ドブカス悪役令嬢を演じてたつもりだけど、周囲の解釈が何か大きな事情を抱えている高潔な精神を持った貴族令嬢なんだけど 作:つむつむ
シャルロッテ・ヴァニリウスは名門貴族のご令嬢である。
ということはつまり、お抱えの商人がいるということ。今日はその商人からパーティーに出るためのドレスや化粧品を提案される日だ。
ファビウス商会。お母様が懇意にしている商会で、ドレスや化粧品、部屋のオブジェクトに至るまで、基本的にここで買い物をしているらしい。
なのであたしよりもお母様の方が舞い上がっている。
「まあシャルちゃん! このドレスはどうかしら? シャルちゃんらしくてとても可愛らしいドレスだと思うの!」
ば……お母様が提案してきたドレスは、女児が着るようなドレスだ。上側が青を基調としていて、下側が黄色のレースのひらひらが着いた感じのドレス。
悲報、お母様のセンスが終わっている件。
なんだよ、出してくるドレス全部馬鹿みたいに派手じゃねえか! 派手な服装は嫌いではない。しかし馬鹿みたいな派手な服装は嫌いだ。あたしの知能指数が疑われる。
クローゼットの中身も大体同じ系統のドレスでびっしりと揃っている。恐らくシャルロッテの趣味がそういうのだろう。
あたしの趣味ではない。つーかなんだよ主役より目立つドレスって。もっとお淑やかにしないとダメだろ!
「シャルロッテお嬢様。こちらのドレスはいかがでしょうか。当商会の最新作でして。今までとは系統が異なりますが、満足いただける一品となっています」
「まあ! とても素敵なドレスだわ! この大きな宝石のブローチも、シャルちゃんにとってもお似合いよ」
小太りな商人がそう言いながら、そのドレスを出す。
あたしには前世で培った教訓がある。それは「営業マンのおススメはあたしが欲しいものではなくて、営業マンが買ってほしいもの」だ。
つーか誰が買うんだよこのドレス。大きい宝石のブローチはまあいいだろう。でもありとあらゆるところにカラフルな宝石の装飾を施しているせいで、全体的に纏まりがない。
装飾に隠れているが、ドレスの生地はかなり薄く、縫製もかなり甘い。手抜き加工とは正にこのこと。仮にも名門貴族のご令嬢ぞ? よくこれを売る気になったもんだな。
脳内でドブカス悪役令嬢シュミレーターを起動する。記憶では無理難題をありとあらゆる商人に言いつけていたようだ。この商人はその無理難題を叶えてきた貴重な商人といえる。
しかしあたしには分かるぞ。こいつの臓腑から漂う悪徳商人の臭いが! 大体、このブローチも宝石じゃなくて色付きのガラスとかだろ。
ブローチの素材に何が使われているか分からないが、シャルロッテならやってもおかしくないというラインで無茶をしてみよう。
レッツドブカス!
「素敵なドレスね! もう少し近くで見せてもらってもいい?」
「はい、勿論ですとも。さあさ、これを手に取って確かめて見てください」
ほう? 素直に手渡すなんて随分といい度胸しているじゃないか。よほどバレない自信でもあるのか?
「わあありがとう!」と無邪気に喜ぶ雰囲気を見せつつ、あたしはまじまじとそのドレスを観察する。
ここで役に立つ魔術師テクがある。それは宝石の見分け方についてだ。
宝石は魔術的な相性がいいとされている。呪いの指輪とか、曰く付きの首飾りとか、そういうのは大体が魔術がかけられた代物だ。
なので宝石は魔力をよく吸収する。逆にガラスは魔力をあまり吸収せずに素通りしてしまう。
あたしはブローチの宝石部分を親指で触れて、刹那の内に魔力を流す。あたしが流した魔力は吸収されることなく素通りしてきた。ビンゴ。見た目では精巧だけど、それだけではあたしを誤魔化せない。
さあて、あたしのドブカスが火を噴くぜ~~!
先ずは手始めにブローチをドレスから引きちぎる。
「な……お、お嬢様!? 何をされるのですか!?」
「シャルちゃん!? どうかしたの? 怪我はない!?」
あたしは困惑する二人の大人に構わず、引きちぎったブローチを机の上に勢いよく叩きつける。ブローチにはめられた偽物の宝石が、パリンという軽い音を立てて割れた。
その光景を見た二人なんて意にも介さず、あたしは足を組んでソファに背中を預けながらこういう。
「あたしを騙そうとするなんていい度胸ね。こんな粗悪な出来のブローチであたしを騙せると思ったのかしら? こんなのに騙されるのなんて、目玉の代わりにガラス球を突っ込んでいるお人形さんくらいでしょうね」
商人の言い訳が飛んでくる前にドレスを机の上に投げて、それをカアン!とヒールでふみつけて、杖を商人へと向ける。
「ひ、ひぃ!? お、お嬢様! お話を……! せめてお話だけでも!」
「お話? 詐欺師と何を話せと言うのでしょうか? その無礼で品のない口の閉じ方でも議論しましょうか?」
ぐりぐりと自慢の最新作を踏みつけながらあたしは言う。正にこれこそドブカス悪役令嬢ムーブという奴だ。
あまりのドブカスっぷりにお母様も腰を抜かしている。
「お嬢様! 奥様! 失礼します。ファビウス商会の方々が到着したとご連絡がありましたが……こ、これはどうなっているのですか!?」
部屋に入ってきたクレールが驚きの声をあげる。
……ん? どういうことだ? ファビウス商会の方々が到着した? じゃあ、ファビウス商会を名乗るこいつは一体何者なんだ?
「くくく、正体がバレてしまっては仕方ない! そのドレスを売りつけて呪いをかけてやるつもりだったが、こうなっては実力行使だ!」
一瞬、動揺しているうちに商人は身軽な動きでクレールの背後を取る。いつの間にか姿が黒いローブを着た魔術師の姿に変貌している。クレールを背後から拘束し、杖をクレールに突き付けている。
「こいつの命がほしくば、この俺を見逃すことだ!」
「ひ、ひぃ!? や、闇魔術師!? なんでこんなところに!?」
お母様が腰を抜かしたまま、怯えた声でそう言ってくれる。なるほど、あれが闇魔術師という奴か。
闇魔術師は魔術を使う犯罪者のことだ。魔術を悪用し、様々な手段で犯罪行為を犯す。時には殺人もいとわない。
「くくく、ヴァニリウス家のご令嬢は物の価値が分からない凡人だと聞いていたんだがな。まさか我々の手管が見抜かれてしまうとは」
ふむふむ、大体理解できた。
こいつはファビウス商会を騙り、あのドレスを売りつけることでこの身体を呪いにかけようとした。あたしがその程度の手管を見破れないと思っての行動だ。
その悪役っぷりには敬意を表する。だがしかし、ここにいるのは悪役を越えたドブカスだと知らしめてやろう。
「ふうん。それで。見抜かれた雑魚なおじさんは、そうやって人質を取るんだ」
「くくく。何とでも言うがいい! これぞ闇魔術師のやり方よ! この場さえ逃げ切れば手段は問わない!」
「そう。あたしも見くびられたものね。人質程度で見逃してやると思われるなんて」
杖に魔力を込めて、先端から魔力の光を放出する。
基礎魔術。魔力を飛ばすだけの簡単な魔術だ。この魔術は遠くのものを倒したり、攻撃に転じたり、様々な用途で活用できる。
人質を取られている状態で、ノータイムで躊躇いなしに魔術を撃ってくるとは思わなかっただろう。闇魔術師の手にそれは命中する。
「お、お前え!? 人質がいる状況で手を出したな! こいつの命は……あれ?」
闇魔術師の手から杖が落ちる。ついでにクレールを拘束していた反対側の腕も、脱臼したかのように力が抜けている。
次の瞬間、闇魔術師が自立できず、その場で倒れ伏す。
「きゃあ!? お、お嬢様!? これは一体!?」
クレールがこちらに駆け寄ってくる。あたしはソファーへ腰かけながら、足を組みなおす。
「基礎魔術にあたしの術式を流し込んだだけよ」
「術式って、お嬢様特有の魔術のことですよね?」
「そうよ。クレール、中々学があるじゃない」
術式とは魔術師に刻まれた固有の魔術のことだ。分かりやすく言うなら異能とかが近いのだろうか?
魔術と違った個性的な魔術。ユニーク技? まあ色んな言い方ができるが、そういうものだ。
「術式の詳細はメイドに聞かせるわけにはいかないけど、特別に少しだけ教えてあげるわ。こんなことに巻き込まれた不運なクレールへのせめてもの慈悲よ」
無駄な言葉を付け足すことでドブカス具合に磨きをかけていく。うーむ。惚れ惚れするくらいのドブカスだ。
「あたしの術式を喰らった人間は、立っているのが困難になるくらい骨が脆くなるわ。今頃、あいつの腕と足の骨は粉々でしょうね。魔術師ならこの程度で死なないだろうけど」
シャルロットの術式は『お菓子魔術』。お菓子に関することなら大体できる魔術だ。
あたしは基礎魔術にこの術式を乗せた。今回は簡単に闇魔術師の骨をクラッカーにしてやったのだ。それで闇魔術師は体重を支えきれなくなり、こうやって何もしないまま倒れたということだ。
もちろん、杖を持っていることも、人を拘束することも、どちらとも骨が砕けてしまう。
「さあて。あたしを騙そうだなんていい度胸しているわね。いいわ、その体では逃げることもできないでしょう? 例えば」
あたしは闇魔術師の左胸にヒールの部分を軽く置く。体重もかけていない。ちょっと置いたくらいだ。それだけで闇魔術師は悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃ!?」
「いい悲鳴ね。あたしの足が疲れて、偶々、偶然、狙ってもいないのに、左胸を踏み潰しちゃうかもしれないわ。あたしは臆病でか弱いご令嬢。もしかすると恐怖のあまり足が滑って首を蹴り飛ばしてしまうかもしれないわ!」
闇魔術師にとっては恐怖でしかないだろう。あたしがクラッカーにした骨は腕と足だけ。それ以外は普通の骨だ。
あたしの細い身体で左胸を踏み潰したり、首を蹴り飛ばして殺すことなんてできない。しかし、闇魔術師からしたらそんなこと分かりようがない。
何もせずに骨が砕けた。闇魔術師からしたら起きたことはこれだ。つまり、あたしの気分次第でいつでも死ねる。そんな状況下に置かれている。
「ファビウス商会の方々を待たせてしまうのは大変心苦しいわ。でも、あたしは我儘だもの。このおじさんとちょっとお話がしたくなっただけ。さあ、楽しい楽しいお話を始めましょう?」
あたしは闇魔術師の顔を覗き込みながらニコリと笑った。