あれは、まずい。
防御魔法が効かない呪文だ。
ボクは無意識に、
無言呪文を放った。
ナナカマドの杖の先から放たれた魔法が、
ローブの人の杖の、その先端を削り取った。
魔法が、軌道をそれて、
上方向に飛んだ。
そして、
「おまえらなにしちょる!!」
聞き覚えのある声が響いた。
ローブの人の身体が止まる。
そして、ボクに杖を向けたまま、ざざざと後退し、
そのまま木に身を隠して視線を切り、逃亡した。
ボクは、少しの間、杖を構えたままでいた。
そして、ゆっくりと身体から力を抜く。
良かった。助かった。
ハグリッド先生が大慌てでボクたちに怪我がないか確認した。
もし他の女子がするならちょっと下心があるようなものだが、ハグリッド先生がボクを確かめる手つきにはそういったものはなかった。
でもちょっと力が強い。
マルフォイさんが、ボクの頭をぎゅっと抱きしめる。
頬に触れる形のいいそれの感触にドギマギしながらも、ボクの頭に回された手に杖がしっかりと握られていることに気づいた。
『もし困ったことが起きたら、赤い光を打ち上げろ。みんなで助けにいく――』
マルフォイさんは、赤い光を放ってハグリッド先生たちを呼ぼうとしたのだ。
ボクもそれを見て有効だと思った。
でも、マルフォイさんの手は到底呪文を撃てないほど震えていて、
なおかつボクは赤い光を放つ信号呪文を知らなかった。
だから、
それを上空に放って、ハグリッド先生たちが気づく可能性に賭けた。
結果は成功のようだった。
ホグワーツに戻ったあと、
「おまえさん、なんで森に入った?」
ハグリッド先生にそう聞かれた。
どう答えたらいいのだろう。
口ごもっていると、
「それは儂から説明しよう」
飄々としたおばあさんが、背中に手を回して立っていた。