ドブカス悪役令嬢を演じてたつもりだけど、周囲の解釈が何か大きな事情を抱えている高潔な精神を持った貴族令嬢なんだけど 作:つむつむ
「や、やめっ! 全て話した通りだ! 我々はヴァニリウス領を狙っただけで、アンタ達を敵に回したわけではグハッ!?」
港にある倉庫。薄暗い空間に男の悲鳴が響きます。続いて一発、二発と鈍い殴打の音。遅れるようにして、手足を拘束している枷がギィという鈍い音を立てました。
「むしろ我々は、帝国のために利のある話を持ち掛けようとしただけ……ガハッ!? わ、我々は、ゴブッ!? ヴァニリウス領にあるオリハルコンについて……!」
「ふむふむなるほど。おおよその地図は書けましたよ。貴方達は王国であるヴァニリウス領を狙い、そこで手に入れたオリハルコンを手土産に、我々帝国へ保護を求めたと。確かに、我々帝国は魔族と手を組む人間が少なからずいます。王国に留まったり、お隣の商会連合に向かうよりかはマシな判断でしょうね」
と言ってみるものの、言葉にするとなんともまあつまらないことでしょう。帝国の自由主義の悪いところが全部出ていますね。魔族を手を組む人間もいれば、魔族を毛嫌いする人間がいるのは当然のことですのに。
「そ、そうだ! ガイヤー卿はどうした!? こ、こにはガイヤ―卿が来るはずだっただろう!?」
「ああ、やっぱり。魔族と手を組んでいたのはガイヤ―卿でしたか。ええ。来ていますよ。というか、今呼び出しますね」
私は手を天に掲げる。すると倉庫の天井に陣が浮かび上がり、そこから小太りな中年男性が落ちてきました。
「やめ。ご、ご慈悲を! 皇女様アアアア!!!」
そんな悲鳴の後、ゴキリという鈍い音を立てて、中年男性の身体が宙にぶら下がります。その首には太い鎖が巻かれており、その鎖は陣の向こう側まで繋がっていました。
私はパンと手を叩き、笑顔で彼に向って言い放ちます。
「はい。ご希望通り、ガイヤ―卿を呼び出しましたよ。呼び出し方や生死については問われていないので、ご覧の通りですが」
「ああ……ああ!! なんということだ!? この、外道め!! それでも賢者の転生体だと言うのか!?」
「はい。私こそが賢者の転生体。イレーネ・ヴァン・ヴァイセンブルクですよ」
私は産まれてから、私の中に自分ではない何かを感じ取っていた。それが賢者の意志であると知ったのは物心がついた頃だ。
隣国で現れた勇者や聖女と同じ。私は賢者の転生体。そして。
「皇女ですもの。帝国の危険因子は排除しなくてはなりません。ファビウスのおじさまには随分とお世話になったのに、こんな形になってしまって申し訳ないと思っているのですよ。ただ、魔族と繋がっていると分かった以上ねえ。一人残らず殲滅しなくては」
ヴァイセンブルク帝国。この国には魔族と手を組んでいる貴族なんてごまんといます。彼らが日の下を堂々と歩けるのは、その確固たる証拠がないから。
しかし、尻尾を出した以上、殺されるのは道理。なに、ガイヤ―卿の穴埋めは別の有能な人物が行なうことでしょう。次が魔族と手を組めば、またその次に任せればよいのです。
「ああ、ご家族の心配をなされているのですか? それなら心配しなくてもよいですよ。家族の身の潔白が証明され次第、私が弔慰金を用意しましょう。貴方達は海運時の不慮の事故で亡くなったと家族には伝えますから」
「我々を皆殺しにするつもりなのか!? 分かっているのか!? 商会が無くなることの損失が!!」
商会という組織、それが及ぼしている影響は計り知れない。けれど仕方ありません。
「でも、魔族と手を組んだ人間を放置した時の損失の方が大きいと私は判断しました。なので全員殺します。疑わしい者は罰しませんよ。ただ、手を組んだ者、それを知りながらも止めなかった者、私へその情報を流して助かろうとした者、その全てが殲滅対象です」
「く、狂っている……!! じゃ、じゃあ俺も……!?」
「ええ。良心の呵責で、私に今まで情報を流してくれたことにはとても感謝していますよ。ですが、貴方も魔族と手を組んだ人間の一人。魔族に孤児院の場所を教えてお小遣い稼ぎをしていたそうですね。情報を売れば助かるなんて、甘い考えは正さないといけません」
この人には長く働いてもらいました。ファビウス商会の動き、魔族の動きなどなど、たくさんの情報を提供してもらいました。
私達が今日、この倉庫でファビウス商会の面々を裁きにかけることが出来たのは彼のおかげ。
もっともガイヤー卿については彼自身知らなかったので、こちらで調べる手間はありましたが。
「お嬢。どうする? お嬢の命令通りに始末するけど」
「ありがとうございます。クラウスさん。そうですねぇ。ではこうしましょうか」
私はパチンと指を鳴らす。瞬間、景色が薄暗い倉庫からどんよりとした曇り空が広がる、帝都の中央へと変わります。
突然現れた私たちに対して、周囲を行き交う人々はざわめき始めます。
「あれはイレーネ皇女?」
「剣聖と聖騎士もいるぞ!!」
「一体何を始めるつもりなんだ……!?」
帝都の中央広場、そこに我々と十字架に拘束された男が現れたら、市政の人々が驚くのも道理。
私は杖を持ち、杖を強く石畳へと突き立てて、周囲の人々へ知らしめるように言葉を紡ぎます。
「聴きなさい!! この者は魔族と結託し、我々帝国へ害をなそうとした外道です!! 無辜の民である貴方達に問います! この外道の判決を!」
「魔族と結託していた……!?」
「あいつ、ファビウス商会の人間じゃないか?」
「う、嘘! じゃあ私達は今まで商会に騙されて生きていたということ!?」
「その通りです! この者は魔族へ孤児院の場所を漏らし、惨劇を引き起こした犯人です! 貴方達の記憶にも新しいはずです! あのような悲劇を繰り返してはならない! さあ! この者の判決は如何に!?」
私が声を張り上げると、ふつふつと街を行き交う人々の声が聞こえてきます。小さなそれはやがて波のように大きくなっていき、限界点を超えたところで、一人が声を荒げます。
「殺せ!! 魔族と手を組んだ人間は即刻死刑だ!!」
「そうよ!! あの事件に関わった人間は全員殺すべきだわ!!」
「あの惨劇は繰り返してはいけない!! これは見せしめだ!! 正義は我らにあり!!!」
殺せ、殺せ、殺せという言葉の津波。そう、帝国民は魔族への憎しみが一層強いから、こうなるのは当然です。
魔族のせいで何の罪もない人々が傷つく。
魔族のせいで自分達は日々を怯えている。
魔族と結託する人間のせいで、安心して生活すらできない。
疑わしきは罰せず。けれど、確たる証拠が出たのなら別。
その確たる証拠をもってして、見せしめを。断罪を。報いを。死を。
「決まりました! ではこの者に裁きを下します!」
私が杖を天高く掲げます。すると空から無数のカラスが現れました。
そのカラスの足裏には鋭い棘が生えており、カラス達は一斉にその棘で男を突き刺します。
「いだい!? やめ、いたっ! 痛い! た、たすけ!! ぎゃあ!?!?」
これは見せしめ。帝都にいる腐敗した貴族、腐敗した組織に対する。
魔族と関わっている証拠が出れば、お前達もこのように殺してやるぞという、私の意思表示。
これが賢者として生まれ育った私の生き方。
「皇女様万歳! イレーネ様万歳!!」
「イレーネ様の裁きが下された!! この世に悪が一つなくなったぞ!!」
「帝都に汚れた人間が減り、より清浄で美しい街になりました!! イレーネ様のお力があってこそ!!」
私を讃える声に何一つとして感情が揺らぐことはありません。これは私の業務みたいなものですから。
「お嬢。そういえば、王国の魔族は勇者と聖女が片付けたって」
「そうでしたか。勇者一行の転生体を名乗るにはそれくらいしてもらわないと困りますからね」
「だけど、黒幕を倒したのは関係のない人らしい」
私はその言葉にピクリと反応する。
勇者や聖女、そして賢者や剣聖、聖騎士といった勇者一行の魂を宿した転生体達。
転生体は魔族を倒す使命を持ち、また強大な力を操る魔族達に対する強い力を持ちます。
ただの人間でも魔族を倒せる人間はいるでしょう。しかし、王国を襲った魔族は、魔族の中でも手練と呼ばれる存在。
それを転生体ではない誰が。
「その人の名前はわかりますか?」
「シャルロッテ・ヴァニリウスと呼ぶらしい。王国の魔術の天才だ」
「シャルロッテ・ヴァニリウス……。おかしいですね。私が調べた情報だと、才能にかまけたただの貴族令嬢で、魔族を倒すような実力はないはずですが」
変わった術式……お菓子魔術の使い手として彼女のことは調べていました。しかし、お菓子魔術はお菓子を生み出すだけの特筆すべき魔術ではありません。
魔力量が多いことや、魔術の習得が早いと聞いていましたが、そのどちらにおいても私には及ばず、本人は努力も研鑽もしない人間と聞いていましたが……。
「噂に聞くと聖女を覚醒させたのは彼女という話があるらしい。それに得た情報によると、単身で魔族の拠点に乗り込み、殲滅したとか……」
「作り話がお上手ですねクラウスさん。そんなこと、私でもやったことがありませんよ」
「だが、実際に目にした人物はいるらしい」
ふむ……。剣聖であるクラウスさんが私に嘘をつくとは考えにくい。それに冗談にしては少しセンスがありません。
クラウスさんのセンスは色々と壊滅的ですが、こんなところでつまらない作り話をするような人物ではありませんし……。となると本当のことなのでしょうか。
「シャルロッテ・ヴァニリウスですか。では我々が王都へと赴くとしましょう。勇者一行として挨拶も兼ねて……ね」
シャルロッテ・ヴァニリウス。もし、その話が事実であれば、私以上の才覚を持つ人間ということ。
その実力を実際に目にしないと気がすみませんね。
「お嬢の仰せの通りに」
クラウスさんの言葉を聞いて、私は静かに微笑みます。シャルロッテ・ヴァニリウス。貴方がどんな人物なのか、この目で見る日が楽しみになってきました。