一
マルキエンの町は灰色の荒れ地の中に、唐突に現れた。
城壁は石を積み上げただけの粗末なものだった。ところどころ崩れていて、そこに丸太を渡して塞いである。門の上に翻る旗は色褪せた紺色に、二本の剣を交差させた紋章。
門の前には長い列ができていた。
荷車。家畜。背に籠を負った人々。どれも町に入ろうとしているのではなかった。
出ていこうとしているのだった。
「……逃げとるな」
背中のヨナスがぽつりと言った。
「そんなにまずいんですか」
「まずいだろうよ。マルキエンは去年から、ディクトとブローズの両方とやり合っとる。二つ同時にだ。領土は半分取られたと聞いた」
エリックは列の脇を通り抜けて門へ向かった。
門番は疲れきった顔をしていた。出る者を数えるので手一杯らしく、入る者にはほとんど何も訊かなかった。
「……剣士か」
門番はエリックの腰の二本を見て言った。
「募兵所は広場の北だ。まだ人を取っとる」
それだけだった。
誰も名前を訊かなかった。
町の中も静かだった。
店の半分は板を打ちつけて閉ざされていた。開いている店の前では値段の書かれた板が何度も書き直された跡を残していた。
通りを歩いているのは、老人と、女と、子供ばかりだった。
若い男の姿はほとんどなかった。
「……ここでいい」
広場の手前でヨナスが言った。
「下ろしてくれ。知り合いの宿がある。昔、荷を運んどった頃の馴染みだ。生きとれば置いてくれるだろう」
エリックはヨナスを石畳の上にそっと下ろした。
老人はしばらく足をさすってからエリックを見上げた。
「若いの」
「エリックです」
「名乗るなと何度言えば分かる」
ヨナスは皺だらけの顔をしかめた。それからふっと息を吐いた。
「人の言うことをちゃんと聞け。前に出るな。真っ先に突っ込んでいく奴から死ぬ」
「はい」
「それから」
ヨナスはエリックの腰の剣を顎で指した。
「それは金になる。だが、お前さんの中身は金にならん」
エリックは老人の顔を見た。
「あのな、若いの。ここじゃ埋める奴は長生きせん。それでも埋めたきゃ埋めろ。だが、埋めるために死ぬな」
「分かりました。死なない程度に埋めます」
「……そういうことを言っとるんじゃない」
ヨナスは壁に手をついてゆっくりと立ち上がった。膝が震えていた。
エリックは背を向けてしゃがんだ。
「宿まで背負います」
「いらん」
背中を手の甲で叩かれた。
「荷を運んどった男が荷になって馴染みの宿に着いたら、笑いもんだ。ここからは歩く」
ヨナスは壁伝いに三歩進んだ。そこで止まって肩越しにこちらを見た。
「倅が戻ってきたら話してやる。アスラの坊主に三日背負われたとな」
「笑われませんか」
「笑わせとけ」
ヨナスはもう振り返らずに通りの向こうへ歩いていった。
足を引きずりながら、それでも自分の足で。
エリックはその背中が角を曲がるまでそこに立っていた。
二
募兵所は広場の北にある古い倉庫だった。
入り口の脇に机がひとつ。その向こうに片腕のない男が座っていた。
「剣か」
「はい」
「流派は」
「水神流です」
男の手が止まった。
「……級は」
「聖級です」
男は顔を上げた。
値踏みするような目でエリックの顔を、身体を、腰の二本を、順に見ていく。
「この半年でな」
男は机の上を指でこつこつと叩いた。
「水神流だと名乗った奴が三人来た。全員、嘘だった。聖級を名乗った奴はうちの隊長格に三合で伸された。今は炊事場にいる」
男は木札を一枚取って、放って寄越した。
「裏の稽古場で証明してこい。誰でもいい、一人倒せ。倒せたらその札を持ってもう一度来い」
「倒せなかったら」
「炊事場がもう一人増える」
裏の稽古場では十人ほどの男たちが、思い思いに武器を振っていた。
エリックが木札を持って入っていくと、皆の目が集まった。
泥だらけの旅装束。痩せた身体。腰に剣が二本。
誰かが笑った。
「新入りか」
「剣を二本も差してるぞ」
「どっかの貴族の坊ちゃんが家出してきたか」
エリックは稽古場の隅から木剣を一本取って構えた。
男たちの笑いが少し止んだ。
「……おい。あれ」
「構えが素人じゃねえぞ」
「俺が行く」
一人の大男が前に出た。
頭ひとつ分エリックより背が高い。肩幅は倍近い。腕はエリックの腿よりも太かった。
手にしているのは木剣ではなかった。両手持ちの、柄の長い戦斧だった。刃には革の覆いが紐で括りつけてある。それでもあの重さの鉄の塊が頭に落ちれば、覆いなど何の意味もない。
「ガストだ」
男は斧を軽々と片手で持ち上げた。
「悪く思うなよ、坊ちゃん。飯炊きも悪い仕事じゃねえ」
「手加減はしますか」
「しねえよ。稽古場で手加減してもらった奴から死ぬ」
ガストはにやりと笑った。
その笑い方には悪意がなかった。この稽古場の当たり前の挨拶なのだろう。
「では、僕もしません」
「言うじゃねえか」
ガストが斧を振りかぶった。
頭の上まで、両手で。
真っ直ぐだった。真っ直ぐに頭めがけて落ちてくる。あの重さなら、兜ごと潰される。
周囲の男たちが息を呑んだ。
誰も止めなかった。
斧が落ちてきた。
速かった。
けれど見えた。
エリックは半歩だけ身体を斜めにした。
木剣を胸の前で寝かせるように。
斧の柄が木剣に当たる。
その瞬間、手首を返した。
斧の軌道が滑った。
ガストの全体重と全膂力がまるごと横へ流れていった。
地面が重い音を立てた。斧頭がエリックの足元から半歩外れた場所に、深くめり込んでいた。
稽古場が静まり返った。
「……は?」
ガストが声を漏らした。
「今の、どうやった」
「受けました」
「受けてねえだろ。俺の腕は止まってねえ」
「止めていません。横に流しました」
「……流した?」
ガストは眉を寄せた。
それから斧を引き抜いて、腰だめに構え直した。今度は横薙ぎの構えだった。
「もう一回だ」
「はい」
ガストが踏み込んでくる。
斧が横から迫る。
エリックは半歩前に出た。
踏み込むふりをした。
その瞬間、ガストの目が揺れた。前に出てきた相手に合わせて軌道を内側へ絞ろうとした。
絞りかけた斧頭がぶれた。
エリックは今度こそ踏み込んだ。
ぶれた斧の内側へ。滑り込むように。
木剣がガストの首筋で止まった。
触れるか触れないかの距離で。
ガストの巨体が固まった。
斧が手から滑り落ちた。
どすんと地面が鳴った。
「……そこまでだ」
稽古場の入り口から太い声が飛んできた。
三
男が一人入ってきた。
背は高くない。けれど横幅が異様に広い。首が太く、肩の筋肉が上着を押し上げている。四十手前くらいだろうか。右の頬から顎にかけて古い傷跡が走っていた。
稽古場の男たちが一斉に背筋を伸ばした。
「第三部隊長だ」
誰かが小声で言った。
その後ろから身なりの良い男が二人入ってきた。傭兵団の幹部らしかった。募兵所の片腕の男がその後ろで息を切らしている。走って呼びに行ったらしい。
横幅の広い男はエリックの前まで歩いてきた。上から下までじろじろと眺める。
「水神流の聖級だそうだな」
「はい」
「証明はあるか」
「これです」
エリックは腰に差した道場の剣の柄を指で二度叩いた。
男は剣を見た。それからエリックの顔を見た。
「剣は、見た」
男はあっさりと言った。
「ガストの一撃を流したのもな。だが、あれは大振りだ。振り回すしか能のない男だからな」
「隊長!」
ガストが抗議の声を上げたが、男は見向きもしなかった。
「俺が見たいのは、その先だ」
男は稽古場の隅から木剣を一本取り上げた。
無造作に構える。
エリックの背筋が伸びた。
構えを見た瞬間に分かった。
この男は今までの誰とも違う。
「剣神流の上級だ。この傭兵団で二番目に強い」
「一番は」
「団長だ。同じ上級だが、あっちの方が長くやっている」
男は足の位置を定めた。
「来い、と言いたいところだが。お前は待つ剣だろう」
エリックは目を瞬いた。
「……なぜ分かるんですか」
「ガストを流した時の足だ。前に出る奴の足じゃなかった」
男の口の端がわずかに持ち上がった。
「だから俺から行く」
次の瞬間、男は踏み込んでいた。
速かった。
ガストとは比べものにならない。ベルンハルトよりも速い。パウロほどではない。けれど上級というのは、たしかにこういうものだった。
木剣がエリックの肩口に走る。
受ける。
流す。
男の剣が横へ滑る。
男の身体がすぐに引いた。流されたことを一合目で理解して、深追いしなかった。
二撃目。
角度を変えて下から。
受ける。流す。
三撃目。踏み込みの浅い、探るような一撃。
――誘いだ。
エリックはそれに乗らなかった。
代わりに自分から踏み込むふりをした。
男の剣が迎え撃つために動いた。
その動きを受けた。流した。
流された勢いのまま身体を半回転させる。回転の終わりに、剣神流の踏み込み。
木剣が伸びた。
男の脇腹で、止まった。
稽古場の空気が止まった。
男はしばらく自分の脇腹に当たった木剣を見下ろしていた。
それから木剣を下ろした。
「……三合だな」
幹部の一人が震える声で言った。
「隊長が、三合で」
男は頬の傷跡を指で掻いた。
悔しそうでも、驚いた様子でもなかった。事実を確かめただけという顔だった。
「なるほど。聖級とはこういうものか」
それから腰に手を当てた。
「ビゴ・マーセナルだ。マルキエン傭兵団、第三部隊を預かっている」
「エリックです」
「家名は」
――ここじゃな、名乗るもんじゃない。
「名乗るなと言われました」
「そうか」
ビゴはそれ以上訊かなかった。
代わりに後ろの幹部たちを振り返った。
幹部の一人が進み出た。
「水聖殿。もうひとつ確かめたい」
「はい」
「ブローズ帝国の親衛隊に水聖がいる。クライン・ディノルタス」
「……水神流の」
「ご存じか」
「いえ。名前は初めて聞きました」
「先の戦で、うちの隊長格が三人、その男に斬られた。三人とも剣神流の上級だ。一人も一合ももたなかった」
稽古場が静まり返った。
「うちには水神流を相手にできる者がいない。受けて流す剣というものを誰も知らんのだ」
幹部はエリックの顔を見た。
「あなたは同じ級だそうだな。勝てるか」
会ったこともない相手だった。名前を聞いたばかりの相手だった。
「分かりません」
幹部はしばらくエリックを見ていた。
それから意外なことに、満足げに頷いた。
「結構。勝てると言う者は信用せんことにしている」
待遇はその日のうちに決まった。
「給金は月に金貨五枚」
募兵所の片腕の男が木札に何か書き込みながら言った。
同じ日に入った者たちの給金は、月に銀貨三枚だと聞いていた。金貨一枚は銀貨十枚に当たる。
桁が違った。
「天幕は隊長格と同じ扱いだ。一人用を出す。装備も武具庫から好きなものを持っていけ」
「……そんなに」
「聖級だからだ。うちの傭兵団に聖級は一人もおらん。団長も剣神流の上級だ」
エリックはその言葉を頭の中で繰り返した。
団長が、上級。
王都の宗家には上級の門弟が何人もいた。タントリスも上級だった。イゾルテは水王で、その上にレイダがいた。
水聖になった日、レイダは茶をすすりながら「はいはい、水聖。おめでとさん」と言っただけだった。饅頭もこちらから言い出して、ようやく一つ投げて寄越した。
聖級とはそういうものだと思っていた。道場ではまだ上がいくらでもある段階なのだと。
四
その日からエリックはマルキエン傭兵団第三部隊の一員になった。
陣は町の外の丘に張られていた。天幕がいくつも並び、その間を伝令が忙しく走り回っている。
案内された天幕は一人用だった。
他の兵たちは十人で一つの天幕に雑魚寝している。毛布も一人一枚が行き渡っていない。それを横目にエリックは新しい毛布を二枚渡され、天幕をひとつ与えられた。
夕食の時、粥の椀に肉が入っていた。
周りの兵たちの椀には入っていなかった。
「これは」
配給の兵に訊くと、面倒そうに答えが返ってきた。
「聖級の方には隊長格と同じものを出せと言われております」
エリックは椀を持ったまま立っていた。
視線を感じた。
好奇。畏れ。そしていくらかの敵意。
「あれが新入りの水聖だとよ」
「聖級だぞ。団長より上だ」
「ガキじゃねえか」
「ガキでも聖級だ。ガストの斧を流して、隊長を三合で伸したらしいぞ」
エリックは天幕の隅に座って肉を食べた。
残せばもっと目立つと思った。
焚き火の向こうに痩せた男が一人、膝を抱えて座っていた。右の耳の上半分が欠けている。誰とも話さず、椀も持たず、ただこちらを見ていた。
目が合った。
男は歯を見せた。笑ったのかどうかは分からなかった。
半分ほど食べたところで、影が差した。
見上げると頭ひとつ分大きな男が仁王立ちしていた。
ガストだった。
周りの兵たちがさっと道を空ける。
ガストはどすんと隣に腰を下ろした。地面が揺れた。
「おい、水聖」
「エリックです」
「水聖。明日、もう一回だ」
「手合わせ、ですか」
「そうだ。今日のは納得いかねえ」
ガストは自分の椀の粥をかき込みながら口をとがらせた。
「俺はあんなちんけな流され方をする男じゃねえ」
「流したのは、僕です」
「うるせえ。明日はやられねえ」
「分かりました」
「即答すんな。もっと嫌そうにしろ」
「嫌ではないので」
ガストは粥を吹き出しかけた。
「お前、変わってんな」
「三日前にも言われました」
ガストはしばらくエリックの顔を見ていた。それから豪快に笑った。
その笑い声で周囲の空気が緩んだ。
焚き火の向こうの痩せた男はもういなかった。
「――若様?」
背後で声がした。
エリックは椀を置いた。
その呼び方をこの土地で聞くはずがなかった。
振り返る。
天幕の入り口に若い男が立っていた。
顔に泥がこびりつき、頬がこけていた。髪は伸び放題で、右腕に布が巻かれている。
けれどその目だけは覚えていた。
「……レオン」
「若様!」
レオンは荷物を放り出して駆け寄ってきた。
そしてエリックの両肩を掴んで揺さぶった。
「生きてた! 生きてたんですね!? うわ、本物だ! 髪が赤い! 何考えてるか分からない顔!」
レオンは泣いていた。
泥だらけの顔に涙の跡が二本、白く筋を作っていた。
「俺、ずっと若様が死んだと思って……あの光の時、気づいたら川の中にいて、流されて、それから」
レオンは何度も鼻をすすった。
「グスタフさんは!? 一緒じゃないんですか!」
「一緒ではありません。目が覚めた時、僕は一人でした」
レオンの顔から光が消えた。
「……そうですか」
「あなたはいつからここに」
「五日くらい前です。飛ばされて、歩いて、行き倒れかけて、傭兵団に拾われました。剣が使えるって言ったらその日から前線です」
レオンは右腕の布をひらひらと振ってみせた。
「これ、三日前にもらいました。かすっただけですけど」
エリックはその腕を見た。
王都を出た朝、手合わせしたら何合もつかと目を輝かせていた若い騎士。
五日で、こうなる。
「よく生きていましたね」
「若様に言われるとなんか腹立ちますね」
レオンは笑った。
それからエリックの椀を覗き込んで目を丸くした。
「……肉、入ってません?」
「入っています」
「俺の、入ってないんですけど」
「取り替えますか」
「いや、そういう問題じゃなくて」
レオンは周りを見回して声を潜めた。
「若様、何やったんです」
「水神流の聖級だと言ったらこうなりました」
「そりゃそうでしょ!」
レオンの声が裏返った。
「この傭兵団、団長が剣神流の上級なんですよ!? 若様、団長より強いんですよ!?」
「そんなにすごいんですか」
レオンは天を仰いだ。
「……そうか。若様、ずっとあそこにいたんですもんね。上に水神と水王がいて、年に一度は剣王が来て」
レオンは自分の粥をかき込んだ。
「普通の国だとね、聖級ってのは騎士団長とかそういうのです。街道で会ったら道の端に寄って通り過ぎるのを待つ側です」
「覚えておきます」
「覚えといてください。自覚がないと変なのに絡まれますから」
レオンはふと真面目な顔になった。
「若様。ロアは」
「行けませんでした。半日、手前でした」
「……そうですか」
レオンはそれ以上訊かなかった。
代わりに自分の分の粥を半分、エリックの椀に分けた。
「食ってください。若様、痩せすぎです」
「肉は僕の方に入っています」
「それとこれとは別です」
五
陣の夜は騒がしかった。
あちこちの焚き火で兵たちが酒を飲み、賭けをし、歌を歌っていた。明日には死ぬかもしれない者たちの乾いた騒ぎ方だった。
エリックは第三部隊の焚き火の端に座ってその話を聞いていた。
「――だからよ、森の女神ってのは本当らしいぞ」
「またその話か」
「本当だって。隊長に聞いたんだよ」
エリックは椀を持つ手を止めた。
この陣に来てから、何度も耳にした言葉だった。
「エジンの森だよ。五日ほど前、隊長が十人連れて森に突っ込んだ時の話だ」
髭面の兵が酒の椀を振り回しながら言った。
「あの森は通行禁止だぞ。カレントサウルスが出る。A級だ。傭兵団が総出でかかっても無理だ」
「なんで突っ込んだんだ」
「他に道がなかったんだよ。盆地の横っ腹を突くには、森を抜けるしかない」
髭面は酒をあおった。
「で、案の定、魔物に囲まれた。もう駄目だって時に出たんだ」
「女神が」
「そうだ。剣一本で魔物を全部斬ったらしい。カレントサウルスもだ。一撃だってよ」
エリックの手の中で椀が傾いた。
「嘘だろ」
「隊長が言ってんだよ! それで部隊は生きて帰ってきた。だから森の女神だ」
「で、その女神様は今どこにいるんだ」
「知らねえ。隊長はそこから先は言わねえんだ」
エリックは椀を置いて立ち上がった。
「おい、どこ行くんだ、新入り」
「少し風に当たってきます」
陣の外れまで歩いて、エリックは立ち止まった。
空には星が出ていた。
剣一本でA級の魔物を一撃で斬る。
――剣神流の奥義だ。光の太刀、という。
そこから先は考えないことにした。
エリックは剣を抜いた。
道場の剣。柄巻きの糸が夜露を吸って少し重くなっていた。
今日はまだ振っていなかった。
構える。
ギレーヌの構えで。
振り上げる。
振り下ろす。
――お前が、いつかこれを受けられるようになったら。
十五の冬、真っ二つにされた木剣を握ったまま聞いた言葉だった。あの人はその先を言わなかった。
振り上げる。振り下ろす。
百回振ったところで、エリックは剣を収めた。
星が灰色の荒れ地を薄く照らしていた。