世界を破滅に追い込むラスボス魔女に木っ端微塵にされるモブに転生したのでとりあえず生き抜く為の最善を尽くします。 作:ヒオキ
錆びた錠を断ち切ったと同時に前世の記憶の錠も断ち切られた。
ーーあ、俺死ぬわ。
鉄格子から見える黄金色の瞳。
つい数秒前まで満月のようなその瞳に惹かれていた筈なのに、今は恐怖心に絡め取られている。
「おい! ガル! 俺の許可も無くなんで地下牢行ってやがんだ!」
背後から人相の悪い大男がランタンを片手に怒鳴りつけた。
「団長…。いや、その違くて」
大男、もとい俺が所属してる盗賊団の団長は要領を得ない俺の態度に眼光を鋭くさせる。
「まさか、てめぇ宝を独り占めするなんて馬鹿な事考えてねぇだろうな」
団長はそう言いながら剣の
それに続くように団長の背後にいた四人の部下も意識を戦闘モードに移行させているのが分かる。
ーーまずいな。ここで、こいつがいる場で下手に騒ぐのは避けた方がいい。
ちらと俺は背後にある鉄格子の向こうで
「なんも言わねぇってことは…」
団長は剣を抜き、輝く刀身を眼前にさらす。
俺は何も言わずに佇む。
その様子を図星と受け取られたのだろう。
団長は眉間に力を入れ、俺を睨み付ける。
「やっぱりか。怪しいと思ってたんだよ。こんな森深いところにある塔に王国兵士が度々出入りしているって、てめぇから聞いた時すげぇ貴重な物が保管されているって思ったぜ」
団長が一歩、俺に近づく。俺の背後にいる「これ」にはまだ気付いていないらしい。
むしろ気付いていないでくれ。
「でもよ。もしお宝があるって思うんなら俺らなんか誘わずに一人でいただけばいいじゃねぇかよ」
「いやいや、宝は山分けの方がみんなハッピーでしょ。団長」
「この森は魔獣がやけに多い。しかも塔には最低でも5人の王国兵が見張っている」
団長は剣の切先を俺の首元にゆっくりと当てた。俺の熱が鋼に移っていく。
「てめぇ、魔獣や兵を相手取らせるために俺らを利用しやがったな?」
ーー図星だ。
この塔を見つけた時きっとここにはとんでもない何かがあると確信した。
手だれの王国兵が常に監視の目を光らせており、塔周辺には認識阻害の魔術も掛けられている。
でも、俺一人でこの塔を攻略するのは不可能だ。
だから、人と腕っぷしだけはある盗賊団にこの話を持ちかけた。
こいつらなら厄介な敵を一掃してくれる。
そして、俺は一人しめしめとお宝をゲット。
そう思っていたのに。
「よしてめぇを殺す」
団長は剣を思い切り振り上げる。鈍色の刀身が弧を描いて俺の首を
ーーああ、俺はこんな事で死ぬのか。魔女ではなく原作にすら描かれていない奴に。
死ぬのは嫌だ。でも、なぜか。体が動かない。まるで死ぬのが運命かのように。
「…だ、だめ…! にげて」
か細い声が
「団長。ヤバいことになりました」
剣がピタリと止まる。
「あ? 今さら命乞いか? んなことしても意味ねぇぞ」
命乞い、まさにその通り。
俺は脳みそをフル回転させてどうにかこいつらを追い返す方法を捻り出す。
ふと、
「命は命でも、俺の命乞いじゃありません」
「なに意味わからねぇこと言ってんだよ!」
団長が苛立たしい様子で声を荒げる。
逆に好都合だと思えた。人間は怒って、視野が狭くなっている時に物事の真偽を見極める能力を失う。
「この塔にこれから王国兵の援軍が来ます」
「は?」
「来るんですよ王国兵が」
素っ頓狂な声を上げる団長を見て、俺は再び同じ内容を言う。俺の言葉を理解した団長はしばし沈黙すると鼻を鳴らした。
「ガルよぉ、嘘を吐くにしてももう少しマシな嘘を言えよ」
「嘘なんかじゃありません」
「黙りやがれ! 塔周辺にいた兵士は全員ぶっ殺した。援軍を呼ばせる隙なんて決して与えなかったはずだ。何を根拠にそんな事が言えんだよ!」
「…これです」
俺はそう言いながら懐からルビー色のブローチを見せた。
なんの変哲も無いただのブローチにそれは見える。
訝しげに俺を見る団長。
「これは通信用魔法機です」
「はぁ? 魔法機だと。んなもんなんで持ってんだ!」
魔法機。
魔力を込められた機器のこと。魔力を持たない人間でも特定の魔術を扱うことが出来る。
「俺のではないです。これは塔の兵が持っていたものです。たまたま殺した兵士の懐からこぼれ落ちてるのを見つけたんです。この魔法機は遠方にいる同じ魔法機を持っているものに簡単なメッセージを送ることが出来ます。そして、これに少しですけど魔力の残滓があります。きっと死ぬ直前に使用したんでしょう」
俺はブローチを目の高さまで上げる。赤黒い反射が団長たちに襲いかかる。
「俺たちがこの塔を攻めて約三十分ほど。ここから近い駐屯所は南西にあります。王国兵の騎馬隊が来るとしたら遅く見積もってもあと五分そこらで到着するでしょう」
「き、騎馬隊なんて俺らにかかればすぐにでも倒せる」
団長は食い下がる。しかし、その顔には先ほどには無かった焦りが含まれている。
「騎馬隊というのは最も楽観的な絶望です。もしかしたらワイバーンが来るかもしれない。確かあの駐屯所にはワイバーン隊が居たはずです」
俺の言葉を聞いて団長は明らかに動揺する。その動揺は他の手下たちにも浸透する。空を飛び、火を吐き、鋭い爪で対象を仕留めるワイバーン。いくら数がいるからと言ってもただのあらくれ集団が太刀打ちできる生物ではない。
「もしそうなれば俺たちは全員死にます。こんな言い争いすら時間の無駄です! 早く逃げましょう!」
数秒かもしれない数分にも感じれるほどの沈黙があった。
最初に逃げたのは団長の右腕と言われていた奴だった。そいつを皮切りに次々と逃げ出していく。
地下牢に土埃が舞い、不気味な静寂が広がる。
「…は」
見せつけていたブローチを落とし、魂を抜かれたかのように息を吐く。
ーー死ぬかと思った。
剣を向けられていたからではない。改めて背後にいる存在が
「ぁ、あなたも…」
か細い声。少し風が吹けば掻き消されてしまうぐらいに弱々しい。
久しぶりに声を出すのだろうか。それは声というよりは息に音が乗ったという表現の方がいいかもしれない。
糸に引かれるように俺はその声の主を見る。
満月のような瞳。
夜目にも慣れて輪郭が鮮明になる。
漆黒の髪。
細い手足。
服とは言えない布。
そこには十歳ほどの少女がいた。
小さな口を開く。
「にげないと」
少女はこちらをじっと見つめる。立ちすくむとはこういう事を言うのかもしれない。俺はこの時どうすればいいのか分からなかった。
俺はモニター越しながらこの少女の顔を知っている。しかし、俺はその顔をもっと怒りとして見ていた。
魔女は常に怒っていた。
ーーなんでそんな不安げな眼差しをするんだ?
しかし、目の前にいる魔女、いや少女はこちらをただ見つめるだけ。
その視線の処理の仕方が分からず俺は逃げるように目を背ける。結びつけるように少女の言葉を拾う。
「逃げるって誰から?」
「へ、へいたいさん。…ここにきちゃう、でしょ」
何を言っているのだろうか、俺は少女の話している意図が分からなかった。
しかし、床に落ちているブローチを見て「ああ」と呟いた。
「あれはハッタリだよ」
魔法機だって言ったブローチは中流貴族の屋敷から盗んだただのブローチ。
盗賊団を追い払うためにやった嘘。
「兵隊なんか来ねぇよ」
俺がそういうと少女はポカンと呆けた顔をした。
「ふ…」
原作からはまったく想像出来ない顔を見て俺は思わず吹き出してしまう。
さっきから体を縛っていた緊張がゆるりと解けていく。頭が冷静になって思考を上手く回転できるようになる。
ーーとりあえずはさっさとこいつから離れちまうのが得策だろうな。わざわざ殺すかもしれない奴の近くにいる意味はない。原作で語られてた魔女になる場面は回避出来たが、いた魔女として覚醒するか分からない。逃げるなら被害が無かった地域…、ケルディンあたりか?
顎に手を当て、あれこれ考えているとペタペタと足音が聞こえてきた。
少女がまるで何かを探すかのように大して広くない牢の中を歩き回っていた。
ーーこんな行動パターン原作にあったか?
こちらの視線に気が付いた少女は肩を少しビクつかせる。しばらくして少女は残念そうにして俺を見上げてきた。そして、とても申し訳なさそうな声をあげる。
「ご、ごめんなさい。お…おたから、ない」
ーーおたから? お宝か。
「あなたに…わたせるものなにもない。あ、あやまるから。いたいのもつめたいのも、やめて…ください」
息がこぼれ落ちる。
少女は見上げてはすぐに目を逸らし、また見上げては視線を床に投げる。
これは常に他人の顔色を伺う目だ。
相手を不快にさせてないか、相手に傷付けられないように振る舞えているか、自分はおかしくないか。
ーー子供がそんな顔するんじゃねぇよ。
拳に力が入る。爪が手のひらに食い込み血が滲む。
俺は多分、怒っている。しかし、何故怒っているのかが分からない。
少女は何も言わない俺を見て崩れるように膝をつき始める。
冷たい石畳に手を付いて小さな頭も床に降ろす。ボサボサな髪が蜘蛛の巣のように床に広がる。
「ひどいことは…いや」
「っ…!」
その言葉を聞いた瞬間俺は鉄格子の扉を蹴り飛ばす。
甲高い金属音が響き渡る。少女はその音を聞いて勢いよく頭を上げると逃げるように
ーーくそ、くそ! ふざけんな。
俺は怒っている。
俺はこの少女をこんな所に閉じ込め奴に怒っている。
俺はこの少女をこんなに痩せ細った姿にした奴に怒っている。
俺はこの少女に酷い仕打ちをした奴に怒っている。
俺はこの少女に自身が悪くないのに謝らせる考えを持たせた奴に怒っている。
そして、俺はこの少女を『魔女』だと恐れ、見捨てようとした自分に怒っている。
コツコツと足音を鳴らしながら俺は少女に近付く。
「…や、やだ」
少女は小さい体をさらに小さくさせる。手が震えていた。傷付けられると思っているのだろう。
ーー自分を傷付けるかもしれない奴だと分かってるんだったら。なんでお前はさっき俺に「にげて」なんて言ってくれたんだよ。
「俺はお前を傷付けない」
少女はまだ震えている。俺の声は届いているだろうか。分からないが言葉を紡ぐ。
「俺はお前に酷い事はしない。冷たい事も痛い事もしない。だから、謝るな」
少女はゆっくりと顔を上げる。
「…ほ、ほんと?」
「ああ、本当だ。怯える必要もない」
「な、なら、なにをしにきたの? ここにおたから、ないよ?」
ふと言葉が詰まった。俺は何をしにここへ、少女の目の前にやってきたのだろう。少女の瞳が輝いている。薄暗い部屋の中で見るとやはりそれは満月のように見える。俺はこの瞳が憎悪に染まり、この世に不幸を撒き散らす運命を知っている。今ではないが、いつか来る運命。
「多分、俺は…、お前を外に連れ出すためにやってきたんだよ」
本当にそうか?
こいつはお前を殺すかもしれないぞ?
ーーうるさい。たとえその運命が抗えなくて、俺がこいつに殺されると決まっていても俺の目の前にいるこいつはただの子供だ。子供が悪意に晒されるなんてあっちゃならない。
「そと?」
「そうだ。外、遠い外だ。そこでならお前は酷い事もされない。自由だ」
「ほんと?」
少女の瞳がどんどん見開かれていく。小さな手が俺の無骨な指に触れる。少女はもう震えてはいなかった。
「ああ、そこでなら。お前は幸せになれる」
きっと俺はモニター越しに世界に悪意をばら撒き、怒り嘆いていた『月の魔女』と呼ばれていた少女に幸せになってもらいたかったんだ。
少女は目を伏せ、触れていた指から手を離した。しかし、すぐに先ほどとは明らかに違う強い力を持って俺の指を掴んだ。
「行こう」
俺はそう言うと少女を抱き抱え地下牢の長ったらしい階段を駆け上がった。
***
「おい見てみろよ」
男はそう言うと空を指差した。少女は長くボサボサな髪を振り払うように見上げた。
「…わぁ」
そこには大きく、丸く、黄金色の柔らかい光を放っているものが浮いていた。
「月って言うんだよ。お前の目そっくりだろ?」
少女はそう言われてもよく分からなかった。自分の瞳がどんな物なのか生まれてから一度も自分で見た事が無かったからだ。少女にとって自分であると分かる物は細い手足と
全て醜いと自分でも思っていた。
しかし、男に言われて自分の瞳はこんなにも綺麗な物と似ているのかと気付かされた。
嬉しかった。醜い自分に美しさが宿っていると思えた。
「つき…月」
「そ、月だ」
男はそう言うと優しく微笑んだ。男は少女を抱き抱えながら走っていた。心地の良い振動が少女を揺らす。
誰かの温もりを感じるのは初めてだった。少女にとって人は鈍色の鎧を纏った者たちだった。
その者たちは少女が話しかけると棒で叩いた。少女が泣くと冷たい水を浴びせた。
これが人というものだと思った。
一人の兵士が面白半分で少女に一冊の絵本を与えた。
少女はその絵本の中に一人も鎧を纏った人間がいない事を不思議に思った。
人々は笑顔で自然と触れ合っている。
ここに描かれてるのは一体なんだろう。
少女は不思議だった。自分の目の前にある世界と絵本の中の世界はどうしてこんなにも違うのだろうか。
そして、絵本の中に行きたいと思うようになった。
「おい、眠いのか?」
男は抱き抱えている少女にそう問いかけた。少女はゆるりと首を振る。
初めて男が来た時、絵本の中に入ってしまったと思った。嬉しかった。でも、男以外の風景は今までと同じ地下牢だった。もしかしたら夢なのかもしれない。でも、少女は今男に外へ連れ出されていて、絵本の中に描かれていた木や草や動物を見ている。
そして、月を教えてもらった。
少女はゆっくりと目を閉じた。
「なんだやっぱり眠いのかよ」
男は穏やかな声でそう言うと歩みを緩めた。
どうか夢でありませんように。少女がそう願ったのを男は知らない。