私は絵を描く夢を見、そして私の夢を描く   作:とばりん

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19 Conflict

蔵の中で体力を取り戻した翌日。

 

 

 

 

静かなはずの深山町の空気に、突如として胸がムカムカするような禍々しい魔力の脈動が混ざり始めた。

 

 

 

 

「…なに、これ……?」

 

 

絵名が蔵の重い扉を少しだけ開けると、庭の向こう——母屋の玄関先でおばあちゃんが胸を押さえてフラリと膝をつくのが見えた。

 

 

 

 

「おばあちゃんっ!?」

 

 

絵名は飛び出し、おばあちゃんの肩を支えた。

 

「ああ…絵名ちゃんかい。なんだか急に頭が重くてねぇ……」

 

 

 

苦しそうに息を吐くおばあちゃん。

蔵の分厚い土壁と東雲の結界は中の絵名たちを守っていたが、結界の外にある母屋や深山町の路上は上空から降り注ぐ「生気吸収の魔力」に直撃されていたのだ。

 

 

 

「マスター!柳洞寺の山の上から……

町全体の生気を強引に吸い上げる巨大な結界が展開され始めていますッ!」

 

 

 

 

追ってきたゴッホが蒼白な顔で空を指さす。

新都だけでなく自分たちを匿い、温かいご飯とお風呂をくれたこの静かな深山町まで。

 

おばあちゃんまで犠牲にして魔力を貪ろうとするキャスターのやり口に絵名の心の中で激しい怒りの炎が燃え上がった。

 

 

 

 

 

(見知らぬ街の人間なんて、

どうでもいいと思ってた……)

 

 

 

(でも…私とおばあちゃんの温かい居場所まで踏みにじるなんて絶対に許さない)

 

 

 

 

 

「おばあちゃん、蔵に入ってて!

すぐに戻るから!!」

 

「絵名ちゃん、どこへ?」

 

 

 

 

 

 

 

「フォーリナー、行くわよッ!根元を叩き潰す」

 

 

 

 

 

「はいッ!あなたの居場所は、わたしが絶対にお守りします……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の深山町を駆け抜け、柳洞寺へと続く気の遠くなるような石段を登り切った二人。

 

 

その山門の前、月明かりの下に一人の剣士が静かに佇んでいた。

紫の髪をなびかせ、長大な野太刀を肩に担いだ男——アサシンだった。

 

 

 

 

「...ほう。

夜参りにしては随分と物々しい客だな」

 

 

 

「ッ……!サーヴァント…!?」

 

 

 

 

絵名とゴッホは咄嗟に身構えた。

だが、アサシンは涼やかな瞳で二人を一瞥すると、ふっと呆れたように息を吐き刀を鞘に納めた。

 

 

 

 

「案ずるな、娘。

 

我は風流を愛でる剣士だ。我が主の行うあの町から生気を貪るような無道な吸血。

興が削がれてかなわん。剣を交えるに足る相手でもなし通りたくば通るがよい」

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「ただし——奥にいる我が主は手厳しいぞ。

死にたくなくばせいぜい抗ってみせることだ」

 

 

 

アサシンは壁に背を預け、興味深そうに腕を組んで静観の構えを取った。

 

 

 

 

門を潜ると本堂の境内の中央には、妖しい光を放つ杖を手にしたキャスターと——その傍らで微動だにせず、冷徹な眼差しで絵名たちを見下ろす男、葛木宗一郎の姿があった。

 

 

 

 

(なんなのあの男ッ!一言も喋ってないのに

殺気が凄まじい……)

 

葛木の放つ暗殺者としての威圧感に、絵名の背筋に冷や汗が吹き出す。

 

「あら、逃げ回るだけだと思った小娘が、自ら首を差し出しに来たのかしら?」

 

キャスターがフードの奥で冷酷に嘲笑う。

 

 

 

 

「うるさいわね!人の借りた部屋を壊した挙句、今度はあのおばあちゃんまで巻き込もうとするなんて……!アンタのその勝手なやり方が頭にきたのよッ!!」

 

 

 

 

「ふん、羽虫が吠えるわね。

宗一郎様の手を煩わせるまでもないわ。

その生意気な目と異形のサーヴァント今度こそ魔法の贄となりなさい!」

 

 

 

 

キャスターが杖——『万物伝達』

を掲げた瞬間、境内全体の大気が歪んだ。

「——“高速神代撤回”——」

 

 

 

神代の魔術言語による

ゼロラグの超高速魔術展開!

 

夜空に十数個の巨大な紫色の魔法陣が浮上し、高熱の魔力光弾が流星群となって絵名たちへ降り注ぐ!

 

 

 

ドババババババババッ!!

 

 

 

 

「マスター!下がってくださいッ!!」

 

 

 

ゴッホが前に躍り出、巨大な筆を薙ぎ払った。

黒く粘質な「邪神の触手」が空中へ跳ね上がり迫り来る魔力弾を次々と叩き落として爆炎を巻き起こす。

 

 

 

 

 

ズドォン!

 

       ズドォン!

 

 

 

 

衝撃波が境内の石畳を粉砕していく。

 

 

 

「くっ…目が……ッ!」

爆風の中で絵名はカッと両目を限界まで見開いた。

 

 

 

 

 

——ズキィィィンッ!!

 

 

 

脳髄を直接灼かれるような激痛。

視界から色が失われ世界が「輪郭線」と「重ねられた絵の具のレイヤー」へと分解される。

 

絵名の魔眼が、キャスターの魔術を「デッサン」するように解剖していく。

 

 

 

 

(見えた。キャスターの魔法陣、一見隙がないように見えて……左上の陣だけ魔力の供給が一瞬途切れてる)

 

 

 

 

「フォーリナー!

 

10時方向の弾幕が一番薄い

そこを突いて一気に距離を詰めてッ!」

 

 

「了解ッ!!」

 

 

 

ゴッホは指示に従い、死角へと一気に地を蹴った。

死に地と思われた弾幕の隙間を完璧な精度で擦り抜ける

 

 

 

 

 

 

「なっ…魔術の『繋ぎ目』を見抜いただと……!?」

 

 

 

 

 

 

驚愕するキャスター。

間髪入れずゴッホが境内の中央へ筆を突き立てた。

 

 

 

「描け、描け、描けぇぇ!黄解す領域ッ!!」

 

 

 

ドガアァァァンッ!!

 

 

 

境内の石畳が、

異次元の狂気と表現力がキャスターの足元を侵食し、彼女の防御結界を強引に削り削ぎ落としていく!

 

 

 

 

 

「くっ…この不気味な概念浸食…!竜の牙!小娘の首を撥ねなさい」

 

 

影から躍り出た三体の白骨の兵士が、鋭い骨の剣を掲げて絵名へ突撃する。

 

 

 

 

 

 

「マスターッ!

 

___来ないで…ここは……わたしとマスターの大切な場所なんです……ッ!!」

 

 

 

 

 

ゴッホの悲痛な叫びとともに、彼女の足元から眩いばかりの「黄色」が溢れ出した。

 

 

 

 

『ヘット・ヒェーレ・ハイス』——!!

 

 

 

 

夜の柳洞寺の参道に、突如として出現した異彩を放つ一軒の家とキャンバスを塗り潰すような圧倒的な黄色の空間。

 

 

 

それは生前、孤独だったゴッホが仲間との温かい居場所を夢見て借り受けた祈りと未練の象徴。

 

キャスターが展開していた神代の魔術結界が、その「絶対的な拒絶と庇護の空間」によって一気に押し返され、メリメリと音を立てて砕け散っていく。

 

 

 

 

 

「な…何っこの建造物は……っ空間そのものを己の描いた絵の領域で上書きしているというの!?」

 

 

 

 

広域生気吸収を力ずくで遮断され、驚愕に目を見張るキャスター。

その光景の渦中で、絵名は魔眼の激痛に耐えながら、目の前に立ち昇る「強烈な黄色の家」に息を呑んでいた。

 

 

 

(なに……この温かくて、悲しい家……)

 

 

 

 

視界を焦がす、強烈な情熱の黄色。

そしてその家の前で「ここだけは渡さない」と、血を吐くような思いで絵名を庇って立っているフォーリナーの背中。

 

 

 

『わたしはただ、自分の絵を描いて…大好きな人たちと一緒にいたかっただけなのに……ッ!!』

 

 

 

耳に突き刺さる、泥臭く切ないトラウマと望郷の叫び。

 

 

 

 

 

(……待って)

 

 

 

 

 

絵名の脳裏で美術史の記憶が一瞬で一本の線へと繋がった。

夢で見た、キャンバスに向かって背中を丸めていた男の影。

仲間との理想郷を夢見て描き上げた、あのあまりにも有名な『黄色い家』。

 

 

 

 

(嘘…でしょ?あの強烈な黄色…あの家……!そして、居場所を求めて足掻くこの切ない呪い……)

 

 

 

絵名は激痛の走る右目を押さえながら、信じられない思いでフォーリナーの名を胸の中で叫んだ。

 

 

 

 

 

(あんた……もしかして...)

 

 

 

 

 

 

 

目の前で震えている彼女が、歴史に名を残したあの巨匠ゴッホその人なのだと、黄色の光の中で確信した瞬間だった。

 

 

 

 

「マスターっ! 今です、キャスターの隙ができましたっ!!」

 

「っ……ええ、分かってるわッ!!」

 

 

真名を知った驚きを泥臭い執念で抑え込み、絵名は血走った魔眼でキャスターの隙を射抜いた。

 

 

 

 

 

 

「バカな…この私が...

ただの素人の小娘と、名もなきサーヴァントにッ!?」

 

 

 

絶叫するキャスター。

ゴッホの放った宝具の一撃——が完璧な軌跡を描いてキャスターの持つ杖の宝珠を正確に撃ち抜いた!

 

 

 

 

 

パリンーーンッ!!

 

 

 

 

 

甲高い破砕音とともに深山町を覆っていた禍々しい結界が霧散していく。

 

 

 

「…くっ…ここまでね

宗一郎様、仕切り直しをしましょう。」

 

 

 

葛木宗一郎が静かにキャスターを抱き寄せる。葛木は一瞬だけ絵名を冷たい目で見つめたが、キャスターの空間転移魔術とともに闇の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________静まり返った境内

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……っ

 

はぁ……っ

はぁ……っ……!」

 

 

 

 

絵名は両膝に手を突き肩を激しく上下させた。

両目からは血の混ざった涙がポロポロとこぼれ落ちていたが、その顔には晴れやかな勝利の笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

山門の陰で見守っていたアサシンが、感心したように小さく口笛を鳴らす。

 

 

「見事なものだ、お嬢さん方

我が主を退けるとはな」

 

 

 

 

 

「……っ…ずっと見てたわけ...?」

 

 

 

 

 

 

絵名は強がりながらも、へたり込むようにゴッホと肩を寄せ合った。

 

 

 

「マスター、勝ちました……!

おばあちゃんの場所、守れましたよっ!」

 

 

 

 

「...当たり前でしょ。

私たちが、勝ったんだから...」

 

 

 

 

 

夜空を見上げると、

砕けた魔力の欠片が、

 

 

 

まるで美しい星の粉のように二人の頭上に降り注いでいた——。

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