ディネルース・アンダリエルと三杯のお茶   作:芝三十郎

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ディネルース・アンダリエルと三杯のお茶:序

 

「次の視察先は……何だっけ……」

 

 広々とした三列目の座席で、闇エルフは独り言のように呟いた。すらりとした肢体に仕立ての良いライトグレーのパンツスーツをまとった姿は、当節流行の職業婦人風である。無論、彼女の身の上はそれどころではない。服装は、彼女の国でも第二次星欧大戦後にようやく盛んになってきた、雌雄同権運動に対する彼女の内意を示すためのものだ。

 

 車窓の外では、高層ビルの立ち並ぶ首都の風景が後方へと流れている。彼女が乗る御料車の前後を、同じく黒塗りの警護車両が挟み込み、数百メートル前方には警護バイクが先行して警戒している。安全なことこの上ない首都ヴィルトシュヴァインの高速道路であっても、その程度の警護は常のことだ。

 

「次は——という企業です、陛下。昔はエリクシエル製造を専らにしておりましたが、最近は事業を多角化しております」

 

 二列目に座る秘書が毛むくじゃらの顔を見せて、彼の主に教えた。顔面同様、手帳を握る手も黒色の毛皮に覆われている。コボルトらしい怜悧な瞳に、今は微かな憂いの色がある。

 

「ああ、そうだったな。なぜだか食品店と聞いたような気がしてな」

 

 頷いた女王、ディネルース・アンダリエルは、濃い栗色の頭髪からは尖り耳を覗かせているが、その先端は心なしか力がない。

 

「陛下、そちらは企業名です」

 

「うん?」

 

「グロワール語で食品店という意味の商標で、二百年ほど前には自家製のパンやビスケットを主に売っており、ついでのように薬も扱う店屋だったそうです。デュートネ戦争の時期から軍にエリクシエル剤を卸すようになって隆盛し、ベレリアント戦争の頃にはそちらが本業になっていたというわけで」

 

「屋号だけは食品店のままなのだな。しかし、その来歴で、よくエリクシエル剤の製造ができたな」

 

 不思議に思ったディネルースが小首を傾げると、そのせいで肩に痛みを覚えて、少しく眉をしかめた。

 

「あれの製造には魔術が必須じゃないか。コボルトの会社なのか?」

 

 魔種族——と名には言うが、魔術を使いこなせる個体は多くない。膂力に優れるオーク族、鉱業や金属加工に秀でるドワーフ族は、魔術力を持たない者が昔から大半だった。巨狼族は一切の魔術力を使えない。魔術通信に秀でるのは大鷲族とコボルト族だが、手をもたない大鷲が工場で働けるはずもない。

 

 他の種族に比して最良の魔術適性を誇るのは、白と闇の両エルフ族だが、彼女らがオルクセンの一員となったのは百年ほど前のことだ。百八十年前のデュートネ戦争期からエリクシエル製造を行っていた老舗とあれば、さてはコボルト族の事業か——と、女王が推理したのは当然であろう。

 

 ところが、コボルトの秘書は目を丸くした。それがコボルト族の戸惑い顔だと、ディネルースは知っている。

 

「ああ、陛下。申し訳ありません。私たちは、てっきり……その、ご説明に欠けるところがあったようです。」

 

 ディネルースには勘付いた。古くからオルクセンに住まうオークやコボルト、ドワーフといった種族には常識であっても、闇エルフの彼女には知らない知識ということだった。

 

 彼女が種族を率い、当時はまだ王政であったオルクセンに亡命してきたのは、今から百年ほど前のことだ。亡命から三年後、国王グスタフと結婚して王妃となって以降、ディネルースはオルクセンの津々浦々をまわり、熱心に勉強もして、新たな祖国のことを学んできた。伴侶たる国王の没後、周囲から熱心に推されて女王に即位した後は、なお勤勉に学んできた。

 

 それでも意外な盲点が残っていたに違いない。

 

 秘書は恐縮至極という体で言った。

 

「『食品店』は、エリクシエル製造を最初にオルクセンにもたらした歴史的な企業ですが、コボルト系ではありません」

 

「ほう。では、どの魔種族が?」

 

「人間です」

 

 ディネルースは自分の尖り耳を疑った。

 

「デュートネ戦争より昔、星歴六百年代のことです。イザベリアやグロワール南部で酷い弾圧に遭い、亡命同然にオルクセンへ逃げ込み、以来ずっと隠れ住んできた人間族の小集団がいるのです。その女性たちが起こした企業が『食品店』です」

 

「待て待て。人間に魔術は使えないだろう?」

 

 それが常識というものである。

 

「ごく一部の者には使えます——その一族が、家業として営んでいるのが『食品店』なのです。むろん、今では他種族も多く働いておりますが。」

 

「エリクシエル剤を……作っていたのが、魔術を使える人間の会社だと。知らなかった」

 

「隠れ住んでいる一族ですから、他国には知られたくないそうなのです。人でありながら魔術の力を持ち、それゆえに恐れられ、迫害された者達です。魔術を使えるのは主にその女性たちで、いわゆる——」

 

 そこまで聞いて、やっとディネルースには思い当たった。

 

「魔女と呼ばれた人間の女性たち、その末裔なのです。我が国にエリクシエルをもたらし、多くの魔種族の命を救ったのは」

 

 

(次話「魔女の霊薬」へ続く)

 

 

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