今回はすごく長いよ!
その割に微妙な出来だよ(いつもの
けど今回一番頑張ったかもしれない(出来はあれだが
楽しんで下されば幸いです
では―――どうぞ
アーシア・アルジェントは少しどぎまぎしている
時間は少し遡る
正直に言えば、ついこの前まで悪魔には悪い人しかいないと思っていた
しかしこの数日で、その考えは変わった
正確に言えば、変わるに至ったのはついさっきかもしれない
本音を言ってしまえばもう嫌だった
悪魔に魅入られたから殺す、悪魔を呼び出したから断罪する
この教会に来てからはそのような事ばかりだ
神を信じるものとして、決めつけるようなことはどうしても心の中では認めることはできなかった
だが、状況は一変する
フリード神父について来て、壁に貼り付けられた遺体を見て、そこで浩太郎さんと以前声をかけてくれた人を見て、彼らが悪魔と、その協力者だと知って
もちろん最初はショックだった
だけど、仮に悪魔側にいたとしても、彼を敵と認識することはできなかった
しかし当然ながら、その行いは許されるものではない
いつしか来ていた浩太郎の友達であろう、悪魔の人たち
話の内容は聞こえていた
浩太郎の友達の男性に「大丈夫です。また会いましょう」と言葉を告げたとき、とても悲しそうな顔をしたのを覚えている
だけど、予想していなかったのはその後、浩太郎が行動だった
彼は自分を抱き抱え、そのままこの家を飛び出したのだ
抱き抱えられながらも抗議はした…が、すぐに言葉が通じないのだということを思い出し、アーシアは流されるまま、浩太郎に抱えられているしかなかった
当然アーシアに男性に抱えられる経験などなかったので、終始顔が赤かったのは個人の秘密である
そして現在、アーシアは彼の部屋にいる
人生で初めての、男性の部屋だ
生まれて初めての経験に、アーシアは戸惑っている
キョロキョロと、いけないことだとは思うが浩太郎の部屋を見回してしまう
棚の中にあるのは…なんの箱だろうか
気になったアーシアは駆け寄って、それを手に取り眺めてみる
…よく読めない、なんて書いてあるのだろうか?
一人うんうん唸っているとしているとガチャリ、と扉のドアが開き、そこから浩太郎が入ってきた
携帯に言葉を吹き込み、自分に提示してくる
<両親の許可は取れました。ゆっくりしてください>
そう英語でアーシアの耳に言葉が流れてくる
彼女は浩太郎から携帯を受け取り、自分の言葉を吹き込んだ
ありがとうございます、と
最も、この程度の言葉ならば、彼は理解してくれるだろうが
そして、ふと持っていた箱をなんとなしに彼に手渡してみた
<気になりますか?>
携帯を通して聞こえた言葉にアーシアは頷いた
すると浩太郎は快く教えてくれた
<〝仮面ライダー〟ですよ>
<仮面ライダー?>
アーシアは首をかしげる
一応、テレビ等などは見たことはあるのだが、よくわからない
パッケージに写っているものはアニメには見えないが
<日本の特撮というドラマです。子供たちに人気なんですよ。もちろん、好きなのは子供だけじゃないですけど>
そう携帯に吹き込んだ彼はどこか表情が赤かった
<浩太郎さんもお好きなんですか?>
そうアーシアは携帯に吹き込む
携帯から流れたその声を聞くと浩太郎は頷いた
彼はどこか照れくさいような様子で
<はい。小さい頃は、仮面ライダーになりたい、なんて夢に見てました>
そのあと、また彼は言葉を吹き込む
<無論、成長してしまった今は流石になりたいなんて思えませんけどね>
その言葉を吹き込んだ後、彼は小さく苦笑いをした
同時に、そんな彼がここまで引き込まれるこの〝カメンライダー〟というものに、アーシアは興味が沸いた
だから、彼にこう問うた
<その、教えてくれませんか?>
? と彼は困惑顔をする
<〝仮面ライダー〟を>
一瞬、その携帯から聞こえたその言葉を聞いたとき、彼は一瞬キョトンとした
しかし、すぐに彼は笑みを浮かべこう携帯に吹き込んだ
<俺でよければ、喜んで>
◇
翌日、浩太郎は学校を休んだ
そのことについてリアスに連絡してみると意外な程すんなりと了承が出た
なんでも昨日おいてきてしまった事へのお詫びも兼ねて、らしい
が、その数十分後
浩太郎の携帯に連絡が来た
画面を見てみるとそこには塔城小猫の名前があった
余談だが、オカルト研究部のメンツとは初顔合わせの際に、全員のメルアドを交換している
おそらく、駒王の男子生徒に知られればいよいよ戦争になってしまうかもしれない
とりあえず出てみる
「もしもし?」
<…>
無言の圧力が怖い
「え、っと、小猫さん?」
<…もうあんな無茶はしないでください。浩太郎さんは一度、心配する方のことを考えたほうがいいと思います>
彼女の言葉から伝わるのは、僅かな怒気だった
案の定、昨日のことを怒っているようだ
「…ごめんなさい」
正直言葉が見つからず、ただ純粋にそう謝罪の言葉を口にする
その言葉を聞くと、電話の向こうでふぅ、と短いため息を吐く音が聞こえた後
<…ようかん>
「え?」
<ようかんを奢ってくれたら、許してあげます>
その言葉を聞いたとき、思わず微笑みを浮かべてしまった
「…了解、心配かけて、ごめんね」
<大丈夫です。…じゃあ、ごゆっくり休んでください>
最後に聞こえた言葉はいつものような声に戻っていた
その声音にはどことなく優しいような感じがしたのは浩太郎の勘違いだろう
小猫に改めて感謝を感じつつ、浩太郎は自分の部屋へと走っていく
既に両親は仕事に出かけており、ちゃんと事情も話してある
少々、どう説明するか迷ったが、その辺は割愛させてもらう
がちゃり、と扉を開ける
既にアーシアは起きており、シスターらしく天に祈りを捧げていた
こう見ると本当にシスターなんだな、と実感する
気配に気づいたのか、アーシアはこちらに視線を向け、笑顔を作った
浩太郎は英語で簡単な挨拶を交わした
<調子はどうですか?>
<大丈夫です。ご迷惑おかけしました>
そのまま彼女を一階に案内し、簡単に作った朝食をご馳走した
差し出せれたスプーンを用いてもぐもぐ食べる彼女を見てるとなんとなく気分が和んだ
朝食後、お皿を洗おうとすると自分も手伝います、と言わんばかりに台所で立つ浩太郎の隣に移動する
大丈夫です、と携帯に吹き込みたいが今自分の両手は水に濡れており、おまけに携帯もテーブルの上
観念した浩太郎は彼女に洗い終わった皿を吹くのを手伝ってもらうことにした
なんだろうか、妹とかができると、こんな感じなのだろうか
◇
時刻はすっかり正午のお昼どき
皿洗いが終わるとアーシアが見てみたいと言っていた仮面ライダーのDVDを少し見せていた
幸いにも英語字幕に対応しておいてくれて、よかったと心から思った
しかしあのまま家にいてもなんなので気分転換を兼ねて、アーシアを連れて外を練り歩くことにする
どこに行こうかまでは決めていなかったので、腕を組みながらどこに行こうかと歩きながら考える
アーシアは浩太郎の後ろをちょこちょこと付いてきており、深くにも少し可愛いと思ってしまった
「…浩太郎?」
ふと、公園を通りかかった時、男の声を聞いた
自分もよく聞き慣れた声だ
その声の方へと振り向く
「…兵藤」
それは自分の友人、兵藤一誠だ
彼はこちらを認識すると嬉しそうな笑顔を浮かべて小走りで走ってくる
兵藤は肩を叩きながら
「よかった、無事だったんだな浩太郎!」
「あぁ、なんとかな。それと、彼女を連れ出すことにも成功したぞ」
浩太郎はアーシアへと視線を移す
彼の背中からひょっこり現れたアーシアを見ると、兵藤は安堵の表情を浮かべた
その笑顔の後、兵藤とアーシアが短い会話を繰り広げた
そういえばこの二人ってまだ自分のことを言っていなかった気がする
今更だがお互いの自己紹介しているのだろう
互いの会話が終わった頃に、浩太郎はひとつ兵藤に提案する
思えば、すっかり十二時を過ぎている
「兵藤、昼でも食べに行かないか? アーシアを連れて」
「あぁ、いいな! それ! 行こうぜ!」
互いに笑い合い、どこか困惑な表情を浮かべたアーシアを連れ今度こそ外を歩く
とりあえず、腹ごしらえだ
◇
とあるハンバーガーショップ
そこでは不思議な光景が繰り広げられていた
注文レジでシスターが困っている、という構図だ
当然、店員さんも困ってしまっている
どうやら彼女はこういった店に来ること自体が初めてで、注文に四苦八苦してしまっているようだ
「俺と同じのを」
そういえば日本語をしゃべれないことを思い出す
それを言ってしまえば、浩太郎も英語はわからないのだが
とりあえず浩太郎と同じものを頼んでおいた
ついでに
「そうだ兵藤、前結局奢れてやれなかったからこのハンバーガーの代金奢ってやるよ」
「お? いいのか浩太郎?」
「ただし飲み物含めて合計三つまでだ。それ以上は奢らん」
「わかってるって」
そんな会話もまた、何気ない日常の一部だった
ちなみに、なんでかアーシアはショックを受けていたようだ
後から兵藤に聞いた訳によると、なんでも一人でハンバーガーを買えなかったのがショックだったようだ
こんな時、悪魔って多機能だな、と本当に思う
店内を移動するとき、店の誰もがアーシアを目で追っていた
当然だ、もちろん珍しいこともあるが、何よりも彼女自身が目を引くほど麗しいからだ
そんなわけで、席に座るわけだが、浩太郎の隣に座ったアーシアはハンバーガーを見るだけで食べようとしていなかった
…いや、もしかして食べ方がわからないのだろうか
そう思った彼はアーシアの肩を叩き、彼女の前でその食べ方を実演する
それを見た彼女は驚いたような、そのあとで笑顔を浮かべた後、浩太郎を真似してそれを食べ始めた
きっと、彼女の目に映る景色は全てが新鮮で、そして楽しいのだろう
しかし会話の手段が基本的に携帯か、兵藤に通訳を頼むことでしか会話できないのがまた個人的にしんどい
文句はないのだが
これも兵藤を介して伝えられたことだが、ハンバーガーはよくテレビで見かけたことはあるらしいが、実際に食べるのは今回が初めてらしい
なんでも、普段はパンとスープが主だとか
「兵藤」
「うん?」
一通り食べ終えている兵藤に向かって、浩太郎は言った
「今日は、遊ぶか?」
「―――だな!」
せっかくのこの時間だ
アーシアに、思い出を作ってあげたいと思ったのだ
◇
そこから、久しく心から遊んだ気がする
まずはじめにゲームセンター
彼女のシスターという職業柄、最も縁が遠いであろう場所だ
兵藤がレーシングゲームで何回も勝利を収めていたり、三色のボタンを画面の指示通りに押すゲームをしたり、他には、筐体に置かれたちゃぶ台を思いっきり引っくり返し、ゲーム内でどれだけ飛ばせるか、というゲームもやった
兵藤と格闘ゲームをやったときは、やりなれている浩太郎が連勝し、それに合わせて、兵藤がリアクションを取り、それを見てアーシアが笑顔を作る、というのが主な流れだった
そのさなか、しきりに彼女は別のところへと視線を移していたことがあった
それはクレーンゲームの筐体の中にあるラッチューくんと呼ばれる人形だった
浩太郎は兵藤と顔を見合わせて、その人形を取ってあげることにした
兵藤と浩太郎、二人がかりでそれを取り、彼女に手渡す
ちなみに何回か失敗したのだが、特に問題はない
どうでもいいが、結構兵藤がこういったクレーンゲームが上手で少し笑ってしまった
そしておそらく、影で練習していたのだな、という地味な努力を見て感じた
きっと、天野夕麻の時も、披露してあげたかったのだろう
◇
結局、その日はとうして遊び倒してしまった
しかも学校を休んで、というおまけ付きだ
小猫に知られたら確実に殴られるだろうな、などとその時は考えていた
もしこんな所を見られたりなどしていたら、補導は確実だろう
「とっとと」
不意に兵藤が転びそうになり、それを浩太郎が支える
同時に彼の口から「いたた」と短い言葉が流れた
恐らく、昨日受けた銃撃の傷だろう
それを見たアーシアの表情が曇る
多分、察してしまったのだろう、昨日怪我をしてしまったのだと
彼女は身を屈め、兵藤の患部を調べ始める
数秒の後、彼女の口から英語で何かが喋られ、それに兵藤が頷いた
すると彼はズボンを捲り上げ、銃で撃たれた傷を彼女に見せる
それを見ると、アーシアはかつて公園で子供を癒したように、緑色の淡い光でその傷を照らし始めた
少し立つと、彼の傷は綺麗さっぱりなくなっていた
しかも完治だ
その証拠に兵藤は大げさにその辺を走ってみせる
相変わらず凄い力だ
兵藤がまた彼女に向かって何かを言っている
全部英語だから何を言っているかわからないが、おそらく感謝の言葉でも言っているのだろう
しかし、予想に反してアーシアの反応は違うものだった
なぜか、彼女は一瞬、複雑そうな表情のあとで、涙を流し静かに泣き出してしまったのだ
「…おい兵藤、お前なにかアーシアの気に障るようなこと言ったのか」
「いや、そんなことは…ないと思うけど」
どうやら兵藤自身も予想外で、何がなんだか分かっていないようだった
考えればそれもそうだ、この男が女性に関して傷つける発言なんてするとは思えない
とりあえず落ち着ける場所を探し、彼女を適当なベンチに座らせる
そこで不意に、彼女の口から語られた
自分がかつて、聖女と崇められたときのことを
◇◇◇
それは彼女が聖女と崇められたときのことだ
とある地方で生まれ、捨てられた彼女は教会の孤児院でシスターや他の子達と一緒に育てられ、八つのときにその癒しの力を身に宿す
ある日、怪我をした子犬をその力で治癒したところをカトリックの関係者に見つかった
その日から、彼女の人生は変わる
訪れる信者に加護と称して、体の不調を治してあげる
噂はすぐに広まって、彼女は大勢の人から〝聖女〟と崇められた
彼女の意思を完全に無視して
しかし彼女は、自分の力が役に立つのが嬉しかった
これはきっと神様が授けてくれた力なんだ、だからありがとうございます
彼女はそう天に感謝した
けど、少しだけさみしい思いもした
彼女には、心許せる友がいなかったのだ
みんな優しい、大事にしてくれてる、しかし同時に自分を見る目が、どこか異質なものを見ているような視線を送っていると彼女は理解していた
そいつらは、彼女を人間として見ていなかったのだ
治癒ができる、道具としてしか見ていなかった
そんなある日、彼女は怪我をした悪魔を発見する
優しい彼女は、放っておくことなどできずその悪魔を治癒してしまう
それをたまたま見ていたカトリックの関係者はそれを報告する
当然、その事実に驚愕した
治癒の力は、神の加護を受けたものにしか効果を及ぼさない
事例は過去にもあったようで、神の加護を受けない悪魔を、そして堕天使すらも治癒する力は、やがて〝魔女〟として恐れられるようになる
「悪魔を癒す魔女め!」
聖女として崇められた彼女は、あっけなく捨てられた
◇◇◇
凄絶過ぎる過去だった
まさかこんな女の子が、そんな辛い目にあっているなんて思いもしなかった
一番許せなかったのが、彼女をかばってくれる人間が誰ひとりいなかったことだ
どう聞いても、それは本当に彼女を道具としてしか見ていない、ということ
人間というものは、どうして悪魔だ天使だなど、小さいことで対立してしまうのだろうか
やはり、分かり合うことはできないのか
<そんな私ですけど、夢もあるんです。お友達と一緒に本を買ったり、おしゃべりしたり>
吹き込まれた携帯から告げられる無機質な声音
だけど、それを語る彼女の顔は、涙に濡れている
そして同時に、兵藤が彼女に向かって言葉を発した
感情が高ぶっているのか、何かを彼女に説いている
…いいや、今回だけは言葉なんかわからなくても、兵藤の言いたいことは十分にわかる
―――俺たちは、もう友達じゃんか!
一字一句あっているとは言わないが、きっとそれだ
そうだ、自分と兵藤、アーシアはもう十分に友達だ
悲しければ泣き、面白ければ笑い会える、そんな友達に、もうなっている
「なぁ、浩太郎!」
「うん?」
「いや、アーシアが、アナタも、私と友達になってくれるんですか? だってさ!」
「当然だろ。ていうか、もう友達だよ」
「お前ならそう言ってくれると思ってたぜ浩太郎! 待ってろ、すぐこれをアーシアに―――」
そんなとき
「それは無理ね」
自分たちの空気を切り裂くように、女の声が聞こえた
その声に警戒しつつ振り向くと、天野夕麻がそこにいたのだ
同時に、兵藤が絶句するように言葉を失った
当然だ、彼からしたら元カノであると同時に、自分を殺害した張本人だったからだ
彼女は兵藤を見ると
「…生きていたの? しかも悪魔になって。あらやだ、最悪」
浩太郎は、アーシアを守るように、自分の身を盾にする
彼女を睨みながら、兵藤が発した
「…なんか用かよ、堕天使さんが」
「小汚い下級悪魔風情が気安く私に声を掛けるな。耳が汚れるだろうが」
侮蔑したような声音
そこには以前みた天野夕麻など影も形もなかった
「彼女は私たちの所有物なのよ。半日かかってようやく見つけたと思ったら。最初に言っておくけどアーシア、逃げても無駄よ?」
―――この女も、彼女をモノとしてしか見ていない
「貴女の
「お前、何が目的だ!?」
「人間風情が口を挟むな。死んでも知らないわよ?」
夕麻は浩太郎を一瞥する
そして彼女は手に光を集め始めだした
光の槍かなにかか? と思う前に先に兵藤が先手を打っていた
「せ、セイクリッドギア!」
言葉とともに彼の左手が光を纏い、変化していく
数秒の後、彼の左手にはかつて部室で見たような赤い篭手が装着されていた
前まではかめ〇め派のポーズを踏まないと顕現できなかったらしいが、いつのまにか言葉だけで具現化できるようになっていたのか
しかしそれを見ても夕麻は嘲笑を浮かべながら
「…上の方から貴方の
「な、なんだと!?」
「貴方のそれはね? 〝
わざわざご丁寧に解説をしてくれる
しかし、ごくありふれている、という事は他のみんなももしかしたら持っているかもしれないということなのか
「う、うるさい! この際なんだっていい! 動け
彼の声に応えるかのごとく、篭手の宝玉が輝き出す
<ブースト!>
そのまま兵藤が殴りかかろうとする―――が、それより先に、夕麻が放った光の槍が彼の腹部に突き刺さる
早い、位置が悪かったのもあるが、反応ができなかった
倒れこむ兵藤をなんとか支える
「あんなに弱めて放った攻撃すらも躱せない。いい? 一が二倍になっても結局は雑魚なのよ、理解したかしら? 下級悪魔とニンゲンさん?」
明らかに馬鹿にしている
しかし下手に動いたら兵藤が危うい
一人思案しているとき、アーシアが兵藤のところへと歩いてきて、傷口に淡い緑色の光を当て始めた
その光は傷を包み込み、刺さっていた槍も、綺麗に消えていく
「アーシア。帰ってきなさい。もしその要求を拒むなら、そこに二人を殺すわ」
一瞬の後、アーシアは英語で何かを言い出した
いいや、おそらくイエスとかいう単語が聞こえたからその言葉に了承したのだろう
歩いていく途中、兵藤と言葉を交わしている
英語で何を言っているかわからないのがもどかしかった
そのあとで、彼女はこちらに視線を向ける
「
たった一言
彼女は告げた
続けて
「
それだけで、彼女がどんな覚悟でこの決断を選んだのか理解できてしまった
同時に、己の無力ささえも
「命拾いしたわねあなたたち。今度邪魔するなら、容赦なく殺すから」
冷徹にそう告げて、天野夕麻は彼女を連れて飛び去っていき、その姿は完全に消えてなくなる
ポカンとしていた
兵藤は地に膝をつけていた
浩太郎は、いつまでも飛んでいった先を眺めていた
「…情けないな、俺たちは」
「―――あぁ…! ちくしょう…! ちくしょおォォっ!!」
兵藤に至っては悔しさからか、涙さえも浮かべていた
激情に駆られるように、彼は地面を殴りつける
帰ってくるのは、痛みだけ
なんて、無様
◇◇◇
「何度言ったらわかるの! ダメなものはダメなのよ! あのシスターへの干渉は認められないわ!」
案の定、その返事が返ってきた
あのあと、オカルト研究部の部室へと戻ってきた浩太郎と兵藤は事の経緯を事細かく説明した
その上で、兵藤が例の教会へ行くことを提案した
結果はさきの言葉の通りである
しかし譲れないモノだってあるのだ
「なら、俺たちだけでも行きます。あいつらが裏で何をやらかすに決まっています、彼女の身に危険が及ばない保証なんてありません」
「本当に馬鹿なの!? そんな結果がわかりきっているところに行くことを許可する訳にはいかないわ!」
彼女は冷静に振る舞いながら、諭すように言葉を続けてくる
言葉のひとつ一つに、感情が伝わってくるようだ
「その行動が、私たちやほかの部員にも影響を及ぼすの! 貴方はグレモリー眷属の悪魔なのよ!?」
「兵藤はともかく、俺は眷属じゃありません。俺が死んでも、そちらに迷惑はかからないかと」
「そういうこと言ってるんじゃないのよ! ああもぅ! どうしてわかってくれないの!」
初めて見せる彼女の激昂した姿
それと同時に、本気でこちらを心配してくれているのだ
その心遣いには感謝している、だけど
「彼女とは友人です。放ってなんておけません」
「だから、俺たちは助けに行きます!」
「…面と向かってそういうことを言えること、素晴らしいと思うわ。けどそれとこれとは―――」
そんな言葉の途中で朱乃がそそくさと彼女に近づき、何かを耳打ちする
リアスはその報告を聞いてさらに表情を険しくさせる
彼女は兵藤と浩太郎をちらりと見たあと、部室にいる全員を見渡すように
「大事な用事ができたわ。私は少し、出かけるわね」
「! 部長、まだ話は」
「イッセー」
兵藤の言葉を遮るようにリアスが言葉を紡いだ
「貴方は〝兵士〟を弱い駒だと思ってるようだけれど、それは間違いよ」
「…? どういう、ことですか」
「〝兵士〟には、ほかの駒にはない特殊能力があるの。それが〝プロモーション〟よ」
リアスは部室に出入り口に歩きながら、改めてこちらに振り向き
「実際の〝チェス〟同様、相手に陣地の最新部へと赴いた時、昇格することができるのよ。〝王〟以外の、全部の駒にね。イッセー、貴方は私が〝敵〟と認めた陣地の一番重要なところへ行ったとき、〝王〟以外のすべての駒になれるのよ」
「! て、ってことは、木場の〝騎士〟や、小猫ちゃんの〝戦車〟、朱乃さんの〝女王〟にもなれるんですか!?」
リアスは頷く
「イッセーは悪魔になって日が浅いから、〝女王〟は体に負担がかかって、現段階では無理ね。けど、それ以外にならなれる。プロモーションと心の中で強く願えば、貴方の能力に変化が訪れるわ」
それともう一つ、と彼女は続ける
「
そのとき、彼女は今までの険しい顔から、優しい笑みをその表情を変える
「
想えば、力を応えてくれる
応えてくれるのだろうか、自分の中に宿っている、この力も
「兵士でも、王は取れる。それは、チェスの基本よ。悪魔だろうと、人間だろうと、ね」
「待ってください、リアスさん。さっきまで行くことにさえ反対していたのに、なんでこんなことを説明してくれるんですか」
浩太郎が問うた
リアスはそれに答えず、ただ小さく笑って見せた
意地の悪そうな笑みだ
彼女は視線だけ動かして小猫と木場に目配せする
「〝さぁ、どういうことかしらね〟?」
最後にそう言い残すと彼女は朱乃と一緒に魔法陣でジャンプしてしまった
部室に残っているのは、木場と小猫と、兵藤と浩太郎の四人だ
「なぁ、浩太郎、部長の最後のセリフって…」
「遠まわしに、認めてくれたんじゃないか?」
「え?」
「プロモーションって言ったっけ? それは敵地じゃないと発動しないんだろ? つまりは、リアスさんは今から俺らが行く場所を敵地と認めたってことじゃないのか」
浩太郎の言葉に兵藤があっと声を出す
正直リアスの真意はわからない
けれど、これから死に行くようなところを止めていた彼女が、急にあんなことを説明したのならきっと意味があるはずだ
「…本当に行くのかい? 二人共」
「今更愚問だな、木場。言っておくが、止めても無駄だぞ」
「―――殺されるよ? いくら二人がかりで、
「わかってるよそんなのは! けど、行かなきゃいけないんだ!」
兵藤が叫ぶ
そんな彼に、木場は笑みを作った
「…カッコイイね。けど、やっぱり二人だけじゃ無謀だよ。だから―――」
木場は兵藤らの前に歩き、告げる
「僕も行こう」
「…本当か?」
思わず浩太郎が聞き返す
正直予想外の言葉だったから、思わず面を食らってしまった
「僕はふたりの言うアーシアさんを知らないけど、君らが僕の仲間であることに変わりはない。それに、個人的に堕天使とかは好きじゃないんだ。憎いほどにね」
おそらくは、彼も昔は昔でなにかあったのだろう
だけど今は、ありがたい
余計な詮索など、無意味だ
「私も行きます」
先程まで沈黙していた小柄な少女、小猫が口を開いた
浩太郎は驚いたような顔をして
「小猫、なんで…」
「三人だけじゃ、心配です。それに…」
小猫は浩太郎の前に歩いていき、彼の前に立って、じっと目を見据えた
「まだ、ようかんを買ってもらっていませんから」
思わず、ポカンとしてしまった
そのあとで思わず、笑みがこぼれる
「―――あぁ、終わったら買ってやるさ!」
そんな二人を木場と兵藤の二人が眺めている
兵藤は少し小さい声で
「な、なぁ木場」
「? どうしたんだい?」
「いつの間のあの二人あんなに仲良くなってるんだ!? 話しかけづらいっていうか…!」
「…僕に言われてもなぁ」
木場は若干汗を浮かべながら珍しく戸惑ったように頬をポリポリとかく
何はともあれ、これで準備は整ったのだ
◇◇◇
そんなわけで、今現在、一行は木場が広げたとある図面を片手に、軽く作戦会議をしていた
そのとある図面、とは教会の見取り図だ
いつの間にそんなのを持っていたのか聞きたかったが、今は時間が惜しいのでスルーする
「聖堂の他に宿舎。怪しいのは、聖堂だね」
木場は図面の聖堂を指差し
「この手のはぐれ悪魔祓いの組織は決まって聖堂に細工を施しているんだ。その地下で、怪しげな儀式を行うっていうのがよくある手法さ」
「なんで?」
「今まで敬ってた聖なる場所、そこで神を否定することで、自己満足、神への冒涜に酔いしれるのさ。愛してたからこそ、捨てられた憎悪を込めてわざと邪悪なまじないをするんだよ」
なるほど、わからん
信仰深い奴らがすることははっきり言って理解しがたい
「入口までは一気に行けると思う。問題は中に入って、地下への入口を探すこと、刺客を倒せるかどうか」
刺客、という言葉を聞いたとき、妙に嫌な予感がした
しかしだからと言ってためらうわけにも行かない
「―――行こう」
浩太郎の呟きに、三人が頷く
一行が教会へと走っている、その道中だ
不意に、目の前に光の槍が道を塞ぐように突き刺さった
「―――そこで、何をしている」
聞こえるのは男の声
思わず上を向くと、そこにはかつて浩太郎を殺し、兵藤に傷を負わせたいつぞやの堕天使の男がそこにいた
そいつを見て、兵藤は舌を打つ
「くっそ! 今は時間がないってのに!」
「仕方がない、あいつを倒して先に進もう」
木場はそう言いながら剣を構えようとして―――浩太郎が前に出る
「…浩太郎さん?」
小猫が呟く
「先に行け、兵藤」
「ば! な、何言ってんだ浩太郎!」
「今もこうしている間に、アーシアが危ない目に合ってるかもしれないんだ。…あんな奴に、足止めを食らうわけには行かない」
「で、でも!」
「それにさ、一度言ってみたかったんだよ。ここは俺に任せて先に行け、ってさ」
「…浩太郎さん、それはフラグです」
呆れたように小猫が言う
それに浩太郎は笑って返した
「―――わかった。任せて、いいかい?」
「問題ない」
木場の問いに力強く頷く
心配そうにしている兵藤の背中を叩き、軽く激励する
「任せたぜ、兵藤」
「…あぁ! 無茶すんなよ浩太郎! あと、俺のことはイッセーって呼べよな!」
「それはどうかな」
そんな冗談を交わしながら、浩太郎は先へ進むことを促した
最後まで心配そうな目で小猫は見ていたが、やがて振り切ったのか先を進む二人へと追いつこうと走り出した
「…大きく出たな。貴様がこの私と戦おうなどとは」
「さっきも言ったが、時間がないんだ」
浩太郎は歩き出す
かつてはこの男を前にしたとき、何もできずに殺された
最も、あの時は自体もなにも把握できていなかったから、仕方がないのだが
「せめて一撃で楽にしてやろう、悪魔と関わった己を呪うんだな」
男が言いながらかつてと同じように光の槍を生成する
相手はこちらを完全に舐めきっている
前と同じになると思っているのか
だから、浩太郎は先に行動する
男の元へと一気に走り出す
自分でも驚く位の速度だ
その速度に、何よりも堕天使の男が驚いていた
この男を殴るのに、罪悪感などない
抉りこむように、浩太郎は堕天使の男の腹に向かって自分の拳を打ち出した
「―――ご、はっ!?」
立て続けに顔面に己の拳を追撃する
男は勢いよく、後ろへと吹っ飛んで、地面を転がった
「…」
浩太郎は無言でアナザーアギトのポーズを取り、その姿をバッタ男へと変える
本音を言ってしまうと、なりたくはなかった
しかし惜しんでいたら負けそうな気もしたのだ
「馬鹿な…! 一体貴様の、どこにそんな力が!」
「答える必要はない!」
そのままバッタ男は跳躍し、飛び蹴りを堕天使の男に向けて放つ
堕天使の男はなんとか体勢を整え、背後へと飛ぶことでそのケリを回避する
しかし着地と同時に、バッタ男は堕天使の男へ再度ダッシュする
それをさせまいと堕天使は再び手に槍を生成し、バッタ男へ向かって投げつけた
だが、その槍をいとも容易くバッタ男は手刀を繰り出し破壊してみせる
(―――な!?)
この男は完全にノーマークだった
危険視されていた男の
堕天使―――ドーナシークは一瞬迷った後、逃走を選択した
幸いにも相手は悪魔ではない、さすがに空までは、と考えた
「! お前!」
男の言葉に耳を貸す暇などない
あの男は強い、しかもまだあの男は力を覚醒させていないにも関わらずあの力を持っている
今は逃げ切って、なんとかこのことをレイナーレ様に報告しなければならない
しかし、むんずと体を掴まれた感触があった
「…そいつはちょっとズルいんじゃないのか」
見るとバッタ男が自分の背中に乗っているではないか
ありえない、高層ビル三階分位は飛んでいたはずだ
まさか―――跳躍したのか、この高さを
「俺や兵藤は逃げる暇もなくお前に攻撃食らってるんだ、俺に至っては殺されてるしな。―――あの時の借りを、今返す」
バッタ男はがしっ、とドーナシークの片方の翼を鷲掴む
ドーナシークはゾッとした
もしかして、ではない
もしかしなくても、この男は―――
「―――ふんっ!!」
力をいれ、一気に引き裂く
ドーナシークの片翼を
闇夜の空に、赤い鮮血が飛び散った
「ぎゃああああぁぁぁぁっ!?」
激痛に男が叫んだ
羽をもがれた堕天使は当然宙を飛ぶことなどはできず、そのまま地面へと落下する
堕天使が地面に激突する直前、バッタ男は先に地面へと飛び退いた
目の前にはピクピクと痙攣している堕天使がいる
バッタ男はその姿を浩太郎へと戻した
この様ではもう戦うことなどできないだろう
浩太郎はその堕天使を放置して、改めて先を急いだ
思いのほか時間がかかってしまった、兵藤たちは無事だろうか
そしてドーナシークはまだ知らない
本当の絶望はこれからだということを
◇◇◇
浩太郎が聖堂へと駆け込むと、例の地下への入口であろうところからアーシアを抱えて走ってきた兵藤と遭遇した
―――おかしい、彼女の顔色が真っ青だ
兵藤が長椅子に彼女を横たわらせる
アーシアが浩太郎の姿を確認すると、彼に向かってゆっくりと手を伸ばしてきた
思わず浩太郎はその手を握る
彼女の手は冷たくなりつつあり、生気も感じられない
―――いや、嘘、だろ?
頭の中でもしかしたらと考えていたことが、起きようとしているのではないか
そのとき、不意に兵藤が言葉を紡ぐ
「浩太郎と、友達で…少しの間だけでも、友達になれて、幸せだって…!」
それはアーシアの言葉だ
今彼女が紡いだ言葉を、彼が訳して、浩太郎に伝えている
握られている手が、わずかに、本当にわずかにきゅ、と力が入る
彼女は、微笑んだ
―――ありがとう
握られていたその手が、するりと落ちる
彼女は、笑ったままだった
微笑んだまま、彼女は逝ってしまったのだ
本当に悲しい感情に支配されると、涙も出ないということを、今初めて知った
「―――なぁ! 神様、いるんだろ!? これを見てたんだろ!!」
隣で涙を流しながら、兵藤が叫んだ
返事などありはしない、が、叫ばずにはいられないのだろう
「この子はただ友達が欲しかっただけなんだ! 友達なら、俺と浩太郎がずっとなってあげるから! ―――俺が悪魔になったからダメなんですか! 友達が、悪魔だからっ!!」
呆然とする
この聖堂で、何が起こったのかなどもはやどうでもいい
大切なのは、今だ
今、自分の目の前で、友達が―――死んでしまった
どうしてだ
自分が、迷ったからか
この力を使うことを恐れ、人間でいたいという甘えが、この結末を呼んだのか
ほんの少しの時間といえど、顔見知りとなった天野夕麻と戦うことを一瞬躊躇ったから、こんな悲劇が起きたのか
「あはっははっ! なんて素敵な力。見なさい、さっき騎士の坊やから受けた傷もすぐに治る。神の加護を亡くした私たちにとって、あの子の
自分の背後から女の声が聞こえる
それは天野夕麻のものだ
その声に反応し、兵藤が彼女を睨む
「堕天使を治癒できる堕天使…あぁ、私の地位は約束されたわ。偉大なるお二人のお力になれる…あぁ、なんて素敵なことなのかしら!」
「―――関係なかった。この子には、アーシアにはそんなことは関係ない」
「あらあら。たかが人間ごときがここまできたの? わざわざ死にに来たようなものだわ」
浩太郎のつぶやきに続くように、兵藤が口を開いた
その目の涙を服の袖で拭いながら
「静かに暮らすことができたはずだ、のんびりと、平和に!」
「出来ると思っているの? 異質な力はどうあっても孤独を生む。人間はそういうの毛嫌いするしね。こんなに素敵な力なのに」
「…なら俺が! 俺たちが守った!」
「無理よ? 何言ってるのあなたたち。だってもうその子、死んじゃったじゃない。守れてないのよ。夕刻も、今も! あっははははっ! 本当に愉快ね!」
浩太郎は拳を握り締める
悔しいが、その通りだ
力がないから
迷ってしまったから
だから、もう迷わない
浩太郎は兵藤の肩を叩いた
こちらの顔を向いた彼の顔は、涙に濡れて、酷いものだった
彼は言葉を口にする
「…浩太郎、ごめん! アーシアを…アーシアをっ!!」
「大丈夫だ。…お前は何も悪くない」
じろりと天野夕麻を睨みつける
その剣幕に、思わず彼女は若干後ずさる、がすぐにまた嘲笑的な笑みを浮かべる
再び拳を握り締める
そして、素早くギリギリと握った両拳を、自身の顔右側へと動かした
「…浩太郎?」
兵藤の怪訝な声が聞こえた
それに少しだけ視線を合わせて、再び天野夕麻を睨みつける
そして何かを断ち切るかのように右手を斜めへと振り払い、再度拳を握り自分の腰へと持っていき、左手も右斜めへと突き出した
「…何、何をしているの?」
意味がわからない、という顔の天野夕麻
それに構わず浩太郎は動きを続ける
突き出した左手を、半月を描くように、自身の左側へと動かした
「―――変…!」
リアスが言っていた
想いで
自分の中にあるものが
なら、応えてくれ
最後にその両手を、思いっきり右側斜めへと、両腕を突き出した
そして、叫ぶ
「…身っ!!」
そう彼が叫んだ時、かつて部室でも見たような光が浩太郎の体を包み込んだ
相違点は、光の量が部室のときとは比べ物にならないということ
思わず兵藤も、敵である天野夕麻も己の目を隠してしまったほどだ
光が止んだ時、次に目に入ってきたのは蒸気のような煙だ
発生源は、浩太郎が立っている場所
しかし、そこに浩太郎は立っていなかった
だが、バッタでもなかった
赤い複眼の、真っ黒い人物がそこに立っていた
◇
純粋に、彼女を助けたかった
だけど、結果はこの様だ
ただ自分には、度胸がなかっただけだ
だから今の今まで、この身を変えることができなかった
はっきりとした現実を突きつけられて、今ようやく理解した
そんな彼の想いに応えるかのように、今まで不完全な状態だった彼の中に宿る力は覚醒する
これ以上、目の前の女の好きにさせていいはずがない
「―――浩太郎」
心配するかのように、兵藤が名前を呼んだ
そして不意に、僅かに彼の篭手に自分の姿が映り込む
そこでようやく浩太郎は自身の変化に気がついた
かつて見た、グロテスクな手ではなく、真っ黒い自分の手があった
「なんなの…!?」
天野夕麻の声が聞こえた
彼女は自身の変化に驚いているようにも見える
「一体お前はなんなのよ!?」
彼女の問いに、浩太郎は一瞬押し黙った
僅かな迷いの先に、浩太郎は決意する
「―――俺は」
きっと、その名前は彼には重すぎるものだろう
名乗ることすらおこがましいかも知れない、いいや、おこがましいに決まってる
けれど、きっとこれからもその名を名乗っていくだろう
子供の頃に憧れた、この名前―――
「〝仮面ライダー〟…!」
彼は左手を伸ばし、右手で拳を作り顔の付近で交差する
そして叫びながら、左を握り、右を開き斜めに突き出した
「―――
「か、めん、ライダー…!?」
驚く夕麻に、浩太郎、否、仮面ライダーBLACKは告げる
その仮面の下に、確かな怒りを込めながら
「天野夕麻。お前のような奴に、神の加護などつくはずがない! お前は堕ちるべくして堕ちたんだ! 貴様だけは―――貴様だけは絶対に許さん!!」
この世を去った少女のために
今、黒き戦士がその拳を握る