「っはぁ、息はあるか?」
荒い息を整えながら士郎が足を踏みしめて近づいてくる。
その背後には、凛とセイバーそして遠巻きに様子を伺うアーチャーの姿があった
士郎の目に映るのは、先ほどまで命懸けでギルガメッシュの前に立ちはだかりいまは気絶したイリヤをしっかりと抱きしめている、
あの見知らぬ少女——東雲絵名だった。
「…貴方は、無事?」
凛が少し複雑な表情で声をかける。
凛たちは以前、絵名とと言葉を交わしたことがある。
聖杯戦争に巻き込まれた彼女がなぜこの冬木の血みどろの聖杯戦争の中、あまつさえ最強の王を退けるきっかけを作ったのか。
驚き
警戒
そしてどこか底知れない安堵が入り交じっていた。
「私は、平気…だけど……」
絵名は震える腕でイリヤの身体を抱え直した。その温もりが消えてしまいそうなほどイリヤの呼吸は弱々しい。
士郎は、そんな絵名の腕の中の少女——イリヤを見て痛切に歪んだ表情を浮かべた
「…イリヤの怪我は?」
士郎の問いに、絵名は鋭く視線を返す。
「この子のこと、知ってたの?あんなボロボロになるまで放置して…!」
絵名の剥き出しの怒りに士郎は言葉を詰まらせる。
ただこのままバーサーカーを失い心臓を抉られかけたイリヤを、この凍てついたアインツベルン城そのまま放置しておけば間違いなく命はない。
「責めないであげてちょうだい」
凛が割って入り、苦い顔で頭を押さえた。
「私たちも彼女を救うためにここにきたわ。
だけど、この城はもう機能を失いかけている
ここに彼女を寝かせておいたら、それこそ次の魔力に飲み込まれて…」
「っじゃあ、どうすればいいのよ」
絵名の声が震える。
あの絵を抱きしめて「2回も助けてくれた」と泣いた少女を、ここで見捨てることなんて今の絵名には絶対にできなかった。
静かに息を潜めていた士郎が、意を決したように一歩前に出た。
彼は自分の傷だらけの手をぎゅっと握りしめ
まっすぐ絵名を見る。
「…うちに来てもらう。…俺に家なら少なくともこんな凍えるような場所じゃない。
身体を休ませて、これからのこと俺たちが何とかする」
「…あなたの...家?」
「ああ。俺の家だ。
一緒に来てくれるか?」
士郎のまっすぐな眼差しと、遠坂凛の「それが一番安全ね」という同意の視線。
絵名は腕の中のイリヤの冷たい頬にそっと触れ、それからゴッホの方をちらりと一瞥した
(このまま、この子を放っておけるわけがない)
「わかった...行くわ。
その代わり、何か変な真似したらこの子も私も絶対に許さないからね」
こうして、極限のアインツベルン城を後にした彼女、彼らは傷だらけの少女を救うため、
温かな灯火のある「衛宮家」へと向かうことに
__________________
衛宮邸の和室
布団に寝かせられたイリヤの呼吸が穏やかになり、ようやく一命を取り留めたのを確認してから絵名は静かに居間へと戻ってきた。
部屋には、先ほどまでアインツベルン城で死線をくぐり抜けていた衛宮士郎と遠坂凛、セイバーそして少し離れたところで腕を組むアーチャーの姿があった
テーブルの上には湯気の立つ温かいお茶
けれど漂う空気には先ほどまでの殺気とは違う、何とも言えない気まずさと緊張感が混じっていた。
静寂を破ったのは、湯呑みを手に取りゆっくりと緑茶を一口含んだ遠坂凛だった
彼女はふぅと小さく息をつきまっすぐに絵名を見据えて口を開く。
「さて。
お互い命拾いしたことだし、まずはちゃんとした自己紹介からね。
私は遠坂凛。今までも街で何回か顔を合わせたりはしているけどね」
「あ、うん……そうね」
凛の落ち着いた、けれどどこかフランクな口調に絵名は少しだけ肩の力を抜いた
隣に座る士郎も、
促されるように居住まいを正す
「俺は衛宮士郎。
さっきは本当に助かった。あの場に君がいなかったら、イリヤも俺たちもどうなっていたか分からない」
「…あたしだって、あのまま見過ごせなかったから動いただけ...お礼なんていいよわよ」
絵名は気恥ずかしそうに視線をそらしつつ、自分の腕をそっとさすった
前に覚醒した魔術回路の熱がまだ微かに残っているような気がする
そして、自分の横に座ってるゴッホを見ながら絵名は士郎たちをじっと見つめ返した
「あたしは東雲絵名。
見ての通り、規格外の『8人目のマスター』ってやつらしのよ
最初はただ巻き込まれただけのはずだったんだけどさ…気づいたら、こんな戦いに足突っ込んじゃって」
「キャスターの陣営を真っ向から打ち破って、あまつさえギルガメッシュの前までたどり着くなんて世界どこを探してもいないわよ」
凛はやれやれといった風に苦笑しながらも、その瞳にははっきりと「同じ戦う者」としての敬意が宿っていた。
士郎もまた、自分と同じように巻き込まれながらも、ギルガメッシュを退し命懸けで少女を救い出した絵名に対して、深い共感と信頼の色を浮かべる
お互いに「巻き込まれた一般人」から始まり
それぞれの理由で覚悟を決めた者同士
ちゃんとした名前と立場を交わしたことで、
ピリついていた空気が少しだけ柔らかくなった