科学王国の忍者 作:あいまい
翌日、ゲンは少し体を休めてから、すぐさま1人で伊豆にある村へと出発していった。
単独で出発した理由は、『先に村に潜入して、友軍を手引きをする』というもの。司もそれを不審に思わず送り出した。
それから更に数日後、準備が整ったので、私たちも出発することになった。メンバーは、氷月、ほむら、そして私と、その他5人の兵隊。
伊豆までは、歩いて2日ほどかかる。当然、道中で野営をしながら進むことになるのだけれど……
「……流石に、3食これだけはキツいねぇ」
私は支給されたカチカチの干し肉を掲げ、思いきり顔をしかめた。
いくらストーンワールドとはいえ、こんな味気ない塩分とタンパク質の塊だけで長距離を移動するのは気が滅入る。美味しいものが食べたい。
そう思った私は、道中で野生の大根やキノコ、山菜を採取する。手際よく火を起こし、干し肉をちぎって出汁代わりに使った特製スープを作り上げた。
「うめえええ!」
「一子ちゃん、マジで最高かよ……!」
筋肉自慢の男たちが、喜んでスープを啜っている。そんな喧騒から少し離れた木陰で、氷月がいつもの冷徹な目でこちらを見ていた。男たちにスープを配り終えた私に、氷月が静かに話しかけてくる。
「一子君。私は君の採取能力や、戦闘力、そしてコミュニケーション能力を高く評価しています」
「えっ、ほんと!? 氷月さんに褒められるなんて照れちゃうなー!」
「ですから───」
氷月は細い目をさらに細め、冷ややかに、侮蔑を込めて男たちを一瞥した。
「あのような脳の溶けた連中に構いすぎるのは、やめた方がいいですよ。彼ら、色々と勘違いしてしまっているようですし、あなたの格も落ちます」
私は、料理や傷の治療ができる。その上、人心掌握の一環で皆に優しく、明るい性格で接している。司軍の男たちからは、自覚があるレベルで、かなり人気が高かった。
(うっわぁ……めっちゃ人のこと見下すじゃん。私からしたら、多少下心ありとはいえ、ちゃんとお礼を言ってくれるあのムキムキさん達の方が、ちゃんとしてると思うなぁ)
私は心の中でそう毒づきつつも、大きく首を横に振った。
「そんなことないですよ!私はいくら多少強いとは言っても、所詮はか弱い女だし限界があります。彼らに守ってもらうときもあるだろうから、協力するのは当然です!」
「……か弱い、ですか」
氷月がフッと、底冷えのする笑みを漏らす。
「君は、彼ら5人をまとめて倒せるくらいには強いでしょう。剣道の全国大会の覇者でしたっけ? 明らかに筋肉のつき方が違う気もしますが」
疑われるようなことはしていないはずなのだが、この男は、私のことをよく観察しているようだ。
私はわざとらしく両手を頬に当て、からかうような薄笑いを浮かべてみせた。
「え〜、そんなに私の身体が気になります?」
「一子君。脳の溶けた発言は慎んでください」
「ごめんなさ〜い」
私は手を合わせてヒラヒラと謝る。
「でも、そんなに気になるなら、私の本当の正体教えてあげます!私、忍者なんです。忍者一族の末裔で、小さな頃から戦闘やら諜報術やら、色々叩き込まれてきました!」
「はぁ〜……」
氷月は深いため息をつき、心底呆れ果てたというように首を振った。
「まともに話す気はない、と言うことですね」
「本当なんですけどね〜」
(いや、めちゃくちゃ本当のこと言ったんだけどな。真実って、堂々と言いすぎると逆に信じてもらえないから便利だよね。まぁ、忍者が3700年前にもいたなんて、普通は信じないか)
それっきり、しばらく氷月は、私がどれだけ明るく話しかけても完全に無視を決め込んだ。横でスープを飲んでいたほむらも、無言で私をじっと見つめていたが、話しかけてもなにも返答しなかった。全く、無愛想な人たちである。
◇
大樹や杠と別れた千空は、森で出会ったコハクの案内で原始的な村へと辿り着いていた。目的は、司に対抗するための科学王国の建国。
村からの信頼を得るため、千空は村人のクロムやコハクと協力し、万能薬───サルファ剤をクラフトする。そしてつい先日、重病に伏せていた村長の娘・ルリの命を救うことに成功した。
村を挙げた大宴会の真っ只中。その喧騒の片隅で、千空は司帝国から出戻ってきたゲンと向かい合い、静かに耳を傾けていた。
「来るよ、司ちゃんたちが……!」
「ククク、いよいよ科学王国VS司帝国の全面戦争か……!」
ゲンの報告によれば、千空の死体を確認できなかったため、念のためこの村を制圧しに来るという。
「あの長髪男のような尋常でなく強い男が大勢来るのか!?」
コハクが緊迫した声を上げる。
「司ちゃん自身は来ないみたいなんだけどね。これまたジーマーに強い、槍使いの氷月ちゃんっていうのが来るみたいなの。ぶっちゃけ、今からでも逃げた方が───」
「みんなぁぁぁ!敵だよぉぉぉ!」
門番・銀狼の悲鳴が、ゲンの言葉を遮って響き渡った。
現れたのは、数人の兵を率いた槍使い・氷月。橋の上で金狼が善戦をするも、氷月の強さは異次元だった。腹を刺され、金狼が殺されかける。
村と金狼を救うため、千空は最後の火薬とマグマの投石を合わせ、銃を持っていると偽装。ダメ押しにゲンが、銃を量産していると大嘘を吹聴し、見事に氷月たちを撤退させることに成功した。裏切りがバレていないゲンも、そのまま氷月と共に去っていく。だが───
「む? 千空、まだ敵が残っているぞ!」
コハクが身構えた。リーダーの氷月が引いたというのに、吊り橋の前に見知らぬ女がぽつんと立っている。その女は何故か笑みを浮かべ、小さく手を振っていた。
そして、その顔を見た瞬間、千空は驚いて目を見開いた。すぐに状況をすべて察し、嬉しそうに口元を緩める。
「ククク……! いくら石像を探しても見つからなかったが、復活してやがったのかテメー!」
「敵ではないのか?」
「あぁ。おありがてぇことに、ゲンに続いてもう1人のスパイゲットだ!」
敵が次に攻めてくるのは、こちらの銃が雨で使えなくなる、次の嵐の日。
「それまでに、村のマンパワー総動員して新たな武器、日本刀を作る……!」
日本刀作りと同時に、隠密術に長けたスイカを走らせ、極小のナイフをゲンへと届けさせる。氷月の管槍に時間差で破壊されるような細工を仕込むためだ。
そうして村を挙げて日本刀作りに奔走していた、ある日のこと。コツン、と小気味よい音を立てて、拠点の中央に小さな石ころが投げ込まれた。
「曲者か!?」
すかさずコハクが、武器を構えて周囲を鋭く警戒したが、森の木々は静まり返っており、人の気配は一切ない。
「待て、コハク。ただの石じゃねえ」
千空が歩み寄り、地面に転がった石を拾い上げる。よく見ると、その石には不自然なほど綺麗に、かつガチガチに緑の葉っぱが巻き付けられていた。千空が慎重に紐を解き、その裏面に目を落とす。そこには、鋭利な刃物か何かで、拙くもはっきりとこう刻まれていた。
『カサイにチュウイ』
「おう千空、なんて書いてあんだ?」
横で一緒に見ていたクロムが疑問の声を上げる。
「……ったく。どうやら連中は、村を制圧するために手段は選ばねぇらしい」
銃を持った相手に対して、ただ正面から突っ込んでくるわけがない。戦いに紛れて村に火を放ち、一網打尽にするような火攻めを企んでいる。一子は、氷月たちのその作戦を、いち早くこの石で伝えてきたのだ。
「村の警備を今すぐいつもの倍に増やすぞ!」
それから2日後。早くも嵐が訪れた。暴風が吹き荒れる中、それと同時に氷月たちが村へ戦闘を仕掛けてきた。だが、千空たちの手には、日本刀がある。その圧倒的な切れ味の前に、氷月が率いる司帝国の雑兵たちはあっけなく倒されていった。
しかし、やはり氷月自身は格が違った。異次元の強さを誇る管槍の前に、日本刀を持ったコハクやマグマですら太刀打ちができない。一瞬の隙を突かれ、コハクがその鋭い穂先で腹を貫かれそうになる───その瞬間だった。
激しい破壊音と共に、氷月の槍が真っ二つに砕け散った。スイカとゲンによる仕込みが発動したのだ。いかに最強の武人といえど、武器を失えばこれ以上の戦闘は継続できない。科学王国の完全なる勝利だった。
だが、氷月は武器を失ってもなお、驚くほど冷静に、冷徹に千空たちを見据えていた。
「本当にちゃんとしていますね。科学王国の君たちは。───ですが、この戦闘そのものが、ただの陽動であることに気づいていれば、もっとちゃんとしていましたが」
氷月がそう口にした瞬間、千空の脳裏に一子からのメッセージがよぎる。氷月の本命は、別働隊に村を火攻めさせることだったのだ。しかし───何も起こらない。村からは、火の手一つ上がらなかった。
「……?」
怪訝そうに氷月が眉をひそめた、その時。ガサリ、と頭上の木々が揺れ、氷月のすぐ横の地面に、1人の影がしなやかに着地した。
現れたのは久能一子。その背中には、気絶している、ピンク髪の少女の姿があった。
「ごめんなさい、氷月さん! 想定以上に村の警備がすごくて、ほむらちゃんがやられちゃって!」
一子は、いかにも『必死に戦ったけれど力及ばず、味方を救出して脱出してきた』という風を装い、悔しそうに声を上げた。
「……そうですか。まさか、君たちが失敗するとは思いませんでしたよ。この村に、まだ私たちの知らない戦力が隠れていたか、それとも……」
氷月は細い目をさらに細め、値踏みするような、深く疑うような冷ややかな視線を一子へと向けた。
その張り詰めた空気を、千空の不敵な笑い声が破った。
「ククク。村には、そこのゴリラ女並みの戦力があと5人ほどいっからな。現代人の女の2人くらい、余裕で対処可能っつうこった」
千空がわざとらしく、かつ傲岸不遜に言い放つ。コハクが、「誰がゴリラ女だ!」と青筋を立てているが、それすらも千空のハッタリに真実味を持たせる最高の演技となった。
氷月は千空の言葉を聞き、ふっと小さく息を漏らした。
「なるほど。確かに、君ほどちゃんとしている人間が、戦力を一点に集中させるわけがありませんか」
「で、どうすんだ? まだやるか?」
「……引きましょう。流石に分が悪い」
「ククク、司に伝えとけ。次は、もっとちゃんとした連中連れてこいってな」
千空は挑発するように言うと、氷月たちは引き返していった。
明日も7時ごろに更新します!
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