私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く   作:とばりん

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18 place of belonging

ガラガラッ

 

 

古い引き戸を開けると、使い込まれた柱と畳の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。

 

 

 

「す、すみません!飛び込みなんですけど。

あの……」

 

 

濡れた雨具と重いキャンバスバッグを抱えた絵名は、玄関の土間で声を震わせた。

横ではフォーリナーがまるで不審者を見る目を警戒するようにフードを固く握り締め、おどおどと縮こまっている。

 

 

 

 

 

 

「はいはい、どなたかねぇ……」

 

奥の帳場から、奥ゆかしい小柄なおばあちゃんがゆっくりと姿を現した。

白髪を綺麗にお団子に結いエンジ色の割烹着を着たその姿は、絵名がどこかで見たことのある田舎の優しいおばあちゃんそのものだった。

 

 

 

 

 

 

おばあちゃんはずぶ濡れで肩を震わせている

少女二人を見ると驚く風でもなく、優しく目元を緩めた。

 

 

「あらあら、まあまあ。こんな夜遅くにひどい雨に降られちゃって…大丈夫かい?風邪ひいちゃうよ」

 

「あ…あの、宿代はちゃんと払います!手持ちの現金で!だから、今夜だけでも泊めてもらえませんか?」

 

 

 

絵名は慌てて財布を取り出そうとした。

拒絶されるのが怖くて追い出されるのが怖くて、指先がガタガタと震えてうまく開かない。

そんな絵名の手にそっと温かい手が重ねられた。

 

「お金の心配なんて後でいいから。

寒かったでしょう。辛かったねぇ」

 

「……っ!?」

 

 

シワの刻まれた、小さくて温かい手。

まるでお母さんが「寒かったでしょ」と差し出してくれた手ようにじんわりと温もりが伝わってきて、絵名の胸の奥がキュッと締め付けられた。

 

 

本当は、

不安でたまらなかったのだ。

 

 

家族と離れ、見知らぬ場所で化け物に命を狙われ、居場所を追われて____

 

「お母さん……」と泣きつきたかった気持ちを

意地とプライドだけで押し殺していた。

 

 

 

「…あ……う……」

 

 

「よしよし。理由なんて聞かないよ。

旅の絵描きさんかい?その大きな鞄、重かったでしょうに」

 

 

おばあちゃんは絵名の背中のキャンバスバッグを優しく撫でると、帳場の芳名帳を開いた。

 

 

「お名前だけ、書いてもらえるかい?」

 

 

「はい。…東雲……絵名です」

 

「……東雲?」

 

 

その名前を口にした瞬間、おばあちゃんの手がピタリと止まった。

おばあちゃんは顔を上げ絵名の顔——特にその瞳の奥をじっと見つめた。

 

 

 

 

怒りや疑念ではない。

どこか遠い昔を懐かしむような、

深みのある優しい眼差しだった。

 

 

「…そうかい。東雲の。...へえ、こんなに大きな子になって」

 

「え……?あの、おばあさん?」

 

 

 

「ううん、なんでもないよ。…ただね、アンタのその綺麗で真っ直ぐな目……昔、ここを訪ねてきた頑固な絵描きの男の人にそっくりだなぁと思ってね」

 

 

(えっ、あいつ…!?)

 

絵名は息を呑んだ。

父親・東雲慎一。

芸術の世界に逃げ、娘である自分に厳しく当たり続けたあの父親の影がなぜかこの古い旅館と繋がっている——。

 

 

 

 

だが、おばあちゃんはそれ以上追求することはせずふっと穏やかに微笑んだ。

 

 

「絵名ちゃん。アンタたち、なんだか大きな追っかけっこに巻き込まれてるみたいだねぇ」

 

 

「ッ……!?」

 

絵名とフォーリナーの身体が跳ねるように強張った。

 

 

「安心し。あたしは余計なことには首を突っこまないよ。……ただね、母屋に泊まるより庭の奥にある離れの蔵を使いなさい」

 

 

 

 

 

おばあちゃんは帳場から大きな鉄の鍵を取り出すと、絵名の手に握らせた。

 

 

「あの蔵はね、昔の頑固な人が作っていったものでねぇ。土壁がうんと分厚くてどんな悪い『もののけ』や『お化け』も入ってこられないようになってるんだ。水場もお風呂もあるから好きなだけ絵を描いて、羽を伸ばすといい」

 

 

 

「…お化け……?」

 

 

おばあちゃんは「ふふっ」と優しく笑うと、バスタオルを二枚、絵名たちの肩に優しくかけてくれた。

 

 

「さあ、冷めないうちに蔵のお風呂に入っておいで。ご飯も後で持って行ってあげるからね」

 

 

おばあちゃんに背中を優しく押され、庭へと続く渡り廊下へ向かう絵名。

その途中フォーリナーが絵名の袖をぎゅっと引っ張り、驚いたような顔で囁いた。

 

 

「絵名さん!あの蔵すごいです……ッ!」

 

「え……?」

 

「恐ろしいほど強固な『結界』が施されています!外部からの魔力感知を完全に遮断して……これなら、あのキャスターどころかどのサーヴァントもわたしたちを見つけられません…っ!」

 

 

 

「結界?なんでそんなものが……」

 

 

 

絵名は手に握られた冷たい鉄の鍵を見つめた。

お父さんが隠していた「東雲の血」の過去。

そして吸い寄せられるように辿り着いたこの場所。

 

 

 

 

 

 

(あいつはここで何をしてたの……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疑問は尽きなかった......

 

でも今は、おばあちゃんが迎えてくれた絶対に安全な隠れ家とお母さんのような温もりに包まれて絵名の緊張していた糸が少しずつ解けていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

軋む木製の扉を開けると蔵の中は外の雨音すら届かない、シーンとした優しい静寂に包まれていた。

 

 

 

 

歴史を感じさせる重厚な木枠の向こうには、脱衣所と小さくも清潔な檜のお風呂。

 

おばあちゃんが薪で沸かしてくれたのか、湯気とともに木の芳醇な香りが空間を満たしている。

 

 

 

 

「あったかい…っ」

 

 

脱衣所で濡れた服を脱ぎ湯船に足を浸けた瞬間、絵名の口からぽろりと吐息が漏れた。

じんわりと指先から広がっていく温もりに、固まっていた身体の緊張が解けていく。

 

 

 

 

命を狙われる恐怖、

重い画材を背負って歩いた疲労、

そして実家が恋しくて堪らなかった寂しさ。

 

それら全部が湯船の湯気に溶けていくようだった。

 

 

 

 

「マスター!お湯が…お湯がとっても温かいですっ」

 

 

隣で縮こまるようにお湯に浸かるゴッホ。

濡れてぺったりと頬に張り付いた髪を撫でつけながら、目を丸くして感銘を受けている。

 

 

「当たり前でしょ、お風呂なんだから。…ほら、こっち来なさい。髪洗ってあげる」

 

「えっ……!?ま、マスター自らわたしのような日陰者の髪をお洗いくださるなんて……恐れ多すぎて髪の毛が抜け落ちてしまいます……ッ!」

 

「大げさねぇ、じっとしてなさいってば!」

 

 

 

絵名は苦笑しながら、シャンプーを手にとってゴッホの柔らかい髪に泡を立ててやった。

ガタガタと震えていた華奢な肩。

ゴッホもまた絵名と同じように恐ろしくて

孤独でずっと怯えていたのだ。

 

 

 

 

「……ごめんね、

 

フォーリナー」

 

 

 

 

頭を優しく撫で洗う指先を動かしながら

絵名は小声で呟いた。

 

「わたしがもっとしっかりした魔術師……ううん、強い人間だったら、こんな雨の中連れ回したりしなかったのに」

 

 

「そんなッ!ちがいます、マスター!」

 

 

ゴッホはお湯をはね散らかす勢いで振り返った。泡まみれの顔でまっすぐに絵名を見つめる。

 

 

 

「わたし、生まれてから...ううん、サーヴァントとして呼ばれてから、今が一番しあわせです……ッマスターがわたしを拒絶しないで

こうして温かいお風呂に入れてくれて……」

 

 

 

 

「目、泡が入るでしょ!ほら、前向きなさい!」

 

 

 

絵名はシャワーの温かいお湯で丁寧に泡を流してやった。

濡れた髪をタオルで拭いてやりながら、絵名の胸の奥に確かな愛おしさが込み上げてくる。

 

 

 

 

この子は、

 

自分と同じだ。

 

誰にも理解されず、

才能や存在を否定され、

暗闇の中で「見てほしい」と泣いていた子

 

 

 

(私が……この子を守るんだ)

 

 

責任感が静かに、けれど強く心に定まった。

 

 

 

 

 

お風呂から上がると、蔵の小さな机の上には、おばあちゃんが運んでくれたおぼんが置かれていた。

 

湯気を立てる温かいお味噌汁、ツヤツヤの白いご飯、出汁の効いた玉子焼きにお漬物。

 

お母さんの作る料理のような温もりに満ちた

和定食だった。

 

 

 

 

 

「…おいしい……っ」

 

 

 

お味噌汁を一口飲んだ絵名の瞳から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

 

「マスター?」

 

 

 

 

「なんでもない……熱かっただけよ……っ!」

 

 

絵名は慌てて袖で目を擦り、誤魔化すように玉子焼きを口に運んだ。

泣いているのを見られたくなくて横を向いた

が鼻の奥がツンとして止まらなかった。

 

 

 

一人で戦っているつもりだった。

誰の助けも借りず立派な絵描きになって見返してやるんだと意地を張っていた。

 

 

 

でも、、、

本当は怖くて、

寂しくて、

誰かに「大丈夫だよ」と言ってほしかったんだ

 

 

おばあちゃんの優しさと、この温かいご飯が

絵名の心を優しく解かしてくれた。

ご飯を食べ終えお布団に横になると、土壁に守られた蔵の中はどこまでも静かだった。

 

 

 

 

 

 

「……マスター」

隣のお布団から、ゴッホの小さな声が聞こえる。

 

 

 

「なぁに?」

 

 

 

「わたし、もっと強くなります。

マスターが自分の描きたい絵を描けるようになるまで、ぜったいに死なせませんから」

 

 

「……生意気言わないの。

守られるのはあんたのほうでしょ」

 

 

 

 

絵名はフンと鼻を鳴らしたが、お布団の中でゴッホの手をそっと握り返した。

 

 

 

 

「...ありがと。

 

 

おやすみ、フォーリナー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい…おやすみなさい、絵名さん」

 

 

 

握りしめた手の温もりに守られながら

二人は深い安らかな眠りへと落ちていった。

 

 

冬木の長い夜の中、この古い蔵だけが、二人にとっての絶対の「聖域」となっていた。

 

 

 

 

 

 





補足というかプチ設定です


絵名の家系は元々遡ると魔術師の家系ではあった。
ただ魔術界から芸術に逃げた家系となってる。


東雲慎英が絵名に厳しく当たるのも、絵にのめり込んで「魔眼」が覚醒するのを防ぎたかったのかもしれない。
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