大伯母が、地面に大杖を打ち鳴らす。
同時に射出された魔法が、ボクの杖を弾き飛ばした。
転げて、追撃を避けるが、
数撃目の失神呪文をくらい、全身が命令を聞かなくなった。
「甘い! 新しい杖を買い与えたのは失敗だったか!」
大伯母は、転がるボクを見てふんと鼻を鳴らした。
うぇえ……と口から声を漏らしながらも、ボクは自分の肉体が回復するのを待つ。
「スリザリンの奴らとはどうしていた」
食事の際、
大伯母からそのようなことを聞かれた。
目の前の料理にかぶりつきつつ、義眼だけがぎょろりと動いてこちらを見る。
「仲良くしてたよ」
「仲良くではツマラン。やつらは死喰い人の二世だぞ」
大伯母は、スリザリンの生徒のみんなを心底嫌っているようだった。
昔から、闇の魔法使いに対しては辛辣だと思っていたが、まさか潜在的な子どもにまでその憎しみが向かっているとは思っていなかった。
「お前のような見目のいい男は、すぐに食い物にされる。
ホルスターはちゃんとつけているか」
「つけてるよ」
ボクは、自分の太ももにあるそれを叩いた。
たとえ食事中であろうと授業中であろうと、即座に杖を抜けるようにしてある。
「杖は慣れたか」
「レッドオークの方はまだ。この前戦ったときは、ナナカマドの杖も使ったから」
「フン」
大伯母は、偏屈そうに口の端を引き下げた。
「お前には護りのナナカマドではなく、攻めのレッドオークが最適、オリバンダーがそう言っとった」
「でも、強い魔法を撃ったら、相手が死んじゃうよ」
「何を言う! そういっている間に自分が殺される!」
レッドオークの杖は、確かに護りには使いづらかった。
忠誠心はあるはずなのに、相手の魔法を防ぐには、プロテゴではなく、
「おまえの防御が弱いのは、杖でなく才能の問題だ」
言われてしまった。
そう、ボクには、一つの呪文を除いて魔法の才能が相当に低い。
つきっきりであらゆる呪文を教え込まれたが、その半分も使えていなかった。
「おまえが生き残る方法は、誰よりも早くホルスターから杖をぬいて相手を殺すこと。撃たれるまえに撃つことだ」
大伯母、アラスター・ムーディは、断言した。
でも、それは、灰色を裁くということだ。
「………………」
「早く食え。うまいぞ」
「……ボクが作ったんだよ?」
「知っとる。だから、うまいぞ、と言った」
‐‐‐
(マルフォイさんに会いたい……)
ボクは、手元のカードをいじっていた。
彼女と出会ったときに、車内販売で買った蛙チョコレートからでてきた、魔法使いのカードだ。
「何をみている」
大伯母が、たそがれているボクを見つけ、
その手元にあるカードを覗き込んだ。
「……腐ったハーポか」
「知ってるの?」
「知っとるとも」
大伯母の義眼が、横に一回転した。周囲を警戒している。
「腐ったハーポは、最初の闇の魔法使いだ。
死喰い人のなかには、信奉する者もいる。」
「悪い人なの?」
「ああ、悪い。スリザリン出身のものたちと同じく」
大伯母が、水を飲む。
最初の頃、料理や飲み物を毒見するどころか、そもそもろくに摂取しようとしなかったから、ボクが料理の腕を磨いて無理矢理食べたくなるように、飲みたくなるように、仕向けたのだ。
「やったことは、大きく二つ。
まず、魔法生物、バジリスクを繁殖させた」
「…………ばじ、なに……?」
「バジリスク。見たものを石化させる目を持つ大蛇だ」
怖い。
もしかして、その生物を使ってハーポさんは何かしたのだろうか?
「二つ目が、
ボクは耳を澄ませた。
大伯母から聞いたことのない知識が出てくるのは珍しい。
「どう作るのかはわからんが、何かの物体を、自分の"遠隔の心臓"にすることができる。
…………つまり、その物体を壊さなければ自分が老いも怪我もしないような、不老不死になれる」
ちょっと難しい。
弱点が体じゃなくて物体になる? そういうことだろうか?
「例えば、わしがこのコップを分霊箱にすれば、コップを破壊しないかぎり何百年でも生き続ける。
分霊箱にした物体自体も、強大な魔法力を帯び、まともな方法では破壊できん。
そんな凶悪最悪な魔法道具だ」
ちょっとズルじゃないだろうか、それ。
普通なら、逆に分霊箱にした物体はもろくなったりしそうなものだ。
でも、そんな理不尽な発明だったからこそ、この腐ったハーポという人はこんなふうなけったいな異名をつけられて、闇の魔法使いという称号を生み出すまでに恐れられたのだろう。
「ん、でも……」
「なんだ、」
「まともじゃない方法なら、壊せるの?」
ぎょろり、と義眼と目が合った。
慣れたものなので、見返して首をかしげる。
「壊せる。
最高の魔法生物、最高の魔法、最高の魔法道具、最高の魔法使いのいずれかなら、壊せたとされる。」
最高の魔法以外、ボクは知らない。
「まず、
最高の魔法生物、これは『バジリスク』だ。
最高の魔法は、『悪霊の火』
最高の魔法道具は、『ニワトコの杖』
最高の魔法使いは、『アンブローズ・マーリン』
マーリンは分霊箱を解除したといわれているが、実際のウデマエはわからん」
なるほどと頷くとともに、
なんでそんな話をしてくれたのだろうと思った。
「気は済んだか。ずっとそれを見ていただろう。え?」
どうやら、
大伯母は、ボクがこのカードの内容が気になって物憂げになっていると思ったようだった。
「いや、これは…………友達と出会ったときに買ったものだから」
「何ン?」
大伯母が、ギッとボクを睨んだ。
「女か」
「女の子、たち、だけど…………」
「…………どの寮だ」
「同じだよ。スリザリン寮」
肉眼のほうの目が、ぐぐぐ、と見開かれる。
持っていたカップがきしんでいた。
「ゆるさん、絶対にゆるさんぞ……。婿などと…………」
「婿……いや、そんな……ふふ……」
「なにを笑っとる!」
その気迫に、ボクは麻痺呪文を警戒して飛び退いた。
アチョ、と構えつつ、いつでも杖を抜けるようにした。
「今年はギルデロイ某を招聘するからと教鞭を断られたが、今からでももう一度アルバスにお目にかかって…………」
「やめてよね」
教鞭だなんて、そんなことをしていたのか。
確かに、ボクがスリザリンに入ったと聞いてからは様子が普通じゃなかったから、大伯母がホグワーツの教師になろうとしていてもおかしくない。
でも、やっぱり学校に大伯母がいるというのは、ちょっと気まずい。
ダンブルドア先生が断ってくれたのだろうか? ならありがたい。
そもそも、大伯母がダンブルドア先生とコネがあることが驚きだ。
名前を呼んではいけないあの人の最盛の時代に手を取り合った仲だったのだろうか?
もし学校に戻ってダンブルドア先生に会うことがあれば、大伯母との関係について聞いてみよう。
‐‐‐
夏休みが終わり、
ホグワーツ特急に乗り込んだ。
今年の教科書は、ちょっと変だ。
新しい闇の魔術に対する防衛術の教科書が、多いし、教科書っぽくない。
『泣き妖怪バンシーとのナウな休日』
『グールお化けとのクールな散策』
『鬼婆とのオツな休暇』
『トロールとのとろい旅』
『バンパイアとバッチリ船旅』
『狼男との大いなる山歩き』
『雪男とゆっくり一年』
多い、多すぎる。
しかも、これ、著者がすべて、ギルデロイ・ロックハートという人だ。
ギルデロイ。
大伯母さんが言っていた、新しいホグワーツの先生なんじゃないだろうか?
となると、これはあれだ。
大学教授が、自分の書籍を生徒に買わせるあれなのだ。
ボクたちは、この新しい先生の懐を満たすために教科書を買った可能性がある。
ボクも発刊してみようかな。
『ギョロ婆とムーディな夏休み』とか。
『ドラ子のバッチリVlog』とかだったら1000ガリオンでも買っていた。
そんなことを考えていると、
ちょうど、求めていた後ろ姿をみつけた。
艶やかな金の髪。
歩き方ひとつでわかる気品。
凛と揺れるピアス。
ボクは、近づいて、
彼女の小指を握った。
「ま、マルフォイさん……久しぶり……」
「…………ぉ……」
マルフォイさんは、ゆっくりとこちらを向いた。
「おひさしぶり、です……」
「え?」
なんか他人行儀だ。
ボク、何かしてしまっただろうか。
彼女のすぐ傍に、クラッブとゴイルさんが、ちょうどさっきのボクからは見えない位置で立っていた。
ゴイルさんが、
車内販売のものらしいお菓子を食べながら、
うんうんと頷く。
「毎日のネタにしてきた男子と会うと、他人行儀にもなる」
「うるさいぞゴイル!!」
マルフォイさんは、なぜかゴイルさんを威嚇した。