ドブカス悪役令嬢を演じてたつもりだけど、周囲の解釈が何か大きな事情を抱えている高潔な精神を持った貴族令嬢なんだけど 作:つむつむ
「セレーネ様大変です! しゃ、シャルロッテお嬢様がいなくなってしまいました!!」
裏庭で鍛錬を行なっていた私に対して、クレールが駆け寄ってくる。シャルちゃんが何も言わずに消えてしまうのは確かに珍しい。
「シャルちゃんが……? ちょっと心配だけど、どこに探しに行こうね……?」
「う、うーん。シャルロッテお嬢様は何を考えているか分からないですからね。いなくなったと言っても」
私達は首を傾げる。シャルちゃんは色んなことを考えている。シャルちゃんは一見すると何も考えていないかのように振舞うけど、実のところは何手も先を見て行動している。
私達にはシャルちゃんの考えていることは分からない。けれど。
「シャルちゃんがいなくなったということは、何かが起きる前触れだよ。私の勘がそう言っているんだ」
「言われてみたらその通りかもしれませんね。先ずは屋敷の中を徹底的に探索を……」
「キャハハハッッ!! その必要はないわよ聖女サマ! あたし達の目的はアンタなんだからさ!!」
私の前に現れたのは、奇妙な笑い声を上げるジゼル先生だった。あの人はシャルちゃんが地下牢に閉じ込めたはずなのに。なんでこんなところに……?
「ジゼル先生。勝手に出歩いたらシャルちゃんに怒られますから、大人しく戻った方がいいんじゃ……」
「そんな心配をしているなんて流石は平民との混ざりものね。私達が彼女を解放したのですから、何の心配もなくてよ」
ジゼル先生の背後からメイド長が現れる。いや、確か今はクレールさんがメイド長だから、前任者になるんだっけ?
どうしたのだろうか? みんなシャルちゃんに嫌がらせでもするつもりなのだろうか?
「あ、あの! シャルちゃんはあれでもいい子なんですよ! 誤解しちゃうかもしれませんが、私がシャルちゃんの代わりに謝りますから、どうか、シャルちゃんに酷いことをしないでください!」
私は精一杯頭を下げる。数秒の間沈黙が流れる。直後、ジゼル先生が大声を上げて笑い始めた。
「キャハハハハッッ!!! 何を言っているのさ! アンタの妹は今頃、アタシたちの仲間が始末しているんだよ! アンタは自分の心配でもするんだね! せ、い、じょ、さ、ま!!」
「え……? シャルちゃんを……? ど、どういうこと?」
「せ、セレーネ様! み、見てください! ジゼル先生が……!!」
ジゼル先生の姿が変化していく。髪は真っ赤に、肌は黒く、全身に紋章が刻まれた、絵本に出てくるような悪魔の姿に。
「アタシは『傾国のカシス』!! そしてこの子達はアタシが新たに力を与えたサキュバス軍団さ!!」
メイド長たちの姿も変貌していく。歳は若返り、若い女悪魔の姿へと。
それにしてもサキュバス。サキュバスってなんだろうか? シャルちゃんなら何か知っているのかな?
「さ、サキュバス!? わ、私達を襲っても美味しいものは何もありませんよ!!」
「クレールさん? サキュバスって何か分かる?」
「せ……いや体液……? と、とにかく人間から魔力を吸ってカラカラにしちゃう恐ろしい魔族なんですよ!!」
「そちらのお嬢ちゃんは物知りねえ。アタシに従えれば、永遠の美を与えてあげる。どうかしら? あんな芋くさいガキと、アンタの前にいる貧乏くさい女から離れて、アタシの元に来るというのは」
カシス……さんがそう言ってから、クレールさんへ手を伸ばす。私の後ろに隠れて、さっきまで怯えていたクレールさんの表情が変わる。凛とした表情になって、私の前に一歩踏み出す。
「お断りします。私の主はシャルロッテお嬢様とクレール様です。その程度の提案で私を堕とせるなんて思わないでください」
「そう……。アタシに喧嘩を売ったこと後悔させてあげるわ!! 先ずはアンタの魔力からいただいてやるわ!!」
地面から触手が生えてくる。紫のぬめぬめとした触手が、クレールさんへと襲い掛かる。私はそれを蹴り飛ばしていた。
「セレーネ様!? そんな身のこなしをいつの間に!?」
「シャルちゃんとクロエちゃん見て覚えたの。なんとなく、私にもできるかなって!」
二人の決闘はとても勉強になった。私でも鍛錬をすればあんな風に強くなれるかもしれない。そんなことを思わせてくれるいい決闘だった。
見よう見まね、ぶっつけ本番だったけどなんとか上手く行ったようだ。
「チッ。生意気ねえ。あのガキといい、ここの子供は面倒で、生意気で、本当に嫌になっちゃうわ」
というカシスさんに対して、私の胸がモヤっとする。なんか、こう、言葉にできないけど嫌……だなあ。
「そもそもこの家は美しさに欠けるわ。こんなところから聖女が出るなんてお笑いね。もっとアタシに相応しい舞台で出て欲しかったわ」
やっぱり胸の奥がモヤモヤとする。
「いい男を吸えると思ったら、相手はガキんちょ。まあ、あの生意気なガキじゃないだけマシね。あんな薄っぺらい身体でよくも自慢げにいられるわ。鏡を見せてあげたいくらい」
私は無意識に拳を握りしめていた。それだけじゃない、全身の力がさっきから抜けない。むしろ溜まっていく一方だ。
胸のモヤモヤが溜まれば溜まるほど、全身を駆け巡る力は大きくなっていく。
「それに比べるとアンタは肉付きがいいわね。あの生意気なガキが可哀そうだわ。いいものを食べて、あんな貧相な見た目だもの。将来性は皆無ね。シャルロッテなんていう偉そうなだけのガキに虐げられていたアンタがかわいそうで仕方ないわ!」
私の心の中で何かが弾けた。
全身から黄金の魔力が溢れ出す。私が制御できないくらいに。
「な、なによ……! 妹を馬鹿にして怒ったのかしら? ふん! いつも酷いことをされているのに、随分とお人よしね!!」
「怒った……? そうだ、これが怒るってことなんだ」
私は自分の両手を見る。傷は塞がっていくけど、両手には握りしめすぎて皮膚が破けた痕がある。私は怒っていたんだ。シャルちゃんを馬鹿にされて。
「私、貴方のことを許しません。謝っても絶対に」
私は強く、カシスへと視線を向けた。