ドブカス悪役令嬢を演じてたつもりだけど、周囲の解釈が何か大きな事情を抱えている高潔な精神を持った貴族令嬢なんだけど 作:つむつむ
再び、ガキンという音を立てる。あたしの飴による防御は並大抵の攻撃を通すことはない。
「さっきのを見て学習してないの? 流石駄犬……いや、雑種ね。雑種程度の身分であたしを見下ろすなんて不愉快だわ」
「グルルル! こんなもの、俺の爪があれば!」
両手の爪で頑張って飴を破壊しようとする。しかし表面に僅かな傷がつくだけで、あたしには何も届かない。
あたしは飴の中でゆっくりと手を挙げて、それを勢いよく振り下ろす。
「お、す、わ、り」
男の頭上に巨大な砂糖の塊を生み出して、それを頭上に落とす。砂糖が周囲にぶちまけられ、男は地面に這いつくばる。あたしはその男の顔に向かって。
「あら、そんなところから見上げるなんて躾がなってないわ。あたしが躾けてあげる」
ヒールをキャンディーでコーティングして顔を踏みつけようとする。男は間一髪のところで回避する。甲高い音を立てて、ヒールの棘が会場に突き刺さる。
「グルルル。お、お前。俺を馬鹿にしているのか!?」
「馬鹿にはしてないわよ。だって、馬鹿にするって人間に対してすることじゃない?」
「……は?」
唖然とする男を流し目で見つつ、あたしは魔術で口元を隠すための扇を生み出す。
「だって今貴方、とても醜いもの。醜い存在を人間と認めるわけにはいかないわ」
「貴様アアア!!!」
男が怒り心頭で突っ込んでくる。あたしと男の前にクロエが割って入る。
「悪い奴、斬る」
クロエが剣を生み出して、目にも止まらぬ速さで一閃。男の右腕が綺麗に宙を舞う。
「ちょっと。何手を出しているのよ。あれはあたしの玩具なんだけど」
「関係ない。そっちこそ、手を出さないで。悪い奴を斬る。勇者の役目」
「はあ? あんたは勇者の前に躾がなっていない駄犬よ駄犬! 雑種認定されていないだけ感謝してほしいわね!!」
大量に噴き出す男の血を魔術でマシュマロに変化させながら、あたしはそういう。こんな会場で大量の血をぶちまけるなんて、あたしの美学に欠ける。
「そもそもレオン王子! レオン王子のカオが悪ければ、趣味も悪いから、こんな駄犬が生まれるのよ! パーティー会場で剣をぶんぶんと振り回すなんて、悪趣味だし、あたしの好みじゃないわ!」
「お、俺のせいか……。いや、た、確かに。そうかもしれないな」
「お兄様悪くない。やっぱり、お前悪い奴」
「戦いの中で背中を向けるなあ!!」
クロエが背を向けて、あたしに剣を向けようとした時だ。クロエの背後から男が爪を生み出しながら飛び出す。あたしは地面のマシュマロをガムに変化させて、男の全身に巻き付けて拘束する。
「な、なんだ!? こ、れは!?」
「ガムよ。ここでは庶民の食べ物だったわね。貴方、随分と知見が浅いのね。貴族としての品格どころか、脳みそもついてなくて可哀そうに」
なんにでもくっつくような便利なものではないが、大体のものにはくっつく。伸縮性も高いため、無理矢理ひっぺはがすのは不可能だ。
「いい? レオン王子もクロエも、王族、いや貴き者としての品格が足りていないわ! 見るがいいわ! 我が家でも虐げられ、最底辺の暮らしをさせられていた可哀そうなお姉様ですら、持ちうるものだと!!!」
「ふぇ!? わ、私!?」
拘束してジタバタと暴れている男を無視して、あたしはお姉様の方に近寄る。そして、無言でお姉様の背中を押して、男の前に立たせる。
「よく考えたらこんな野蛮なこと、あたしがすべきではないわ。ヴァニリウス家でこういうのが似合うのはお姉様だもの。前みたいにやってほしいな!」
無論これはあたしのドブカス行為だ。散々、お姉様はヴァニリウス家の最底辺と言ったのだ。最底辺にすら負ける王族、貴族諸君みたいな盛大なドブカス行為だ。
最悪お姉様が失敗しても、あたしが何とかしよう。お菓子魔術で魔力を黄金っぽく見せれば、お姉様の仕業だとみんな信じて疑わないはずだ。
「あれだよね、シャルちゃん! 実はクレールさんと二人で練習していた魔術があるんだ!」
「ええ、そうよ。あれよ」
あれってなんだ? あたし、そんなこと、クレールからもお姉様からも聞いていないわ。けれど、ここで否定するとあたしの品格を疑われてしまう。
ドブカスたるもの、あたしの心は常に平穏でいなくてはならない。
「うん! シャルちゃんが応援してくれているならできる!」
お姉様は随分とやる気だ。も、もしかして、あたしの溢れ出るドブカスオーラのせいで、お姉様までドブカスに目覚めたのか!?
あたしの意図を汲んで、自らドブカス行為をしようとするのか!? 聖女に見せかけて、なんたる所業! これも一つのドブカスの形……!!!
「ハアアアアアアアッッ!!!」
お姉様が気を溜める。いや、溜めているのは魔力なんだけど、その声の出し方は気の溜め方なんよ。どこぞの戦闘民族みたいな溜め方なのよ。
お姉様が両手を前に突き出す。そこに黄金の魔力が溜まっていく。あれ? この光景ってどこかで見たような。
「聖女滅却破ァッッ!!!」
どういうネーミングセンスだよ。つーか、どこで覚えたそんな言葉。クレールが変な入れ知恵でもしたのか? 今度、詳しくお話を聞かないとな。
お姉様が放った黄金の魔力は男の身体に当たり、天を貫く巨大な柱と化す。
「グワアアアアアアッッ!!!!」
おー、めちゃめちゃ男が焼かれている。これは凶悪過ぎる魔術だ。跡形も残らないだろう。あたしの意図をあまりにも読み取りすぎている。まさか、お姉様がこんな容赦のないドブカスだったなんて……!!!
「グワアアア……こ、これは!? お、俺の身体から魔族の力が!?」
男は塵も残さず消滅した。というわけではなく、元の姿に戻っただけだ。
え……。もしかしてあの見た目と、あの声と、あの名前で、攻撃技じゃなくて浄化技ってマジ?
「ぐ、クソ!! こんな醜い人間の姿にさせられるなんて、聞いていないぞ! 俺は誇り高き魔族! こんな矮小な姿に……!!」
なんかただの浄化技ではなさそうだけど、とにかく男を無力化できたようだ。
「いつまでボーっと見ているつもりかしら? レオン王子? その男の手柄くらいはあげる。何もできず、あたしに剣を向けてきた駄犬もいるけど、寛大なあたしは許してあげるの。さらに寛大だから、あたしは手柄もあげちゃうの。ありがたく受け取りなさい」
ここで心の器の大きさでドブカスマウントを取っていく。あたし、なんて容赦のない女なのだろう。容赦なさすぎて惚れ惚れしてしまう。
「……色々と言いたいことはあるが、分かった。衛兵! この者を捕らえよ! 決して自害などさせるな! この者には聞きたいことが沢山ある!」
さて、騒ぎになりそうなこのタイミングで。
「帰るわよお姉様。これ以上の面倒には付き合っていられないわ」
「え? でも、私達まだ残って」
「さっさと帰るわよ。もしかして、お姉様、ここの料理が恋しいとか思ってるんじゃないでしょうね? これだから庶民の舌のお姉様は」
お姉様が名残惜しそうにしている。きっと、ここでは普段食べられないような料理が沢山あるから、お姉様はもっと食べたいのだろう。
「いい? こんなところの料理はまだまだ貴族の食べ物とは言えないわ。そんなことも分からないようなお姉様には、あたしが帰ったら直々に貴族の食事というものを教えてあげる! いいこと!?」
「シャルちゃん……」
「さあさっさと帰るわよ!!」
あたしはガツガツと前に進む。お姉様はその後ろをついてくる。こんなところで長くとどまっていたら、また変な面倒ごとに巻き込まれるかもしれない。そんなのはごめんだ。
しかし、心行くまでドブカスを楽しんだ。これで、あたしがどれだけ凶悪なドブカス悪役令嬢なのか分かったことだろう。
今日は枕を高くして眠れそうだ。帰る足取りはいつもよりも軽く感じた。