凛の姿が街の雑踏に消えた後、ゴッホは緊張の糸が切れたように肩を震わせていた。
「マスター...あの子、間違いなく本物の魔術師で……上から強力な弓のサーヴァントが狙っていました!わたし、怖くて」
「……そうね。あいつの『目立っちゃった』って言い方で確信したわ。この聖杯戦争側の人間よ」
絵名はゴッホの前に回ると、彼女の震える手をそっと両手で包み込んだ。
「でも、大丈夫。
あいつらは手を出してこなかった。…私たちが退かないって見せたから」
「マスター...」
「怖かったでしょ。
よく耐えたわね、フォーリナー」
絵名は少しだけお姉さんらしい優しい目をして、ゴッホの頭を撫でた。
「さあ、今度こそホテルに帰ろ。
買ってきたスープ冷めちゃう前にね」
「……っ……はい!マスター!」
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部屋に戻り、買ってきた画材をテーブルに並べた絵名はベッドに腰掛けてポケットからスマートフォンを取り出した。
画面を点けると、ロック画面には大量の通知が溜まっている。
まず目に飛び込んできたのは母親からのメッセージだった。
『絵名。ちゃんとご飯は食べてる?寒くなる前に帰ってきなさいね』
「…はぁ。相変わらずお母さんは心配性なんだから」
絵名は自嘲気味に呟きながら、素早くフリック入力で返信を作成した。
『大丈夫。ちゃんとホテルでご飯も食べてるし、描きたいものの目星がついたらすぐ帰るから。心配しないで』
送信ボタンを押す。
家族に余計な心配をかけたくないし、何よりこの異常な事態に巻き込むわけにはいかない。
彰人あたりが感の良さで勘ぐってきそうだが、今はこれで誤魔化すしかなかった。
そして——問題は、その下に表示されているアプリのアイコンだった。
【25時、ナイトコードで。】
トーク通知:99+
画面を見るだけで、胸の奥がギュッと締め付けられるように痛む。
恐る恐るアプリを開くと画面にはメンバーからのメッセージがズラリと並んでいた。
『えななん。急に作業来なくなっちゃったけど
大丈夫?』
『何かあったのなら言って。話聞く』
『えななん、返事頂戴!どこにいるの!?』
メッセージの日時を見る限り絵名が姿を消してからというもの、みんながどれほど心配して連絡を送り続けてくれていたかが痛いほど伝わってくる。
(みんな...ごめんね)
画面を叩く指が震える。
今すぐ「大丈夫だよ」って一言返せばみんな安心してくれるはずだ。
でも——今の自分には、その一言すら打つことができない。
『えななんの絵は、私を救ってくれない』
まふゆに突きつけられた言葉。
そして、自分自身の「才能のなさ」への絶望。
その答えを見つけないまま、逃げるようにこの冬木市で化け物相手に戦っているのだ。
(こんな情けない顔で、こんな中途半端な気持ちで……みんなのところに戻れるわけないじゃない)
自分が納得できる絵を描いて。
この不気味で残酷な聖杯戦争を生きて生き抜いて。
「私だって、ここまでやれるんだ」って胸を張って言えるようになるまでは——。
絵名は唇を噛み締め、静かにスマートフォンの画面を伏せた。
「マスター...?」
温めたポタージュの缶を大事そうに抱えていたゴッホが、不安そうに絵名の顔を覗き込んできた。
「ううん、なんでもないわ」
絵名は顔を上げると、意識していつもの強いお姉さんの顔を作ってみせた。
「よし、フォーリナー。お腹も満たしたことだし……次は、あいつがまた街で暴れ出した時にどう叩きのめすか、作戦を練るわよ」
「は、はいっ!マスター……!」
自分の大切な居場所を守るためにも、絶対に負けられない。