【リリカル】海鳴鎮守府 騒動録【艦これ】   作:ウェルディ

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第9話 ジュエル・シード

諸君は必ず失敗する。

成功があるかもしれませぬけど、成功より失敗が多い。

失敗に落胆しなさるな。失敗に打ち勝たねばならぬ。

 

(大隈重信)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

01.

 

そこは、厳粛な空気と穏やかな空気を同時に纏っているような空間だった。

昼の明るい日差しを室内に呼び込む執務机の後ろの大きな窓。

片側の壁には聖典や各種資料の並んだ本棚、その中に置かれた色とりどりの酒瓶が部屋の主の性格を表している。

反対の壁には教会の紋章が刺繍された旗や飾り盾や剣が飾られている。

テラスに繋がるガラス張りの壁の傍には来賓をもてなす為の白い椅子の並べられた丸いテーブル。

所々に繊細な彫刻がなされたテーブルは待つ間も来賓の目を楽しませる工夫がなされている。

外から差し込む日の光を遮断している高い天井に据え付けられたシャンデリアは魔力の光を灯して部屋の中を明るく照らしていた。

 

テラスに差し込む日差しは優しく。

春を抜けて夏へと続く生命の雄雄しさを雄弁と語っているようだ。

 

そんな、執務室に白い軍服を身にまとった青年が尋ねてきている。

海鳴の地の提督総代であり、配下の提督と艦隊に対して指揮権を保持している大提督。

通称として海鳴提督と呼ばれる男がそこにいた。

 

「まぁ、座りな。

 話は聞いてるよ、災難だね」

 

「他人事では無いでしょう、シスター・ヨランダ。

 落下地点予測は、アジア広域。

 元々、地球は七割が海である事を考えると多くは海に落ちたと予測できます」

 

顔に不敵な笑みを貼り付けた老練なシスター。

それと対峙するのは、彼女と比べれば年若いと言える青年提督。

 

「あんたも、海鳴という一地域を任される男だ。

 覚悟くらい、とっくの昔に済ませてるんだろ。

 なら、ガタガタおいいでないよ。

 ウチの連中も急造にしちゃぁ良い感じに仕上がっている」

 

シスター・ヨランダは、彼に視線で座るようにうながし、着席させる。

 

「こちらも人手を出して情報を収集した。

 これが資料だよ」

 

「助かります。

 大本営から配布された各地の哨戒機が捉えたロストロギアの落下痕跡です」

 

海鳴提督とシスター・ヨランダは、互いに資料を出し合い交換する。

 

「名称、ジュエルシード。

 現地の伝承によると『願いを叶える宝石』と呼ばれ。

 戦争や紛争の一因となった事もある。

 発見総数は21個。

 184年前におこった次元振で当時の文明は致命的な打撃を受けて管理局により解体された。

 当時の世界は複数政府による世界大戦が勃発しており……。

 ジュエルシードを巡って各政府の特殊部隊が激しい戦闘を繰り返していた。

 

 文明崩壊の一因となった大規模次元振の原因は複数のジュエルシードが暴走した為と予測される。

 5年前に崩壊時にできた次元断層の収束を確認。

 1年前に魔素濃度が安全値まで低下、スクライア一族が発掘権を競り落とし発掘を開始。

 

 発掘したジュエルシード21個を輸送中に次元暗礁に輸送船が乗り上げて座礁。

 救命艇で乗組員は脱出するも船は沈んで積荷は離散。

 次元観測隊所属の広域観測艦が、第97管理外世界に落ちる魔力波動を検知」

 

「どうも、元となった世界では移動要塞や船、魔導杖の動力として使われていたらしいね。

 願いを叶えるというのは魔導補助術式で祈念型を組み込んでいたからのようだよ」

 

渡された資料に海鳴提督は唸る。

 

「一個だけでも地震を起こせるレベルのパワーがあり。

 数個まとめて暴走させれば世界を滅ぼせるレベルの地震がおこせるとか何考えて作ったんでしょうね」

 

「他所が使っていれば危ないと理解していても……。

 あんたらの所にだって核兵器ってのがあるだろう?

 それと一緒さ、恐れが人を力に向かって走らせる」

 

「たとえ、それが滅びの道と判っていても…」 

 

惑星から逃げ出した避難民達の間に残された伝説。

崩壊のさなかで一人でも多くと戦い続けた人々の口伝。

 

その中にはジュエルシードを振るって猛威に抗う人の姿もある。

暴走する魔導兵器に脱出船から一人背を向けて駆け抜けた青年とその仲間達。

 

惑星変動のさなかにおこった魔力流を打ち払って船を逃がす為に死地に残った砲撃魔導師。

 

多くの部下を失いながらも残された民を率いた小さな王。

 

「『世界は変わらず。

  慌しくも危険に満ちている』

 旧暦の時代から、これだけはずっと変わらない人の業さ」

 

「思った以上に資料が充実してますね」

 

「滅びた故郷の記録を残しておきたいってのが避難民の人情。

 うちの信徒も少なからずいるしね。

 滅びた世界の無常さを語って戦争を終結させ戦争のおきにくい世界を作る。

 それがウチの教義さね」

 

滅びに抗う人々。

その姿は儚くも力強く美しい。

醜いものも多いが、それが力強い信念をさらに輝かせる。

その辺りをドラマ化したり映画化した映像作品は実に多い。

 

「大衆向けに演出が多く入っているが、願いの宝石と21の英雄という書籍がある。

 帰りに持っていくといい」

 

「ミッド語ですか?」

 

当然の事ながら、異世界との交流には文字や言葉の疎通が何よりも重要である。

幸いな事にミッド語は英語に近く、広域に分布している分、翻訳機には事かかない。

ベルカ語は、単語にいくつもの種類があるので読み解くのが難しい。

翻訳の候補先が多くずいぶんと妙な文章になるのだ。

 

それは、日本語自体にも同様な事が言えるので、倍率ドンで摩訶不思議な翻訳が出てくるのも珍しくは無い。

 

「確か、誤訳だらけの文章をブロント語とか言うんだったかい?

 安心しな。

 ミッド語の翻訳版だよ」

 

「まぁ、日本語の難解さが災いしてるのかどうなのか。

 ミッド語ですら謎の文章が訳される時がありますけどね。

 普通に日本語が扱える駐在シスターさん達は素直に凄いなぁと感じますよ」

 

その様子にシスター・ヨランダは、クスリと笑い据付のティーポットから紅茶を入れると口に含む。

 

「せいぜい勉強するんだね。

 語学ってのは、その世界の文化そのものだ。

 学んでおいて損になるようなものじゃぁない」

 

「鋭意、努力します」

 

海鳴提督も、出された紅茶を飲んで息を吐く。

 

「にしても、そちらの索敵結果を見るにずいぶんと広範囲に落ちたみたいだね」

 

「おそらく、半分以上は深海棲艦どもに確保されているでしょうね。

 各地の鎮守府から遭遇頻度と襲撃頻度の上昇が報告されています」

 

各地の鎮守府が彩雲を使用して偵察を繰り返した結果。

深海棲艦達の活動が活発化しているのが各地の報告で提示されている。

これは、年に数度ある深海棲艦の活動期が近づいている時の兆候によく似ており。

大本営より、各地の鎮守府に大進攻が近くあるだろうと警告が飛ばされている。

 

「各地の鎮守府は、資材の貯め込みに走っているようですよ。

 ウチの偵察機の報告だと海鳴市近辺にもいくつか落ちている事が確実視されています」

 

「ああ、ウチの教会にも管理局から協力要請の通達がきたよ。

 ユーノとかいう若い協力者が先行調査員としてくるらしい」

 

そう言って、シスター・ヨランダは何枚かの写真を渡してくる。

 

「……若いなんてもんじゃないですね。

 ウチのなのは提督と同じくらいじゃないですか?」

 

「まぁ、否定しないよ。

 管理世界でも見てもヒヨッ子もヒヨッ子だろうさ。

 だが、知識と魔力量は一人前ときている」

 

そう言いながら、シスター・ヨランダは茶を追加する。

 

「誰か止めなかったんですか?」

 

「若くて、力があって、正義感に燃える子供。

 力で劣る、良識のある大人の意見にホイホイと従うもんかい。

 少し痛い目に見ないと、その辺は落ち着かないもんさ。

 あんたみたいにね」

 

そう言って、シスター・ヨランダは海鳴提督の右足を見る。

 

「もう少しで、南方棲戦鬼を仕留められる。

 無くなっていく資材に時を置けば、置くだけ回復していく敵戦力。

 焦っていたんですよ。

 自分がやらなければ間に合わなくなる。なんて自惚れて…」

 

「結果として、右足をダメにされて、付き従ってくれた女に一生モノの傷を負わせる。

 碌なモンじゃないね」

 

「感謝してます。

 古鷹の義腕と右目は、貴方達がいなければ命すら失っていた」

 

装甲空母鬼の固める前線を突破し、敵潜水艦最終防衛線を越えた時。

配下の艦娘は皆、何らかの負傷をしており。

その中には大破した者すらいた。

突撃は無謀であると理解はしていた。

だが、上手くいけば……

 

そんな誘惑を振り切れず敵大型超弩級戦艦との決戦に踏み切ってしまった。

 

結果は惨敗。

何人かの艦娘を失い。

自身と古鷹も瀕死の重傷を負った。

横須賀の病室で天井を見上げながら聞いた南方棲戦姫の撃破報告には、自分の情けなさに涙した。

 

「あの子は元気かい?」

 

「ええ、皆の面倒をよく見てくれる艦隊の柱です」

 

「そうかい、大切におしよ」

 

二人で体を支えあい、なんとか浮かんでいた所を救ってくれた人たちがいた。

聖王教会から派遣されていた観戦武官であったシスター・ヨランダとその部下達だった。

この大規模攻勢で、痛い目を見た提督は多い。

 

『帰ろう、帰れば、また来れるから』

 

これは、第二次世界大戦時の木村少将言葉である。

濃霧が前提となる突入、救出作戦にて、

戦術の前提である濃霧が晴れてしまい目標を目の前に撤退を判断した将。

焦りに逸る部下や上層部を抑えて粘り強く時を待ち。

見事に救出作戦を成功させた将軍である。

 

艤装さえ残っていれば艦娘は再生させる事ができる。

しかし、激しい戦闘で艤装を回収する余裕が無く海に沈んでしまえば、

その艦娘は永久に失われる。

艦娘を守るためには、作戦を強行してはならない。

という戦術セオリーをも言い表した懐の深いこの言葉。

加えてキスカ島の奇跡の作戦は、艦娘達を失いたくない。

「提督」達の愛の戒めと共に、また広範に知られる事となったのだった。

 

「忠告しておくよ坊や。

 私たちを信頼してはいけない。

 物理的な距離が近ければ近いほど、利害というものは密接な関係を持つもんだ。

 組織なんてもんはね、国もマフィアも変わりゃしないのさ。

 己の護るものの為であればね。

 どんな汚れ仕事だってするし汚い策略だって張り巡らせる。

 平和ってのは血と涙と努力でもってもたらされた

 富と力の均衡によって生み出されるんだ。

 そして、その均衡を崩しかねないイレギュラーは平和の名の下に排除されるのさ」

 

「判っています。

 艦娘だけでも、かなりのイレギュラー。

 『秘匿級』の古代遺物(ロストロギア)ともなれば……」

 

「世界のバランスを崩すどころじゃぁない」

 

器以上のものを器は収める事ができない。

艦娘という存在は、

地球と呼ばれる一世界に納まりきらず管理世界まで溢れ出そうとしている。

 

「破滅的な力を持つ古代遺物(ロストロギア)は軍の手に落ちれば、

 すぐさま争いの道具となるのが相場さ」

 

「その気持ちは判らなくもないです」

 

「だがね、坊や。

 そうやって滅びた世界は、いくつもある。

 それでも、自分達を護る為に人は力を求めちまう」

 

顔のシワをより深くして、シスター・ヨランダは紅茶を飲み干す。

 

「今ある力で、できる限りの事を……。

 人はね。

 それが誠意一杯だし、それ以上を求めても碌な事になりはしないのさ。

 焦って力を求めても、ソレに飲み込まれて終わりだよ」

 

「ご忠告、感謝します。

 早期に先見調査員と合流して古代遺物(ロストロギア)の管理は彼に任せます」

 

深く、礼をし退出を申し出る海鳴提督に老練なシスターはニヤリとした笑いを見せる。

 

そうして、退出しようとした時に凶報がもたらせる。

 

『提督!!

 緊急事態です!!』

 

デバイスから空中に画面が投影され鎮守府の作戦司令部が映し出される。

珍しく焦った顔を見せる眼鏡のクールビューティである『大淀』が早口でまくしたてる。

 

「どうした大淀」

 

『はい、昨夜からトラック泊地からの定期連絡が途絶えており。

 夜間定期連絡が途絶えた直後、

 大本営より各大規模鎮守府に向けて偵察艦隊の派遣が要請されました。

 先遣艦隊によると海路を敵潜水艦隊に封鎖されており、

 大規模な敵機動部隊が移動しつつあるそうです』

 

トラック諸島は西太平洋にあり、

周囲200km、248もの島々からなる世界最大級の堡礁である。

歴史は古く、人類はカヌーなどを使い島を渡って大陸間を移動。

広がっていったのでないかという学説もある。

 

フィリピンと真珠湾を結ぶライン上にあり。

アメリカ軍との連携もとりやすい位置にある。

 

太平洋の荒波から保護された大環礁は優れた泊地能力を有しており、

中継地点として申し分ない。

また、大型船が着岸できる岸辺が無く。

その事が逆に艦娘を大型船を気にせず運用できるメリットとなった。

 

現在は、アメリカの保護下にあり。

日本から派遣される艦娘の窓口、

及び諸外国からの輸送艦護衛の中継点としてにぎわっていた。

 

「大本営の対応は?」

 

『現在、アメリカの駆逐艦娘と共同で敵潜水艦の排除計画を進めているそうです。

 機動部隊に対しては呉、横須賀から特別編成の艦隊が足止め作戦を……。

 アメリカで就役しつつあるアイオワ級艦娘と合流、

 足並みを揃えて反撃を開始するようです』

 

その報告を聞いて、思案顔になる海鳴提督。

 

「アメリカではレキシントン級やヨークタウン級の空母艦娘が就役していたと聞いたが彼女らは?」

 

『アリューシャン列島を北方棲鬼が率いる艦隊が強襲。

 同時にミッドウェー諸島に出現した中間棲鬼が率いる艦隊が散発的な遊撃を行い米戦力を足止めしているようです』

 

「復活が早すぎる。

 去年の夏に二体のアドミラル級は撃破したはずだ」

 

そこで、黙って聞いていたシスター・ヨランダが口を挟む。

 

「ジュエル・シードだね」

 

『ほぼ、間違いないと思われます。

 北方棲鬼の撃ち抜かれた胸、

 中間棲鬼の撃ち抜かれた右目に蒼い宝石を見たという報告があるそうです』

 

「では、南方を攻め立てているのは……」

 

大淀は、提督の足を見た後に目に怒りを浮かべて断言する。

 

『南方棲戦鬼とリコリス飛行場姫を中心とした大艦隊がサーモン諸島、

 ルンバ沖、鉄底海峡より湧き出てきました。

 大本営は、呉と横須賀に対して『AL作戦/MI作戦』を発令。

 佐世保、舞鶴鎮守府に南方海域奪還作戦『渾作戦』を発令しました。

 大湊警備府の提督はトラック諸島にてアメリカ軍と共同作戦。

 各地に設けられている泊地を死守せよとの事です』

 

「我々、地方鎮守府に対する命令は?」

 

『主力艦隊を近隣の大規模鎮守府と合流。

 自由裁量で参加する作戦を選んでも良いと通達がきました。

 ただし、一年未満の新任提督と艦娘は参加不可。

 護国の任にあたれとの事です』

 

 

後の世に語られる。

アメリカ艦娘艦隊、日本艦娘艦隊による連合軍。

ドイツ派遣艦娘艦隊による世界最大の決戦。

総数2億とも言われる艦娘と

5億を越えると言われた深海棲艦との大海戦の幕開けである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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