25:00 ——ナイトコード内
いつもは4つのアイコンが点滅しているはずが
今ボイスチャットには、3つのアイコンだけが灯っていた。
_______作業音はない。
いつもなら、ペンタブを走らせる規則的な効果音や、「あーもう!ここの塗り全然うまくいかない!」という絵名の賑やかな愚痴が響いているはずの空間が、痛いほどの静寂に包まれている。
『……えななん今日も来ないね』
最初に沈黙を破ったのは、奏だった。
画面の向こうで鍵盤に触れる手すら止まっているのが伝わってくる。
『うん。メッセージもずっと未読のままなんだこんなこと今まで一度もなかったのに』
瑞希の声には、いつもの軽快なおどけや笑い気取りが一切なかった。
爪を噛むような焦燥の混じった吐息。
絵名が「あいつ、父親にボロクソに言われた」「絵画教室で『あなたの絵には何もない』って批評された」と落ち込んでいたのは知っていた。
だが、
どれだけ傷ついても、
どれだけ泣いても、
絵名はこの夜に作業部屋に帰ってきていたはずだった。
悔しそうに涙を拭いながら、「絶対に見返してやるんだから」と筆を握り直すのが、東雲絵名という人だったはずなのに___
『私のせい、かな』
ぽつりと、まふゆが呟いた。
感情の起伏がないいつもの透明な声。
だが、その声の底には微かな歪みが混ざっていた。
『私が……えななんに「えななんの絵は、私を救ってくれない」って言ったから?』
『雪……』
『私は、ただ思ったことを言っただけ。
でも絵名はあの時すごく痛そうな声してた。
もし、私の言葉がえななんを壊してしまったんだとしたら…』
まふゆの手が、膝の上でぎゅっと握りしめられる。
「誰も救えない自分」に絶望しながらも、唯一自分に本気でぶつかってきてくれた絵名。
その絵名を自分の冷たすぎる言葉で突き落としてしまったのではないかという恐怖。
『違うよ、まふゆのせいじゃない』
瑞希が静かに、だが強い拒絶を込めて言った。
『ボクだってあの時、もっとマシな声の掛け方があったはずなんだ。「大丈夫だよ」なんて気休めじゃなくて、
もっと絵名の苦しみに寄り添えてたら…ボクたちが絵名を追い詰めたんだ』
誰もが、自分の中に「刃」を持っていたことを突きつけられていた。
奏は、まふゆを救うための楽曲作りに必死で、絵名がどれほどの崖っぷちに立たされていたのかをすくい上げきれなかった自分を責める。
瑞希は、自分の秘密から逃げ回る一方で、
絵名の痛みに踏み込みきれなかった弱さを悔いる。
まふゆは、自分の欠落した感情が絵名の誇りを惨殺してしまった事実に怯える。
『...えななん、どこに行っちゃったんだろう』
奏の呟きが、夜の暗闇に溶けていく。
『どこにいてもいい…生きててくれさえすれば、それでいいから
お願いだから返事を打って、絵名……』
画面上の「えななん」のステータスは、灰色のオフラインのまま。
彼女たちが知らない冬木の街で、絵名が「自分の才能のなさ」に涙を流しながら邪神を身に宿した少女と共に死線をくぐり抜けているとは、誰も知る由もなかった。