ドブカス悪役令嬢を演じてたつもりだけど、周囲の解釈が何か大きな事情を抱えている高潔な精神を持った貴族令嬢なんだけど 作:つむつむ
あたしの視界が透き通ったピンク色に変色する。視界がパキリとひび割れていく。それは首を切り離された胴体も同様。
まるで飴細工のように、あたしの全身は粉々に割れて、あたしはクロエの背後で隙だらけの手に向かって、基礎魔術を放つ。
「いたっ!?」
不意の攻撃にクロエは動揺して、杖を落とす。
「これであたしの勝ちね。杖を落とされた方が負け。例え首を斬られようともね」
あたしはクロエの背後で堂々と勝利宣言してやるのであった。ふふん、ドブカスに勝とうなんて百年早いわ!!
「え……? しゃ、シャルちゃん? ええ!? シャルちゃんがなんでそこに!?」
「わ、私シャルロッテお嬢様がし、ししし、死んでしまったのかと……! な、なんで!?」
「最初から生身じゃなかった」
お姉様とクレールが動揺と驚愕で声を上げている中、クロエはいつもと変わらない態度でそう言ってきた。やっぱり勇者って勘みたいなのが凄いんだな。
まあいいだろう。ここいらで種明かしといこう。こうして精神的優位性を保つ。勝利の後にも油断せずにドブカスを差し込んでいく!!
「駄犬の言う通りよ。まあちょっと違うのだけど。あたしは自分のダメージを、自分そっくりの飴に置換している。まあ要するに、万が一の身代わりね」
「駄犬……」
駄犬呼びには不服なのか、そこで不満げな声を出していた。あたしの中では駄犬呼びは当分の間覆ることはないだろう。
「最初から変だった。他とは違う雰囲気を出していた」
「だから初対面からいきなり首を斬ろうとしたの? とんだ駄犬っぷりね。そこまで行くと愉快だわ」
「斬っても死なないと思ったから。それにお兄様を悪く言ったのは事実」
そんな理由で人の首を斬ろうとするなよ。妖怪でもしねえぞ。
この身代わりは色々と制限があるとはいえ、死を一回は確実に無効化できる。初めて発動したけど、これはなかなかいいものだ。
「大好きなお兄様を悪く言われたくなければ、駄犬と呼ばれないようにすることね。駄犬の飼い主には駄犬がお似合いよ。ったく、お茶が冷めたじゃない」
あたしの優雅なティータイムだったというのに。かと言って、クレールに今から淹れろとは言いにくい。そうだ!
「この茶、口付けてないから駄犬にあげるわ。駄犬にはちょうどいいでしょう」
「……なんで?」
「餌付けよ餌付け。そこにある茶菓子も好きなだけ食べなさい。あたしの口に合わないのよねそれ」
「え゛」
クレールが変な声を上げている。クレールが用意してくれた茶菓子だったか。
「敗者には余りものの茶菓子と冷たい茶で十分よ。惨めにあたしからの施しでも受けるといいわ!」
「ん。じゃあいただく。美味い」
ぼりぼりと茶菓子を食べ始める。やっぱりとても王族とは言えない食べ方だ。大量の食べかすを机にぶちまけている。どうすればそうなるんだ。さらに茶菓子の掴み方も、こう、熊が鮭を掴む感じだし。
「机と椅子の掃除はクレールとお姉様に任せたわ。いい!? それはいつもあたしが使うところなんだから、女神の銅像を磨くような気持ちで磨きなさい!」
と言ってあたしはずかずかと部屋に戻っていく。先ほどの決闘で魔術のインスピレーションを得た。それを早いところノートにメモしておきたいのだ。
「んまい、んまい」
そのために面倒な客をお姉様とクレールに押し付ける。ふふっ、やっぱりあたしはドブカス悪役令嬢だ。
***
「クロエちゃん。口に食べかすがついているよ。拭いてあげるね」
セレーネが私の口をハンカチで拭いてくれる。
こんなことをしてくれる人なんて、少し前まではいなかった。
「ありがとセレーネ。私、そろそろ帰る」
私はそう言って席を立つ。食卓に並べられたものはどんなものであれ完食すること。
これはルールだ。私と、私の家族達の間で決めた。
「く、クロエちゃん! シャルちゃんはああいっているけど、また来ていいよ。きっと、シャルちゃんは許してくれるから」
「……どうして? 私は負けた。私が間違っていた」
口に出すと改めて実感する。私は負けたんだと。
負けた人間は死ぬだけ。いつだって死ぬのは弱いやつ。けど、弱いのは悪いことじゃない。
悪いやつは別にいる。私は一目見た時に、あれが悪い奴だと判断した。だって他とは何もかもが違うから。
「でもクロエちゃんには理由があったんだよね。シャルちゃんはそういうの分かっているから、だからすぐに追い出さなかったんだと思うよ。シャルちゃんは気に入らなかったら、その場ですぐに追い出しちゃうし」
「……そういうものなの?」
「そうかも。と言っても私もシャルちゃんのこと、あまりよく分かっていないんだけどね」
セレーネは聖女。一目見た時、私の中にある声が、この人はいい人だと言っていた。けど、シャルロッテは違う。悪い人って、私の中の声がそう言っていたから。
でも今はちょっと違う。さっきの決闘を終えてからその声は聞こえなくなった。
私には分からない。シャルロッテはいい、悪いでは区別できないような人間だ。私が斬るべき悪とは言い切れない。
「また来る。お兄様を馬鹿にされないようにするため」
「うん。シャルちゃんに怒られないように、私も色々と教えてあげるね」
やっぱりセレーネは優しい。聖女はずっとずっと優しいんだ。
私は帰路に着く。私には王族とか貴族とか、そういうルールは分からない。私が育った下層域ではそういうのがなかったから。
でも今のままでは駄目らしい。今の私ではお兄様が、みんなが馬鹿にされてしまう。いや、馬鹿にしているのだろうか? シャルロッテは私に何かを気付かせたくて、ああいう風に言っているんだろうか?
「分からない。何も」
私には分からない。
「そこの少女止まりなさい! 直に魔物がやってくる。ここから先は立ち入り禁止だ。だから……」
私には分からないことばかりだ。けれど、これは分かる。私の全身が狩るべき獲物を教えてくれる。
私は駆けだしていた。全ての声を無視して、私の行く先を塞ぐものを踏み越えて。
「グガアアアア!!!」
「魔物がやってくるぞ! 総員戦闘態勢! ヴァニリウス家と市民のために一匹も通すな!!」
私が思っている以上にシャルロッテは凄いのかもしれない。
ヴァニリウス領は元から魔物が産まれやすいってお兄様から聞いていた。それでも魔物による被害が少ないのは、練度の高い兵士がいるからだと。
いずれ、私にも見せてあげるとお兄様が言っていた。今は見るチャンスだろう。けれど。
「ごめん。今は全部斬りたいの。私には分からないことが多いから」
私は地面を蹴って、兵士達の戦列すらも飛び越えて、魔物の前に出る。剣を生み出して、魔物をたたっ切る。
「あ、あれは女の子……?」
「シャルロッテお嬢様と同じくらいだぞ!?」
「何をしている! 早急にあの子の保護を!!」
「私は勇者」
私は呟く。
私の名前はクロエ。王都下層域で産まれ、親の顔を知らない。ある日突然、お兄様が迎えに来て、私のことを王族と言ってくれた。そして、勇者とも。
「私は勇者にならなくちゃいけないから。悪い奴は全部斬る」
魔物は人々の生活に害を成す悪い奴らだ。
だから、私が斬る。
斬って、斬って、斬りまくればシャルロッテの言うことが理解できるかもしれない。私はまだ何も分からないから。
「絶対に追いつく。シャルロッテ・ヴァニリウス」
私は心の内で、私の意志で決めた宿敵の名前を口にして、魔物の群れへと駆けだしていく。