ドブカス悪役令嬢を演じてたつもりだけど、周囲の解釈が何か大きな事情を抱えている高潔な精神を持った貴族令嬢なんだけど 作:つむつむ
セリーヌ・ヴァニリウス。それがお姉様の名前だ。
お姉様は平民との間に産まれた混血の魔術師だ。産まれてから少しの間は貴族令嬢として生活できていた。
しかし、お姉様の立場というのは一気に急変した。あたしが産まれたのと、お姉様の母が亡くなってから。
あたしの母親が正妻になってからというものの、お姉様への虐待が始まった。みるみるうちにお姉様は家での居場所を失い、みんなから忘れられたかのように、屋敷の隅で息をひそめるように生活している。
お姉様に与えられる食事は毎日パン一個とコップ一杯の水だけ。
お姉様はよほどのことがない限り、この部屋から出ることを許されない。身を清めることも含めて、最低限の機能がこの部屋にはあるから。
「ごきげんよう。シャルちゃん。シャルちゃんはいつも通り元気ね」
穏やかに微笑むお姉様を見て、あたしは納得する。
シャルロッテはこの人が心底嫌いだったのだろうと。こんなところに押し込まれて、それでも優しく笑うことができるのだから。
だからシャルロッテはお姉様を虐めた。虐めて、虐めて、毒を吐かれる日を待っていたはずだ。なのに、一向にその日は来なかった。
お姉様はただ優しく、日の光すらまともに当たらないような場所で優しく微笑んでいた。
そんなお姉様を虐めるのは大変心に来るものがあるが仕方ない。これも悪役令嬢として振舞うためだ。許せ……!
「あらお姉様元気そうね。その顔を見るとこちらにも悪いものが溜まりそうだわ」
「そうね。そう、だよね。本当は早く消えちゃいたいけど、中々消えられなくてごめんね」
ぐぅ!? なんだこの自罰的な性格は!? こっちが悪いことをしている気になってきたぞ!?
いやいや悪いことをしているのは事実だ。しかし、変に怪しまれるわけにはいかない。ここは完璧な悪役令嬢ムーブをしてみせる。
そのために厨房からあの菓子を取り上げてきたんだ。作戦名は『お姉様みたいなみすぼらし方はその程度の食べ物でも食べていればいいのだわ!』だ!
あたしは菓子が入った袋を投げ捨てる。そして、入口の近くに水瓶とコップを置く。
「これは……?」
「メイド達が試作していたお菓子よ。失敗作らしいからお姉様にあげようと思って」
あえて失敗作ということで、お姉様には失敗作を食べるのが精々お似合いだわ的な意味を含ませる。
「いくら栄養価が高くても、生クリームやチョコレートが乗っていないお菓子なんてお菓子じゃないわ。それに食べたら口がパサパサするし、とてもじゃないけど、あたしが食べるようなお菓子じゃないの」
シャルロッテの価値観に加えて、女の子が好きそうなスイーツを連想させる言葉で、より精神的な負荷を増大させる。ふふふっ、なんて外道な戦法なんだ。ドブカスすぎて惚れ惚れしちゃうな!
「そんな出来損ないのお菓子だもの。お姉様が食べるのにちょうどいいわ」
「出来損ないのお菓子……」
お!? 効いたか!? 効いてしまったかこのワード!
ワードチョイスもドブカストレースできているなんて、あたしは天才すぎる。悪役令嬢ではなくてドブカス令嬢に命名変更した方がいいんじゃないかと思うくらいのドブカスっぷりだ。
「その菓子はとてもじゃないけど、水がなければ食べられない代物よ。哀れなお姉様には水くらいは恵んであげる」
「水……!?」
水に驚いている驚いている。よほどショックなのだろう。貴族令嬢は水ではなくて、紅茶とかを好みそうだ。貴族令嬢として生活していた期間もあるから、精々水しか恵まれないというところに大きく傷ついただろう。
「あたしは今からティータイムなの。沢山のお菓子に囲まれて、美味しいお茶をいただくことにするわ。お姉様には縁がないと思うから、これはあたしからのおすそ分けってことよ」
ここで格差をつけろ!! 滑らかなコーナリングのように、自分とお姉様の格差を思い知らせていくぅ!
これでお姉様の心は木っ端みじんのはずだ。ふふっ、ちょっと心苦しかったがこれも悪役令嬢ロールプレイのためには必要な犠牲だ。許せ。
「そうね。ありがとうシャルちゃん。嬉しいわ」
な、なにぃ!? ここまで格差というものを思い知らされながら、微笑むことができるだと!? お、お姉様の心臓は何でできているんだ!?
ふ、ふん! この精神的攻撃はじわじわと後から効いてくる部類の奴だ。きっと三十分後にはこのお菓子を食べながら「シャルちゃんは今頃」みたいなナイーブな気持ちになるだろう。そうに違いない。
この抉り込むようなドブカスブローの恐ろしさはこれからということよ。
「まあ精々お姉様はそこで惨めな想いでもしておくことね。お姉様みたいな辛気臭い顔を見ているとこっちまで気が滅入るから、今日はこれくらいで許してあげる! じゃあね!」
と言って扉を閉める。捨てセリフまで吐いてやったぜ。なんという美しすぎるドブカスムーブ。
転生初日にして悪役令嬢からドブカス令嬢にクラスチェンジできたのではないだろうか。当初の目的とは随分と異なるが、これなら周りから変な疑いをかけられずに済むはずだ。
むしろなんなら「前よりもドブカス度合に磨きがかかった」「本当に最低最悪なお嬢様」「なんでこんな奴に仕えているんだろう」って思われてしまうことだろう。
メイドの中でも幅を利かせていたお局メイドの鼻っ柱を叩きおり、お姉様に失敗作みたいなお菓子をあげて、あたしとの格差をこれでもかと分からせた。
「内部への格差と悪役令嬢っぷりは分からせることができたわね。ということは次は外ね」
内部への仕打ちはこの程度でいいだろう。次は外部だ。
シャルロッテ・ヴァニリウスに近づく人間は多い。魔術の名門ということもあり、本人が魔術師としての才能に恵まれ、容姿端麗でおまけに特異体質持ちだ。
食べたものを魔力に変換できる体質はかなり貴重で、それだけで財を成せるほど素晴らしいものと、彼女の記憶にはある。
ならば社交界でドブカスっぷりを披露しなくてはならない。こういう中身を入れ替わった系は意外と関係性の薄い外部の人間が見抜いたりするものだ。
変な疑いをかけられないよう、より凶悪なドブカスに進化しなくてはならない。
ちょうど明日にはお抱えの商人が屋敷に来るらしい。ここはいっちょ、商人に対してドブカスムーブをかましてやるとしよう。
「ふふふ。これからどんなドブカスができるか楽しみね」
あたしはまだ見ぬ自分のドブカスっぷりを妄想するのであった。