ドブカス悪役令嬢を演じてたつもりだけど、周囲の解釈が何か大きな事情を抱えている高潔な精神を持った貴族令嬢なんだけど 作:つむつむ
「ご無事ですか!? シャルロッテお嬢様! アマンディーヌご婦人……ってシャルロッテお嬢様!?」
あたしが闇魔術師に拷問でも始めようとした時だ。
ぞろぞろと多くの人々が駆けつけてくる。どうやらここの騒ぎを聞きつけたのだろう。
そして先頭を走って駆け付けた恰幅がいいおじさまには見覚えがある。いくらドブカスでもいつもお世話になっている商人くらいは覚えているようだ。
「ファビウスのおじさま! あたし、とても怖かったですわ。ファビウスのおじさまを見たらご安心しました!」
「お、おお。シャルロッテお嬢様は元気そうだな。して、この状況は?」
ファビウスのおじさまは眼前に広がっている状況に困惑していた。あたしの足の下で横たわっている闇魔術師を見て。
あたしはファビウスのおじさまに笑顔を向けて、闇魔術師の胸をぐりぐりとヒールの部分で踏ん付ける。
「ぎゃ、やめ、い、ゆる、ぎゃああ!?」
「ああ、これですか? 下がうるさいですが、そういう絨毯だと思って聞き流してくださいまし。あたし、とても心細く、怖かったのですよ。ファビウスのおじさまを一目見ることができて安心しました」
悪役令嬢たるもの媚びを売ることは大切だ。媚びを売る相手は間違ってはいけない。あたしの記憶と持ち前のドブカス慧眼で媚びを売る相手は決めている。
ファビウス商会はかなり大きい商会だとこの時点で判断できた。ファビウス会長は飾りすぎない程度に豪華な衣装を着ている。それに護衛と秘書を数人程度連れ歩くくらいには経済状況がいいと見た。
護衛もあからさまな騎士という格好ではない。腰に剣を帯びているとはいえ、それ以外の服装は至って貴族の付き人っていう感じだ。中に鎖帷子くらいは着ているだろう。
それらの情報から叩き出される答えは一つ。ファビウス商会は媚を売るべき相手ということ。
誰彼構わずに媚を売らず、売るべき相手をしっかりと見極めている。これもまたドブカス悪役令嬢をやっていく上では必要なスキルだ。
「シャルロッテお嬢様。一旦、何があったのかお話を聞かせてください。先ずはそこからです」
ということで起きた出来事について一通り説明した。
ちなみに闇魔術師については全身を拘束された上で、騎士団預かりとなる。
「なるほど。ではこの者が我々ファビウス商会を騙り、お嬢様達を貶めようとしたと」
「その通りです。あ、クレール。貴女の手袋をいただけるかしら? 片手分でいいわ」
「……? はい。お嬢様。何に」
あたしは今からドブカスをする。クレールから貰った手袋を装着し、闇魔術師の口内に手をシュートッッ!!
「あが!? おご!? ごががが!?!?」
「しゃ、シャルロッテお嬢様!? 一体何をされているのですか!?」
「きゃあ!? お嬢様! そんな汚いところに手を入れてはなりません! お嬢様の身体になにかあったら……!」
「手出し無用よ! あたしのやっていることの意味が理解できないなら、手を出さないでちょうだい!」
相変わらず流れるようなドブカス罵倒が繰り出せる。これで、あたしとお前達とでは脳みその作りが違うと周囲に知らしめてやるのだ。
さて、あたしが何の意味もなしに、ただいたぶるだけを目的として手を口の中に突っ込んだわけじゃない。
前世の映画やアニメ、漫画で学んだことを活かしているのだ。こういった刺客は奥歯に自害用の毒を仕込んでいるはず。なので自害を防ぐためにこうやって奥歯を引っこ抜いてやろうということだ。
こういうのはバレにくい一番の奥の歯に仕込んでいるはずだ! 先ずは一本試しに引き抜く!
「ギャアアアアアアッッ!?」
「は、歯を抜いた……?」
「お、お嬢様、だ、大丈夫ですか……? お身体に支障は」
引っこ抜いてやったぜ。さてこの奥歯に仕込まれた毒薬をみんなに堂々と晒して、あたしの格というものを見せつけてや……。
「ない。毒薬がない」
こういうのは奥歯に生えるようにして毒薬が仕込まれているはず。だというのに何もないじゃないか!
もしかして別の奥歯に仕込んだのか? 一本ずつ取って試すのも面倒だ。取り合えず上下の奥歯は全部引っこ抜いてしまおう。
「あぎゃ!?」
「ぎぃ!?」
「たすけ……いぎぃ!?」
「ひ、ひ、ひいああああぎゃ!?」
「な、ない……だと!?」
ついつい口調を忘れてしまうほどの衝撃。怪しそうな歯は全部抜いたが、毒薬らしいものは出てこなかった! これではあたしがただ無抵抗な闇魔術師をいたぶっただけになってしまうじゃないか!
あたしがやりたかったドブカスムーブは違う! こんな意味のないドブカスムーブではない! あたしのドブカスは意味があるドブカスじゃないとダメなのに……!!
「お、お嬢様! 見てください! 抜いた歯が!」
クレールが丁寧にも銀皿の上に奥歯を並べていた。そんなことを頼んだつもりはなかったのに、あたしの溢れ出るドブカスオーラのせいで自ら嫌なことをさせてしまったということか。
ふっ、あたしも罪なドブカス悪役令嬢だぜ。
まあそんなことはさておき。銀皿の上に乗っていた奥歯が次々と紫色に変色していく。え? なにこれ。
「これは呪いです! 触れてはなりません! 恐らく、闇魔術師に自害用の呪いを仕込んでいたはずが、抜いてしまったせいで行き場を失った魔力が暴走しているのでしょう」
ファビウスのおじさまがそう言ってくれる。
……そ、そうだったの!? そんな方法で自害しようとしていたの!?
抜き取られた奥歯は紫色に変色した後、銀皿を溶かして床に落ちる。
「ひぃ!?」
クレールが怯えて腰を抜かす。そのせいで銀皿に乗っていた奥歯が床面に落ちてしまう。奥歯は床面を少し溶かしたところで、何事もなかったかのように真っ白な元の色に戻っていく。
「これは対人用の呪いです。魔力が霧散した以上、危険性はないでしょう。しかし万が一のことを考慮して、これらは回収させてもいただいてもよろしいでしょうか?」
ふむ。この場合、どのようなドブカスムーブが適切なのか。色々考えてみた結果……。
「そ、そうね。こんな汚らわしいものはさっさと回収してちょうだい! の、呪いがかけられているなんて見ているだけで不快だわ!」
あたしは少し取り乱したかのような態度を取る。ここは汚物を他人に押し付けるというドブカスムーブをかましてやろう!
「それに何よこれ! こんな手袋なんてこうだわ!!」
手袋を闇魔術師の顔面すぐ横。そこの床面に叩きつける。他人から借りたものを投げ捨てるムーブ。これこそドブカスだ。ちなみに手袋も変色した後、ジュっと床面を溶かしていた。
こ、怖~~。こんなことになるなんてあたし聞いてない!
「ふ、ふん! それにこんな気分の悪いことが起きたもの。とても不愉快だわ! 今日は落ち着いてお話なんてできたものじゃないわ! これからの予定は全部なしよなし!」
気分が害されたから全ての予定をキャンセルしてやったぜ。普通の人間では考えられないほどのドブカス具合。あたし、今、とても輝いているわ!
「ファビウスのおじさま。早くお帰りになってちょうだい! クレールも、人を呼んでさっさと片付けて! ちょうど、ベテランのメイド達が暇しているでしょう!?」
こうして周囲に当たり散らかすところまで含めてドブカスすぎる動きだ。
「確かに。シャルロッテお嬢様の言う通りですな。シャルロッテお嬢様の心情を考えれば、落ち着いて話などできるはずもありません。すぐに撤収するといたしましょう」
「お、お嬢様。すぐに片付けますね。お嬢様は先にお部屋に戻って休んでいてください!」
「そうね。あたしは自分の部屋に戻るわ。クレール。ファビウスのおじさまの見送りもちゃんとやってあげるのよ。ヴァニリウス家の名に恥じないようにちゃんと見送ってちょうだい!」
と無理難題を言いつつ、あたしは部屋に戻る。
部屋に戻って少し落ち着くと全身から変な汗がぶわっと出てくる。
「え……。あたしって呪いをかけられるくらい、恨みを買われてるってこと? こわ……」
名門貴族のご令嬢にして、名高いドブカス悪役令嬢の格を思い知った。あたしはあたしが思っている以上にドブカスだったらしい。
ふふっ、闇魔術師とか仕向けられてしまうくらいのドブカスか。とてもやばいな、あたしのドブカス具合。
しかし、その程度の脅威に屈してはならぬ。あたしのドブカス悪役令嬢ロールプレイで、敵が百人くらい増えるのは想定内。むしろ、全員ぶっ飛ばして、如何に悪役として格が違うか思い知らせてやろう。
「ふふふっ。むしろいいのではないだろうか。今日の出来事で、あたしのドブカスっぷりが証明されたというもの。これを続ければ、あたしの正体がバレる日は一生来ない!」
あたしに楯突く悪役が現れてちょうどいいくらいだ。悪役に対しては良心を痛めることなくドブカスができる。
「ふふふっ。次はどんなドブカスをしてあげようかしら。楽しみね」