冬木の森の奥深く____
雪に閉ざされたアインツベルン城。
衛宮士郎と遠坂凛、そしてセイバーとアーチャーの4人はイリヤの過酷な運命を変えるためにこの城へと足を踏み入れていた。
しかし、彼らがたどり着いたとき、城の庭園はすでに地獄のような静けさと凍てつく殺気に満ちていた。
「――っ、嘘だろ…!?」
士郎が息を呑み、血の気を引かせて後じさる。
目の前に横たわっていたのは、死闘を繰り広げた最強のサーヴァントバーサーカーの巨大な肉体だった。
あの圧倒的な生命力を誇る巨体が、全身を無数の黄金の宝具に貫かれ、すでにその霊基の光は消えかけている。
「バーサーカーを一瞬で、倒したっていうの…?」
凛が青ざめた顔で震える。
その背後で、アーチャーがすでに弓を構え宙に浮く無数の黄金の波紋を睨みつけていた。
「…厄介だな。アレほどの怪物を文字通り『物言わぬ死体』に変えたか。
これ以上近づくのは自殺行為だ」
彼の投影した双剣すら、あの圧倒的な王の宝具の嵐の前には無力化されつつあった。
その中央に立つ一人の男——傲然とした笑みを浮かべるギルガメッシュが、冷ややかな視線を投げかける。
「雑魚どもが群れをなして、何の真似だ?」
イリヤの悲鳴と、彼女の身体から聖杯の器としての魔力が引き剥がされるような残酷な気配が漏れ聞こえていた
イリヤが殺される___
「くそっ……!」
士郎は戦いで負った傷の痛みも忘れ、セイバーに庇われるのも振り切って前へ飛び出した。
たとえ勝てないと分かっていても、目の前で少女が壊されていくのを見過ごすわけにはいかない。セイバーが宝具を展開し、アーチャーが必死に援護の矢を放つ。
しかし、ギルガメッシュが軽く指を弾くだけで、無限に射出される宝具の雨が彼らの防壁を容赦なく叩き割り地面へと叩き伏せた。
誰もが手詰まりになり...
絶望に沈みかけたその瞬間——
「っ…はぁ、はぁっ……!
まったく場違いな、息を切らせた荒い足音が
雪の積もった森の小道から響き渡った。
「絵名さん、だから急ぎすぎですって…!
この城の周辺、尋常ではない魔力の波長が!」
「分かってるっ!
でも、じっとなんてしてられなかったから...」
凍りつくような殺気の満ちたアインツベルン城に紛れもない少女の声が響き渡った。
——東雲絵名と
その従者であるゴッホが
__________________
(なんで、
あの子のことが頭から離れないんだろ)
冬木の森の冷たい泥濘を蹴りながら、絵名はひたすら走っていた。
息が切れ、肺が焼けるように痛い。
頭の芯では、「こんな魔術師の殺し合いになんて関わるべきじゃない」という冷めた理性が警告を鳴らしている。
けれど、脳裏から消えなかったのは
あの夜の公園で見た銀髪の少女の瞳だった。
「道具」
「器」
そう言って自分の存在を諦めきっていたあの横顔は、母親の期待という見えない型の中で息を潜めている...今もなお壊れかけているまふゆ
の姿と重なって仕方がなかった。
(あの子が、冷たい場所で誰にも知られずにいる——そんなの、知っちゃったら!)
「絵名さん、もう少しです!
この森の奥から、ものすごい魔力の残骸と…
あのときの女の子と同じ冷たくて痛々しい波長を感じます!」
隣から響くゴッホの切迫した声に、絵名は歯をくいしばった。
足元が雪とぬかるんだ泥が滑ろうとも、ただ
「間に合わなければあの絵が嘘になってしまう」
という得体の知れない強烈な衝動に突き動かされて、彼女はアインツベルン城の敷地へと飛び込んだのだ。
__________________
(――うそ…バーサーカーが……?)
城の入り口で、イリヤは膝をつき目の前の光景に震えていた。
自分をずっと守ってくれた、誰よりも強くて優しいあの巨体が無数の黄金の宝具に貫かれ、静かにその光を消していく。
温かいものなんて何一つない
愛されることなど最初から許されていない世界で、ただ自分だけを護り続けてくれた最強の騎士が目の前で無残に奪われていく。
冷たい雪がイリヤの肌を刺す。
心臓を抉られるような恐怖と、どうしようもない絶望感が小さな身体を内側から引き裂こうとしていた。
(…怖い。私はただの器で、道具で…消えていくだけの、ただの___)
意識が闇に呑まれそうになったその時、イリヤの小さな指先が胸元を強く握りしめた。
そこにあったのは、冷たい雪と血に濡れながらも、ボロボロになりつつしっかりと守り抜かれた一枚の紙だった。
深山町の公園で出会った「変なお姉ちゃん」が、自分にくれたスケッチブックの切れ端。
そこに描かれていたのは温かな家族の光景と、誰かを救いたいという祈りのような色彩だった。
(…お姉ちゃん……)
誰も自分を見てくれなかった世界で初めて
「私のために、何かを描いてくれた人」。
あのときもらった温もりだけが今、凍りついたイリヤの胸のなかで消えかけの灯火のようにかすかに熱を放っていた。
死にたくない
消えたくない
少女としての本当の願いが、その小さな紙きずを伝って溢れ出しそうになる。
——その時だった。
「――っ、はぁっ、はぁっ…!」
凍てつく夜の静寂を切り裂いてまったく場違いな、足音が響いたのは
(え…?)
イリヤがかすかに揺れる視線を上げたその先で、息を切らせたあの日絵をくれた少女が、恐怖に震えながらも真っ直ぐにこちらに向かって走ってきていた
「――っ!あそこにいるのっ...あのときの……!」
絵名は、ボロボロに倒れたイリヤとその胸元で握りしめられている自分の描いた絵を見て
血の気を引かせながらもギルガメッシュとイリヤの間に飛び込んでいく