隣の重川さんは今日もおもしろかわいい ~ ラブコメ世界のモブAに転生したけどヒロインたちより隣の席の重川さんがおもしろかわいすぎて夢中になってるんですが助けてください ~ 作:バカ太郎
このお話は、コ〇ラのマーチ絵柄図鑑を片手にご覧ください。
六月の上旬。
まだ春の暖かさを僅かに残し、クーラーなしの扇風機だけでぎりぎり快適な生活が送れるような、そんな今日この頃。
だが、真昼ともなると微かに息苦しい蒸し暑さを感じる。昨日の夜から今日の朝方にかけてまで止まない雨が降っていたせいでもう湿気がやべぇ。
俺の通う鈴峰学園は、さすがに県一番の名門国立高校といえども経費削減のために未だ教室のクーラーを起動させることは許されていない。
まぁ暑いは暑いが喚くほどではないし、まだまだ温度に関しては平気なんだけどな。湿気がやばいだけで。ここまで長々と愚痴を語った理由は、ただ俺が六月を嫌っているだけだ。
鈴峰学園の昼休み。男子たちの大半は友人たちと”鈴峰一年五大プリンセス”を拝みに隣の一年A組へと消え、女子たちもその大半は食堂か図書室に行っている。
つまりこの教室に残っているの者は「一緒にバカをやる友人」や「一緒に食堂でご飯や図書室で勉強をするような友達」が居ないぼっちたちというわけだ。
え?俺?もちろん購買で買ったフィレオフィッシュバーガーを教室で貪ってますが……なにか?
ち、違うんだからね!今日はたまたま、教室でご飯食べて勉強したかっただけなんだからね!勘違いしないでよね!”鈴峰一年五大プリンセス”?そんなもん見に行く暇あったら、働けぇ。
「ふぅ……」
フィレオフィッシュバーガーの包みを適当に破いてかぶりつく。
口の水分を容赦なく奪うパサパサのバンズと、暴力的なまでに味の濃いタルタルソース、それに浸りすぎてネチョネチョになった衣をまとった薄っすいフィレオフィッシュ。
そんな、店売りであればレビュー星1まっしぐらなハンバーガーでも何故か美味しく感じるんだから、購買マジックって本当に不思議だ。
学校の購買で買って、教室でハンバーガーを食っているという特別感が一番の隠し味なのかもしれない。
「あむ……」
俺は最後の一口を豪快に口の中に放り込んで、母さんが作ってくれた自家製麦茶で流し込んだ。さっぱりした香ばしい香りが鼻から抜けていく。
うん、これで俺の昼休みにやることは終わってしまった……まだ始まって十五分も経っていないというのにもう手持ち無沙汰だ、まぁ今日に始まったことではないけど。
仕方ないからバベルの塔でも建設しようかな。
「むむむむ……む!……むぅ……」
そんな退屈な昼休みに、どう時間を潰すか頭を抱える俺の隣で、何やら唸りながら自分の机を覗き込む隣の席の重川さん。
彼女もこの教室に残っているということは……
「重川さん、どうしたの?」
重川さんにそう問いかけると彼女は眉間にしわを寄せ、何かを真剣に探すような表情を浮かべながら顔を上げてくれた。
「ふふふふ……よくぞ聞いてくれました佐藤くん!これだよ!」
重川さんはそう言って花が咲くように笑うと、机の上に広げられた”ソレ”を一つ手に取って意気揚々と見せつけてきた。
崩して描いた星形のような小さなお菓子、そこには可愛らしくデフォルメされたコアラのイラストが描かれている。
このおかしな世界に転生する前の令和の時代においても確かな人気と、誰もが一度は見たことがあるような知名度を保っていた国民的なお菓子。
「これって”コ〇ラのマーチ”だよね?」
俺は重川さんに問いかけながら、チラリと彼女の机の上に広がる惨状を覗き見た。
そこには大量のコ〇ラのマーチたちが、広げられたティッシュの上にまるで将棋崩しでもやんのかと思うくらいに山盛りになって積まれていた。
み、見ているだけで口の中が甘くなってきたんだが……中身おっさんの俺にこの景色はあまりにも重すぎる……主に胃のあたりが。
若いっていいなぁ……身体だけ若くても精神的に胃もたれする感じするんだよなぁ。
「す、すごい量だねこれは……重川さん、そんなに好きなんだ」
「うん、私これ好きなんだ!サクサクしてて甘くて美味しいよね!でもそれだけじゃないよ……佐藤くん、ちょっとちょっと」
重川さんは小声で俺の名前を呼ぶと、口元を右手で隠しながら左手でヒョイヒョイと手招きした。
俺は座っていた椅子から身を乗り出し、重川さんの口元へ耳を近づける。スゥ……という柔らかな呼吸音と、はぁ……という少し色っぽさと感じる温かい吐息が耳を擽る。
すいません、凄腕の非・リア充である俺には刺激が強すぎます!い、いかん!いかんですぞ!
「”まゆげコアラ”って、知ってる?」
「まゆげこあら……?」
なんだソレ……と疑問の表情を浮かべた俺に、重川さんは摘まんでいたコ〇ラのマーチをヒョイッと口に放り込みながらクスッと笑った。
「目の上の部分にまゆげがあるレアなコアラだよ!見つけると幸せになれるんだって!そして、これが私の秘密兵器……」
「ひ、秘密兵器……?」
キラキラと瞳を輝かせ、弾んだ声でそう言った重川さんは、おもむろに通学カバンの中へ手を突っ込むと”あるもの”を取り出した。
それは銀色の小さな楕円型のプラスチックで作られた器具。空いた小さな穴からはピンク色のひもが通った、小さなレンズを持つ虫眼鏡のようなもの。
小学校の理科の授業で蟻の観察や日光を集約させるために使う、誰でも一度は使ったことのあるであろうもの。
——そう、ルーペである。
「なっつかし!」
思わずテンションが上がってそこそこ大きい声が出てしまった。
いやにしても、めちゃくちゃ久しぶりに見たぞ!小学校の理科の授業でしか使わないものランキングでは星座早見盤さんと並んで1位タイのルーペ・サン!
転生したとき中学生だったからなぁ……使う機会なかったんだよなぁ……まじで何年ぶりだよこれ見るの!
「さぁ、佐藤くんには特別に、このルーペを貸してあげましょう」
左手に持ったルーペを笑顔で差し出してくる重川さん。右手にはもう一つ別のルーペが握られている。
本来一つで十分のルーペを二つ持ってきているということは、最初から俺はトレジャーハンター重川さんの”まゆげコアラ”の探索に付き合う運命だったらしい。もしかしたら両目にルーペで二刀流する予定だったかもしれないが。重川さんだったらあり得るからな。
「佐藤くん!また一緒に協力プレイだよ!私たち二人で幸せを見つけに行こう!」
そう言って椅子を横にずらしてスペースを作ってくれる重川さん。絶対何かの歌詞かアニメのセリフに影響されてるわこの人……。
俺はおずおずと重川さんが空けてくれたスペースに椅子ごと潜り込む。
すぐ隣に重川さんが居る……肩に重川さんのシュシュで纏められたサイドテールが当たって擽ったい……しかもシャンプーのフローラルな良い匂いがしてめっちゃドキドキするぅ~。
(……って!匂い嗅いでドキドキするとか、これじゃ俺が超変態みたいじゃねぇか!考えるな考えるな!そ、素数を数えて落ち着くんだ!俺よ!…2…3…5…7…11…13……100…素数ってなんだっけぇ?)
パクパクと脈打つ心臓は素数を数えても意味などないと言わんばかりに高鳴るばかり。
素数と掛けまして、俺の拗らせた恋心と解きます。その心は、どちらも割り切ることはできないでしょう……ってやかましいわ!
「佐藤くん……大丈夫?もしかして体調悪い?保健室行く?」
俺の顔を覗き込んでくる重川さん……茶色のサイドテールが揺れるが、その揺れはいつもより控えめに見えた。
心配してくれてるのだろう、重川さん優しい……好きだ……そ、そして近い……。
「ぜ、全っ然大丈夫!元気もりもり西郷隆盛って感じだよ!それより重川隊長!まずはどこから片付けやすか!へっへっへ」
「……なら、この山の……ここから!」
キャラ崩壊した俺をジト目で、すこし訝しげに見つめた後、重川さんは首からピンク色のひもをぶら下げて、右手にルーペを掴みファイティングポーズを取るようにシャキッと構えた。サイドテールもご機嫌に揺れている。
俺たちは隣り合ったまま、ティッシュの上に広がったキャッチーなポージングを取るコアラの軍勢を真上から覗き込んだ。
うひゃぁぁぁあああ!!!
さ、さらに近づいてしまったぞ……机の上のコアラたちに集中しようとすればするほど、必然的に重川さんとの距離は数センチまでに縮まってしまう……。
だ、ダメだ!考えるな!い、今はただ目の前のことに集中するんだぁ!
俺はルーペを覗き込み、目の前のコアラたちにすべてのリソースを向ける。これ以上俺のキャラを崩すわけにはいかんのだぁ!一応クール系(笑)だからな。俺は。
「お、重川さん!これはどう!」
俺は泳ぐ目と高鳴る鼓動を誤魔化すために目についたコ○ラのマーチを適当に一つ摘まんで重川さんに見せつけた。
重川さんはめちゃくちゃ素早く無駄のない動作でルーペを構え、まじまじとコ○ラのマーチを観察する。
すると突然、重川さんの顔がキラキラとしたものに変わり、サイドテールがブンブン揺れた。
やっぱりこれ尻尾だよ!絶対そうだ!実は俺の転生先はファンタジー系だったのかもしれない。
「……すごい!すごいよ!これ『盲腸コアラ』だよ!レアだよ!お腹に盲腸手術の手術痕があって痛そうでしょ?泣いちゃってて可哀想……いやぁ佐藤くん、一発で『盲腸コアラ』を引き当てるなんて……天才?」
「な、なるほどぉ……盲腸ね、アハハ……あの、重川さん、この『盲腸コアラ』の目の上についてる線はまゆげじゃないの?」
「それはただのシワだね」
シワ、シワかぁ……いやいや!どっからどう見てもまゆげだろ!ってか盲腸ってなんだよ!変に生々しいんだよ。
俺の中に確かに存在するおじさん成分が恐怖に震えてるよ?他人事じゃないんだからね盲腸!
「レア柄って『まゆげコアラ』だけじゃなくて色々あるんだね……じゃあつぎこれは?」
俺はもう一つ気になったものを手に取って重川さんに差し出す。
そこに描かれているのは小さな三角帽子をかぶって笑顔でぐるぐるのなにかをしゃぶっているコアラが描かれている。
またしてもじっくりとルーペで観察した重川さんはにこにこと上機嫌だ。
「すごい!佐藤くん!『鼻血コアラ』!『鼻血コアラ』だよ!これもすごくレアなの!」
え!?これもレアなの?この鼻のシワって鼻血だったのかよ!ほうれい線にしか見えねぇよ!っていうか、両鼻から垂れ流してるのに何でこんなに笑顔なんだよ怖えよ!コアラの情緒どうにかしろよロッテ!役目だろ!
「まさか二連続でレアコアラを引くなんて……その引きの強さ、佐藤くん、君はまさか……生まれ変わりなんじゃ……?」
「なん……だと……」
な、なんだ……!ま、まさか俺が転生者だとバレたのか。
重川さんは天然で抜けているように見えて意外と鋭いし頭がいい。この学校に一般で入学できているのが確たる証拠だ。
まさかコ○ラのマーチのせいでバレるのか!?俺の中身がしがないおじさんなことぉ?そんなことあるぅ!?
「メル・フィッシャーの生まれ変わりなんじゃ……」
うん、どなたですか?
メル・フィッシャー?聞いたことも見たこともないんだけど……釣り人の方なのかな?日本人じゃないのだろうと言うことしかわからんぞ。
「メル・フィッシャーは伝説のトレジャーハンターだよ!海底の難破船を探索して金銀財宝を見つけたの!二回連続でレアコアラを引き当てた佐藤くんはコ○ラのマーチ探索界隈のメル・フィッシャーだよ!」
「へぇ、伝説のトレジャーハンター、メル・フィッシャーさんか……全然知らなかったよ。やっぱりすごく物知りだね重川さん」
早口で伝説のトレジャーハンター、メル・フィッシャーについて語る姿はとても可愛らしい……。
というのは当然の話だとして、やっぱり重川さんはすごく賢いなと感服する。
人生で二度目の高校生、中身は酸いも甘い……は経験したことがないおじさんだ。なのに知識量で普通に負けるとはこれいかに。
手のひらを胸の前で握り込みながら「私もまゆげコアラ見つけるぞー!」と意気込む重川さんから賢い雰囲気は全く感じないが……そのギャップに萌える!見なよ。俺の推しの姿を。
「むむむ……」
おっと、これ以上重川さんを眺めていたら怪しまれそうだ。
俺もせっかく重川さんにルーペを貸してもらえたんだし、これを使って『まゆげコアラ』を探してみるとしようか!