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「ねえ、弟くん」
昼休み、校舎の物陰で瑞希に呼び止められた彰人はあからさまに嫌そうな顔を作りながらも足を止めた。
「なんだよ暁山。またなんかくだらない用か?」
「くだらなくないことだよ。
あのさ...絵名のことなんだけど」
その名前が出た瞬間、彰人の眉間が一気に寄った。
瑞希の表情にいつもの軽さが一切ないのを敏く察したからだ。
「……何かあったのか? お前たちの作業で」
「いや、逆。
ずっとナイトコードに来ないし連絡も未読のままでさ。こんな事初めてだから……家での様子何か知らないかなと思って」
瑞希が探るような、どこか祈るような目で自分を見つめてくる。
彰人ははぁーっと深く息を吐き出すと乱暴に髪をかき揚げた。
「…おふくろから聞いた話じゃ、なんか『しばらくスケッチの旅に出る』とか言って急に家出たらしい」
「…えっ!スケッチの旅……!?」
瑞希が目を丸くする。
「絵名、そんなこと一言も…」
「俺も知らねぇよ。いきなり一人でデカい画材抱えて出て行ったんだとさ。……まあ昔からそういうところあんだよ、あいつ」
彰人は視線を少し落とし、ポケットに手を突っ込んだ。
頭に浮かぶのは、中学の頃絵がうまく描けなくて部屋のものを散らかし、泣き喚いていた姉の姿だ。
父親からの言葉に傷つき、自分の才能のなさに打ちのめされるたび絵名は自暴自棄になっていた。
「また何かに打ちのめされて、一人で勝手に抱え込んでんだろ。…クソムカつくけどな」
「……弟くんは、心配じゃないの?」
「心配したってどうせ『あんたに関係ないでしょ』ってキレられるだけだ。
それにあいつはどれだけ凹んでも、結局最後には絵を描くことしか頭にねぇ奴だからな」
彰人の言葉には、身内だからこそ知っている姉の「強さ」の不器用な信頼が混ざっていた。
「……そっか」
瑞希は少しだけ胸を撫で下ろしたものの、依然として胸のザワつきは消えなかった。
(スケッチの旅…本当にそれだけならいいんだけど)
「ありがと、弟くん。なんかあったらまた教えてよ」
「おう。暁山もあいつから連絡来たら教えろよ
おふくろが地味に心配してっからさ」
強がりながら立ち去る彰人の背中を見送りながら瑞希はスマホの画面を見つめる。
冬木の空の下、絵名が自分自身のコンプレックスと、そして人知れず巨大な事件と戦っていることなど二人はまだ知る由もなかった。
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