夕闇が迫り、新都のビル群が暗くなる時刻。
高層ビルの屋上に立つアーチャーは赤の外套を風になびかせながら、下に広がる街並みの一角を鋭い眼光で見下ろしていた。
「——ほう。これは、少々妙なことが起きたな」
『アーチャー?どうかしたの?』
遠坂凛の少し疲れの混じった声が届く。
昨夜のバーサーカー戦での重傷から回復しつつある衛宮士郎という「素人マスター」の手倒れに付き合わされ、彼女自身も心身ともに消耗している最中だった。
「新都の住宅街だ。一瞬だけ小規模な『生気吸収の結界』が張られそして即座に、内部から破砕された」
『結界……!誰かが一般人を襲おうとしたってこと?相手は誰、アインツベルン!?』
「いや、魔力の質からしてアインツベルンでも
君が警戒しているキャスターでもない。
襲撃したサーヴァントの気配は逃げ去ったが
残されたのは見知らぬ少女二人組だ」
アーチャーの『千里眼』は、新都の路地裏で起きた異変を遠距離から鮮明に捉えていた。
魔術回路の励起すらない、一般人の女子高生。
そして、その傍らに立つおどおどとした不気味な小柄のサーヴァント。
だが、アーチャーの意識を最も強く惹いたのは、その少女の『目』だった。
(…あの眼球の変質……『魔眼』か。いや、魔術師としての修練によるものではないな。肉体の観察機構が極限状態で歪んで開花したか……)
迫り来るサーヴァントの最速の攻撃。その動きの「重心の偏り」と「空間の歪み」を完璧に見抜き、正確無比な指示を出してサーヴァントに攻撃を合わせさせた少女。
魔術の知識ゼロの人間が、ただその『観察眼』ひとつでサーヴァントの速度を攻略し、返り討ちにしたのだ。
「三騎士でも四騎士でもない、この世界の理からわずかにズレたサーヴァント。
そして素人でありながら異様な『目』を持つマスターの少女……。満身創痍の様子で、近くのビジネスホテルへ入っていったぞ」
『ちょっと待ちなさい...!衛宮くんだけでも頭が痛いのに、またわけの分からないイレギュラーが増えたって言うの...!?』
通信の向こうで、凛が頭を抱えてため息をつく気配が伝わってきた。
『アーチャー。相手のホテルに直接乗り込んで問い詰めるのは……リスクが高すぎるわね。相手のサーヴァントの正体もその少女の目的も不明なんだから』
「妥当な判断だ。不用意に牙を剥けばあの『目』と異質なサーヴァントを敵に回すことになる」
『ええ。まずは遠くから情報収集よ。アーチャー、あなたはそのホテルの監視を優先して。
相手が敵か味方か__あるいは単に巻き込まれただけの一般人なのか手堅く見極めるわ』
「了解だ、凛」
通信が切れ、静寂が戻る。
アーチャーは腕を組み夕暮れの街の中で異彩を放つビジネスホテルの窓を見つめた。
「一般人でありながらあの『目』……
聖杯戦争の歪みが産み落とした不気味なダークホースといったところか」
皮肉めいた呟きを残し、アーチャーの姿は静かに夜の闇へと溶けていった——。