それは数時間前、、、
衛宮家での緊迫した情報共有から始まっていた。
「――キャスターの動きがおかしいわ」
居間で地図を囲みながら、遠坂凛は険しい表情で眉間にシワを寄せていた。
凛は、警戒すべき敵陣営の動向を追っていた。
「キャスターは冬木の霊脈の拠点である柳洞寺を我が物にしているけれど、
最近、どうも様子が変なのよ。山門の結界の張り方が以前と違うし、何より…あいつ自身が
聖杯を強奪するための『何か』を焦って準備している気配がする」
「それって、キャスターがまた何か厄介な罠を仕掛けてるってことか?」
士郎が腕を組み、真剣な眼差しで問う。
「ええ。このまま放置すればまた無関係な市民を巻き込んだ大規模な魔術被害が出るかもしれない。
今夜、キャスターの動向を探るために柳洞寺の裏山へ偵察に行くわよ。もちろん、あなたとセイバーも一緒よ衛宮くん」
「わかった。放っておくわけにはいかないしな」
士郎が頷き、その隣でセイバーもまた静かに青い瞳を引き締めた。
こうして、キャスター陣営の不穏な動きと聖杯戦争の火種を探るため士郎、凛、そしてセイバーの一行は夜の柳洞寺へと潜入したのだった。
しかし、彼らが山門の石段に差し掛かったまさにその時、深山町の方向から世界が揺らぐほどのすさまじい魔力の奔流と爆発音が轟いた。
「――っ!?いまのは…!」
凛が息を呑み、新都の方角を振り返る。
「キャスターの魔力が…乱れている...?」
動揺する士郎たちの前に、音もなくすっと立ち塞がった男がいた。
静かに微笑む門の番人——
アサシン、佐々木小次郎だった。
「おっと。これより先は、我が山門の領域だ。たとえどんな急用があろうとも、通すわけにはいかない」
「サーヴァントっ...どうしてここに…っ!?」
士郎が身構え、凛が歯噛みする。
しかし、小次郎の眼差しは彼らではなく遥か遠く、深山町の夜空を見据えていた。
その体からは、すでにサーヴァントとしての霊基が揺らぐような微かな光の粒子がこぼれ始めていた。
「……なるほど。あちらの舞台は、どうやら幕引きのようだな」
小次郎がふっと満足げに呟く。
「アサシン、何を言って…!?」
その異変にいち早く気づいたセイバーが、剣を構え直した。彼女の直感が告げていた。
目の前の剣士から敵意ではなく、別の何か——「役目を終えた者の静けさ」が漂っていることを。
「勝負はお預けのようだな。
私の主が、あちらの『名もなき小娘』に討ち取られたらしい。…契約が断たれた以上この亡霊がここに留まる理由も消えた」
「なっ…って事はキャスターが、誰かに討たれたの!?」
凛が驚愕に目を見開く。
小次郎は気に留める様子もなく、自らの消えゆく両手を穏やかな眼差しで見つめた。
そして、目の前に立つ最強の騎士・セイバーに向かって静かに剣を掲げた。
「せめてもの餞別だ。騎士よ、
私の最後の一刀、その目に焼き付けていくがいい」
「…望むところです、アサシン!」
最後の交戦。
それは殺し合いではなく
剣に生き、
剣に散る者同士の、
魂の対話だった。
打ち交わされる刃の音は、夜の境内にまるで
祝福の鈴のように響き渡る。
そして、渾身の力がぶつかり合った刹那、小次郎の愛刀がパキンと音を立てて美しい軌道を描きながら砕け散った。
「――見事だな、剣士よ」
小次郎の身体はすでに半分以上が光の粒子に変わり、夜風にさらされて優しくほどけていく。
痛みも苦しみもなく彼はただ晴れやかな笑みを浮かべていた。
「風を斬るだけの、名もなき亡霊に過ぎなかった私に、これほど鮮やかな手応えを残してくれて感謝する。
あの少女が描く未来もきっと、私のような古い人間には想像もつかないほど鮮やかな色彩に満ちているのだろう」
「アサシン…あなたは…」
セイバーが何か言葉をかけようとしたその瞬間、小次郎の姿はパチンと弾けるように夜の空へと溶け、完全に消え去った。
静まり返った山門。
後に残されたのは風の音と、呆然と立ち尽くす士郎たちの姿だけだった。
遠い空を見上げながら、セイバーは静かに剣を納め、胸の内で呟く。
「どれほどの奇跡をその手に掴んだのですか…」