隣の重川さんは今日もおもしろかわいい ~ ラブコメ世界のモブAに転生したけどヒロインたちより隣の席の重川さんがおもしろかわいすぎて夢中になってるんですが助けてください ~ 作:バカ太郎
昼休みを間近に控えた四限目の世界史の授業。
チョークが黒板を叩く音しか響かない教室の中で、くぅ~と恥ずかしい腹の音がなってしまわないように、空きっ腹に力と願いを込めながら耐え忍ぶ気の抜けないひととき。
俺は先日、隣の席の重川さんからもらったデカ過ぎねりけしを片手で弄りつつ、気の良いおじいちゃん先生である田中先生のおもしろうんちくを交えた授業をまじめにノートを取りながら受けている。
おそらく田中先生の授業は他学年の先輩方からも人気なんだろうな。
物腰やわらかで穏やかだし、授業も退屈せず面白い。経験値が違うんだろう、生徒たちが飽きない授業を熟知しているように感じる。
だが俺は、そんな田中先生の授業に完全には集中できないでいた。なぜなら……。
カチッ……ピキッ……。
隣の席からかすかに聞こえてくる、断続的な異音。
さらに。
「……フゥゥゥシュゥゥゥゥゥ」
視界の端、隣の席で浅くも深い呼吸を刻みながら、凄まじい集中で”なにか”をしている重川さんが、俺は気になって仕方ないからだ。
——チラリ。
俺は自身の湧き出る好奇心を抑えられず、目だけで重川さんの様子を覗き込んだが軽い気持ちで覗いた俺は、飛び込んできた景色に度肝を抜かれた。
(な……なんだ、あれは……)
広げられた何も書かれていない真っ白なノートの上、そこにはまるで神話の『バベルの塔』の如き威圧を放つ一本の細長い棒が直立している。
(バッ!バカな……!?あれはまさか……シャー芯……だとでもいうのかッ!?)
俺の視力1.0の瞳が捉えた情報。飛び込んできた、本来ならあり得ない景色。
それは、あの黒き光沢を放つ『バベルの塔』は、太さおよそ0.5ミリの、すべての学生が持っているであろう普遍的な、そして一般的なシャー芯で出来ているということだ!
そして、それを自立させているのだ!不安定な勉強机のノートの上で……。
(な、なんという神業……!さ、さすが重川さんだぜェ~!一生ついていきます……!って、いやいや待てぃ!
シャー芯をノートの上に自立させるとかありえないだろ常識的に考えて……物理的にそんなことありえるんすか……?
い、いやそんなこと言ったら、タイムリープしたりだとか、謎の『ハーレムラブコメ世界』に転生する方があり得ないか、常識的に考えて……でも俺は実際にタイムリープし、そして謎の『ハーレムラブコメ世界』に転生している……つまり、シャー芯が自立することは、あり得ます!
Q.E.D.証明終了。結論は、重川さんすっげぇ!)
授業そっちのけでそんなことを考えながら、シャー芯を立たせるなどという神の如き所業を成した重川さんを見る。
「スゥゥゥウウウ……」
(な、なんという威圧感だ……!重川さん、本気すぎるやろ!)
いつもゆらゆらと揺れているサイドテールを一切揺らがすことなく鋭い呼吸を吐き出し、大きな茶色の瞳を見開きながら、シャー芯を瞬きすらも忘れてシャー芯を睨みつける。
その横顔は、まるで”数多の戦場を渡り歩いた最強の凄腕スナイパー”か、もしくは”世界一の技巧を持つ伝説の時計職人”の如き様相を呈していた。
そんな重川さんは、自立する『バベルの塔』を刺激し万が一にでも崩してしまわないよう、嵐の雨の中を緩慢に、そして強かに突き進むカタツムリのように……否、それすらも霞んでしまうほどゆっくりとした動きで、シャー芯の入ったケースから、さらにもう一本を取り出した……。
(なっ!?ま、まさか……重川さん……う、嘘だ……あ、あ、あり得ない……そんなこと!?)
取り出された一本のシャー芯は、重川さんの細長い白魚のような親指と人差し指で柔らかく摘ままれている。
その指先はかすかに震えていた。それは極度の緊張によるものか……はたまた真の戦いを挑む者のみに許された罪深い愉悦か……神業の傍観者でしかない俺にはわからない。
ただ、一つだけ分かることがある。そう、重川さんは……。
『自立するシャー芯の上にさらにシャー芯を重ね、
——ゴクリ……。
響いた生唾を飲み込む音は俺の喉から鳴ったのか、あるいは重川さんの細い首に隠れた喉から鳴ったものか、天からこの叛逆を見つめる神の喉仏から轟いたのか……それは定かではない。
世界史担当の田中先生の声が響いているはずの教室なのに、俺にはまるで放課後の空き教室で重川さんとたった二人だけになってしまったような静寂を錯覚させた。
(……がんばれ!重川さんなら……!絶対出来るッ!!)
俺は心の中で精いっぱいの応援を贈る。そんなことしかできない不甲斐ない俺が、何故かすごく悔しかった……ちくしょう……俺も重川さんと一緒に戦いたい……!俺も隣で!共に神に挑みたいッ!
重川さんの持つシャー芯が、揺れ一つなく立ち上がる『バベルの塔』へと近づいていく。
滲んだ汗が粒となって額を滑り落ちていく。そんな僅かな擽ったさすらも、今はただ煩わしい。
ドキドキとうるさいほどに心臓が高鳴り、鼓動する。
シャー芯が一つに重なる……!
今、ここで、この瞬間……!重川さんが神を越えるッ!
「と、いうわけで、四国同盟は五国同盟となったわけですが、ここで新たに加わった国はどこでしょうか?……じゃあ今日は……重川さん、答えてくださいね」
「へぇ!?」
田中先生の声が不意に響いた。
その瞬間、重川さんの素っ頓狂な声が教室に木霊し、小さな肩がピクッと跳ねた。
——あ。
そう思ったときには、すべてが遅かった。
俺の視界の中で、重川さんが魂を込めて作り上げた『バベルの塔』が音もなく、ノートの上に倒れコロコロと床へと転がり落ちた。
重川さんの時が止まる。闘志でギラギラと輝いていた瞳の光がスゥーと引いていき、昏き深淵がゆっくりと広がっていくのが分かった。
「お、重川……さん……」
「……フランスです、はい」
無残にも崩れ去ったシャー芯を見つめたまま、重川さんは魂の抜けたようなか細い声でポツリと答えた。
「……うん、正解なんだけどね、重川さん、ちょっと声に覇気がなさすぎないかね?」
田中先生が苦笑いしながらそう言った瞬間。
キーンコーンカーンコーン
その時、学校のチャイムが鳴り響いた。その音色は何故か寂しさと虚しさを含んでいるように聞こえた。
これが、神に挑んだ者の辿る末路。運命だとでもいうのか……。
こうして、世界史の授業、そして重川さんの神への挑戦は、静かな鐘の音をもって幕を閉じたのだった。
その悲しい結末で。
——————
授業終了の挨拶をし、昼休みが始まって五分以上の時間が過ぎた。
クラスの人間の大半は毎日毎日飽きもせず隣の一年A組まで”鈴峰一年五大プリンセス”の面々を拝みに行ったり、友達と食堂に行ったり図書室で勉強したりするため、そのほとんどが出払っていて、教室はしんと静まり返っている。
同じクラスに神すら慄く最高におもしろかわいい美少女がいるというのに……ふっ、見る目のない奴らだ。
「…………」
そんな重川さんだが、昼休みが始まってからも未だ机に突っ伏してピクリとも動かない。
いつも元気そうに揺れるサイドテールもシナシナと垂れ下がっているように見える。
それって尻尾かなんかだったりします?
「お、重川さん……」
俺はそんな重川さんを見ていられず、声をかけた。すると重川さんがゆっくりと顔を上げてくれた。
その顔は不貞腐れるように唇をツンと尖らせながらも、彼女の大きな瞳には大粒の涙がうるうると溜まっているように見えた。
「さ、佐藤くん……シャー芯タワー、もうちょっとで二段だったのに……私、悔しすぎて……」
当事者でない俺だって、その気持ちは痛いほどに分かるのだ。重川さんの感じる喪失感と悔しさは、凄まじいものなのだろう……。
見ているだけで、ドキドキハラハラしたし、最後の瞬間は凄まじい虚無感と喪失感を感じた。
たかがシャー芯でお前は何を言っとるんだと思うかもしれないが、これは不可能に挑んだ者、そしてそれを見届けた者にしか味わえないものなのだろう。
「重川さん……」
俺は椅子ごと重川さんに向き直り、その瞳としっかり目を合わせながら宣誓するように言った。
「まだ昼休みは四十分以上ある……重川さんなら絶対に出来る!俺も、精いっぱい手伝うから……だから、一緒に最後まで挑戦しないか?」
重川さんはそんなことを言われるとは想像もしていなかったのだろうか?俺を見つめたまま、驚いたように目を見開いていた。
「いいの……?」
「あぁ、俺たちなら二段どころか三段……いや!宇宙の彼方までいけるだろうさ」
瞳に光が戻った重川さんはにっこりと笑って「うん!」と言ってくれた。
元気を取り戻したのか、重川さんのサイドテールがグググッと引きあがり、フリフリと揺れているように見えた。
本当にあのサイドテールは尻尾なのかもしれない。
その後、俺たちは昼休みのほとんどを費やし、昼休み終了までの残り時間一分を切ったタイミング。
目の前のノートの上には二段に重なった『バベルの塔』が一切の揺らぎもなく威風堂々とたたずんでいた。
俺たちはついに、神を越えたのだ!
「「やったああぁぁーー!!」」
ハイタッチした重川さんの笑顔は太陽のように輝いていて本当に可愛かった。まるで天使のようだ。
俺の心の中の待ち受け画面はこの重川さんの笑顔に確定した。永遠に保存しておこう、そうしよう。
「じゃあ、今から三段いこっか!」
「へぇ!?いや昼休みあと一分……いや、このまま三段行っちゃおうか!」
結局、残り一分の昼休みでは到底無理なのであったが。
そして俺は飯を食い損ね、五限目の科学の授業で盛大に腹の音を響かせてみんなに白い目を向けられたのであった。
ま、可愛い重川さんが見れたので全然オッケーなのだがな!