ドブカス悪役令嬢を演じてたつもりだけど、周囲の解釈が何か大きな事情を抱えている高潔な精神を持った貴族令嬢なんだけど 作:つむつむ
「何故だ……! なんで帰ってこない!」
俺は自分の執務室で頭を抱えていた。部下の報告を聞くたびに、胃が凄まじい音をあげて、頭がカチ割れそうになる。
信頼のおける部下を各地に散らばらせて、クロエの捜索を始めてから数日。クロエの足取りを全くつかめずにいた。
勇者であるクロエの身に何かが起きたとは考えにくいが、ここまで手がかりがないとすると、最悪の事態を想定してしてしまう。
「なんで俺は……!」
部下がいない今だからか、つい弱音の吐きそうになってしまう。寸前で俺は弱音を飲み込んだ。いつ、誰が俺のことを見ているか分からない。
俺の次期国王の座を狙おうとする連中は後を絶たない。少しでも弱みを見せれば最後。俺はその座から引きずり降ろされるだろう。いや、今回の件で降ろされるかもしれない。
そういう意味では今は絶好の好機。俺を貶めようとする奴らにとっては。
「こんな時に保身のことか。嫌になるな」
次期国王として、王子として保身のことを考えるのは大切なことかもしれない。だが、クロエの兄である自分がそう思っていないのだ。むしろ、それを嫌悪している。
どうするべきなのか道標はない。こういう時、ふと、彼女の顔が頭をよぎってしまう。
「大変ですレオン王子! ま、魔物が王都に向かって進行しています!」
「なんだと!?」
魔物が進行している……!? 一体どういうことだ? いや、何が起きているのだ!?
立て続けに問題ばかりが発生する! クソっ! 全て俺が無能なばかりに……! いや、弱気になっている場合か。先ずは兵士に指示を出さなくては。
「兵士達をかき集めろ。防衛線を築く」
「おおっと。流石はレオン王子。一瞬で冷静さを取り戻すとはお見事。で、す、が、その程度の指示であれば、俺の指揮の下、完璧に行っています」
と言って一人の大男が入ってくる。俺はそいつの顔を見て、奥歯を噛みしめた。
「これだから経験の伴わない王子は。王子の安全な場所も我々が用意しました。さあ、どうぞこちらへ」
「ジルベール……。駄目だ。俺が前線の指揮を行なう。我が騎士達が王城を離れている以上、俺がしなくては」
「駄目ですねえ王子。全く持って駄目。王子はこの国の象徴となるお方です。貴方の身体は宝石であり、決して傷ついてはならないものです。傷モノの王子に価値なんてありませんからねえ」
俺は更に奥歯を噛みしめる。
俺は無力で無能だ。王子だ、氷の獅子だ、そう言われていても有事の際には真っ先に安全な場所に逃げるよう指示を出される。
俺にとって王とは人々を導くものであり、有事の時こそ誰よりも前に立ち、勇敢に立ち向かわないといけない。しかし、そんな俺の理想は英雄譚の中のものでしかない。
「ささ、お父様も心配されております。故、我々にお任せを」
王子に意志があるわけもない。こういう時、人々を動かすのは昔から王城に勤めている人間だ。ジルベールは適任と言ってもいいだろう。
長年前線を離れているが、現役時代では最前線でその力を振るった将軍だ。父にも気に入られている。きっと、この事態を解決するにはうってつけだろう。
「分かった。案内してくれジルベール」
「聞き分けがよろしいようで。それではこちらに」
俺は増大していく自己嫌悪と共に、ジルベールの背中をついていく。
俺はてっきり王城の地下や離れに案内されると思っていた。しかし、俺の予想とは違い、案内された場所は王城の最上階にある大広間。
「どういうつもりだジルベール。ここは……」
「王子には今から、王都が焼け落ちて、市民が泣きわめき、死に絶える様をご覧になってもらおうと思いまして」
ジルベールが入口の扉を閉めた後、ニヤリと笑う。歪んだ笑みを浮かべた後、その身体が変質していく。
「まさか、お前も」
「その通りです。その通りですよ王子! 勇者もいなければ聖女もいない。そして、あの貴族令嬢は我らが魔族の手に落ちた! 王子を守る人間はどこにもいませぬ!!!」
醜い姿だった。ジルベールの肉体は腐り落ちて、骨だけが自立して立っている。軍服が黒い騎士の姿へと変化していく。
「本物のジルベールはどうした? 並の魔族ではあのお方を打ち取れるとは思えないが」
「並の魔族ならばな。だが、俺様は違う! 魔界将軍の一柱、『不滅のアコニット』にかかれば一発よ! 王城の兵士も俺様の配下にしてやった!」
「な、なに……!?」
将軍だけではなく、兵士までもが……!? このままだと王城にいる人々が危険な目に遭ってしまう! ここはなんとしてでも突破しなくては!
俺は杖を引き抜く。魔術を使おうと杖に魔力を込めるが、すぐに霧散してしまう。
「おおっと! 無策で氷の獅子に挑むかよ! この王城には特殊な結界を張らせてもらった! この中では俺達魔族しか魔術を使えない! ククク。お前は何もできずに悲鳴を聞くしかないのだ!!」
「……グッ! こんなところで、俺は……!!」
いくら杖を振っても魔術は使えない。魔術さえ使えれば、あんな奴の思い通りにはいかせないというのに……!
俺は奥歯が割れるほど噛みしめる。俺は何もできない。そうだ、シャルロッテの言う通りだ。俺は無能だ。勇者であるクロエに兄と慕われるほど、立派な人間じゃない。
魔術の天才なんかではない。シャルロッテ、お前のように俺は魔術を使いこなせないんだ。
俺の目は何も見えておらず、愚鈍な王子。お前の言う通りだシャルロッテ。
人々から恐れられている……。お前のように上手く立ち回る方法を知らないんだ。
俺は、俺と違って何もかもを持っているお前が羨ましいんだ。だから、お前には正しくいてほしいと、そう願っていた。
こんな時になって、なんて女々しいことを思っているんだ俺は。けど、何もできないから仕方ないじゃないか。俺は精一杯やってきたんだ。ここまで、不器用だけど。
「さあ、悲鳴を聞くがいい王子! そして絶望せよ!!」
「ぎゃあ!?」
「い、いやだ! 助けて!!」
扉の外で悲鳴と共に生々しい音が聞こえる。耳を塞ぎたくなるような音だ。想像するのも恐ろしい。この扉の外側で、守るべき民たちが魔族によって虐殺されている光景を。
「い、いやだ!」
「く、くるな! 来るな!!」
「ふふ。なんて素晴らしい響きなんだ。人が死んでいく姿というのは儚くとも美し」
「た、助けてくださいアコニット様あ!!!」
そういって入ってきたのはアンデット化した兵士だった。次の瞬間、何かが投げられたと思ったら、兵士が壁際に貼り付けられていた。燭台にその身を貫かれて。
「……は? な、なにが、起きて?」
アコニットが困惑した声でそう言った。次の瞬間、背後の気配を感じ取って咄嗟に後ろを振り向く。
「殺す。殺す、殺す。悪い奴、殺す。お兄様に手を出した悪い奴全員。殺す」
廊下を歩いていたのは、両手にアンデットの首を持ったクロエだった。