「そのものなあに?」
いつもの時間。
仕事には、7時30分には家を出る。
その為、6時30分には起きる。顔を洗う為に洗面台へ向かう。
眼鏡を外し、顔を洗う。鏡に映る私は、相変わらずさえない顔なのだろう。ボヤっと鏡に映る私を見ていつも思う、私の人生何にもないなぁ。
恋愛なんてものは、誰かがやっていて、私には関係ないことだったし、友達も出来たには出来たが、別にこまめに連絡して会うなんて事はない。私が大学で東京に出てきてからなんて、ほぼ付き合いはなくなった。
でも、そんな自分を嫌いではなかった。みんなの当たり前が自分の当たり前ではないと、幼少期の頃から思っていた。
「ご飯食べて、歯を磨いて行くこう。」
もう、独り言なんて何とも思わない、むしろ話さない方が違和感があるくらいだ。
メイクはほぼしない、しなくても私のことを見ている人なんていないから、眉くらいは書いて出勤する。
いつものように、鏡に近づき眉を書く、少し離れて目を細めにして焦点を合わせてうまくかけているかの確認。
「ん?なに?」
自分の頭の上に、マンガの吹き出しのようなものがある気がする。
「・・・虎?」
雄大なサバンナで座っている、(虎)が頭の上にいる。
「なに、これ!」
眼鏡をかけ、あわてて確認する、するとぼやけてうまく見えない。吹き出しのようなものは見えるのだけれど、そこになにがあるのかは見えない。
眼鏡を外してみると、自分の顔はぼやけているのに、頭の上にはくっきりはっきりと(虎)がいる。
訳がわからなかったが、仕事には行かなければならないし遅刻など絶対にしてはいけないので、家を出たものの、頭上に(虎)がいると落ち着かない。動いていなかったのが不幸中の幸いなのかもわからない。
いつもより、1分ほど遅れて家を出たので少し早足で駅へ向かう。
いつもの電車を乗り過ごしても、すぐの電車は来るのだが(東京のすごいところだ)なんだか気持ちが悪い。ルーティンが狂うとなんだか気分が落ちてしまう、自分では細かい方だとは思ってないのだけれど、歯車がひとつずれると何と言っていいのか、胸のあたりがざわざわする。
それが1日始まりは、出来ればやめておきたい。
駅へは、いつもの時間に着いた、いつも通りホームは人で溢れかえっているがもう見慣れた風景になっていた、早足で来たので、額い汗がうっすらとかいている。ハンカチを出し額の汗を拭う、ついでに目のあたりも拭いておこう、拭こうと眼鏡を外した瞬間「・・あれ?」視界の縁にマンガの吹き出しの様なものがそれだけが、ハッキリと見えた気がした。
なに?そちらへ目を向けるとそこには、サラリーマンらしき人(ぼやけているのでスーツを着ているように見える人、ほぼ紺色一色)の頭上に(コーヒー)がある。コンビニで売っているコーヒーだ。
なんだろう、あれは気が付くと周りの何人かの頭の上にも、さまざまな何かが頭の上に見えている。(子供)、(新聞)、(スマホ)、(大根)、など様々なものが、頭上に見える。
なに?これ?いつもの満員電車、でもいつもとは違う風景がそこにある。
眼鏡をかけもう一度周りをみるが、そこにはいつもの風景がある。
なるほど、眼鏡を外すと吹き出しがくっきり見える。かけていると頭上の吹き出しがぼやけて見えていて、それがある人とない人がわかるくらいだった。
私の目はどうしてしまったのだろう?頭がおかしくなってしまったのかな?
会社の最寄り駅へ着くと、会社へ向かう同僚の顔も見かけるようになる当然の様に彼らの頭上にも、何人かは頭上に吹き出しがぼやけて見える。
私の横を吹き出しを出しながら通り過ぎて行った、別の課のベテラン社員の男性の頭上を見てみようと、眼鏡を外してみた、頭上には私と同じ課の女性の姿があった。
いつものオフィスなんだけど、視界には人とぼやけた吹き出しが歩いているし、座っている。
目の前の後輩男性社員の頭上にも、吹き出しが見えている。
何気なく、眼鏡を外してみる。
「えっ!!」大きな声が出てしまった。
「どうしました!!」
後輩社員は、目を大きく開けて驚いたように聞いてきた。
いつも、なるべく目立たないように淡々と仕事して帰る私が大きな
声を出したのが、ツチノコでも見つけたかのように驚いていた。
「大丈夫ですか?何かありましたか?」
「いや、なんでもないですよ。大丈夫、仕事に戻って。」
「はあ、大丈夫なんですね?」
「うん。」
デスクを回り込んで私の隣まできていた後輩社員の背中を見ながら、頭上の吹き出しの中にいるのは、(私)だった。
それから、それが気になって仕事が手に付かなくなってミスを繰り返していた、自分で気づけるミスであったので大事には至らなかったが、数字の入力ミスなどいつもならしないはずの些細なミスが続いた。
ふと、顔を上げるとまだ吹き出しの出ている後輩社員が、仕事している。
「先輩。」
「えっ?なになになに。」
動揺して、なにがいつもより多くなる。
「・・・これって、これであってます?」
ノートパソコンを持ち上げ画面をこちらに見せてきた。
「どれ?」
「これです。」
資料の数字部分を指している。
今日は、数字に縁があるな。得意じゃないのは自分でも解っているが。
「あー、これは、ここの計算間違ってるね。」
「えっ!・・・・本当ですね、今日僕、ここが違うよなーって思って
、ずーと悩んでたんですよ。」
おいおい、もう始業から1時間たってますよ。なにしてんだよ、早く聞けよ!などと心で悪態をついていると後輩社員の頭上の吹き出しが消えていた。消えた!なんで?
なにが、原因で消えたのかは解らないがとにかく後輩社員の頭上から、吹き出しは消えた。後輩社員はすっきりとした顔で、仕事に取りかかっている、先ほどとは比べものにならないくらい清々しい顔で、仕事に取りかかっていた。
私は、出来た資料をプリントアウトして課長へ持って行き、午前中の
仕事の大半を終わらせ、後は食事を楽しみに昼休みになるのを待つだけだった。
昼のランチは、いつも会社近くの洋食屋で済ませている、なに食べてもおいしいし、カウンター席があるので1人で来る私のとっても大変重宝している。今日はBセットにしよう、揚げ物が盛り合わせで乗っているお得なセットだ。
「すいません、Bセットください。」
いつもの、お母さんが注文をとりに来てくれた。
「いつも、ありがとうね、Bセットね。」
お母さんは、厨房の方を見てBセット!っと声をかける。お母さんの頭上に吹き出しがみえる。
なになに、また見えてんだけど今日なに?
眼鏡を外し、お母さんをみる。
宝くじ?そう見える。
眼鏡を外したまま周りを少し見渡す、当然だがこの時間は満席だ。
朝、何人か吹き出しが見えていたのが、この時間は見えなくなっている。これは、何だ?
ん?1人吹き出しの出ている人がいる。朝、見かけた別の課の同僚だ。入り口の外で入店できるのを待っている。未だに私と同じ課の女性が吹き出しの中にいるなー、何なの意味があるのかなと思いながら眼鏡をかける。その彼が、ちょうど店内に案内された後ろから、同じ課の女性が一緒に入ってきた。
一緒にテーブル席に座ったということは、彼らはそんな仲なのだろう。二人は楽しそうに話しながら注文をしている。
私はいつも1人だなぁ、などと思いながらBセットを食べ終わるり伝票を持って入り口近くのレジへ向かう。
「ごちそうさまです。」
お母さんがレジに向かってくる。
「いつも、ありがとうね。」
「いえいえ。おいしかったです。」
「あなた、宝くじ買った?」
突然の質問に、「えっ?」と必要以上に声を出してしまった。
周りの人がこちらを見るくらいには大きな声でだ!
「いや、どうしてですか?」
「今日ね、当選発表に日なの」
「そうなんですか。」
「えっ?買ってないの?」
「はい。」
「1億よ。1億!今、当選番号発表されてる時間なの」
「そうなんですね。」
「当たったら店休んでどこいこうかとか色々考えてんのよ。」
「いいですね、夢広がりますね。」
「そうでしょ、今度はあなたも買った方がいいわよ。」
「・・・そうします。」
もう、当たった気でいるお母さんにお金を支払い、店を出る。
少し後ろを振り向いて、同僚たち見た。頭上の吹き出しは消えていた。
お母さんの吹き出しも、消えていた。
オフィスに戻り、トイレへと向かった。私の頭上の吹き出しはどうなっているのだろう。
鏡に映る私の頭上には、吹き出しがある。眼鏡を外してみる。そこには、朝見たまま(虎)がいた。しかも、朝座っていたのに、今の(虎)は立っていた。
おーい。なんで立ち上がってんだよ、なんかの示唆か?つっこみ入れてしまった。そして、何で私のは消えないの?
いったいこれは何なのだろうか?
(吹き出しが消えた人、消えない人。)
さっき定食屋のお母さんは、宝くじが吹き出しに出ていて、宝くじ買ったと言っていた。そして今日が当選発表日だと話していて、丁度今日がその日だと、そして吹き出しが消えた。
朝見かけた同僚は、私と同じ課の女性と定食屋に来たら消えていた。
後輩は、私がミスを指摘したら消えた。
消えた人は、吹き出しの中のものに少なくとも関わっている。
そして、関わっている人に触れたり、物が重要な日、宝くじは当選発表の日だったし、なにかしら関係あるっぽいな。
となると、私の吹き出しにいる(虎)はなんなんだ?
仕事中も、(虎)を探している、ホームページで検索してみたり、動画見てみたりして、トイレへ行き、眼鏡を外すを繰り返していたら、仕事も遅くなり、上司に軽く怒られた。
「どうしたの、今日仕事に身が入っていないんじゃない?」
「すいません。」
「体調良くない?」
「いえ。」
「悪いなら早退していいよ、いつもちゃんとやってくれてるんだから。」
「いいんですか?」
「いいよ、いいよ、ゆっくり休んで、明日も良くなかったら休んでいいから。」
「すいません、必ず明日までには何とかします。」」
私は入社以来初めての早退をした。遅刻も早退もしたことは無かった、休んだのも、昨年が亡くなった父葬儀の時だけだ。
それも、家族とは絶縁に近い感じで、実家を出た私は父が入院してることも知らされていなかったので、突然の訃報だった。
もし知らされていたとしても、見舞いなど行く気はなかったし、話したくも、顔も見たくないと思っていた。それくらい私は父が嫌いだった。
そんなことより、(虎)だ!この(虎)を何とかしなければ。
その人に関係していることが起きると消えている気はしている。
私と(虎)何の関係があるのだろう?
好きな動物ベスト10以内に、(虎)入ってこない、特別好きな動物ということもない。
手当たり次第、(虎)を見てみよう、そしたら消えるかもしれない。
会社から駅へ向かう途中にある、マンションここにいるのは(虎)ではなっかっただろうか、ライオンだった。
「ライオンかよー。」
淡い期待で、マンションの入り口のガラスに写る私を、眼鏡を外して見てみる。当然吹き出しの中の(虎)消えていなかったし、なんなら前よりもリラックスして欠伸などしている。
普段気にも留めていなかった、どこかにいる(虎)のことを今日だけは真剣に探さなければならないと、必死に(虎)を探した。
まずは、動物園だろう電車で動物園へ向かう。閉園が近づいていたので、入り口に園内マップのリーフレットを手に取り、ほかの動物には目もくれず(虎)の檻に向かう。
(虎)は来園者に媚びることはなく、ちょうど木々の陰で姿が見えないところにいる、そして動く気配はない。
檻のところに張ってある説明ではもう1頭いるはずだが、その1頭は見あたらない、もう奥に引っ込んでしまったのか?
心ので、おーい!と声をかけても当然動く気配はない。
閉園が近いので、周りにひとはほとんどいない、そりゃ、姿を見せていない(虎)のまえで粘って見ている人間なんていない。
ただ、私は意地でもみなければいけない。頭の上の吹き出しが消えることを祈って、ここで消えなきゃどこで(虎)を見ればいいというのか。
無意識にガラスを叩いた。
ちょっとだけ、(虎)が動いた気がする。
まもなく閉園時間だ、お願い動いてこちらに姿を見せて!
そのとき、閉園のアナウンスと音楽が流れた。
(虎)はそれを知っているのか、どこかへ歩き出した。
こちらの角度からは見えないが、別の角度からは見えそうな位置に歩を進めている。チャンス!
私は見えそうな位置まで走った、(虎)後ろ姿がみえた。後ろ姿だけ見ればOKなのか?吹き出しがどうしたら消えるのかのルールはまだわかってない、ならば顔見た方がよくないか?
振り向いて!必死に祈った!訳わかんな吹き出しがずっと頭の上に出てるなんて嫌だ!消えた人はいたんだから
私のだって消えて欲しい。吹き出しの中のものが関係してるのはわかってるんだから。
どうしても顔をみたい!自然とまたガラスを叩いた。
(虎)がちらっと私の方を向いた。
よし、これは見たことになるよね。見た見たこれはみたぞーと自分に言い聞かせて、閉園のアナウンスが退園を急かせてくるなか、急いで出口へと向かい、出口付近にあるトイレへ駆け込んだ。
鏡の前にいき、眼鏡を外した私の頭の上には、吹き出しがあり、(虎)が動物園とは違い、走りまくっていた。
おーい、どうすんんだよ!
消えてねぇじゃん!
話が違う!
脳内の私がもう止められないくらいに、荒ぶっている。
一生この吹き出しを見ながら死んでいくのかな~
まあ慣れればどうってことないのかもとか、ポジティブに考えようとしたが、無理(虎)共に生きるなんて最悪だ。
なんとしてでも、吹き出しを消すんだ。
その後も、町中の(虎)で思いつく所に行っては鏡を見てを繰り返した。本屋はもちろん有名な羊羹屋さんなど色々と巡ったが、吹き出しは消えない。
街ゆく人も少なくなってきて初めて時計を見た。
もう23時を過ぎていた。なんてことだもう今日が終わる、そして明日は朝から仕事だ。今日早退してしまったからには、明日はちゃんとしたい。
あきらめるしかないのか?明日になれば吹き出しは消えているかもしれない。淡い期待を胸に帰宅するしかないのか。
終電間近の電車に乗り、自宅へと向かう車内のガラスに映る私の頭の上には、当たり前のように吹き出しが見える、眼鏡を外してみると(虎)は私より先に、寝ていやがった!
マジで疲れた、何なんだ今日は。吹き出しの消えた人はいたんだから、私のだってなにかの条件が揃えば消えるんじゃないの?
とりあえずお風呂に入って疲れをとってから、ゆっくり考えるか、諦めるかだ。
好きな入浴剤を入れて、ゆっくりお風呂に入り今日のこと、そしてこれからの事を考える。目の前にある風呂場の鏡にはまだ(虎)がいる。
とりあえずは、考えることをやめて疲れをとることに集中するために、湯船で足をマッサージしてみたりする。それでも明日からどうするかが頭をよぎる。
(虎)が消えないまま風呂を出て、一通りのスキンケアしながら髪を乾かす、今日ほどめんどくさい日はないなーと思いながらドライヤーを手に取る。少しフラッとした。その拍子に目の前においてあった、ハンガーや洗濯ばさみの入ったカゴを掴む。アッと思ったが時すでに、カゴの中身が床に散らばった、最悪!今日は最後までなんなんだよ!まだこっちは裸だぞ!パック中で!髪の毛も乾かしてないんだぞ!今まで平穏に過ごしいていたつもりだったのに、今日だけおかしいとは、なんて日だ!
などと毒づいても(虎)は消えていない。
カゴに、ハンガーを戻していると何か黄色と黒の小さなプラスチックが見える。何だこれは、手に取ってみると、一人暮らしして何年も経つこの部屋にあるはずがない、阪神タイガースのキーホルダーだった。
小学生の3・4年生頃、無理矢理父親に連れて行かれた野球。その一度きりだったと思う。いつだったか暑さのピークは過ぎて夏休みも終わった後だったと思う。大の阪神タイガースファンの父親は子供と一緒に野球する事、そして観戦しに行くことを楽しみにしていたらしが、生まれてきた子供は女の私一人で、その夢を叶えるために観戦に行ってくれと母親にお願いされた気がする。野球に興味のない私は球場で買ってもらったコーラとフランクなどを与えられ私の機嫌を父親が取りながら、途中トイレに行きたくなった私に、人が多くて迷うからと一緒に着いてきて、その帰りにソフトクリームと小さな紙袋を渡された。
その袋には、阪神タイガースマスコットの描かれているのキーホルダー。
そのキーホルダーが、なぜか目の前にある。
一人暮らしに持ってきた記憶は無い。
どうして、ここに?
恐る恐る鏡を見る。眼鏡を外す。
(虎)が消えていた。
これだったのか、私の(虎)でもこれは何の意味?
これまで頭の上に吹き出しのあった人々は、意味があったんじゃないのか?
このキーホルダーは父親と野球を見に行ったこと以外思いでは無い。
父親は、私が上京してすぐに倒れて帰らぬ人になった、心筋梗塞だった。
あれから、6年もうすぐ七回忌かぁ
ん?
今日は・・・?
父親の命日では?
スマホのカレンダーをみる。
そうか、そうだったのか。
決して、仲がよかった訳ではなかったが、悪かったわけではないと思っている。
その時、母親からの通知で父親の七回忌の日程が送られてきた。
父親が、来てくれよと今日1日をかけて教えようとしてくれていたんだな。
今夜は、父親の事を思いだして寝ることにしよう。
いつもの時間。
仕事には7時30分には家を出る。
顔を洗うために。、洗面台へ向かう。眼鏡を外し顔を洗う。
鏡に映る私の頭の上に・・・(イケメンの男性)が!
えーーーー
なにこれ、縁もゆかりもないんですけどーーーー!
完