1
«センパイ。ボトムズって知ってますか?»
(葛城さん、どうしたのかな)
「名前、くらいはわかります。でも、俺の世代じゃないですね。エヴァとかならわかるんですが。古いアニメでしょう?」
«ええ、調べたら1983年放送でした。わたしが生まれる、はるか前です»
「ですよね。どうしたんです?」
«今度、新しいボトムズが、公開されるんです。ボトムズは見てなかったんですけど、ネットを見てたら、本予告見ちゃって。重機感のあるロボットです。現実の戦車が、そのまま、進化したら、ああなるんじゃないかっていう感じの。リアルロボット系ですね。人間ドラマも重厚そうで。すごく楽しみになって。押井監督作品なんです。『スカイ・クロラ』とか。『攻殻機動隊』は知ってますよね»
「もちろん、名前は知っていますよ」
«今度、BD持ってきますね。まずは、劇場版の攻殻機動隊をお貸ししますね。イノセンスも、もちろん»
「ええ、いつもありがとうございます、葛城さん」
(大学の課題、間に合うかな)
2
«攻殻機動隊、どうでした?»
「オープニングからびっくりしました。ライトグリーンの文字列がだだだだっと画面を覆う。マトリックスでも使われた演出ですよね。ハリウッドにまで影響を与えたんですね」
«そこに気づいてくれるなんて、うれしいです。ウォシャウスキー姉妹はパクったわけじゃないって押井監督に弁明したそうですけど»
「クライマックスの多脚戦車とのバトルは圧巻でした。砲弾が建造物を蜂の巣にするシーンが好きです。でも、気になったのは、草薙が潜水するシーンですね。重い義体を抱えて、美しくもない、淀んだ暗い海にダイブする。浮かび上がるときに、変身願望を感じる。死のリスクを冒して潜る。理解できるとはいえないんですが、すごく、気になるんです」
«素子に重量があるのは、重火器を扱うから、それにふさわしい肉体をっていう押井監督の主張なんです。ハリウッド版のスカヨハがそれに準じていたのがおかしくって»
「そうなんですね、楽しかったですよ。イノセンスは、ワンちゃんがかわいいですね、俺、犬が好きなんです」
«バセットハウンドですね、わたしも大好きです»
«次は何をお貸ししましょうか?»
(徹夜でやれば、課題は終わるだろう)
3
「パトレイバーの1作目のほうは、松井刑事たちが帆場の痕跡をめぐって、下町を探索し続ける。HOS搭載機が暴走を始めるトリガーを、遊馬とシゲオがついに見つける。このへんの場面が好きですね」
«センパイ!さすがです!松井刑事さんたちのシークエンスは、押井監督の『ダレ場』演出ですよね。そこまで、見えちゃうんですね!»
「2作目は、橋が、どーん!コンビニでおにぎりとパンを買い占めます!」
«そうです!保存を考えると、袋めんかカップラーメンを買うのが、確かに正しいですよね。ベイブリッジではなかったですけど、ジェームズ・キャメロンが来日したとき、押井監督と乗り込んだ屋形船から勝鬨橋を見て、パト2でぶっ飛ばした橋だ!って喜んだのは有名で。あと、空自の管制のコールサインが『トレボー』だったのはユニークです。『ウィザードリィ・ワン』の『狂王トレボー』。わたし、FC版を『むらまさ』が獲れるくらいまでにはプレイしたので。面白くて»
«また、持ってきますね。センパイが好きそうな作品選んできます»
(とりあえず、今日は寝られる)
4
「終わらない、果てしなく繰り返される日常ですね。思い出したのは、前に葛城さんに薦めてもらった『涼宮ハルヒ』のエンドレ――」
«センパイ、うる星のほうが先です»
「もちろんそうです。それより、友引町が切り取られ、巨大な亀の甲羅に乗って、宇宙を進んでいく、あの場面。SF的なスケールの大きさとか、世界からの隔絶とか、自己保存だったり、うん。円環する世界観を絵で見せられて、すごく伝わってきますよね。でも、一回見ただけではわからないところも、押井さんの映画には共通しているように思います」
«押井監督も、『一度見てわかられてたまるか』っていう意気込みで作っているそうです。センパイも三回くらいみるといいと思います。世界が繰り返される動機がどこにあるのか。実は『エンドレス・エイト』を見た人ならわかりやすくなっています。見たら、お茶でもしながら、語り合えるといいな。あ、解説サイトは見ちゃだめですよ»
(1.75倍速は許されるだろう。葛城さんには言えないな)
5
ウィキペディアによると、押井さんの劇場映画初監督作は『うる星やつら オンリー・ユー』らしい。劇場映画は、あらかた見たはずだ。ここらで打ち止めだな。
『立喰師列伝』は押井監督とおそばと衒学性についてのお勉強ということだったが、俺は、月見はダメです。あれはどろっとしちゃって。なんてネガティブな感想を漏らしてしまって、葛城さん、がっかりしちゃったかな。でも、あれじゃ、しかたがないよな。あれじゃ……。
«センパイ!»
「おはようございます、葛城さん」
«動画のサブスクは、何に加入していますか?»
「ネットフリックスだけですね」
«そうですか。今年、『御先祖様万々歳!』の配信が始まったんです»
「押井さんの映画ですか?」
«いえ、OVAで、全6話です»
「なるほど、それは見なければいけませんね」
«ネットフリックスでは、配信していないんです»
「そうですか、大変、残念ですね。でも、いずれ、ネットフリックスにも、必ず来ますから。最大手の配信サイトですし。その時には、必ず見ますね。先の楽しみが増えるというのも、人生の喜びなのかな、なんて、俺、最近、思うんです」
どん。バラの輪をあしらった手提げ袋が、レッスン室の隅の床を叩いた。
«『御先祖様万々歳!』のDVDコンプリートボックスです。配信のめどが立たなかったころに、フリマサイトで購入していたものです。これでご覧になってください。センパイの先の楽しみを奪っちゃって申し訳ないです。でも、今の楽しみも、人生の喜びですよ»
5メートル離れたところに、休憩中の藤田さんがいる。アニメのタイトル名、ボックスセット、そしてフリマアプリ。スマホに、たぷたぷと入力されていく。恐らく、メルカリで、売り切れのみの検索。よんまん、ごせん、きゅうひゃく。藤田さんが小さく酸素を吸った。
(こいつは、うれしい。持ち歩きに注意)
6
カッコウの生態。セイタカアワダチソウ。メンズ・ビギの春物のセーター。バット。インパクトの瞬間ヘッドは回転する。コダックの黄色い飛行船。エンペラーペンギンの生態。種々の鍋。オドリホウオウ、ユリカモメ、ヨーロッパコウノトリ、アオアシカツオドリ、ヨーロッパヘラサギ、オウゴンヤシハタオリ、キョクアジサシの生態。アコースティックギター。ダチョウの生態。マイク。ブッポウソウの生態。カラオケ。銃。コーラ。立ち食いそば。
うつのみやさとるを作画監督に据えた押井守の映像世界は、大仰な芝居と難解な語り口で過剰にデコレートされ、遺漏なく、排出される。
6話全てを一気見した。
頭中に曼荼羅が出現する。
飛ぶ鳥は飛び、飛べぬ鳥は、巣で餌を待つか、時速60キロメートルで疾走する。
回転を最小限に抑えたメタルヘッドドライバー。
黄色い飛行船が浮いている。コダック。
カラオケが3曲、順繰りに流れる。
立ち食いそばをおかわり。
セイタカアワダチソウがぐるりと囲み、花粉がたちのぼり、絞染の文様を作る。
イエロー・ヘイズ。
7
2026年11月21日。土曜日。
『装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女〈ヘクセ〉』劇場公開2日目。
葛城さんにはムビチケを渡した。一緒に行きたそうな素振りをちらと見せたが、迷子にならないよう、困ったことがあったらすぐに連絡するよう伝えて、押し切った。
紫雲さんをガードにつけてあるので問題ないはずだが、彼女のムビチケ、二人分のポップコーン代、ジュース代、お昼ご飯代と、かなり、嵩んだ。
〔ねえねえリーリヤのプロデューサーさん♪ほんとは2人で見に行きたかったんじゃないの~〕
にっこりと無視した。
8
前日、20日。劇場公開初日。夜9時。
学園からずっと離れた郊外の映画館。
まばらな客席の、中央最上段の席に深く腰掛ける。
提出期限が迫っていた葛城さんのプロデュースレポート、第二外国語の予習。冬休み前にまとめておきたかった共通教育のノート。課題はすべて終わった。
さあ、最高の押井守を、鑑賞しよう。
たった一人で、余さず。
了