楽しんでいただければ嬉しいです
いつもよりグダってる気がしますけどね
ではどうぞ
リアスらオカルト研究部が悪魔だと知って以降、浩太郎の日常生活に若干ながら変化が生じた
今まではただ通りかかったら挨拶する程度だった存在だったリアスや朱乃と普通に話すようになったのだ
…まぁそのおかげで、兵藤と木場以外の男の視線がよりキツイものになったが、気にしない
挨拶や言葉を交わすくらいなんてことないではないか、
そして変化がもう一つ
「おはようございます、先輩」
「おはよう、塔城さん」
通学路で出会った小猫と挨拶を交わす
あの日以降、なんとなくだが小猫と交わす言葉が多くなった気がする
今までもそれなりに話してはいたが、彼女たちが悪魔と知った時から少しだけ仲良くなれた気がするのだ
…同様に兵藤と木場以外の男の視線がよりキツくなってきていたが、気にしない
しかし正直に言ってあまり浩太郎は彼女のことを知らない
故に、あまり会話が広がらないので、登校時では基本沈黙である
だがこの沈黙は別に気まずいと感じたことはない
「兵藤の様子はどうだ?」
「相変わらずです。欲望に忠実というか、イヤラシいっていうか、変態というか」
「ブレないな。…その情熱を別のベクトルに向けてくれると、アイツも少しはモテると思うのだけれど」
器が良くても中身がダメとはアイツを指しているのかもしれない
どうやら悪魔にもいろいろルールがあるらしく、今現在我が友人兵藤は己の夢〝ハーレム〟を作るべく深夜頑張ってチラシを配ってるらしい
…早朝の新聞配りのバイトかな、とそのときは内心思った
「先輩の言葉に同意します。…私はあんまり興味ないですけど、見た目はそれなりだと思いますから」
「本人の前で言ってやってくれ。泣いて喜ぶぞ」
それと同時に抱きつこうとして殴られている姿も想像できる
…いいや、いくら兵藤でも流石にそれはないか
◇
「おーっす、浩太郎」
「おはよう、兵藤。元気そうだな」
教室にて挨拶を交わす
小猫から話を聞くに、彼はどうやら夜間にその悪魔稼業をしているそうなのだが、両親は心配していないのだろうか、ということを聞いてみると
「なんだかその部分は、部長が何とかしてくれたみたいなんだよ」
そう返答がきた
どうやら既に手回しは済んでいるらしい
ちなみに部長、とは当然ながらリアス・グレモリーのことである
オカルト研究部へ入る際に、部長、と呼んで欲しいと本人から言われたのだ
その際、兵藤は「お姉様じゃダメですか?」と聞いていた
まぁ、わからんでもない
結果はダメだったけれど(しかし満更でもなさそうだった)
「そういや、お前、なんで断ったんだ?」
不意に兵藤から話題を振られる
「断ったって、あぁ、眷属のお誘い?」
「あぁ、部長言ってたじゃんか、やり方次第じゃ上を狙えるし、ハーレムだって…!」
「後半はお前だけだよ。後別に俺地位とか興味ないし」
苦笑いとともにそう返す
リアスに説明を受けた日、浩太郎はリアスからよかったら悪魔にならないか、と誘われた
結果だけを言うなら、浩太郎はそのお誘いを断っている
というか、兵藤の赤い篭手はともかく、自分のバッタ男はそれだけでも十分に人間をやめていると思う
その代わりに、オカルト研究部に仮入部できないだろうか、とお願いしてみると、彼女は笑みを浮かべて了承してくれた
「で、お前さんは頑張ってるのか? 悪魔稼業」
「あぁ、今はチラシしか配ってないけど…見てろよ浩太郎。いつか俺だけのハーレムを作って、俺はハーレム王になる!」
「…朝塔城さんとも話したけど、本当にお前はブレないな」
そこまで来ると逆に清々しい
◇
あくる日の放課後
ホームルームが終わった後、オカルト研究部のみんなに差し入れでもしようと思い甘味処へと足を運び、手軽に食べられるお饅頭を購入する
ちなみに、浩太郎はこしあん派である
粒あんも嫌いではないのだけれど、どっちかと聞かれたら迷わずこしあんと答えるだろう
まんじゅうの入った袋を片手に浩太郎は足を急がせる
悪魔は光が苦手と聞く
しかしどうも浩太郎は逆に光がエネルギーになっている感覚がするのだ
今まで眩しいなぁ、くらいだった陽の光が気持ちよくて仕方がない
試しに思いっきりジャンプしてみたら、普通に屋根にいけそうな位自分が跳躍したのを覚えている
頑張れば屋根から屋根へと飛び移ることもできそうだ
逆に夜の闇はどうか
気分が下がるのではないかと思いきや別にそうでもなく、これといって変わった様子はなかった
それでも昼間に比べると、少しばかりかったるい感覚がする
だが我慢できないわけでなく、ぶっちゃけて言えばあんまり変わらない、というのが総評だ
数回旧校舎に通うと道にもだいぶ慣れたもの
階段を上がって部室のドアをノックする
「どうぞ」
室内から小猫の声がした
声を確認すると浩太郎は目の前のドアを開けて
「どうもですー」
そんなご近所付き合いで飛び交いそうな言葉を発した後、リアスが彼に返事をした
「こんばんわ。まだイッセーが来ていないの。適当に待っててくれるかしら?」
「了解です。あ、これ差し入れです」
そう言って浩太郎は手に持っていた袋をリアスに手渡した
彼女はありがとう、と言ってそれを受け取る
「俺や塔城さんがよく行くお店のお饅頭です。ちなみにこしあんです」
「あら、わざわざごめんなさいね。後でみんなでいただきましょうか」
そう言ってリアスは笑顔を見せる
…なるほど、間近で見てみると彼女の美しさがよくわかる
女生徒が夢中になるわけだ
「…」
ふと、浩太郎に迎える小猫の視線が一瞬ではあるが兵藤と同じような感じに変わった気がした
…いやらしい顔をしていたのだろうか、確かに綺麗だな、とは思ったのだが
「…塔城さん?」
「なんでもないです。…あと、私は小猫で結構ですよ先輩」
浩太郎が視線を向けるとまたいつものような表情を作り小猫はそう言った
今まではなんとなく苗字にさん付けで読んでいたのだが、流石に同じ部活の仲間内でそれはおかしい、と彼女は思ったのかそう言ってくれた
「…その、いいのか?」
「いいもなにも、私は後輩です。…その代わり、浩太郎さんって呼んでいいですか?」
「え? それは別に大丈夫だけど…、なんだろう、改めて名前呼ぶって緊張するな」
余談だが朱乃のことは〝姫島さん〟、木場のことは〝木場〟、リアス部長のことは〝リアスさん〟とそれぞれ呼んでいる
そんな二人のやり取りを少し離れた位置で朱乃、リアス、木場の三人が見ていた
彼らは互いに顔を見合わせ
「ふふ、なんだか初々しいわね」
「そうですわね、微笑ましいですわ」
「ですね」
「入りまーす」
そうこうしているうちに、兵藤がガラリと扉を開けて入ってくる
この室内の内装を見て少し驚いているのか、いろいろと見回してる
明記してはいなかったが、現在の室内は暗幕がかけられており、光を遮断してるので暗い
明かりは床のロウソクのみだ
「来たわねイッセー」
兵藤を確認するとリアスが朱乃に指示を飛ばした
指示を受けると朱乃は手招きしながら
「イッセーくん、魔法陣の中央に来てください」
それを聞くと兵藤は嬉しそうな声で「はいっ!」と返事して陣の中央に歩いてく
「イッセー、連日のチラシ配りお疲れ様。改めてあなたにも悪魔のお仕事を開始してもらうわ」
「! つ、ついに俺も契約取りですか!?」
「えぇ、もちろん最初はレベルの低い奴だけどね。小猫に予約契約が二件来てしまったから、片方を頼みたいの」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる小猫
兵藤以外は皆、魔法陣の外におり、中央の朱乃が何かを詠唱している
「…今、姫島さんは何をしているの?」
「兵藤先輩の刻印を魔法陣に読み込ませてるんです。この魔法陣は、私たちにとっての家紋みたいなものなんです」
そこから少し小猫から説明を受けた
さきほど言っていたがリアスの眷属悪魔にとってこの魔法陣は家紋のようなもの
つまり、これは召喚するもの、契約を結びたい人たちにとってはこれが自分らを表す記号となっているのだ
魔力とやらの発動も、この魔法陣を絡めたものとなっているようだ
木場らの身体にはこの魔法陣が書き込まれているらしく、魔力の発動と一緒に機能しているらしい
「イッセー、手のひらをこっちに出してくれるかしら」
リアスに言われるがまま、兵藤が左手を差し出す
差し出したその手にリアスは何かを書き込むように指を動かした
刹那、手の平が輝いた
光が収まった時、リアスが兵藤に向かって言葉を発した
「これは転移用の魔法陣を通って依頼者の元へ瞬間移動するためのものよ。そして、契約が終わればこの部屋に戻ってくるわ」
その説明を受けて、兵藤は理解したのかうん、と首を動かした
彼の頷きを見てリアスは朱乃の方へと視線を移し
「準備はいい? 朱乃」
「えぇ、部長」
「さ、中央に」
リアスに促されて兵藤は魔法陣の真ん中に立つ
するとさらにいっそう強く魔法陣の光が強くなった
「魔法陣が依頼者に反応しているわ。今からその場所に飛ぶの。マニュアルは大丈夫よね」
「はい!」
マニュアル?
え、なんですかそれ、悪魔ってマニュアルあるの!?
そんな浩太郎の驚きとは裏腹にリアスが兵藤に向かって激を飛ばした
「いい返事ね。じゃあ行ってきなさい!」
その言葉を皮切りにさらに強く魔法陣が輝き出す
徐々に、徐々にその光が増していき、その光が止んだ時―――…
どういうわけか、兵藤は変わらず魔法陣の中心に立っていた
「…ゑ?」
思わずそんな声が漏れた
一体どうしたというのだろうか、兵藤は今から依頼者の家に行き、契約をとってくるのではなかったのか
思わずリアスの顔を見てみるとどうやら彼女の方でも予想外らしく困ったように手を額に当てている
朱乃は残念そうに「あらあら」とつぶやき、木場はため息を吐いていた
「…イッセー」
「は、はい」
「残念だけどあなた、魔法陣を介して依頼者の元へジャンプできないみたいなの」
ジャンプできない
つまりそれは魔法陣を介しての移動ができない…ということなのか
「
「…つまり、兵藤の魔力ってのが低すぎて魔法陣が機能しない…ってことですか」
「コウタロウの言うとおりよ」
「…え!? な、なんじゃそりゃぁあぁ!?」
絶句する兵藤
まさかこんな事態になるとは誰が想像したことか
というか悪魔なのに転移できないとはこれ如何に
「無様…」
「やめたげて小猫さん。一番傷ついているのは兵藤自身なんだから」
バッサリ毒を吐く小猫に浩太郎がフォローを入れる
兵藤自身も効いたのか、ゴハッ、っとリアクションをしていた
「あらあら。どうします部長」
「依頼者を待たせる訳にはいかないわ。イッセー、前代未聞ではあるけれど、自分の足で行ってちょうだい」
「足!?」
まさかの悪魔自宅訪問
〝斬新ですね、悪魔業界〟と思わずにいられなかった
「チラシ配りと同様に依頼者の自宅に向かうのよ。足りないものは他の部分で補わないと」
「チャリでですか!? 自転車でお宅訪問!? そんな悪魔存在するんですか!?」
ここにいるぞ、と言いたかった
しかしそれはさすがに彼が可愛そうなので黙ったままだった
ちなみに躊躇いなく小猫はお前だと言わんばかりに指を指そうとしていたがやめてあげて、と浩太郎は彼女の肩を叩いた
彼女も浩太郎の意図を察してくれたのかふぅ、と小さく息を吐き指そうとしていた指を戻す
「ほら急ぎなさい。契約を取るのが悪魔の仕事!お客さんをまたせちゃダメよ」
「う、うわぁぁぁぁんっ!! 頑張ってきますぅぅぅ!!」
彼の夢は初っ端から出鼻をくじかれた
…大丈夫なのか、アイツ、と珍しく心配せざるを得なかった
◇
翌日の放課後
リアス・グレモリーは怒っていた
いや、正直に言えば怒ってるのか、困っているかのような表情がミックスしたような顔をしていた
そんな彼女の前に立つのは青ざめた兵藤一誠
「イッセー」
「はいっ!」
珍しく声音の低いリアスに上ずった声で兵藤が答える
「依頼者の人と漫画のことで話して。どうしたのかしら、契約は?」
「け、契約は破綻です。その、朝まで依頼者の方と、ある漫画のバトルごっこをしていました」
「バトルごっこ?」
「は、はい! 漫画のキャラになりきって、仮想の戦いを繰り広げることです!」
何を真面目にそんなことを話しているんだお前は
兵藤についてきていた浩太郎は内心ため息をついていた
「じ、自分でも高校生、いいえ、一悪魔として恥ずかしいと思えてなりません! 反省しています! すみませんでした!」
そう言って深く兵藤は頭を下げた
それに対しリアスは
「…。契約後、例のチラシにアンケートを書いてもらうことになっているの。〝悪魔との契約はいかがでしたか〟って。書かれたアンケートはこの紙に表示されるのだけれど」
そう言って彼女は兵藤に向かってその文面を見せる
…っていうかアンケートまであるのか悪魔
「〝楽しかった。こんなに楽しかったのは初めてです。彼とはまた会いたいです。次は、いい契約をしたいと思います〟…これが依頼者さんのアンケートよ」
とてもいいことを書かれていた
確かに悪魔としては失敗かも知れないが、信頼は得ているのではないだろうか
「こんなケースは初めてだわ。だから、私もどうしていいかわからなかったの。そのせいで、少ししかめっ面になってしまっていたかもしれないわ」
だけど、と彼女は言葉を区切り
「悪魔にとって大事なのは召喚してくれた人との契約、そして代価をもらう。そうして悪魔は存在してきたの。今回のことはさっきも言ったけど初めてで、どうしたらいいかわからないわ。だけど、依頼者は喜んでくれた…」
今まで困惑気味な表情を浮かべていたリアスはふっと笑顔を作る
「ふふ、面白いわ。それは確実ね。意外性ナンバーワンなのかもしれないわね、イッセーは」
「あ、ありがとうございますっ!」
「けど、基本は守ってね。依頼者と契約を結んで、願いを叶えて、代価をもらう。いい?」
「はいっ! 頑張りますっ!」
兵藤は嬉しそうに言葉を紡ぐ
浩太郎はそんな兵藤の背に向かって
「良かったな、兵藤」
「あぁ、待っててください部長! 次こそは必ずっ!」
そう言って気合を入れる兵藤
心配はもう不要のようだ
◇
翌々日
表向きの部活も終了し、浩太郎は兵藤とともに帰路に着いていた
どうやら昨日、兵藤は再び契約を取るべく頑張ったが昨日のも破綻、しかしアンケートでは最大級の賛辞を得るという前回同様の結果になったらしい
流石に二度連続で起こったこの奇跡にリアスも困惑気味であった、と兵藤は話している
「…俺の出世街道は険しいなぁ」
「まぁ頑張れ。地道な活動が、出世に繋がるさ」
落ち込んでいる兵藤に浩太郎はそう慰めの言葉を投げる
仮部員であり、悪魔の契約などやったことのない浩太郎は兵藤の気持ちはわからない
「今日は何か奢ってやるよ」
「マジで!? いいのか浩太郎!」
「ジュース一本とか、食い物一つとかな」
あんまり高いものを頼まれても不可能なのであらかじめ釘を刺しておく
それを聞くと兵藤は「わかってるよ」と言いながら何を奢ってもらうのかを考えてるのか黙り始めた
しかしその思考は長く続くことはなかった
「はわうっ!」
という女の子の言葉に思考もろともかき消されたからだ
うん? と二人して声のした方向へ振り向いた
そこにはシスター(?)が地面に突っ伏していた
どうやら転んだようだ
「…だ、大丈夫っすか?」
兵藤がシスターに駆け寄り、起き上がれるように手を差し出した
浩太郎も追うように近寄り、シスターの元へとしゃがみこむ
「あぅ。なんで転んでしまうんでしょう。…あ、ありがとうございますぅ」
その声色からおそらく、同年代、あるいは年下か、と判断できる
兵藤が彼女の手を引いて起き上がらせた
そのタイミングで風がシスターのヴェールが飛んでいく
ヴェールの下に隠されていた金髪の長い髪が零れ、ストレートの金色が夕日に照らされ、きらりと光った
「…っと」
そのヴェールを完全に風に乗ってしまう前に浩太郎がキャッチする
少し高い位置にあったので、軽くジャンプしてしまった拍子に、ちょっと力が入ってしまったから、多少シワがついてしまったかもしれない
地面に着地すると、ふと、そのシスターへと視線が釘付けになっている兵藤に気がついた
「…見惚れてるのか?」
「えっ!? あ、っと!?」
「? あ、あの、どうかしたんですか?」
「い、いいや、大丈夫、えっと…」
言葉を探している兵藤を尻目に、浩太郎はシスターを観察してみる
歳は十代後半、といったところか、金髪に碧眼と絵にしたような女の子で十人中十人は可愛い、と答えるだろう
っていうかこの街でシスター、という組み合わせなんてなかなか見ない
「…旅行、ですか?」
少し躊躇いがちに浩太郎はヴェールを差し出しながら問うてみた
しかし彼女は戸惑うように首を目を伏せたり、声を出そうかと迷っている様子だ
…やはり言葉は通じないらしい
「兵藤、悪いけど通訳頼む」
「え、あ、わかった」
そう言うと兵藤は少し咳払いし調子を整えて言葉を発した
なんでも悪魔となった特典の一つに、言葉があるらしい
たとえば今シスターと話してる兵藤の言葉
彼の言葉を耳にする人間は、自分にとって一番聞き慣れた言語で聞こえるらしい
アメリカ人なら英語、フランス人ならフランス語、といった具合にだ
はっきり言って俺の耳には英語の会話にしか聞こえないが、兵藤自身は今シスターと普通に日本語で会話しているのだ
「浩太郎」
「うん? なんだ」
「や、実はこの子さ、この町の教会に赴任しに来たらしいんだ。けど日本語うまく話せなくて途方にくれてたら俺たちと会った、って具合だ」
教会、という言葉を聞いてふむぅ、と考える
そういえば町の外れに少々くたびれた教会があったはずだ
使われているか使われていないかは別として
「これから彼女を案内しようと思うんだけど…」
「待て、お前は悪魔だろうが。自分から敵地に突っ込んでどうすんだよ」
「だけど放ってもおけないだろう?」
「それもわかる。だから俺が送っていく」
その言葉に兵藤は驚いた表情を浮かべた
「けどお前、言葉は…」
「昨今の日本の科学を舐めるなよ」
そう言って浩太郎は自前の携帯を取り出してあるアプリを起動する
現在起動しているアプリは言語変換プログラムで、それを起動している状態で話せば設定してある言葉に自動的に翻訳し、喋ってくれる素敵なアプリだ
少しめんどくさいが、この際仕方がない
浩太郎はとりあえず〝聞こえますか?〟とだけ言葉を吹き込み携帯を向けて、その言葉を彼女に聞かせる
その言葉を聞くと、とたんに彼女は笑顔を浮かべた
同じように彼女は携帯に言葉を吹き込むと、浩太郎へ向ける
<はい、聞こえます>と無機質な言葉が浩太郎の耳に聞こえた
「どうだ兵藤。ちと手間だが、問題はない」
「はは、みたいだな。…わかった、彼女のことは任せるぜ浩太郎」
◇
そんなわけで、浩太郎はシスターの女の子をその件の教会へと送り届けるべく、彼女の隣を歩く
手間がかかった会話の仕方だが、彼女は嫌な顔一つせず携帯へ言葉を吹き込んでくれている
会話の際に見せる笑顔は、夕日に照らされるのも相まって、とても綺麗なものだった
兵藤が見惚れるのも分かる気がする
歩いている道すがら、ふとあの因縁の公園の近くを通りすがった
そのとき、ふと男の子の泣き声が聞こえてきた
「うわぁぁんっ!」
どうやら転んで擦りむいてしまったらしい
後ろにいるお母さんが「だいじょうぶ、よしくん」と言葉を投げかけている
親もいるし大丈夫かな、と思った矢先、隣を歩いていたシスターが男の子の方へ駆け出した
彼女が何かを呟きながら男の子を撫でる
言葉は全く理解できないが、彼女の笑顔は慈愛に満ちた表情をしていた
おもむろに彼女が自分の手のひらを擦りむいた膝へと向ける
瞬間、浩太郎は驚いた
なんと彼女の手から淡い緑色の光が発し、男の子の怪我を瞬く間に治療したのだ
(
それ以外に考えられない
その証拠に体の中にある浩太郎の何かが疼いている
彼女の緑色の光に反応しているのだろうか
いつしか子供の怪我は完全に治癒しており、痕もきれいになくなっていた
きょとんとしている親を尻目に、シスターは男の子の頭を一撫でして、浩太郎の方へ走ってきた
彼女は浩太郎の携帯を受け取ると言葉を吹き込む
<ごめんなさい。つい>
携帯から聞こえてきたのはそんな音声
彼女は舌をぺろりと出して小さく笑んだ
その場を見ていた母親は頭を垂れるとそそくさと子供を連れて去ってしまった
「ありがとう、おねえちゃんっ!」
子供から感謝の言葉が聞こえた
さきの言葉を携帯に吹き込み、彼女に聞かせると嬉しそうに微笑んだ
そして浩太郎は少し踏み込んだことを聞いてみる
さっきの緑色の光のことだ
そのことを聞いてみると彼女は微笑み、しかしどこか寂しげな表情で携帯に言葉を吹き込んだ
<治癒の力です。神様からいただいた、素敵なものです>
無機質な言葉は、彼女の感情を込めてはいない
この時、彼女の言葉がわからない自分に、ひどく苛立った
もしかしたら
浩太郎だってバッタ男になったときは喜びよりも、自分自身の姿に恐怖心を覚えた
あの部室で覚醒して以降、自分の意志で変身しようとしたことはない
そこで会話は一旦途切れ、教会への道案内を再開する
公園から少し進んだ先に、古い教会があった
相変わらず古ぼけている、とその教会を見たときに感じた
シスターは地図の書かれたメモを照らし合わせて安堵の息を吐いた
どうやらここで間違っていないようだ
これで道案内の役目は終わりだ
浩太郎は携帯に〝では、これで〟と短い別れの挨拶を吹き込み、それを彼女に聞かせる
そのあとで浩太郎はその場を去ろうと背を向けると、ふと服の袖を掴まれた
袖を掴んでいたのはシスターだった
言葉が気になった浩太郎は携帯を彼女に向ける
<何か、お礼がしたいです>
無機質な言葉はそう言った
しかし仮にも浩太郎は悪魔の関係者、あまり長居するわけにもいかないのだ
突き放すようで心苦しいが浩太郎は携帯に〝気持ちだけで十分です〟と吹き込み、それを彼女に聞かせると軽く手を振りながらその場を後にしようとした
「
ふと、そんな言葉が浩太郎の耳に聞こえた
言葉を発したのは誰でもない、シスターだ
「
発した言葉は彼女自身の名前だった
おそらく、彼女は何か言葉を伝えたい一心で、だけど彼女は日本語が喋れなくて、唯一二人をつないでいた携帯も浩太郎自身が持っている故に、必死で探した答えだった
そういえば、まだ互いに名前を名乗っていなかった
だから、浩太郎も同じ言葉で返した
「
彼女はその言葉を聞くと、表情に笑顔を作り出す
本当に心から出たような、うまく表現できないが、そんな笑顔
彼女は浩太郎が見えなくなるまでずっと見てくれていた
(このご時世に、出来た女の子だな)
それが彼女に抱いた感想
同時にこの出会いが、運命につながることに、浩太郎はまだ、気づいていない
こんな形で序盤はアーシアと会話してもいいと思うんだ
…流石に最終的に普通に話し合えるようにしますけど