隣の重川さんは今日もおもしろかわいい ~ ラブコメ世界のモブAに転生したけどヒロインたちより隣の席の重川さんがおもしろかわいすぎて夢中になってるんですが助けてください ~ 作:バカ太郎
教室の窓から降り注ぐ暑い日差しが、俺の露出した腕やうなじを容赦なく焼いていく。
いくら教室にクーラーが効いていて快適であるとはいえ、もう差し込む日差しだけで汗かくわ。それに焼けちゃうぅ!日焼け止めじゃあ気休めにもなんねぇぜ!
家を出て駅に行くまでにもう汗だく、駅から学校まで登校するのにさらに汗だく、教室に入ればガンガンの冷房で汗が冷えてクソ寒、廊下に出たらクソ暑。
俺思うんだよね、人間って夏に生きていける生物じゃないんだって。夏は学校も仕事もお休みしませんか?……いや、やっぱお休みなし!そんなものはいらない!
だってそうなったら重川さんに会えなくなっちゃう!重川さんのおもしろかわいい中毒に侵された俺にはもうそんなの堪えられないからな!
にしても、七月に入ってすぐにこの暑さとは……先が思いやられる。
マジで水分全部ふっ飛んでってミイラにでもなっちゃうんじゃないの?と思えるほどだ。いや冗談抜きで。
窓の外は憎々しいほどの晴天で、雲一つない抜けるような青空が、建物の陰に隠れる果てまで広がっている。このまま一帯が砂漠にでもなってしまうんじゃないか、なんてありもしない妄想も広がる。
そんな空の下ではジャージを着こんだ鈴峰学園の先生たちが、必死にテントの設営や校庭の整備なんかを行っている。死ぬほど暑そうだ。熱中症だけには気を付けてほしいものである。南無阿弥陀仏……。
「それじゃ、一週間後にある体育祭の実行委員決めてくぞー!男女一人ずつ決まるまで誰一人絶っ対、帰さんから覚悟しろー!」
帰りのホームルーム、担任の足立先生の遠慮が完全に消え去ったハキハキとした声が教室に響き、黒板に白いチョークで『体育祭実行委員・係決め』と大きな文字で書かれている。
「うぇぇ……」
「マジかよ……」
「お腹痛くなってきたので早退します!」
「そうか遠藤、腹が痛いか、ここでしてもいいぞ」
「治りました!」
怨嗟の声が男子生徒を中心に上がる。遠藤は仮病で何とか早退を勝ち取ろうとしていたが、あえなく撃沈していた。
お前らなぁ、反応があまりにもラブコメのモブ過ぎないか?まぁ、俺も完全に同意するけどな!ブーブー!さっさとお家に返しやがれー!
そしておそらく、足立先生は実行委員がしっかりと決まるまで絶対に俺たちを家に帰すつもりはないのだろう。あの先生にはやると言ったらやる……『スゴ味』があるッ!
お……終わった……。
このクラスの馬鹿どもが実行委員なんてやるわけがない……これ俺たち帰れないんじゃね?
ちなみに俺は実行委員なんてする気は全っ然、これっぽっちもない!
だって一年A組の実行委員なんて男女一人ずつとか主人公とヒロインの誰かがニコイチで絶対やるだろ!
一年B組だろうが、実行委員をやっちゃったら関わらないなんて無理なんだからYO!俺もう本当にあそことは関わりたくないの!
前髪主人公とヒロインとのイチャイチャを見せつけられるのはあの追試と補習の一週間でお腹いっぱいなんだよ!
まじで居心地悪すぎる領域を展開しやがるからな。必中効果が非モテ陰キャ特攻過ぎるんよ。
重川さんが居なければ即死だった。
万が一にも実行委員で”鈴峰一年五大プリンセス”の白崎さんが出てきたときにはもう絶望よ?
「あ、君、アバンストラッシュの……」とか言われたら死ぬ。噂が学校中に回っていないから見て見ぬふりしてくれてるんだろうが、顔を合わせたらなんと言われるか分かったものじゃない!
だ、誰か、早く生贄になってくれよ……俺のために犠牲になってくれよ。クラスメイト?仲間?んなもんどうでもいいわ!俺と重川さんさえ無事ならそれでな!
た、祟りじゃあ。ひ、人柱……人柱を捧げて荒ぶる足立神を鎮めなければ……。もう遠藤にやらせようぜ……あいつ意外と女子から人気あるっぽいし手上がるだろ。
——フリフリ。
視界の端に映りこむピンク色のシュシュに纏められたチョコレートブラウンのサイドテール。
それが忙しなく前後にフリフリと揺れていた。
(重川さんはどう思っているんだろうか……)
さすがの重川さんも帰れないかもしれないという事実に打ちひしがられているのだろうか。
もしそうだったら俺がどうにかして重川さんだけでも帰してあげないとな、大丈夫!泣き喚いてでも帰してあげるからね!
ほら、俺がこれ以上恥をかいたところで、致命傷を負った人の切り傷みたいなもんでどうってことないからさ!はっはっは(乾いた笑い)
俺は重川さんのようすを見るため、目立たないようチラリと横目で重川さんを盗み見た。
(お、重川さん……な、なにをしているんだ……)
そこには、キュートなサイドテールを振り回しながら、机の上に散らばったけしカスを必死にあつまれあつまれしている重川さんが居た。少しの取り漏らしもないよう念入りに。
お、重川さん……先生は俺たちを誰一人として逃がすつもりはないというのに……なんて余裕だ。これが本当の大人の余裕とでもいうのか?
さすが重川さんだ!精神だけは大人の俺が狼狽えてちゃ、カッコ悪いよな!
そして机の真ん中に鎮座する、いつぞやの巨大ねりけし(五十パーセントのすがた)に集めたけしカスを全て吸収させている。
いや、もはやその大きさは五十パーセントどころではない。すでに六十パーセントには到達しているだろう。
(デ、デカい!俺は確かに重川さんの七年もののデカねりけしから約五十パーセントをしっかりと継承したはずだ!なのに、もうあそこまでねりけしを復活させたとでもいうのか!?)
俺も急いでカバンの中からねりけしを取り出して重川さんのそれと見比べる。
完全に……俺の大きさが負けている……この俺のねりけしを、優に超えている……だと!?
そ、それに、なんだあの柔らかさは!?俺のねりけしは重川さんから貰ってからというもの、その硬度は加速度的に上がっていき、合体させる際には、硬すぎてまるで龍の髭を作るかの如き所業を毎日繰り返しているというのに!?
そのせいで前腕がかなり逞しい感じになってしまっているというのに!?
(お、俺に何が足りていないというんだ!)
悔しさが胸の中にあふれる。
本当はめちゃくちゃ大きくして、それを突然重川さんに見せて、重川さんに「佐藤くん、もうそんなに大きくしちゃったの……(意味深)」と言わせるつもりだったのに。
俺だって、学校でノートを取る時だけではなく、家での予習復習、そしてテスト勉強のときも補習の時も、けしカスが出たら即座に吸収合体させていたというのに……な、なぜだ!どこで俺と重川さんにこれほどの差が……ッ!
「佐藤くん……」
「ハッ!」
俺の驚愕に染まった視線に気づいたのだろう。
重川さんが俺だけに聞こえるほどの小さな声でつぶやき、流し目で俺を覗き込んできた。
その視線は、ダメな弟子にやれやれと呆れつつも、決して見放すことのない師を思わせるようなものだった。
い、一体、重川さんに……いや、我が師のねりけしに何が起こったというのか……。
「”液体のり”……」
「え、液体……の、り……?」
なんだ、それは……。
いや、液体のりは分かる。机に塗って乾いた後にぺりぺりはがすと気持ちいい、紙を貼り付けるための文房具だ。それがどうしたというのか……。
まさかそれが、重川さんがねりけしをそこまで急速に巨大化させ、触り心地抜群のやわフワボディに改造した秘術だとでもいうのか……?
「ふふっ……」
重川さんは不敵に笑いながら机の陰から液体のりを取り出した。ア〇ビックヤマトのよく見るやつだ。重川さんは液体のりをその綺麗な指で俺に差し出した。
や、やるしかない……これが本当に正しいのかは分からない。しかし俺の中の重川さんが言っているのだ。のりを受け取り、俺のねりけしと融合進化させるのだと……。
「借りるよ、重川さんの力……!」
受け取って分かったが液体のりはかなりの量が消費されている。ねりけし育成のために日常的に使っているのだろう。
ねりけしに真摯に向き合っている重川さんもまた素敵だ……!
「ふんっ!」
俺は液体のりのキャップを外し、激硬ねりけしで鍛え抜かれた前腕から伝わる握力でもって、残り少ないのりを一気に使わせてもらう。
今度一緒に帰った時にでも新しいのりを買ってあげようと思う。何なら今日一緒に帰ろうと誘ってみるか。あの日からなんだかんだ誘えてなかったしな。
トロトロとした液体のりが、真上からゆっくりと俺の激硬ねりけしへと振り注ぐ。これで俺のねりけしも重川さんのみたいにやわフワ巨大ねりけしになるんかな~。
「あっ!そんないっぱい入れちゃったらベタベタしちゃうかも……!」
「へ?」
気づいた時には時すでに遅し。俺のねりけしはトロトロの液体のりに塗れ、テラテラと光沢を放っていた。
オゥ・メイ・ゲァト……なぜ俺は待てが出来ないんだ!冷静に考えたら一度にいっぱい入れたらダメだって分かるだろ!
「ご、ごめんね!まさか全部一気に入れちゃうと思わなくって!でも私の伝え方が悪かったよね!ちょっと佐藤くんにねりけしの自慢したくて……あと、カッコつけたくて……」
「い、いや、いきなり全部入れちゃった俺が悪いから気にしないでいいよ、それよりその、お、落ち着いて」
「え、あ、いやっ!でも!」
俺はアニメみたいに目がグルグルと回って慌ててる重川さんを何とか落ち着かせようとするが、重川さんはそれを見てさらに慌ててしまう。
そしてそれを俺がさらに落ち着かせようとするという負の増幅装置が出来上がってしまっていた。
後ろの席で小声で何かを話しながら、手をブンブン振る重川さん。
そんな彼女を教壇側から見たら、まるで元気よく手を振っているようにでも見えてしまうだろう。
そう、まさに、実行委員は私に任せてくださいッ!とでも言うように……。
「おっ!そうか重川やってくれるか!それじゃあ女子の実行委員は重川だ!ありがとなー!」
「えっ!あっ!いや……はいぃ……」
やっぱりこうなっちまったんかい!ちくしょう!こうなるだろうなって予感はしてたよ!
足立先生は……めちゃくちゃいい笑顔してるわー、「こんなに早く実行委員の一人埋まるとはなー!」とでも言いたげなさいっこうの笑顔してますわー。
意味不明解釈を発動するなよ!ラブコメか!ってここラブコメ時空だったわ!くそぉ!
周りの女子生徒も「重川さんがやってくれてよかったー」や「私じゃなくてよかった」とでも顔に書いてあるようだ。
薄情な奴らめ!クラスメイト大事にしろよお前ら!仲間だろッ!
「……先生、それじゃあ男子の実行委員は俺にやらせてください」
「おぉ!やってくれるか佐藤!今年の実行委員はすぐ決まったなぁ!」
手を上げた男子生徒の佐藤、それはもちろん俺だ。
重川さんが実行委員になってしまった要因は俺のせいでもあるしな。
それに重川さんあるところに佐藤あり。私が好きな言葉です。これを学園中に知らしめてやる!
あと万が一にでも重川さんが前髪主人公に惚れてしまったら俺の脳が壊れてダークサイドの俺に人格を乗っ取られて闇落ちしてしまうだろうからな……。
俺が守護らなきゃ……!
「ほかにやりたいって奴は居るかー?……よし、じゃあ体育祭実行委員は重川と佐藤の二人だな、二人はホームルーム終わったら特別教室に行くように!
佐藤お前追試だったから場所分かるだろ?重川を案内してやりなさい」
足立先生は実行委員となった俺たちに指示すると、ホームルームの締めに入った。
周りの他の男子生徒は誰も手を上げなかった、これが”鈴峰一年五大プリンセス”だったらモブのこいつらは揃いも揃って手を上げるんだろうな。
うちの重川さんの何がダメだってんだ!本当にこの世界とは女の趣味が合わん!
ライバルが少なくてうれしい反面、重川さんが軽んじられてる気がしてムカムカする複雑な思いを抱えております……恋心って難しいよね。
「佐藤くん……よかったの?」
そんなことを考えていた俺に重川さんは申し訳なさそうに聞いてきた。そんなもの、答えは一つだけに決まっているだろうさ。
「重川さんのあるところに佐藤あり、だよ、それに実行委員ってめっちゃ青春みたいじゃん!」
結局、俺は前世で満足に謳歌することが出来なかった青春に未練があるんだろう。
それを重川さんと一緒に楽しめるっていうなら、実行委員がめんどくさいだの、主人公たちと関わりたくないだの些細な問題に過ぎない。
重川さんが隣に居てくれるだけで、俺は無敵になれるんだからな。
さながら、配管工のおじさんが主役のアクションゲームの最強アイテムのように……。なんて。
でも、それくらい俺にとって大きい存在だってことだ。
「実行委員、一緒にがんばろう、重川さん!」
「う、うんっ!私も佐藤くんのあるところに重川ありだよっ!」
輝くばかりの笑顔でそう言う重川さん。
うっ!ま、眩しい!後光が激しくて前が見えない!
「はぁ~、全く、本当に重川さんはズルすぎるっての……」
小さく呟いた言葉は、誰の耳に入ることもなく空気の中に解けて消えていった。
ちなみに、ベッタベタになったねりけしは揉みこみまくったら、ずっと揉んでいたいくらいめっちゃ柔らかくなって少し大きくなった。
そして、俺の前腕がこれ以上逞しくなることはないと思うと、少しだけ悲しかった。ので、本格的に筋トレを始める決心をしたのだった。