「終わりだ、殺せライダー!!」
慎二の叫びとともに、紫の影が視界から消えた。
人間には追いきれない超音速の跳躍。風を切る音だけが、死の猶予の短さを告げている。
「マスター、下がってください……ッ!!」
フォーリナーが自らの身を盾にするように前に躍り出た。
しかし、魔力供給が細い状態の彼女ではライダーの圧倒的な俊敏性と『騎兵』としての突進力に真正面から勝つことはできない。
(ダメ……!このままじゃ、フォーリナーが切られる……!!)
視界が歪む。
結界による生気の吸い上げと、死への恐怖。
冷や汗が全身から噴き出す。
——嫌だ。
せっかく助けてもらったのに。
私のために、私を守るために傷つく人なんて
見たくない……!!
絵名は必死に目を開き、暗い路地裏の風景を睨みつけた。
____『見ろ』
描く時にそうするように。
キャンバスの上のわずかな歪み、光の明暗
人体の骨格と重力の一筋まで……
『見ろ、私!!』
——カチリ。
脳の奥底で何かが噛み合わさる音がした。
「ッ!?あぐ、あっ……!?」
激しい頭痛とともに、目の奥が焼けるように熱くなる。
視界が一変した。
世界から余計な情報が削ぎ落とされ、すべての風景が「絵の具のレイヤー」と「輪郭線」に分解されて見え始めたのだ。
空間に走る、紫色のアラベスク模様。
そして——風を切り裂いて迫る、紫の影。
普通なら「残像」にしか見えないライダーの動き。
だが、覚醒した絵名の目にはライダーの
「重心の移動」
「足の踏み込みによる空間の描画線の歪み」
「次にどこへ刃を走らせるかのベクトルの矢印」
が、まるでキャンバスの下描きのように鮮明に浮かび上がっていた!
(視える…どこに跳んで、どこを狙ってくるか……全部!!)
「フォーリナー!避けないで、右下、地面の『黒い線の交点』に塗りを叩き込んで!!」
「え……っ!?」
フォーリナーは一瞬驚愕しながらも、直感を信じて絵名の指示通りに動いた。
パレット代わりの左手をかざしドロリとした漆黒の油彩を、絵名が指し示した地面の一点へと叩きつける!
——ドガァンッ!!!
「な……っ!?」
路地裏に鈍い衝撃音が轟いた。
空中で描かれるはずだったライダーの最速の死角攻撃。その着地点に寸分の狂いもなくゴッホの「粘着質な影の塗膜」が置かれていたのだ。
着地の足を掬われ、バランスを崩すライダー。
「な、なんだ!?ライダーの動きが読まれた!?」
塀の上の慎二が目を剥く。
「マスター、今です……!!」
「そこ、上の電柱の影、線の薄いところに一撃!!」
「はいっ……!!」
絵名の「破綻視の観察」が、ライダーの立て直し姿勢すらも解剖する。
フォーリナーの筆先から放たれた黒い杭が、空中姿勢を崩したライダーの肩口をかすめ後ろのブロック塀を豪快に粉砕した。
「くっ……!?」
ライダーは間一髪で跳躍し、慎二の前に着地した。
その額の目隠しの奥で、彼女が明確に息を呑んだのが分かった。
「……マスター。撤退を」
「はぁ!?何言ってるんだライダー!
相手は魔術師ですらないんだぞ!?」
「いいえ。あの娘の『目』…あれは、私の『速度』と『魔力の導線』を完全に捉えています。
こちらの行動の破綻を事前に『視て』指示を出している……予測ではなく知覚されています。あのサーヴァントの異質さと相まって、これ以上の深追いは危険です」
「く、くそっ……!覚えてろよ、気味の悪い女ども!!」
慎二は捨て台詞を吐くと、ライダーに抱えられて夜の闇へと逃げ去っていった。
紫色の結界がガラガラと崩れ去り街に元の静かな昼下がりが戻ってくる。
「…はぁ……はぁ……っ」
二人の気配が完全に消えた瞬間、絵名は膝から崩れ落ちた。
目の奥が激しく疼く。
両目から涙がボロボロとこぼれ落ちて止まらなかった。
初めて『魔眼』を開花させた反動と、眼球にかかった過絶な負荷。
「マスターっ!!」
フォーリナーが駆け寄り、両手で絵名の肩を支える。
「大丈夫ですか……!?ああ、ごめんなさい、ごめんなさい!わたしのせいで、あなたの大切な瞳にこんな負担を……っ!」
「……うるさい……静かにしなさいよ……」
絵名は涙を袖で拭いながら、荒い息の下で言った。
「目…めちゃくちゃ痛いけど……でも追い払ったでしょ、私たち」
「……あ……」
フォーリナーは目を丸くした。
「私、魔術なんて知らないし、あんな化け物みたいな奴らに勝てるわけないって思ってた。
でも……見えたのよ。絵を描く時と同じ……
線の狂いが」
痛む目を指で押さえながら、絵名は少しだけ
誇らしげに唇を噛みしめた。
「あんたの力と…私の『目』があれば……逃げるだけじゃなくて、ちゃんと戦えるわ」
「マスター……」
フォーリナーは胸の前で細い指を組み、心底からの敬意と愛おしさに満ちた表情で絵名を見つめた。
「はい……!はい、マスター!あなたの美しい『目』が示す場所ならわたしはどこへだって、筆を走らせてみせます……!」