隣の重川さんは今日もおもしろかわいい ~ ラブコメ世界のモブAに転生したけどヒロインたちより隣の席の重川さんがおもしろかわいすぎて夢中になってるんですが助けてください ~ 作:バカ太郎
異世界と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
普通に考えれば『歴史が違うパラレルワールド』的なものだろう。
物語が好きな人なら『不思議の国のアリス』だろうか?『ナルニア国物語』とか?
アニメやウェブ小説が好きな俺のような人は、まず第一に『剣と魔法の世界』だろうか?
特にチートをもらって困っている女の子なんかを助けて、ハーレム作って毎日イチャイチャしながら異世界を旅するような物語なんか男の夢といった感じで嫌いな奴は居ないだろう。
なぜ、こんなくだらない質問をしているのか……って?
決まっている。俺——佐藤 優斗が”異世界へと転生した者”だからだ。
仕事中にふらふらと覚束ない足取りで歩く浮浪者のような男からドデカい包丁で胸を突き刺され、ろっ骨を抜けた刃が肺を抉った凄まじい激痛と共に走馬灯が一気に駆け巡った次の瞬間には、中学時代に遡っていた。
その頃の俺はタイムリープしたのだと確信し、これ幸いと人生をやり直すために必死で勉強した。
女手一つで育ててくれた母に負担をかけないよう、リサイクルショップでボロボロの参考書を格安で買ったり、知り合いや先輩方、教師の方々に頭を下げて勉強を教えてもらったり。
三年間、前世のころだったら想像すらしなかったほどの猛勉強の甲斐もあって、前は受験することすら俺には出来なかった、県でナンバーワンの名門高校『国立鈴峰学園』に入学することも叶ったのだった。
これで俺の人生も安泰だ。
せっかくのタイムリープ。今度こそ最高の青春を謳歌して、前世では最期までできなかった彼女も作ってやるぜ!とテンションマックスだったわけだが……。
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時刻は十五時を少し過ぎたあたり。
四限目の体育の授業の後に昼休憩を挟んだ五限目の数学の授業。
二次関数の最大値がどうだの最小値がどうだの説明する数学の担当教師兼、一年B組の担任教師、足立先生の基礎の振り返りも兼ねた、少し退屈な時間。
周囲の生徒たちも、五月もそろそろ終わりかけのポカポカとした丁度良いぬるま湯のような心地よい暖かさのせいか、みんなうつらうつらと舟を漕ぎ出している。
が、いまだこの学校へ入学して二ヶ月も経っておらず、尚且つ県一番の名門校ということもあってか、完全に夢の世界へと旅立っているものはさすがに一人も居ないようだ。
俺は迫り上がるあくびと眠気を抑えるため、カッコつけて頬杖でも突きながら校庭へと目を向けた。
そこには隣の”一年A組”の男子たちが楽しそうにサッカーに興じている姿が見える。
やいのやいのという楽しげな声や、体育教師の山中先生の吹く笛の音が、俺たちの居る三階の教室まで届いてくる。
ここから彼らを見ていては、まるで黒いアリたちの遊戯でも見ているような気分になる。
俺はその中の一人、数いる黒蟻たちに紛れる一人の青年が目に留まった。
平均的な身長に長い前髪をはためかせ、校庭を走り回っている。
顔立ちは整っているようだが重い前髪のせいか、あまり目立ってはいない男——"長門 真太郎"。まぁ見た目以外のところではめちゃくちゃ目立っているらしいんだけどな。
そして今、校庭の向こう側にある体育館の方では一年A組の”鈴峰一年五大プリンセス”などと学校中から呼ばれている”ヒロインたち”が、白や赤や青、さらにピンクやら金髪やらといったカラフルな髪色を振り回してバレーボールに興じていることだろう。
……そう、おそらくだが、この世界……というか時空はいわゆる『ハーレムラブコメ漫画』のような世界なのだ!
つまり、俺は自分が”タイムリープ”をしていたと勘違いしていたが、実際に俺の身に起こっていたのは”前世の世界にすごく似たラブコメ漫画へのモブ異世界転生”だったというわけだ。
白だの赤だの青だのといった髪色も、みんな違和感もってないからな……お前ら揃いも揃って黒髪ばっかの癖にどうなってんだよ。
そして、あの前髪野郎はこの世界の主人公的なポジションのやつなのだろう。
五大プリンセスなどど謳われる美少女全員と同じクラスで、しかも全員と仲が良いらしい……。
噂によれば赤髪の子とは幼馴染で、青髪の子とは義理の兄妹、白髪の子とは許嫁で、ピンク髪は命を救った相手で、さらにはたびたび廊下で金髪の気が強そうなツインテツンデレと大声で痴話げんかを繰り広げていやがるからな。
いやぁ、最初に見たときは驚愕したね。こんなにコテコテなハーレムラブコメ主人公居ないぞ!?ってな。三度見くらいしてしまったもんだ。
そして俺……ないし、このクラス—— 一年B組の連中は全員、このラブコメ世界においてもれなく全員モブA、もしくはただの背景、表示されるスチルの隅っこにひっそり映り込んで「主人公SUGEE!」や「あのヒロイン可愛すぎだろ!」的なことを言うだけの存在なのだろう。
まぁ、もしかしたら体育祭編とか文化祭編とかでちょっと一年B組にスポットが当たるかもしれないけどね。普通にボコられて終わりやろなぁ……。
とは言うものの、俺個人としては出番とかいらないし、そもそもあのハーレムラブコメ集団とは関わらないと固く誓っているためショックとか全く感じていないんだけどね。
だってさ、ラブコメヒロインなんてもれなく何かしらの地雷抱えてるもんだ。これからの人生が波乱万丈になるのは避けられないだろう。
かわいいのは否定しないし憧れる気持ちもわかるけれど、問題全部に首突っ込んで万事解決!なんて甲斐性が俺にあるはずがないし、惚れてもらえるほどの男気もない。
それに、そもそも顔だけで女性を好きになるほど軽薄ではない……つもりだ。
そんなものは前髪主人公様に任せておくんだよ。ハーレム主人公にはハーレムを作れるだけの理由と魅力がなんだかんだあるもんだからな。
それに、俺には彼女らに構っていられない理由がある。
いまの俺のすべての興味は、目に映る外の黒蟻たちの景色とは反対方向……つまり、俺の隣の席に座る彼女にあるのだ……。
「ねぇ、重川さん……さっきから何を弄ってるの?」
重川 春香さん。俺の隣の席に座り、ピンク色のシュシュで纏められたチョコレートブラウンのような濃い茶色のサイドテールをゆらゆらと揺らしながら何かを必死に”捏ねている”少女に俺は思わず問いかけた。
「なにって……これ?ねりけしだよ?……ふっふっふ、大きいでしょ?」
足立先生にバレないよう、そう囁いて微笑を浮かべながら笑いかけてくれる重川さん。
ニコッと白い歯を見せて快活に笑うその姿は、まるでこの世に降臨した天使のようだった。その白くて綺麗な手の上に、手のひらを優に超えるほどのサイズを持つ黒々とした、まるで岩石のようなねりけしを鷲掴みにしてさえいなければ……。
いやさぁ……。
「デッッッッッッッッッッッッッッ!?!?」
思わずデッカイ声出ちゃったよ!なんだこのサイズは!こんなもんテレビでしか見たことねぇよ!すっげぇなにこれぇ?ここが小学校だったら確実にヒーローに成ってるぞ!てか中身学生なんて余裕で過ぎたおじさんの俺もちょっと興奮しちゃうよ!?これはさすがによ!
「えへへ、小学二年生のときから育成してるんだぁ」
ちょっと控えめな胸を張り、サイドテールを揺らしながらドヤ顔で俺を見る重川さん。素直にかわいいです(直球)
つか、七年もののねりけしとか年季入りすぎだろ!そりゃこのサイズにも納得がいくってものですわ。
それに「育成」ってなんだよポケモンかなにかですか!?てかもうこのサイズ感はイシ〇ブテ越えてもはやレベル100のゴ〇ーニャ……通信交換する友達の居なかった俺にはもはや伝説のポケモンに等しい存在……。
重川さん、さすがだ……。
「これはすっげぇね重川さん!こんなのテレビでしか見たことないよ」
もうなんだろう……眠気?んなもん完全に吹っ飛んだわ、なんであんなに眠かったのかもう思い出せませんよ俺っち。
まぁ、テンション上がりすぎて声の音量を間違えちゃうのも仕方ないことなのである。
「佐藤、今、なんの時間だ?静かにしようか」
そう言ってにこやかに笑う足立先生の額には、ぴくぴくと動く青筋が微かに浮かび上がっていた……これはめちゃくちゃにブチ切れてますね、もう誰が見てもわかるくらい。うん。
「す、すみませんでした……」
俺は教室のみんなからの「自分じゃなくてよかったぁ~」や「あいつなにやってんだよ……」という視線や「またあいつかよ」みたいな冷たい視線を全身に浴びながら足立先生へと謝罪して机に項垂れた。つらい。
そして、でかねりけしの重川さんといえば……。
「佐藤くんってそんなにねりけし好きだったんだね……!」
とキラキラした視線でもみもみと誘うようにねりけしを揉みこんでいる。かわいい。
でも怒られた原因あなたのデカ過ぎねりけしのせいなんですけどね。はっはっは!(クソの他責)
「……半分、あげよっか?」
なん……だと……年単位で作り上げたねりけしを俺に半分もくれるといったのか?い、いやいやありえない!
俺がねりけし好きそうだからと言ってそんなにくれるなんて……重川さんがいくら優しいからといっても限度があるぞ!
「はい、これ半分こね!特別に佐藤くんにあげちゃいます!」
そう言って目の前でバカでか岩石ねりけしを半分もぎって俺に差し出してくる重川さん。その指先はねりけしを弄りすぎた影響か、すこしだけ黒ずんでいた。
き、聞き間違いではなかったの!?どんだけ優しんですか重川さん!七年も育成したねりけしの半分なんて三年越え分だぞ!
「半分も?そんなにもらっちゃっていいの?重川さん……ありがとう……」
その指先を見ながら「ねりけしあるあるだ~懐かしい~」と心の中で共感しながら、俺は重川さんの差し出すねりけしへと手を伸ばした。
——ツン。
俺の手が、かすかに重川さんの指先に触れた。重川さんの指に付いていた黒が、俺の手にもわずかに付着する。
重川さんの指はすべすべだった……俺のごつごつとした手とはまるで違う。女の子の手って、こんなに柔らかいんだ……ってちがう!早くセクハラを謝らないと!
「お、重川さんっ!ご、ごめ、ちょっと触っ……ちゃっ……」
前世から続く筋金入りの『彼女いない歴=年齢』の凄腕魔法使いな非リアの俺の、すこしどもった小さな謝罪と続く釈明の言葉は、途中で途切れて空気に溶けて消えていった。
だってそうだろう……だって……
「え?あ、う、うん……大丈夫……だよ……」
そう言う重川さんの顔は、まるで捥ぎたての林檎みたいに真っ赤だったんだもの……。軽く指先が触れてしまっただけなのに……。
まぁそんな俺の顔もきっと真っ赤に染まってるんだろうけどさ。だってめっちゃ顔熱いからね!
(な、なんだよその反応は!?く、くそぉ!デッカいねりけし作ってたと思ったら、次はめっちゃ優しくしてくれて、今度は顔を真っ赤にして照れてて……ズルすぎるだろ!おもしろかわいすぎるんだよ!重川さん!)
その後は独特な沈黙と気まずさで下校時間まで俺たちを一言も話せなかった。
ただ、六限目の現代文と帰りのホームルームで、二人も黙々とデカいねりけしをこねこねしながら育成する時間は心地よかった。
助けてほしい。
鈴峰学園に入学して、重川さんと出会って、まだ二ヶ月も経っていないはずの重川さんの面白さと可愛さに夢中になってしまっている俺を。
重川さんを、どうしようもなく好きになってしまっている俺を。